2026.09.26

豊かな国ほど「世界の未来」を悲観する〜ファントム不安効果〜

豊かさと悲観についての、ポーランドの最新研究

38の国際調査、50万人以上のデータをまとめて分析されました。


まず前提として、
豊かな国(平均寿命が長い、教育が行き届いている、所得が高い)の人ほど、

「今の自分の生活や人生」はちゃんと高く評価している。ここは順当。


ところが、
「世界経済は来年良くなる?」
「世界は良い方向に向かってる?」
「未来の世代は今より良い暮らしができる?」
と聞くと、

豊かな国ほど「いや、悪くなる」と答える。


例えばインドネシアでは81%が「世界経済は良くなる」と答えたのに、
フランスでは21%だけ。
これが1つの調査だけの話ではなく、

調べた38調査ぜんぶで同じ方向だった。(すごい一貫性)


また面白いのが、
「自分の未来」「自分の国の未来」「世界の未来」の3つを同じ人に聞くと、
豊かな国ほど、
自分の未来 < 国の未来 < 世界の未来
の順で悲観が強くなって、

遠いものほど悲観する、という扇のような広がり方をする。


なんでこんなことが起きるのか?
著者の説明は「ファントム不安理論」。
人間の脳には、危険がなくても勝手に警戒モードになる仕組みがある。
(ミーアキャットが理由もなく周りをキョロキョロ見張るのと同じ)
昔の危険な環境では役に立ったこの仕組みが、

安全になった今も止まらない。


で、行き場のない不安は「取り付く相手」を探す。
現実に危険が多い国では、目の前の心配事が不安を吸収してくれる。
でも安全で豊かな国では吸収されない不安が余るので、
「世界の未来」みたいな、

本当かどうか確かめようのない、ぼんやり大きいものに向かう。


つまり、
悲観が先にあって、心配のタネは後から選ばれている、

という順番かもしれない、ということ。


しかしファントム不安(対象のない不安)も良い点があって、
人類の文化が作られる源泉になってきたのではないかという仮説。
狩猟採取時代は直接的な危険が沢山あったから、ファントム不安はなかった。
しかし農耕時代に入っていくと直接的な危険が減ってきたからこそ、象徴的な思考が発達して宗教や思想が生まれたのではないか。

そう考えると近代化によって、その宗教性が落ちてきたことによって、新しい何かが必要になってきているとも言えますね。


幸せの観点でいうと、

  • 「なんか世の中ヤバい気がする」は、豊かで安全な環境の副作用かもしれない。世の中が本当にヤバいかどうかとは、別の話
  • 自分の生活は良いのに、遠い未来に不安を感じてしまうのは、自分だけでなく人類共通の仕様っぽい
  • 不安が対象を探しているだけなら、その不安に振り回されて「世界は終わりだ」と言い続けるより、目の前の身近な人や今日の生活に目を向けた方が、幸せには近そう

ちなみに、この研究は国レベルの比較なので、
「豊かな個人ほど悲観的」とまでは言えません。
それでも、「豊かになったのに、なんで不安なんだろう」を考えるヒントとしては、

かなり面白い視点かなと思います。


Foreboding Amid Prosperity: Phantom Anxiety Theory and Abstract Pessimism
豊かさの中の不安な予感:ファントム不安理論と抽象的悲観主義
Marcin Florkowski(ジェロナグラ大学、ポーランド)
プレプリント(査読前論文)、2026年
https://osf.io/preprints/psyarxiv/7vsgc_v2

