2026.08.17
「メンターは1人」より「支援チーム」で、リーダーは育つ〜発達段階別リーダーへの支援〜
リーダー育成と発達段階についての研究(米ドレクセル大学など)
メンタリング研究の大家Kathy Kramらによる論文です。
ちなみに、アンバー、移行期、オレンジまでの話。
本当はリーダーであれば、グリーンの域に達せると良いかなと思います。
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リーダーは修羅場(挑戦的な経験)で育つ、とよく言われますが、
実は、挑戦が自分の能力を大きく超えると、
人は不安でいっぱいになって、成長どころじゃなくなることが分かっています。
ー
そこでこの論文の提案は2つ。
①支えるのは1人のメンターではなく、複数の支援者の「ネットワーク」
(上司、先輩、社外の友人、家族など、いろんな人がちょっとずつ)
②必要な支援は、その人の「大人としての発達段階」によって違う
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発達段階はざっくり3つ。
・依存段階(アンバー):周りの承認が心の拠り所。「みんなにどう思われるか」で動く
・移行段階:自分の考えは持てるけど、誰かのお墨付きがないと自信が持てない
・自立段階(オレンジ):自分の信念で動ける。でもその信念自体は疑えない
(組織のリーダーの大半は、この依存〜自立の間にいる)
ー
で、支援の中身はどう違うかというと、例えば「反対意見を言う」こと1つでも、
・依存段階の人には → 脅威。まず「私も同じ経験したよ」という共有が先
・移行段階の人には → 試金石。「反対されても自分の案で動けるか」の練習になる
・自立段階の人には → 成長の糧。凝り固まった信念をほぐすきっかけになる
と、意味がまったく変わるんです。
ー
そして面白いのが、
支援者同士がバラバラに動くと、
アドバイスが食い違って、むしろ本人の不安が増えるという指摘。
それを防ぐ鍵は、本人が
「他の人からはこんな支援を受けてるんです」と
それぞれの支援者に話すこと。だそうです。
ー
という、理論の提案論文ですが、
実感としても、なるほど感がすごい。
・相談相手は1人に絞らず、何人かに散らしておく
・そして相談相手には「他の人にはこう言われてて」まで共有する
・誰かを支える側になったら、正解を教える前に「その人は今どの段階か」を考えてみる
という感じでしょうか。
「いいアドバイス」は相手の段階によって変わる。
部下や後輩を持つ人ほど、刺さる話かもしれません
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Developmental networks at work: holding environments for leader development
職場における発達ネットワーク:リーダー育成のためのホールディング環境
Rajashi Ghosh(ドレクセル大学、米国), Ray K. Haynes & Kathy E. Kram
Career Development International, 2013
https://doi.org/10.1108/CDI-09-2012-0084
リーダーの成長を支える「安全基地」の作り方 成人発達理論から紐解く、正解のない時代を乗り越えるための育成ネットワーク Developmental Networks & Holding Environments Cornelis Notebook 個人の現在の キャパシティ 構造ビジネス の限界 優秀なリーダーが直面する「見えない壁」 役割の複雑化により、リーダーは「自身の処理能力力を遥かに超えた課題」に直面し、 認知・感情的なパニックに陥っている。 これは個人の努力不足ではなく、構造的な限界である。 Gemba Notebook 必要なのは「アプリの追加」ではなく「OSのアップデート」 リーダーシップ開発と「成人発達」は不可分である。 新しいスキルを詰め込むのではなく、経験と意味づけ、 他者と自己を切り回す「器(OS)」そのものを 次の段階へ成長させなければならない。 現状:Skill Training Storage Full: エラー 解決策:Adult Development OS Update Complete Geneial Notebook リーダーシップを規定する「3つの発達段階」 人は「自分と他者をどう切り離し、 どう統合するか」によって、直面する 壁と必要な支援が変わる。 視野の拡大 「自分」と「他者」の 境界線の明確化 段階① 他者依存型 [The Dependent Order] 段階② 過渡期 [The Transition Order] 段階③ 自己主結型 [The Independent Order] Gonsei Notebook Persona Profile Card Stage 1: 周囲の期待に飲み込まれる「他者依存型」リーダー 【隠りやすい罠】 • 部下同士の対立で「嫌われたくない」と多数派に選び、最適な決断ができない。 • 文化や組織の規範を盲信し、異論を唱える若手に対して自己嫌悪に陥る。 【Core Issue: 根本課題】 「自己」が他者の中に埋没しており、第三者の影響力を自分でコントロールできない状態。(自分ー他者の評価) Common Notebook Persona Profile Card Stage 2: お墓付きを探し求める 「過渡期」のリーダー 【隠りやすい点】 • 優れた戦略を構築できるが、尊敬する上司からしても も異論が出ると極端に自信を失う。 • 他部署の非協力的な態度に対して「自分たち被害者だ」と他責し、自身が振り返られない。 【Core Issue: 根本課題】 自分の声(Self-authored voice)は持ち始めているが、それを証明するために「権威者からの承認」に強く依存している。 Cornelius Notebook Persona Profile Card Stage 3: 価値観の城に立てこもる「自己先結型」リーダー 【隠りやすい点】 • 優秀で公平だが、自らの「正しい支援理論」に固執し、部下に感情的な寄り添いができず「冷たい」と誤解される。 • 自らの成功体験に基づく信念にこだわり、異質なスタイルの部下を許容できない。 【Core Issue: 根本課題】 自律的な強固な信念を持つが、その信念自体を客観視できず、他者と対等かつ柔軟な関係性を築くのが苦手。 Connell Notebook 1人の「師匠」から、多様な「ネットワーク」へ 複雑な課題に対し、1人のメンターの経験則に頼ることは危険である。 