はぴテク相談室:「別につらくはない。でも、この人生でよかったとは思えない」の話
はぴテクさん、ちょっと聞いてもらえますか。最近、自分がよく分からなくて。
もちろんです。どうしました?
別に、つらいことがあるわけじゃないんです。仕事もあるし、友達もいるし、うつっぽいわけでもない。でも「自分の人生、うまくいってるなあ」とは全然思えなくて。なんというか…満たされてない?
ああ、それ、実はすごく「日本的」な状態かもしれません。ちょうど今月出たばかりの、16カ国3,299人を調べた研究があるんですが、日本の参加者はまさに「抑うつは低い、幸福感もそこそこ、でも『人生うまくいってる感』は16カ国で最下位」だったんです。
えっ、私みたいな人、データにも出てるんですか。
出てるんです。研究の世界では「フラリッシング」と呼びます。目的や意味のある人生を送れている、という繁栄の実感のことですね。つらさが無いことと、フラリッシングがあることは、別物なんですよ。
つらくない=幸せ、じゃないんだ…。じゃあ私に足りないものって何なんでしょう。友達を増やすとか?
それが面白いところで。この研究は「何が幸福を一番説明するか」を3つの候補で競わせたんです。①孤独感、②所属感(人とつながってる感覚)、そして③amor fati(アモール・ファティ)。
あもーる…? なんですかそれ。
ニーチェという哲学者の言葉で「運命愛」。良いことも悪いことも含めて、自分の人生を丸ごと「これでよかった」と愛せる態度のことです。ニーチェは「人間の偉大さの公式はamor fatiだ」とまで言っています。
壮大ですね…。で、3つのうちどれが勝ったんですか?
幸福感については、16カ国中16カ国で運命愛が1位。全勝です。フラリッシングも16カ国中15カ国で1位。孤独感やつながりよりも、「自分の人生を愛せているか」のほうが、幸せの説明力が強かったんです。日本でも同じでした。
へえー! てっきり「つながりが一番大事」って言われるかと思ってました。
つながりが大事じゃないわけではないですよ。抑うつとか心理的な痛みとか、「つらさ」の側を一番説明したのは孤独感でした。つまり役割分担なんです。つらさを減らす鍵は孤独対策、幸せを増やす鍵は運命愛、という感じで。
なるほど…。私の場合、つらさは無いから、足りないのは後者ってことか。でも正直、私の過去には「これでよかった」なんて思えないことも結構ありますよ。転職の失敗とか。
そこが大事なポイントです。運命愛は「悪いことを無かったことにする」でも「全部ポジティブに塗り替える」でもないんです。研究で使われた質問には「良い経験も悪い経験も含めて人生を振り返ったとき、この人生のあり方を愛している」というニュアンスの項目が並びます。失敗は失敗のまま、それも込みで「あれがあって今の自分がある」と抱きしめる感じですね。
うーん、それって「しょうがない」って諦めるのとは違うんですか?
いい質問です。諦め、つまり運命論は「どうせ変えられない」と受け身になること。運命愛は、受け入れた上で「そこから立ち上がる」ことまで含みます。ニーチェのイメージでは、人生の浮き沈みを喜んで引き受けて、それを乗り越えていく。むしろ能動的なんですよ。
受け入れて、終わりじゃない、と。…でも、それができる人が幸せなのは、なんか当たり前な気もしてきました。「幸せだから人生を愛せる」だけなんじゃ?
鋭い! 実はその通りの限界がこの研究にはあります。1時点のアンケート調査なので、「運命愛→幸せ」なのか「幸せ→運命愛」なのか、矢印の向きは分からないんです。ただ、楽観性や希望みたいな似た概念と比べても、運命愛には独自の説明力があることが別の研究で確認されつつあって、「単なる幸せの言い換え」ではなさそうなんですね。
じゃあ、試してみる価値はある、くらいの温度感ですね。具体的にはどうすれば…。
研究自体は「こう鍛えろ」までは検証していないので、あくまで私からの提案ですが。たとえばさっきの転職の失敗、あれが無かったら今のあなたに無かったものって、何かありますか?
えー…。あ、でも、あの失敗で「会社の看板より一緒に働く人で選ぶ」って軸ができて、それで今の職場に来たんですよね。今の同僚はすごく好きです。
今、ちょっとだけ運命愛っぽいことをしましたよ。失敗を消さずに、「あれがあって今がある」という一本の線でつないだ。その線が増えていくと、「この人生でよかった」の実感はじわじわ育つんじゃないかと思います。
たしかに、今の言い方だと、あの失敗ちょっとだけ愛せるかも…。ちょっとだけですけど。
ちょっとで十分です。それと最初の話に戻ると、あなたは「つらくないのに満たされない」ことを、なんだか後ろめたそうに話していましたよね。でもデータを見る限り、それは日本の若い世代にかなり広く共有された状態です。あなたが欠陥品なわけじゃない。
それ、地味に一番救われました。「贅沢な悩みかな」ってずっと思ってたので。
つらさを減らす努力と、幸せを育てる努力は別物。あなたは前者はもうできている。これからは「自分の人生の物語を、悪い章も込みで愛せるか」に取り組むフェーズなんだと思いますよ。
人生の悪い章かあ。帰ったら、過去の黒歴史を「あれがあって今がある」で繋げるやつ、ノートにやってみます。
いいですね。全部を無理に愛さなくていいので、まず一つだけ。それが運命愛の始め方としては、ちょうどいいサイズだと思います。
■ 今日のまとめ
- 「つらくない」と「人生うまくいってる」は別物。16カ国研究で、日本は抑うつが低いのにフラリッシング(人生の繁栄実感)は最下位という独特のプロフィールだった
- 幸福感を最も強く説明したのは、孤独感やつながりではなくamor fati(運命愛)=良いことも悪いことも含めて自分の人生を愛する態度。16カ国すべてで1位だった
- 運命愛は諦めとは違い、受け入れた上で立ち上がる能動的な態度。「あの経験があって今がある」と過去と現在を線でつなぐことが、小さな第一歩になる
■ 出典・注意事項
- 出典:Chang, E. C. et al. (2026). Beyond loneliness and belongingness, is amor fati important in accounting for positive and negative mental health in adults?: Evidence for the pan-cultural usefulness and robustness of Nietzsche's existential formula for human greatness in 16 countries. The Journal of Positive Psychology. https://doi.org/10.1080/17439760.2026.2714540
- 1時点の横断調査のため因果関係は不明です。「運命愛が幸福を生む」とは断定できず、逆方向の可能性もあります
- 参加者は主に大学生(日本は212名・平均18.8歳)で、成人全体への一般化には注意が必要です
- 対話中の「運命愛の育て方」の具体的提案は、本論文で検証されたものではなく、概念に基づく一般的な示唆です
論文本編の紹介はこちら😊
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-08-18-1787028540/