豊かさの中の警報: ファントム不安理論 なぜ、人類史上最も安全な時代に生きる私たちが、 最も世界の未来に絶望しているのか? Based on the research of Marcin Florkowski, PhD (University of Zielona Góra) Gemini Notebook 社会が豊かになるほど、人は世界を悲観する 客観的現実(データ) ▸ 暴力、極度の貧困、乳幼児死亡率は歴史上最低水準。寿命と生活水準は向上し続けている。 主観的予測(心理) 「世界は間違った方向に向かっている」 「未来の世代は今より悪くなるに違いない」 この認識の相違は、人は、未来に対して強い悲観論を抱いている。 彼らは「自分の人生」に絶望しているわけではない 「単なる鬱」や「不満」ではない 145ヵ国のデータを分析した結果、HDI (人間開発指数)が高い国の住人ほど、 自分の現在の生活を高く評価している。 縦軸 現在の満足度 (Current Life Satisfaction) 自己評価は正確でポジティブ 彼らは自分が恵まれていることを認識 しており、今の生活には満足している。 悲観の対象は「自分の人生」ではなく、 「世界の未来」に限定されている。 r = .791 横軸 人間開発指数(HDI) © Gramss Notebook 遠い未来への悲観:「抽象的ペシミズム」の法則 38の国際調査・50万人以上のデータが示す圧倒的傾向 (HDIが0.10上がることに悲観層が約15%増加) フランス(HDI:極めて高) ・「来年、世界経済は強くなるか?」 →楽観的:21%/悲観的:79% インドネシア(HDI:低) ・「来年、世界経済は強くなるか?」 →楽観的:81%/悲観的:19% 客観的な悲観の理由が最も少ない国の人々が、最も未来を恐れている。 Gemini Notebooks 既存の心理学では、このパラドックスを説明できない 理論 | 予測される結果 | 実際のデータ ---|---|--- 楽観主義・希望理論(Dispositional Optimism) | 【予測】健康で資源が豊かな高HDI国ほど、未来に希望を持つはず。 | 【現実】完全に逆。豊かな国ほど希望を持たない。✕Fails ネガティビティ・バイアス(Negativity Dominance) | 【予測】実際の窮威や損失が多い低HDI国ほど、悲観的になるはず。 | 【現実】窮威が少ない国で楽観主義が最大化している。✕Fails 既存の理論はすべて「現実に存在する脅威」を前提としている。 私たちには「新しいレンズ」が必要だ。 © Genius Notebook ファントム・アンザイエティ(幻影の不安)理論 反応性システム (Reactive Mode) 生来の警戒システム (Endogenous Mode) 「脅威があるから、不安になる」(従来の理解) 「脅威がなくても、常に警戒を探し続ける」(PATOの様心) マルチン・フォルコプスキ博士(Dr. Marcin Florkowski)の提唱: 人間の神経系は、捕食者のように「理由なき不安(内なる警戒システム)」を自律的に生み出している。 A - PAST B - PRESENT 生存のための必須機能 「何も起きていない」時こそ警戒が必要。茂みの揺れを先回りして察知しなければ生き残れなかった。 現代社会とのミスマッチ 脳の構造は変わっていない。安全な環境に置かれても、警戒システムは停止せず、存在しない障害を探し続けて交回する。 Genius Notebook 「形のない不安」は、脳にとって耐え難い 「対象のない不安 (Phantom Anxiety)」 理由がわからないため、対できず 極めて不快な状態。 「標的の捜索」 脳不安を自当するため、レーダ ーを外に向け、脅威として見立てる 「代替の選び屋」を必死に探す。 「脅威の具体化」 対象に不安を紐つける(アンカリン グ)ことで、「何を恐れるべきか」が 明確になり、心理的安定を得る。 Gemini Notebook 脳が「見えない遠くの脅威」を選ぶ理由 具体的な脅威 (Concrete Threat) ×不採用 抽象的な脅威 (Abstract Threat) ✓完璧な主(=経ターゲット) 例:「トイレに蛇がいるかも」 理由:すぐに確認できてしまい、確認して安全だとわかれ ば、システムは再び「対象のない不状を不安」に戻ってし まうため、アンカーとして機能しない 例:「世界経済は崩壊する」「人類の未来は暗い」 理由:スケールが大きく検証がある一方で、誰にも確実 な検証ができないため、脳が「終わりのない脅威」を仮説す るのに最適なブラックボックスとなる。 Gonnos Notebook 心理的距離のグラデーション:理論の証明 「自分自身」 (Self) 「世界・未来」 (The World / Future) 直接体験できる課題。 検証可能なため、不安を能託しにくい。 直接の経験から最も遠い。 行き場のないファントム・アンディティを 控する最大のターゲットとなる。 道徳の経験から最も遠い。 行き場のないファントム・アンディティを 控する最大のターゲットとなる。 予測:社会が安全になり「直接の脅威」が減るほど、 この外側に向かうグラデーションは急激に強まるはずである。 データが示す「完璧なグラデーション」 悲観主義の高い 悲観主義の低い 悲観の低い 自分自身の未来 自分の国の未来 世界の未来 HDが0.10上昇するごとに、自分→国→世界と心理的距離が離れるにつれて、悲観主義の傾は平均3.73ポイントずつ急激に増加する。(Eurobarometer等の独立した12の調査でも完全に一致) 脅威が消えるとき、脳は自ら「悪魔」を創り出す 低HDI (Low HDI) 高HDI (High HDI) World 直接的な脅威が存在する環境では、警戒システムは現実に結びついており、乖離は起きない。 Country Self(自分自身) Country(自国) World(世界) Self Key Insight 説説の正体:退脅な環境で希望を失わないことよりも、現実の不安要素が取り除かれた途端、脳が自律的に脅威のイメージを生成し始めることこそが真の脅さである。 Gemesis Notebook 因果関係の逆転:不安が「世界観」を生む 脅威(Threat)→ 不安(Anxiety) 私たちが信じている順序:「世界が危機に瀕しているから、私は不安なのだ」 余剰不安(Phantom Anxiety)→ 標的の生成(Threat Generation)→ 悲観的妄想(Abstract Pessimism) 真のメカニズム:「私が安全すべて行きこそ行かない不安を抱えているから、世界が危機に瀕していることしている のだ」 現実の骨髄(例:ウクライナ侵攻)が発生すると、代替の骨髄を探す必要がなくなり、抽象的ペシミズムが減少することがデータで確認されている。 Gemini Notebook 見えない脅威が、人類の「文化」を形作った? 1. 狩猟採集からの脱
投稿者による補足(4件)
補足 1