リーダーの成長には、多様な視点を提供する「成長支援ネットワーク」が不可欠。 【過去】Single Mentor Approach Boss/Mentor Leader 【現在】Developmental Networks 師匠の上司 他部門の同僚 社外メンター Leader 部下 家族・コミュニティ Comodo Notebook 成長を促す「ホールディング環境(安全基地)」の3要件 単なる人脈ではなく、圧倒的な不安から退避できる「安全な土台」であり、同時に未知へ立ち向かうための「足場」となる環境。 ① Confirmation (共感・受容) 安全の確保と 現在地の肯定 ② Contradiction (挑戦・葛藤) 刺激の提供と 意図的な視点移動 ③ Continuity (連携と一貫性) 複数の支援者による持続的な 支援体制 Connell Notebook 要件①:Confirmation(共感・受容)― "I understand." リーダーの不安や恐怖を傾聴し、否定しない 現在の「発達段階の視点(OS)」をそのまま肯定する 心理的安全性の土台(安心感)の構築 【Why it matters】 人は「自分の現在地」を肯定されて初めて、自己防備を解き、客観的に状況を見つめ直す準備(進化への土台)ができる。 要件②:Contradiction(挑戦・葛藤)―"What if?" 未知の領域 (Stretch Zone) 安全な土台(Comfort Zone) 【Action】 リーダーが現在の価値観や信念に対して、あえて異なる視点やり方を突きつけ、一時的に「今のバランスを崩す」。 【Why it matters】 受容だけでは現状維持に留まる。直圖的な「健全な葛藤」をネットワークが提供することで、リーダーは限界に気つき、次のOS\へと脱皮する。 © Genius Notebook 要件③: Continuity(連携と一貫性)― "We are with you." 支援者A 支援者B 【Action】 ネットワーク内の複数の支援者が共通の目的を持ち、「受容」と「挑戦」のバランスを取ちながら継続的に見守る。 【Why it matters】 • 支援者が互いの役割を調整(Relational Coordination)しなければ、リーダーは矛盾したアドバイスに混乱してしまう。 • リーダー自身が「誰からどんな支援を受けている か」を支援者に共有し、自ら調整を促すかも求められる。 支援者C Corneal Notebook 【マスター診断マトリックス】発達段階別・支援アプローチ | | 隠りやすい罠 | 必要なConfirmation(受容) | 必要なContradiction(挑戦) | Continuity(ネットワークの役割) | |---|---|---|---|---| | 段階①:他者依存 | 嫌われたくないと対立を回避し、多数派や規範に逃げる。 | 具体的な対処法の提示と複数の視点を呈示し、否定せず肯定する。 | 複数視点の統合を促す。自らの軸で判断する経験を積ませる。 | 依存脱却へ向けた一定期間の持続的サポート。 | | 段階②:過渡期 | 自分の意見はあるが周囲の「正解」がないと極端に不安になる。 | 本人のアイデアや生き方の「軸」を強く承認する。 | 承認なしでの実行テスト。上司の合意なく動く経験を促す。 | 自信の付与と自律的判断スタイルを支援者間で調整する。 | | 段階③:自己完結 | 自らの価値観に固執し、部下に共感できず「冷たい」と誤解される。 | 本人の強固な信念と
【背景】
■ この論文の前提となる既存研究の全体像
この論文は、大きく分けて3つの研究の流れを統合しています。
・流れ①:リーダー育成研究——「挑戦的経験」がリーダーを育てるという知見
・流れ②:成人発達理論(構成主義的発達理論)——大人の意味づけの枠組みは段階的に発達するという理論
・流れ③:メンタリング研究——1対1のメンター関係から「発達ネットワーク」への転換
そして、この3つをつなぐ鍵概念として「ホールディング環境」(安心して不安と向き合える心理的な受け皿)が導入されます。以下、話の流れに沿って見ていきます。
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■ 流れ①:なぜ今リーダー育成か——挑戦的経験と不安
▼ リーダー不足という時代認識
・出発点は「組織にも世界にも、より多くの、より優れたリーダーが必要だ」という問題意識です(Day et al., 2009)
・その背景として、変化の加速、テクノロジーとグローバル化、労働力の多様化、多国籍企業の台頭といったトレンドが挙げられます(London, 2002)
・つまりリーダーシップの仕事そのものが複雑化し、リーダーが直面する「発達課題」も増えているという認識です
▼ 「発達的挑戦」の研究
・リーダー育成研究では、「発達的挑戦(developmental challenge)」という概念が確立されています。これは、不慣れな仕事、責任の増大、部門をまたぐ仕事、変革、他者への影響力行使など、リーダーが難しいと感じる役割・責任のことです(McCauley et al., 1994, 1999; Ohlott, 2004)
・「人は修羅場で育つ」という考え方の学術版と言えます
▼ ただし挑戦は不安も生む
・重要な前提となるのがDeRue and Wellman (2009)の研究です。経験の要求水準が本人の現在の能力を大きく超えると、リーダーは認知的にも感情的にも不安になることが示されました
・つまり「挑戦させれば育つ」という単純な話ではなく、挑戦が大きすぎると不安に飲み込まれて成長どころではなくなる、ということです
・なお、高い要求と低いコントロール(裁量のなさ)の組み合わせがストレスを生むこと自体は、リーダー職に限らず事務職などでも確認されてきた古典的知見です(Bakker and Demerouti, 2007; Johnson and Hall, 1988)
→ ここから「では、不安を抱えたリーダーをどう支えれば、挑戦が成長につながるのか?」という本論文の問いが立ち上がります。
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■ 流れ②:成人発達理論(C-D理論)——大人の「意味づけの枠組み」は発達する
▼ 理論の系譜
・本論文の中核理論は「構成主義的発達理論(constructive-developmental theory、略してC-D理論)」です。人が自己と世界をどう意味づけるか、その枠組み自体が生涯を通じて質的に発達していく、と考える理論群です
・源流は子どもの認知発達を研究したJean Piaget (1954)にあります
・これを成人にまで拡張したのがKohlberg (1969)の道徳性発達研究、Kegan (1982, 1994)の自己の発達理論、Torbert (1987; Torbert and Associates, 2004)のリーダーシップ発達研究などです
・「構成主義的発達(constructive-developmental)」という名称自体はKegan (1980)が命名しました
▼ 自己概念理論との違い
・McCauley et al. (2006)が整理しているように、C-D理論は、自己概念(Epstein, 1973)、社会的アイデンティティ(Tajfel and Turner, 1985)、自己効力感(Bandura, 1977)といった理論とは異なります
・違いは、自己の「内容」(自分をどんな人間だと思っているか)ではなく、自己の「構造」(自己が他者と融合しているか、区別されているか)を扱う点です
▼ 3つの発達段階(オーダー)
McCauley et al. (2006)は、複数のC-D理論家の枠組みを統合し、大人の意味づけの枠組みを3つの段階にまとめました。本論文はこの整理を採用しています。
・依存段階(dependent order):自己を他者への依存によって定義する段階。周囲から取り込んだ価値観に無自覚に従い、重要な他者からの承認・是認を心の拠り所にする。いわば「自己が他者の中に埋没している」状態
・自立段階(independent order):自己と他者を区別できる段階。自分で作った価値基準を持ち、他者の異なる考えの間で自分の立場から判断できる。ただし、その「自分の信念」自体を対象化して疑うことはまだできない
・相互自立段階(inter-independent order):自分の信念すら「作りかけの作品」として振り返り、修正できる段階。自己と他者を完全に区別した上で、埋没せずに深く関われる(Drath, 1990)
・なお、Kegan (1994)やMcGowan et al. (2007)によれば、組織でリーダー職にある人の大半は依存段階〜自立段階(またはその移行期)にあり、相互自立段階に達する人はごく少数とされます
▼ 発達段階とリーダーの有効性
・C-D理論をリーダーシップに応用した実証研究はすでに蓄積があり(Eigel and Kuhnert, 2005; Harris and Kuhnert, 2008; Strang and Kuhnert, 2009; Van Velsor and Drath, 2004; Kuhnert and Lewis, 1987など)、発達段階が高いリーダー(少なくとも自立段階以上)の方が、複雑な要求に応える力があり有効性が高いことが示されています
・本論文はこの知見を前提に、「では、どんな支援があれば発達段階そのものが進むのか」に踏み込みます
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■ 流れ③:メンタリング研究——1人のメンターから「発達ネットワーク」へ
▼ 古典的メンタリング研究
・キャリア支援研究の古典は、1人の年長のメンターとの関係の段階を明らかにしたKram (1983)に遡ります
・その後、支援的な関係の定義は増え続け、1980年以降で40以上の定義があるとされます(Haggard et al., 2011)
▼ 発達ネットワークという転換
・決定的な転換点がHiggins and Kram (2001)です。社会ネットワーク理論を取り入れ、メンタリングを「1人のメンター」ではなく「複数の支援者(developers)からなるネットワーク」として再概念化しました。支援者たちは、キャリア支援・心理社会的支援・ロールモデルの提供を、それぞれ異なる度合いで担います
・この流れは実証的にも展開され(Dobrow and Higgins, 2005)、Dobrow et al. (2011)のレビューでは発達ネットワークの4つの基本属性が整理されました:(1)複数の支援者がいること、(2)支援者が本人のキャリアに積極的な関心を持つこと、(3)支援者が組織内外・階層・仕事以外の領域(友人・家族・地域)など幅広い社会圏から来ること、(4)支援の量や種類は支援者ごとに異なってよいこと
▼ 関係の「質」に関する研究
本論文は、ネットワークが機能する条件として、ポジティブ組織研究の知見も取り込んでいます。
・高質のつながり(high-quality connections):感情の受容力(幅広い感情を出せる)、張力(ストレスに耐えて回復する柔軟さ)、接続性(新しい情報への開放性)、肯定的まなざし、相互性(学び合い)を備えた関係のこと(Dutton and Heaphy, 2003; Stephens et al., 2011)。こうした関係は心理的安全性や失敗からの学習を促すことが示されています(Carmeli et al., 2009; Carmeli and Gittell, 2009)
・関係調整(relational coordination):目標の共有・知識の共有・相互尊重を通じて複数の関係者が協調する仕組みのこと。医療や航空業界の研究で有効性が示されています(Gittell, 2002, 2003)。本論文では「複数の支援者がバラバラに動くとかえってリーダーの不安を増やす」ことの理論的根拠として使われます
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■ 鍵概念:ホールディング環境
▼ 概念の起源
・「ホールディング環境(holding environment)」の原典は、小児科医で精神分析家のWinnicott (1965)です。もともとは、乳児が安心して世界を探索できるように母親が提供する「抱える環境」を指す概念でした
・これを職場に応用したのがKahn (2001)で、「不安なときでも安心して自分の直面する現実と向き合え、必要なら一時的に退避できる、信頼できる環境」と定義されます
・Kahn (1993)やShapiro and Carr (1991)、Higgins and Thomas (2001)などから、ホールディングの具体的行動として、共感的受容、視点形成の支援、包容(アクセス可能であり続け、不安を思いやりをもって受け止めること)が導かれています
▼ Keganの3条件との接続
・Kegan (1982)は、人の発達を支える環境の3条件として、確証(confirmation:今のあり方を認めて安全を与える)、矛盾(contradiction:今の枠組みを揺さぶり手放させる挑戦)、継続(continuity:変化の間も一貫して支え続ける安定)を挙げました