【背景】

■ 出発点:「豊かな国ほど悲観的」という異常事態

▼ まず、国の「豊かさ」をどう測るか
  • 論文が使う指標はHDI(人間開発指数)。国連開発計画が毎年発表する、健康(平均寿命)・教育(就学年数)・所得の3つを合成した指数で、0〜1の値をとる(United Nations Development Programme, 2025)
  • HDIが実際の生活状況を正しく反映していることは、先行研究で確認済み(Ngoo & Tey, 2019; Yin et al., 2023)
▼ 豊かな国の人は、自分の「今の生活」はちゃんと高く評価している
  • 世界幸福度報告(World Happiness Report)は145か国の「自分の人生の評価」を毎年集計している(Helliwell et al., 2026)
  • 著者がHDIと人生評価の相関を計算すると r = .79(rは相関係数。−1〜+1で、1に近いほど「一方が高いともう一方も高い」)。HDIだけで国ごとの人生評価の差の約63%を説明できる
  • これは Ngoo & Tey (2019) が144か国で得た「HDIが生活満足度の国間差の63%を説明する」という結果とほぼ一致
▼ ここが話の要点
  • つまり豊かな国の人は「今の生活はいい」と正しく認識している。にもかかわらず「これからの世界」は悲観する。この食い違いが本論文の出発点になる
▼ 既存の「悲観主義」概念では説明できない理由
  • 一般的な悲観主義(何事も悪く見る傾向)なら、今の生活評価も低くなるはずだが、そうなっていない
  • 防衛的悲観主義(Norem & Cantor, 1986):自分の行動の失敗をあらかじめ想定して不安をコントロールする戦略。これは「自分の行動」についての予測であり、「世界の未来」への悲観とは対象が違う

■ 「抽象的悲観主義」という新しい概念の定義

▼ 定義
  • 抽象的悲観主義(Abstract Pessimism)=自分の直接経験から遠い対象について、未来の変化や状態を否定的に予測すること。対象の実態も予測の当否も、確かめるのが難しいものを指す
▼ 定義の土台になっている理論
  • 解釈レベル理論(Trope & Liberman, 2010):心理的距離の理論。時間・空間・社会的関係・確からしさの面で「自分から遠い」ものほど、人は抽象的・大まかに考える、という心理学の理論
  • 論文はこの「心理的距離」と「内容のあいまいさ」の2つで抽象度を定義している
  • 例:「来年、世界経済は強くなるか?」は抽象的。「自国のGDPは来年2%以上成長するか?」は具体的で、後者は分析対象から除外
▼ 調査データの出どころ
  • Ipsos、Pew Research Center、YouGov、Gallup、GlobeScan、WVS/EVS(世界価値観調査・欧州価値観調査)の6機関のアーカイブを体系的に検索
  • 代表例:Ipsos「2026年予測」調査(Ipsos, 2025)では、HDIが下位のインドネシアの81%が「世界経済は強くなる」と答えたのに対し、HDIが非常に高いフランスでは21%だけ
  • 他にも GlobeScan の「希望指数」(GlobeScan Foundation, 2014)、YouGov(2015)、Ipsos の Perils of Perception(Ipsos, 2017)、Ipsos/Halifax 安全保障フォーラム調査(Bricker, 2021)など