・McGowan, Stone and Kegan (2007)はこれをメンタリングに応用し、発達段階ごとに必要な支援が異なることを論じました。本論文の9つの命題は、この枠組みを発達ネットワークに拡張したものです
▼ 直接の先行研究
・実は本論文には直接の前身があり、Chandler and Kram (2004)が「発達ネットワークに成人発達の視点を適用する」という着想をすでに提示していました。支援者は本人より高い発達段階にいることが望ましい、という本論文の主張もここに由来します
・また、本人が自ら支援者ネットワークを築こうとする行動は「発達的イニシエーション」と呼ばれ、Higgins et al. (2007)で概念化されています
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■ まとめ:3つの流れの合流点
・リーダー育成研究が示したのは「挑戦的経験は成長の引き金だが、能力を超えると不安を生む」こと(DeRue and Wellman, 2009)
・成人発達理論が示したのは「同じ経験でも、リーダーの発達段階によって『なぜ苦しいのか』が違う」こと(Kegan, 1982; McCauley et al., 2006)
・メンタリング研究が示したのは「支援は1人のメンターではなく、複数の支援者のネットワークで捉えるべき」こと(Higgins and Kram, 2001; Dobrow et al., 2011)
本論文の新規性は、この3つを「発達ネットワーク=ホールディング環境」という形で統合し、発達段階(依存・依存-自立移行・自立)ごとに必要な確証・矛盾・継続のあり方が異なる、という9つの命題として具体化した点にあります。
【研究内容】
■ 本論文の「方法」について——理論論文という性格
・まず前提として、この論文は実証研究(データを集めて検証する研究)ではなく、理論論文です。アンケートやインタビューは行われていません
・方法にあたるのは、(1)成人発達理論と発達ネットワーク研究という2つの理論を統合し、(2)発達段階ごとの典型的なリーダーシップの躓きを6つのケースシナリオとして描き、(3)そこから検証可能な9つの理論命題(プロポジション:将来の実証研究で検証されるべき仮説的な主張)を導出する、という組み立てです
・シナリオは架空ですが、著者らが教育・コンサルティング・研究の中で出会った実在の人々の合成であり、リーダー特有の挑戦(不慣れな責任、境界をまたぐ仕事、部下の問題対応など)をモデル化するよう設計されています(McCauley et al., 1994, 1999; Ohlott, 2004の挑戦分類に準拠)
以下、論文の流れに沿って、6つのシナリオ→ネットワークの条件→9つの命題→考察の順に見ていきます。
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■ 前半:発達段階ごとの躓きを描く6つのシナリオ
▼ 依存段階のリーダーの躓き(シナリオ1・2)
・シナリオ1(John):昇進したての新任プロジェクトリーダー。初回会議でメンバー2人が激しく対立し、板挟みに。全員と友達でいたい、尊敬されたいという思いから、自分には好みの案があったのに多数決に逃げ、しかも多数派は自分が良くないと思う案を選択。反対する勇気も出ず、意気消沈して会議を終える
・シナリオ2(Shishir):インドから米国本社に赴任したベテランリーダー。会議で年下のインド系アメリカ人女性部下Srutiから公然と反論され、当惑と怒りを覚える。「目上に公然と異を唱えるのは無礼」という自文化の規範を無自覚に内面化しているため、彼女の行動を「自分がリーダーとして敬意を失った証拠」としか解釈できず、自分を責め始める
・論文の解釈:どちらも「自己が他者に埋没している」依存段階の典型です。Johnは仲間からの承認に、Shishirは文化規範に、それぞれ無自覚に縛られており、その影響を自分で制御できません。Shishirの場合、Srutiの行動は彼女自身の責任(単に率直な性格かもしれない)なのに、自他の責任を区別できず、すべて自分の失敗として抱え込んでしまう点がポイントです
▼ 依存-自立移行段階のリーダーの躓き(シナリオ3・4)
・シナリオ3(Jennifer):マーケティング部門の次長。上司の病欠中に代理で役員会に出ることになり、自力で新製品戦略を練り上げる。ここまでは自立段階の力です。ところがロールモデルと仰ぐTinaに反対されると、Tinaの論点にはすべて反論できると分かっているのに、自信が崩れて発表をためらってしまう
・シナリオ4(Jim):財務部門の非協力に悩むプロジェクトリーダー。「財務マネジャーが悪い、自分たちは被害者だ」という説明と、「頼りにならないと分かっている部門に、チームの成否を委ね続けている自分にも責任の一端があるのでは」という説明の間で揺れ、夜も眠れない
・論文の解釈:移行期の特徴は、2つの意味づけの世界を行き来することです。Jenniferは自分の考えを作れる(自立)のに、外部の権威による承認がないと自信が持てない(依存)。Jimは自分が状況の共作者だと気づける(自立)のに、結局は他者を責める枠組みに引き戻される(依存)。「外から承認されて初めて、内から自分を承認できる」段階と表現されます(Kegan, 1982)
▼ 自立段階のリーダーの躓き(シナリオ5・6)
・シナリオ5(Courtney):「厳しいが公正」と尊敬される女性リーダー。成績が落ちた部下Julianaとの面談で、Julianaが夫婦の悩みを泣きながら打ち明け、「あなたはどうやって全部こなしているんですか」と尋ねる。Courtneyは共感していないわけではないのに、「自分なら不当な扱いには声を上げると言ってしまえば、Julianaの傷つきを無視することになる」という自分なりの「支援のあり方の理論」に従って自己開示を控え、事務的な助言だけで面談を終える。後で「自分は冷たかったのか」「この距離感が部下のエンゲージメント(仕事への熱意・関与)を下げているのでは」と自問する
・シナリオ6(Mark):製造部門の再建で実績を積んだ副社長。自分が採用に関わった部下Jasonの、現場と気さくに交わるスタイルが「権威を損なう」と映り、注意する。Jasonは「仕事が回っていれば問題ない」と反論し、Markを「近寄りがたい上司」と見るように。Markは自分のイメージは気にしないが、Jasonの態度に苛立ち、採用は正しかったのかと悩む
・論文の解釈:2人とも他者の承認は必要としておらず、自他の区別は明確です。問題は、自分で作り上げた信念(Courtneyの「支援の理論」、Markの「階層的距離の理論」)と自己の間に距離がなく、その信念自体を疑えないこと。信念に他者が従わないと不安になり、別の可能性が見えなくなります