■ 客観的な世界は良くなっている、という背景

  • HDI、実質GDP、平均寿命、飲料水・電気・医療へのアクセスは上昇、極度の貧困と子どもの死亡率は低下
  • 暴力も長期的に減少している(Pinker, 2011。『暴力の人類史』として邦訳あり)
  • つまり悲観の「客観的根拠」が最も薄い国で、悲観が最も強い

■ 既存の心理学理論はなぜ説明に失敗するか

論文は「主要な理論はどれも、逆の予測をしてしまう」と整理します。

▼ 楽観・希望の古典理論
  • 気質的楽観主義(Carver & Scheier, 2014):「物事はうまくいく」という安定した期待は、成功体験によって育つ、とする理論
  • 希望理論(Snyder et al., 1991):希望=目標に向かう意志(willpower)と、道筋を見つける力(waypower)の組み合わせ
  • どちらも「資源が豊かで目標が達成しやすい高HDI国ほど楽観的になるはず」と予測する → データと逆
▼ 脅威・損失に関する理論
  • ネガティビティ優位(Baumeister et al., 2001):「悪いことは良いことより強い」。人はネガティブ情報に強く反応する
  • 脅威の優先処理(Öhman et al., 2001):「草むらのヘビ」実験。人は脅威対象を自動的・素早く検出する
  • 資源保存理論(Hobfoll, 1989):ストレスは資源(お金・時間・人間関係など)の損失やその脅威から生じる
  • これらは「実際の脅威や損失が多い低HDI国ほど悲観的になるはず」と予測する → やはりデータと逆
▼ 部分的には合うが、全体像は説明できない理論
  • 個人と集団の乖離(Shrikanth et al., 2018):人は自分の未来には楽観的でも、社会の未来には悲観的、という現象
  • 補償的コントロール理論(Kay et al., 2008):自分でコントロールできない不安があると、神や政府など外部のシステムに頼って安心を得る
  • システム正当化理論(Jost et al., 2004):人は現在の社会体制を(不利でも)正当化する傾向がある
  • いずれも「今の生活は肯定、未来は悲観、HDIが高いほど悲観が強まる」という3点セットを同時に予測できない

■ 論文の理論的柱:進化と「内因性の不安」

▼ 動物行動学からのヒント
  • ミーアキャットは、危険の合図が何もなくても、ときどき作業を中断して周囲を見張る(Clutton-Brock et al., 1999)。これは外の刺激で起こる警戒ではなく、内側から自動的に生じる警戒
  • 論文はこれを人間にも当てはめ、「人間の不安システムにも、脅威がなくても勝手に作動する内因性モード(体の内側から生じるモード)がある」と仮定する
▼ ファントム不安理論(PAT)
  • 著者自身が別論文で提唱した理論(Florkowski, 2026, Evolutionary Behavioral Sciences)
  • ファントム不安=対象のない、形のない不安の高まり。進化的ミスマッチ(昔の危険な環境に合わせて作られた仕組みが、今の安全な環境に合わない状態)の産物
  • 不安は対象がないと不安定なので、「信じられるが、確かめようがなく、あいまいな脅威」を探して取り付く。世界の未来はその理想的な「担ぎ手」になる
  • 同論文では、2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際、「本物の脅威が現れると、代替の不安対象を作る圧力が下がる」という予測が検証されている

■ 「勾配仮説」の背景となる先行研究

▼ 先行する発見
  • 個人と集団の乖離(Shrikanth et al., 2018)は「自分の未来 > 社会の未来」の楽観差を示したが、そのメカニズムは未検証で、「HDIが上がるほど差が広がる」ことも予測していない
▼ 集団心理学の理論は逆を予測する
  • 内集団ひいき(Tajfel et al., 1971):人は自分の所属集団を優遇する
  • 積極的な社会的独自性(Turner, 1975):自集団を他集団より良く見たがる
  • 栄光浴(Cialdini et al., 1976):自分の大学が勝つと「私たちが勝った」と言い、負けると「彼らが負けた」と言う
  • 言語的集団間バイアス(Maass et al., 1989):自集団の良い行動は抽象的に、悪い行動は具体的に語る
  • これらからは「自分の国の未来も肯定的に評価するはず」と予測される。しかし実際は自国の未来も悲観的で、しかも「自分<自国<世界」の順に悲観が強まる
  • この勾配を検証したデータ:Global Commons Survey 2024(Ipsos, 2024)、Ipsos Global Trends 2013(Ipsos, 2013)、YouGov Global Survey 2016/2017(Smith, 2016a)、標準ユーロバロメーター9回分(European Commission, n.d.)

■ 話の流れのまとめ

  • HDIは生活状況を正しく表し、人々は今の生活を正しく評価している(UNDP; Ngoo & Tey; Yin et al.; WHR)
  • それなのに未来だけ悲観する → 解釈レベル理論で「抽象的悲観主義」を定義(Trope & Liberman)
  • 楽観・希望・脅威・損失の主要理論はすべて逆を予測する(Carver & Scheier; Snyder; Baumeister; Öhman; Hobfoll)
  • 部分的に合う理論も全体像は説明できない(Shrikanth; Kay; Jost)
  • 動物の内因性警戒(Clutton-Brock)から着想した「ファントム不安理論」(Florkowski, 2026)が、豊かさと悲観の関係と、自分→国→世界の勾配を同時に予測する
補足 2

【研究内容】

  • 「国が豊かになるほど、人々は未来を悲観する」という現象が本当に一般的なのかを、大規模な国際調査データで確かめる
  • 既存の心理学理論では説明できないこの現象を、ファントム不安理論(PAT)で説明し、理論から導かれる追加の予測も検証する
  • 分析は大きく2段階。第1段階が「HDIと抽象的悲観主義の関係」、第2段階が「心理的距離による勾配」の検証

■ 方法1:HDIと抽象的悲観主義の関係(38調査の分析)

▼ データの集め方
  • Ipsos、Pew Research Center、YouGov、Gallup、GlobeScan、WVS/EVS(世界価値観調査・欧州価値観調査)の6機関のアーカイブを体系的に検索
  • 新しくデータを集めたのではなく、公開済みの調査結果を再分析する二次分析(既存データを別の目的で分析し直す手法)
  • データと分析材料はOSF(Open Science Framework:研究データを公開・共有するサイト)で公開。ただし事前登録(分析計画を事前に登録して後出しを防ぐ手続き)はしていない
▼ どんな質問を対象にしたか
  • 「広くて集合的で、自分の直接経験から遠い対象の未来」を尋ねる質問(例:世界経済は来年強くなるか、世界は良い方向に向かっているか)
  • 予測の当否を確かめにくいもの
  • 悲観的な回答の方向がはっきり特定できるもの
  • 10か国以上で比較でき、国ごとの結果が公開されているもの
  • 逆に「AIは自国の雇用を増やすか」のような、対象も検証基準も具体的な質問は除外
▼ 選ばれた指標
  • 38の独立した調査から39の指標(1つの調査が2指標を提供)
  • 重要な点:結果の方向や大きさを見てから指標を選んだのではなく、選定後に分析した(結果によるつまみ食いを防ぐため)
  • 39指標のうち30は国ごとの数値が揃っていて相関係数を計算できた。残り9は「OECD諸国 vs 非OECD諸国」のような要約結果だけが公開されていたので、記述的な比較にとどめた
▼ 分析
  • 各指標について、国のHDI(人間開発指数:健康・教育・所得を合成した0〜1の指数)と悲観的回答の割合との相関係数rを計算
  • 多重比較の補正(たくさんの検定をすると偶然「有意」が出やすくなるのを補正する手続き)としてHolm法を使用