・補足:論文は、発達段階が常にすべての場面で一定とは限らないとも注記しています。ただし高い段階の力を得たリーダーは、状況的に低い段階の反応に戻っても、その不一致に自分で気づき、修正しようとするとされます(Kegan, 1994; Kegan and Lahey, 2001)
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■ 中盤:発達ネットワークがホールディング環境になるための3つの追加条件
論文は、Dobrow et al. (2011)の4属性(前回説明)に加え、ホールディング環境として機能するには次の3条件が必要だと提案します。ここが理論的な追加部分です。
・条件1:支援者は本人より高い発達段階にいること。同じ限界をすでに乗り越えた人だからこそ、その限界の乗り越え方について洞察を提供できるため(Chandler and Kram, 2004)
・条件2:支援者たちが関係調整(目標の共有・知識の共有・相互尊重による協調)を実践すること。調整がないと、複数の支援者が食い違う方向に引っ張り、かえって不安を増やすため(Gittell, 2002, 2003)
・条件3:本人と支援者の関係が高質のつながり(感情の受容力、張力、接続性、肯定的まなざし、相互性を備えた関係)であること。質の低い関係では、不安なリーダーは心理的防衛を張り、支援を受け取れず孤立するため(Carmeli et al., 2009; Dutton and Heaphy, 2003)
▼ 3つの留意点
・支援者が高段階でも、本人が低段階ゆえに助言を誤解する可能性はある(Harris and Kuhnert, 2008)。乗り越えられるかは、認識のズレを積極的に伝え合い、質の高い関係を築く努力次第
・支援者同士は互いに面識がないことも多い(Higgins and Kram, 2001)。だから調整の成否は、本人が「他の支援者からどんな支援を受けているか」を各支援者に意図的に共有するかどうかにかかっている。本人の共有なしに調整は「可能だが、起こりそうにない」と明言されています
・支援者は、本人が現在進行形でリーダー役割を担っている動的な文脈を理解し続ける必要がある
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■ 後半:9つの命題——段階ごとに異なる「確証・矛盾・継続」
ここが論文の中核です。Kegan (1982)の3条件(確証=安全を与える承認、矛盾=枠組みを揺さぶる挑戦、継続=変化の間も支え続ける安定)が、発達段階ごとにまったく違う形を取る、というのが要点です。
▼ 依存段階のリーダーへのホールディング(命題1〜3)
・P1(確証):支援者が「自分も似た挑戦をこう乗り越えた」という新しいアプローチを共有するとき、確証を経験する。依存段階の人はメンターに権威と直接的な指導を期待するため(McGowan et al., 2007)、まず具体的な対処法の共有が安心を生む
・P2(矛盾):支援者たちが提示する複数の異なる視点を、本人に突き合わせて調停させるとき、矛盾を経験する。誰かの案に盲目的に従う傾向そのものに揺さぶりをかける仕掛けです
・P3(継続):本人が支援者間の調整を可能にし、「第三者への依存が自分の挑戦を生んでいる」と気づける一定した場が保たれるとき、継続を経験する
・調整がないと、ある支援者は「やり方を教えれば十分」、別の支援者は「自分で考えさせるべき」と食い違い、ホールディングが途切れます。確証だけでも矛盾だけでもホールディング環境にはならない、という点が強調されます
▼ 移行段階のリーダーへのホールディング(命題4〜6)
・P4(確証):支援者が本人の自作のアイデアを承認するとき、確証を経験する。Jenniferの例なら、彼女の戦略プランを肯定して欠けている自信を与えること。「外から承認されて初めて内から承認できる」段階だからです
・P5(矛盾):支援者が反対しても、本人が自作のアイデアで行動できたとき、矛盾を経験する。支援者はあえて反対してみせたり、苦手なタイプの課題を与えたりして、承認なしで動けるかを試します
・P6(継続):承認の提供と、承認なしでも動く力の育成とを支援者たちがバランスよく調整し続けるとき、継続を経験する。本人が反対に耐えられる状態かの共通理解がないと、この綱渡りは失敗します
▼ 自立段階のリーダーへのホールディング(命題7〜9)
・P7(確証):支援者が本人の信念の背後にある理由・経験を尋ね、理解を示すとき、確証を経験する。Courtneyの「支援の理論」もMarkの「距離の理論」も、何らかの経験から作られたはず。まずそこへの敬意が必要です(Kahn, 2001)
・P8(矛盾):支援者が、本人の信念と異なる・時に衝突する視点の検討を促すとき、矛盾を経験する。具体策として、信念に反する行動をリスクの低い場面で実験させる、多様な同僚とのアクションラーニング(少人数で実際の組織課題を新鮮な視点から検討し合う学習法。Marquardt, 2000)に誘う、などが挙げられます
・P9(継続):信念への敬意と、信念を相対化する挑戦とを調整し続けるとき、継続を経験する。理由の理解を飛ばして挑戦だけすると、本人の自律性への侵害になってしまうためです(Chandler and Kram, 2004)
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■ 考察と含意
▼ 理論的貢献
・貢献の核心は、成人発達論とリーダー育成論とメンタリング論をつなぎ、発達ネットワークを「リーダーの成人としての成長を抱える環境」として再概念化した点です
・「同じ支援行動でも、受け手の発達段階によって意味が変わる」ことを命題の形で具体化したのは新しい貢献です。たとえば「反対する」ことは、依存段階には脅威、移行段階には試金石、自立段階には成長の糧になりえます
▼ 研究への含意
・命題の検証は、まず質的研究から始めるべきとされます。具体的には、長期の縦断的インタビューで、挑戦に直面したリーダーがどう応答的なネットワークを維持するかを追う方法(Langley, 1999)
・リーダー1人を1事例とするケーススタディで、事例内分析→発達段階が異なるペア・同じペアの事例間比較、という設計も提案されています(Eisenhardt, 1989)
・境界条件の探究も課題です。たとえば競争的な組織文化では支援者間の調整は起こりにくく、発達的な文化では起こりやすい(Dutton and Ragins, 2007; Hall, 2002)。年齢・性別・人格・本人の学習志向なども関係を左右しうるとされます(Chandler et al., 2011)
▼ 実践への含意
・コンピテンシー研修をやめる話ではなく、リーダー育成戦略に発達ネットワークを組み込むべき、という提案です
・具体策として、(1)発達段階を推定するアセスメント(TorbertのLDP、KeganのSOI=主体・客体インタビューという、その人が何を対象化できるかを測る面接法)の活用、(2)確証・矛盾・継続という支援行動についての教育を、リーダー側だけでなく支援者候補側にも行うこと、(3)本人の「関係的コンピテンス」(支援を求め、ネットワークを主体的に運営する力)の育成、が挙げられます
・そして、人材育成に時間を割く人が報われる文化・報酬設計がなければ効果は限定的、という組織レベルの条件も指摘されます(Kram and Higgins, 2009)
▼ 限界
・著者ら自身、実証されていない命題集であること、検証には方法論的困難が伴うことを認めています。また相互自立段階のリーダー自身の挑戦は扱っていません(該当者が少数のため)
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■ ひとこと補足
・この論文の実践的な核は「支援者を増やすこと」ではなく、「本人が各支援者に、他から受けている支援の中身を語ること」が調整の鍵だとした点にあると読めます。ネットワークの中心にいる本人の開示行動が、環境の質を決めるという構図です
このあと、はぴテクさん対話ものに進めますか?それとも本編の内容で先に直したい箇所があればお知らせください。
【6つのケースシナリオの詳細】
本論文では、発達段階ごとに2つずつ、計6つのシナリオが提示されています。いずれも著者らが教育・コンサルティング・研究で出会った実在の人々をもとにした合成事例で、名前は仮名です。以下、各シナリオの状況描写と、論文による解釈をできるだけ詳しく記載します。
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■ 依存段階のリーダーのシナリオ
▼ シナリオ1:友達でいるか、リーダーであるか——Johnのジレンマ
(不慣れな責任を担う場面)
・状況
Johnは、抜群の実務成績が評価されて、最近プロジェクトリーダーに昇進したばかり。IT部門での新しいポジションは、初めて「人を管理する」立場になるという意味で、キャリアの階段を一歩上がるものでした。
Johnはもともと人当たりが良く、個人プレーヤーとしてもチームプレーヤーとしても周囲から好かれてきた人物です。
彼が率いることになったのは、情熱と仕事の質の高さで社内に名が通った、多様で優秀なプロフェッショナル集団。Johnは初回のプロジェクト会議を、多少の不安と大きな熱意をもって心待ちにしていました。
ところが、その熱意は長続きしませんでした。会議は合意に向けて順調に進んでいたのに、突然、メンバー2人がプロジェクトのある論点をめぐって激しく対立し始めたのです。
Johnは動揺し、板挟みになりました。決断すれば、どちらかの側につくことになる。それが嫌でたまらない。彼はチーム全員と友達でいたいし、全員から尊敬されたい。
そこでJohnが選んだのは、多数決でした。実は彼自身は一方の案の方が明らかに良いと思っていたのに、です。さらに悪いことに、多数派が選んだのはJohnが良くないと思っていた方の案。それでも彼には多数派の意思に逆らう勇気がありませんでした。
Johnは、熱意を失い、葛藤と不安を抱えたまま、初めての会議を後にしました。
・論文の解釈
Johnのジレンマの中心は、承認・相互尊重・仲間意識です。「最良の案を選ぶこと」と「チームの顔を立てること」が天秤にかかったとき、彼は後者に縛られて動けなくなりました。
ポイントは、Johnが「チームメンバーからの影響」を自分で自覚も制御もできていないこと。大切な人たちに好かれていたいという忠誠心に「支配されている」ため、メンバーたちの相反する期待にそのまま引き裂かれてしまうのです。
これが依存段階の特徴、つまり「自己が他者の中に埋没している」状態です。
▼ シナリオ2:文化の常識が揺らぐとき——Shishirのジレンマ
(多様性のマネジメント場面)
・状況
Shishirは多国籍企業に勤め、インドのバンガロール拠点から、米国ワシントン州の本社へ、特別プロジェクトを率いるために一時赴任してきました。インドでの事業では実績も人望もある、確立されたリーダーです。これまでの実績を踏まえ、インドと米国双方のプロフェッショナルからなる多国籍チームを率いるという新しい挑戦を楽しみにしていました。
ところが、この経験は予想以上に困難なものになります。
隔週の定例ミーティングでのこと。Shishirがプロジェクトをある方向に進めると決めたことに対し、若手のインド系アメリカ人女性メンバーSrutiが、公開の場で強い反対を表明したのです。
Shishirは仰天しました。当惑と怒りが込み上げてきます。
リーダーとして、意見の不一致への対処には慣れているはずでした。しかし、年下の、有能な、インド系アメリカ人の女性部下から公然と異を唱えられた経験は、キャリアの中で一度もなかったのです。実際、彼自身は、たとえ内心では反対でも、目上の人に公然と異を唱えたことは一度もありませんでした。彼の文化と育ちが、そうした行為を「無礼」と考えるように彼を形作っていたからです。
だからこそ、Srutiの行動はShishirを深く動揺させ、ついには「自分はリーダーとして失格なのではないか」という自己疑念にまで発展します。彼を最も苦しめたのは、「なぜ自分は彼女からの敬意を失ったのか」がどうしても分からないことでした。
・論文の解釈
Shishirは、自分の社会文化的規範をあまりに深く内面化しているため、「この規範はこの文脈でも通用するのか?」と一歩引いて考えることができません。
Srutiもインド系だから、当然インドの文化規範に従うはずだ。従わないのは自分への軽蔑の証拠だ——この解釈しかできないのです。
さらに注目すべきは、彼がSrutiの行動の責任を自分で引き受けてしまっていること。「彼女は率直な性格で、ただ自然に振る舞っただけかもしれない」という可能性は、Shishirの理解の範囲外にあります。自分の責任と他者の責任を区別できないため、すべてが「リーダーとしての自分の失敗」になってしまう。
これも、他者と関わろうとする努力が「自己と他者の融合」に行き着いてしまう、依存段階の典型です。
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■ 依存-自立移行段階のリーダーのシナリオ
▼ シナリオ3:承認が得られないと動けない——Jenniferのジレンマ
(高い責任レベルを担う場面)
・状況