■ 結果1:豊かな国ほど悲観的

▼ 代表例:Ipsos「2026年予測」調査(30か国)
  • 「世界経済は2026年に2025年より強くなるか」
  • HDI下位2番目のインドネシアでは81%が「強くなる」、悲観は19%
  • HDIが非常に高いフランスでは「強くなる」は21%、悲観は79%
  • 30か国全体でHDIと悲観率の相関は r = .82。HDIが0.1上がるごとに、悲観的な回答者が平均約15ポイント増える
▼ 全体の結果
  • 相関を計算できた30指標すべてで、HDIが高いほど悲観が強かった
  • 補正前は27指標が統計的に有意(偶然では説明しにくい水準)、Holm補正後も24指標が有意
  • 記述的比較しかできなかった9指標も、すべて同じ方向
▼ 主な指標の例
  • 「世界は良くなるより悪くなっている」(YouGov, 2015、17か国):r = .57
  • 「世界の最貧層の生活は悪化する」(Ipsos, 2017、28か国):r = .53
  • 「世界では悪くなることより良くなることが多い」(Bricker, 2021、28か国):r = −.58(楽観指標なのでマイナスが「豊かなほど楽観が低い」を意味する)
  • GlobeScanの希望指数(2013〜14年、12か国):米国16、英国19に対し、ケニア62、インドネシア75
  • 「未来の世代は今より良い生活を送れる」(GlobeScan, 2020):OECD諸国29%、非OECD諸国50%
  • 「世界は間違った方向に進んでいる」(GlobeScan, 2026、33か国):中国+59、ベトナム+55に対し、フランス−64、オランダ−62
▼ 楽観の側も確認
  • 悲観が増えたのは「どちらでもない」が減っただけかもしれない。そこで楽観指標も別に分析
  • 30指標すべてで相関はマイナス(豊かなほど楽観が低い)、27指標が有意で、Holm補正後もすべて有意のまま
  • つまり中立が悲観に流れたのではなく、楽観そのものが減っている
▼ 著者の強調点
  • 調査機関、年、国のセット、質問文がバラバラなのに、結果は驚くほど一貫していた
  • 客観的には世界は改善しているのに(HDI、GDP、平均寿命の上昇、貧困・暴力・子どもの死亡率の低下)、悲観の根拠が最も弱い国で悲観が最も強い

■ 理論:ファントム不安理論(PAT)

▼ 既存理論の問題
  • 楽観・希望・脅威処理・資源損失の理論は、どれも「生活が厳しい国ほど悲観的」と予測する。データはその逆
▼ PATの考え方
  • 人間の不安システムには2つのモードがある
  • 反応モード:実際の脅威を認識して起動する(従来の研究が扱ってきたもの)
  • 内因性モード:脅威がなくても、内側から自動的に「警戒状態」を作る(ミーアキャットが理由なく見張りをするのと同じ)
  • 危険だった祖先の環境では後者が生存に役立ったが、安全な現代では「進化的ミスマッチ」(昔に合わせた仕組みが今の環境に合わない状態)になる
  • こうして生じる、対象のない形のない不安を「ファントム不安」と呼ぶ
▼ ファントム不安はどう振る舞うか
  • 対象のない不安は心理的に不安定で、取り付く相手を探す
  • 脅威として「信じられるが、確かめようがなく、あいまい」な対象が最適。具体的すぎると本物の恐怖を呼び起こすし、ありえない話では役に立たない
  • 不安が対象に結びつくと、扱いやすくなり、予防行動もとれて、かえって落ち着く
▼ PATが予測すること
  • 低HDI国では、目に見える現実の脅威が内因性の不安を吸収するので、代替対象の必要が少ない
  • 高HDI国では、吸収されない不安が余り、「世界の未来」のような抽象的対象に向かう → 抽象的悲観主義が強まる

■ 方法2:勾配仮説の検証

▼ PATから導かれる追加の予測
  • 対象が抽象的なほど不安の担ぎ手になりやすいなら、悲観の強さは「自分の未来 < 自国の未来 < 世界の未来」の順になるはず
  • しかも、この差(勾配)はHDIが上がるほど広がるはず
  • この予測は、同じ回答者が同じ尺度で3つの対象を評価している調査でなければ検証できない
▼ 調査の選定基準
  • 調査対象国の75%以上がHDI 0.7以上(高または非常に高い人間開発)
  • 同じ回答者が、個人→集団と順序づけられた3つ以上の対象の未来を、比較可能な尺度で評価している
  • 国ごとの悲観・楽観の割合が公開されている
▼ 選ばれた調査(4プログラム、計12回の実施)
  • Global Commons Survey 2024(Ipsos, 2024):22か国、2万2千人。自分・自国・世界の未来
  • YouGov Global Survey 2016/2017(Smith, 2016a):21か国、2万3千人以上。「2017年は2016年より良くなるか」を自分と家族・自国・世界について
  • Ipsos Global Trends 2013(Ipsos, 2013):20か国、1万6千人。自分と家族・地域・自国・世界の4段階
  • 標準ユーロバロメーター(European Commission, n.d.):9回分。最も遠い対象はEU
  • 補助的にYouGov EuroTrack(Smith, 2016b):7か国、2段階のみ
▼ 分析
  • 国ごとに、各対象についての悲観率をHDIに対してプロット
  • 回帰分析(ある変数から別の変数を予測する統計手法)で「HDI × 心理的距離」の交互作用(距離が遠くなるほどHDIの効果が強くなるかどうか)を検定

■ 結果2:豊かになるほど「線が扇のように開く」

▼ Global Commons Survey 2024
  • HDIと悲観率の関係は、自分の未来でもプラス、自国の未来でより強く、世界の未来で最も強かった
  • 交互作用は b = 3.73(p < .001)。自分→自国→世界と一段遠くなるごとに、「HDIが0.1上がると悲観率が何ポイント上がるか」の傾きが平均3.73ポイントずつ急になる
▼ 再現
  • ユーロバロメーター9回分:すべての回で交互作用がプラスで有意。最も強い関係は常にEUの未来について
  • YouGov Global Survey:b = 3.10、p < .001
  • Ipsos Global Trends 2013:b = 2.38、p = .007。並べ替え検定(データをシャッフルして偶然の分布と比べる検定)でも p = .035
  • EuroTrackの2段階テストでも同じ方向
▼ 楽観の側
  • 4プログラムすべてで、HDIが上がるほど楽観は下がる
  • ただし「距離が遠いほど落ち方が急になる」というパターンは、悲観の側ほど強くも規則的でもなかった

■ 考察

▼ 図が示す2つの驚き
  • 厳しい条件下の人の方が、未来への期待が楽観的。逆境でも希望は保たれる
  • HDIが低い側では、自分・自国・世界の評価はほぼ横並びで悲観は低い。HDIが上がるにつれて3本の線が扇状に開き、世界の未来への悲観が最も急に増える
▼ PATによる解釈
  • 直接の脅威が激減しても内因性の不安は消えず、より遠い対象へ移動する
  • 逆説なのは「逆境でも希望が保たれること」ではなく、「本当の心配事が取り除かれると、心が自分で脅威の表象を作り出すこと」
  • 因果の矢印が逆転する:不安が先にあり、不安が担ぎ手となる対象を選ぶ(あるいは作る)。その対象が後から「不安の原因」として体験され、対処すべき問題に見える
  • 本物の脅威が現れると代替対象を作る圧力は下がるはず。この予測は、2022年のウクライナ侵攻後の分析で確認済み(Florkowski, 2026)
▼ 広がる含意
  • 高HDI国で不安障害の発生率が高止まりしていることの、新しい解釈になりうる
  • 年代、機関、質問の言い回し、文化を超えて現象が繰り返し現れることから、特定の文化の産物ではなく、人間の不安システムの生物学的な性質を反映している可能性
  • 人類史への仮説:集団化・協力・脅威の減少がファントム不安を解放し、目に見えない敵、悪霊、罰する神など、祈りや儀式や供物でなだめられる「象徴的な担ぎ手」を作る圧力になった。これが象徴的思考や「人間化(サピエンス化)」を後押しした一因かもしれない

■ 限界(著者自身の整理)

  • 横断的(ある一時点のデータ)で国レベルの分析。HDIの上昇が悲観を「引き起こす」とは言えず、「豊かな個人ほど悲観的」という個人レベルの結論も導けない
  • 検索は特定の6機関に絞ったので、他機関の該当調査を見逃した可能性がある
  • 「抽象的悲観主義」の境界は不明確。どこまで具体的になれば抽象的でなくなるかは未確定
  • 勾配の検証は主に高HDI社会で行われ、それ以外への一般化は慎重に
  • ファントム不安そのものや、不安が対象に取り付く過程を直接測定してはいない
  • 高HDI国は高齢者の割合が高く、「自分の未来」への悲観は健康悪化などの現実的な予期で説明できるかもしれない。ただし年齢効果なら自分の未来で最も強く出るはずで、世界の未来で最も強い勾配は説明できない
補足 3

動画解説はこちら😊
https://youtu.be/42KVbl0I4xs

補足 4

会話形式での紹介はこちら😊
はぴテク相談室:生活は順調なのに、なぜか未来が不安な話
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-09-26-1790360520/

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