Jenniferは、中堅の電気エンジンメーカーでマーケティング部門の次長を務めています。月末の四半期役員会に、上司(マーケティング部長)の代理として招かれ、誇らしく思っていました。
彼女のキャリアは順調そのもの。その多くを、彼女は業務部門のトップであるTinaのおかげだと考えています。TinaはJenniferのロールモデルで、仕事やキャリアの重要な決断では必ず彼女の助言を仰いできました。この会社で女性が上級職に就いた例はごく少なく、政治色の強い社風を見事に泳ぎ切ってきたTinaを、Jenniferは深く尊敬しています。
さて、上司の部長は1週間ほど病欠したのち、新製品発売の数字と戦略を固めるという一番肝心な時期に、完全に連絡が取れなくなってしまいました。Jenniferは最初、見捨てられたような気持ちになりましたが、「これは自分がマーケティング部門を率いる力があると示すチャンスだ」と捉え直します。
彼女は懸命に働き、数字を仕上げ、新製品発売戦略を完成させました。
そしていつものように、役員会の前にTinaに見てもらおうとします。ようやく捕まえたTinaに案を共有したところ——Jenniferは、Tinaの否定的な反応に愕然とします。アイデア自体は気に入ってくれたものの、営業部門との統合が必要となる鍵となる戦略のいくつかに、Tinaは同意しなかったのです。
Jenniferは、Tinaの指摘を丁寧に聞き、詳細にメモを取りました。そして時間をかけてTinaの論点を検討し、そのすべてに答えられることを確認しました。結論として「どういうわけかTinaには全体像が見えていない」と考えるに至ります。
ところが、です。それでもJenniferは動揺してしまう。Tinaが反対していると知っただけで自信が崩れ、役員会でプランを発表することに迷いが生じてしまったのです。彼女は、葛藤と当惑を抱え、支えを失った気持ちでTinaとの面会を終えました。
・論文の解釈
Jenniferの中には、2つの段階が同居しています。
上司不在の中で自力で発売プランを作り上げ、Tinaの反論すべてに答えられる——これは自立段階の力です。自分の考えを自分で作れている。
しかし同時に、Tinaの承認と肯定をどうしても必要とし、Tinaの不同意を消化できない——これは依存段階の自己の作り方です。彼女の自信は「外部の権威(Tina)が、育ちつつある自作のアイデアを承認してくれること」に依存しているのです。
さらに、JenniferはTinaの不同意を「個人的な失敗」として受け取っています。「Tinaに全体像が見えていないのは、自分のせいだ」と、Tinaの反応の責任まで引き受けてしまう。反論できるのにプランの価値を疑い始めるのは、Tinaとの関係を保とうとする努力の中で、自己が他者の中に流出してしまっているからです。
「外から承認されて初めて、内から自分を承認できる」——移行段階の核心がここにあります。
▼ シナリオ4:被害者なのか、共犯者なのか——Jimのジレンマ
(部門の境界をまたいでリードする場面)
・状況
Jimはプロジェクトマネジメントチームのリーダーです。彼のチームの仕事は、財務部門によって繰り返し止められてきました。財務マネジャーの非協力のせいで、本来財務部門が作るはずの確定予算とコスト予測が出てこず、プロジェクトを完了させられないという苦情が、チームメンバーから山ほど上がっています。
Jimはチームリーダーとして、この問題を財務マネジャーに直接ぶつけました。しかし何も変わらず、財務部門はJimのチームのニーズにほぼ無反応のままです。Jimは怒りを覚えています。
財務マネジャーから伝わってくるメッセージはこうです。「私の仕事はあなたの仕事より重要だ。できるときにはやる。できないときは、それが現実だ」。
明らかに、財務マネジャーの態度がチームの仕事を止めている。
——しかし、Jimはふと考え込みます。説明はそんなに単純だろうか?財務マネジャーが仕事をしていないのは明白だ。だが、自分はただの被害者なのか?それとも、頼りにならないと分かっているのに、チームを財務部門の言いなりの状況に置き続けているのは、自分なのではないか?
Jimは、どちらの説明がより筋が通っているのか分からないまま、チームのことを心配して夜更かしを続けています。
・論文の解釈
Jimも2つの意味づけの間で揺れています。
「財務マネジャーが悪い。自分とチームは無力な被害者だ」という解釈は、依存段階の構造です。責任のすべて(本来自分が負うべき分まで)を相手に帰属させており、その意味で自己と他者がまだ融合しています。受け身の非難は、実は依存の一形態なのです。
一方で、「チームの成果が財務部門のタイミング次第になるような状況に、チームを置いてきた自分の役割」を振り返れるのは、自立段階の力です。自分がこの経験の「能動的な当事者」であると知っている。自分の責任と他者の責任を区別できはじめている証拠です。
それでも、最終的にこの代替的な説明を受け入れきれず、「財務マネジャーを責める」解釈に引き戻されてしまう——そこに、彼がまだ主に依存段階から自他の関係を構造化していることが表れています。
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■ 自立段階のリーダーのシナリオ
▼ シナリオ5:距離を取る優しさの限界——Courtneyのジレンマ
(部下のパフォーマンス問題に対処する場面)
・状況
Courtneyは、誠実さと正直さで知られるリーダーです。「厳しいが公正」と評され、組織中から絶大な尊敬を集めています。結婚して2人の子どもがいて、地域活動にも熱心。「すべてを手にしている」ように見える彼女は、社内の多くの女性の憧れの存在です。
そんな彼女のチームで、高い実績を上げてきた大切なメンバーのJulianaが、しばらく前から締切を守れなくなっていました。Courtneyは一対一の面談で話し合うことにします。
面談でJulianaの憔悴ぶりに気づいたCourtneyは、水を勧めました。グラスを両手で包んだJulianaは、泣き出してしまいます。家事と幼い息子の子育てをめぐる夫との言い争いが続いて夫婦関係が壊れかけていること、それが仕事に影響していることを打ち明けました。そして、諦めたような声でこう言ったのです。
「Courtneyさんは、どうやって全部こなしているんですか…」
Courtneyは、Julianaから目をそらし、事務的な口調で「大変な状況で気の毒に思う」と述べました。そして、友人や家族のサポートを求めること、締切に遅れそうなときは事前に分かるよう各プロジェクトの進捗をこまめに報告すること、を助言します。そこにオフィスの電話が鳴り、短い面談は終わりました。Julianaは礼を言って退室しましたが、Courtneyの冷たいとも思える反応に、妙な驚きを覚えていました。
ドアが閉まると、Courtneyは鳴り続ける電話を無視して、今起きたことを振り返ります。「私はJulianaに冷たく、よそよそしかっただろうか」。チームメンバーから「距離がある」と受け取られたのは、初めてではありません。
Courtneyは、部下に共感していないわけではないのです。ただ、Julianaのときのように、「自分なら同じ状況でどう感じるか」を共有することを控えてしまう。なぜなら、たいていの場合、自分は違う感じ方をするだろうと確信しているから。
「あなたならどうしますか」と聞かれたとき、Courtneyは本当は「私なら声を上げる。不当に扱われることを拒否する。傷ついて落ち込んだりしない」と言いたかった。でも、それを言えば、Julianaがなぜ、どのように傷ついているかを無視することになる——そう考えて、言葉を飲み込んだのです。
振り返りの最後に、Courtneyは自問します。感情を共有せず抑えてきたことは、リーダーとしての自分を助けてきたのだろうか。部下の管理に人間的な近さは重要でないと考えてきたけれど、この距離のある関わり方が、部下たちの仕事へのエンゲージメントを下げているのかもしれない——そう気づかずにはいられませんでした。
・論文の解釈
Courtneyは、自他の区別が明確な自立段階のリーダーです。良い関係を保ちながらも部下に責任を求められる。「厳しいが公正」という評判は、一時的に自分のイメージが悪くなるような決断もできる客観性の証です。全員に好かれること、全員の承認を得ることは、彼女には重要ではありません。ここが依存段階との決定的な違いです。
彼女の限界は別のところにあります。彼女には「どうすれば人の助けになるか」についての、自作の理論・準拠枠が丸ごとあるのです(例:「自分の感じ方を話せば、相手の傷つきを無視することになる」)。Julianaの問いに答えることは、その理論に違反する。だから口をつぐむ。
問題は、この自作の信念と彼女自身の間に「すき間」がないことです。信念を対象化して「この理論、本当にいつも正しいのか?」と問えない。その結果、部下と人間的な近さを育てて動機づけを高めるという機会を、みすみす逃してしまうのです。
▼ シナリオ6:自分の流儀が絶対になるとき——Markのジレンマ
(境界をまたいでリードする場面)
・状況
Markは「再建屋」を自負する人物です。懸命に働いて、自動車アフターマーケット部品の老舗メーカーの製造担当副社長にまで上り詰めました。5年間の在任中、コスト削減と品質への再注力による業務効率化を自ら陣頭指揮し、会社の立て直しと体質強化を成し遂げてきました。
最近、Markは新しい製造担当次長のJasonと働き始めました。Jasonの採用には、Mark自身も関わっています。
当初は「チームへの素晴らしい戦力」と思っていたのに、最近のMarkは、Jasonのリーダーシップスタイルに不満を募らせています。部下や直属の報告者、製造現場の作業員たちとのJasonの接し方を観察してきたのですが——Jasonはリラックスしていて、形式ばらず、率直すぎるほど率直。「庶民派」としての彼の魅力は現場での人気に表れていますが、それはMarkのフォーマルで、超然とした、よそよそしいスタイルとは正反対なのです。
募る不満を和らげようと、MarkはJasonをランチに誘い、率直に伝えました。「部下や現場とのああいう接し方は、リーダーとしての君の権威を損ないかねない」と。
これを聞いたJasonは仰天します。そして、「リーダーは権威を示すために階層的な距離を保つべきだ」というMarkの見解には同意できないこと、自分は自然に感じられるやり方で人と接していること、仕事がきちんと回っている限り何の問題もないことを述べました。
ランチの終わりには、JasonはMarkの頑なさへの失望を隠せませんでした。今や彼はMarkを「ドアを閉ざして仕事をする、権威主義のミスター・オーソリティ」と見ています。Markが「強いが近寄りがたいリーダー」という評判を得てきたのは、きっとこういうことなのでしょう。
Markは、自分の「近寄りがたい」イメージのことは前から知っていました。彼が腹を立てたのはイメージのことではなく、Jasonの態度です。Jasonにはもっと成熟して、リーダーの地位にふさわしく振る舞ってほしかった。心の奥で、Markは自問しています。Jasonを採用したのは正しい判断だったのだろうか、と。
・論文の解釈
MarkもCourtney同様、他者からどう見られるかに縛られない、明確な自律的アイデンティティを持っています。組織の階層に盲目的に従っているわけでもなく、Jasonに反対されたからといって(依存段階の人のように)自分をリーダーとして疑い始めるわけでもありません。
彼の「階層的距離が重要だ」という理論は、自身の経験から自分で作り上げたものです。問題は、その自作の理論と強く一体化しすぎていて、他者がその理論の原則どおりに動かないと腹が立つこと。気さくな交流がもたらす利点を検討する余地が、そもそもないのです。
論文はここに、自立段階の限界を見ています。自作の信念・理論・準拠枠と本人の間に「すき間」がない。だから信念そのものを問い直す客観性が持てず、他者が自分の信念にうまく応じないと不安になるのです。
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■ 6シナリオを貫く構図
・依存段階(John、Shishir):他者や規範に「支配されている」ことに気づけない。自己が他者に埋没
・移行段階(Jennifer、Jim):自分の考えを作る力と、承認や他責の枠組みへの引力の間で、行ったり来たり
・自立段階(Courtney、Mark):他者の承認は不要。しかし自作の信念が絶対化し、信念自体を疑えない
つまり、段階が上がるにつれて「何に無自覚に縛られているか」が、他者→承認→自分の信念、と移り変わっていく構図です。そして各段階の「縛り」こそが、その段階のリーダーが特定の経験を「困難」と感じる理由であり、支援ネットワークが働きかけるべきポイントになる、というのが本論文の土台になっています。
なお論文は、発達段階があらゆる場面で一定とは限らないこと(例えば自立段階の人が、威圧的な上司の前では一時的に依存段階の反応に戻ることもある)、ただし高い段階の力を得た人は、その不一致に自分で気づいて修正しようとすること、も注記しています(Kegan, 1994; Kegan and Lahey, 2001)。
動画解説はこちら😊
https://youtu.be/7gZBFAmNMdk
会話形式の紹介はこちら😊
はぴテク相談室:尊敬する先輩に反対されて、自信がなくなった話
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