2026.09.30

「感情は変えられる」と信じている人は、仕事で疲れにくい

〜職場における感情マインドセット〜

感情についての「思い込み」と働く人の幸福度についての、アメリカの最新研究

イェール大学のチームが、学校で働く人3,282人を調査した論文(査読前のプレプリント)です。


調べたのは、
「自分の感情は、変えられるものだと思っているか」
「それとも、湧いてくるものだから、どうしようもないと思っているか」
という、感情についての信念。

これが、仕事の疲れや満足度とどう関係するかを見た研究。


結果としては、
「感情は変えられる」と信じている人ほど、
→感情的にすり減る感じが少ない
→人を支えることで心がすり減る「共感疲労」も少ない
→仕事の満足度が高い
→辞めたい気持ちも少ない

最初の時点の幸福度をそろえて、2か月後を比べても、この差が出ました。


ここで大事なのは、
「変えられる」というのは、
腹が立ったり不安になったりする最初の反応を止める、という話ではないこと。
最初の感情は誰にでも勝手に湧いてきます。

違いが出るのは、その「あと」です。


研究で一番効いていたのは「反すう」。

嫌な出来事を、夜になっても頭の中でぐるぐる繰り返してしまうやつです。


「感情はどうにもできない」と思っていると、
腹が立った自分に「また無理だった」と無力感がわいて、
その無力な自分についてまた考え続ける。
つまり、最初の感情の上に、
「感情についての感情」が積み上がっていく。

これが仕事のあとの回復時間を食いつぶす。


逆に「変えられる」と思っている人は、
「今、腹が立ってるな。どう扱おう」と眺められるので、
上に積み上がる層が薄い。

焦らず別のやり方を試せて、ぐるぐるに入りにくい。


もうひとつ面白いのが、
この信念の効き目は、感情を扱うスキルがある人でとくに強かったこと。

感情は変えられると信じる気持ち × 感情を扱う技術、の掛け算が、幸せに効く😊


幸せの観点でいうと、最初の感情は変えなくていい。
変えられるのは、その感情に自分がどう反応するか、のほう。

  • 湧いた感情は「そりゃそうだよね」と一度認める
  • 夜のぐるぐるが始まったら「あ、今、反すうしてるな」と気づく
  • そのうえで「別の見方はないかな」と一つだけ探してみる
    という感じ。
    感情そのものより、感情との付き合い方の方が幸せを左右する😊

Emotion Mindsets at Work: Emotion Malleability Beliefs, Emotion Regulation, and Employee Well-Being in Two National Studies
職場の感情マインドセット:感情の可変性についての信念、感情調整、従業員の幸福度に関する2つの全国調査
Peihao Luo, James L. Floman, Marc A. Brackett(イェール大学感情知能センター、アメリカ)& Annette R. Ponnock
PsyArXiv プレプリント, 2026/9/22(Journal of Applied Psychology に投稿中・査読前)
https://osf.io/preprints/psyarxiv/pgswc_v1/

感情マインドセットが職場を変える:「感情はコントロールできる」という信念が従業員のウェルビーイングを高める理由 SECTION 1: 感情マインドセットが幸福感を高めるプロセス 可塑的なマインドセット (Plastic Mindset) 「感情は変えられる」 という信念 Cognitive Reappraisal (再評価) Disengagement (離脱) 仕事の満足度向上 ➔ 離職意向の低下 反芻(思い悩み)の 減少がバーンアウト 防止の最大の効力 感情的消耗感 &思いやり疲弊 軽減 感情をコントロールできる実感が 職場のポジティブな環境につながり、 ストレスを低い職場を防ぎます SECTION 2: 「意欲(Will)」と「スキル(Skill)」の相乗効果 意欲(Will): 感情を変えたい動機 スキル(Skill): 具体的な調節スキル 相乗効果 感情調節能力(ER Ability)が高いほど マインドセットの真価 が発揮される + 反動の 抑制効果 が最大化 スキルが低い場合 適切な行動に涯進できず、 ウェルビーイング が伸びにくい 感情調節能力が低い場合、 モチベーションだけでは 効果が限定的 感情は「天気」ではなく「データ」である 最新の心理学が解き明かす、ストレス社会を生き抜くための「感情のOS」アップデート。 3,200人以上のビジネスパーソン調査から見えた、燃え尽きない人の心のメカニズム。 同じストレスを浴びても、 燃え尽きる人と成長する人がいる 現代の職場は、常に高い感情的 労働(エモーショナル・レイバー) を私たちに要求します。 しかし、激しいプレッシャーの 中で「心が折れる人」と「しなやか に適応する人」の違いは、 才能でも性格でもありません。 違いを生むのは、たった一つの 「無意識の思い込み」でした。 高負荷な 業務・人間関係 燃え尽きる人 (Burnout) 成長する人 (Growth) 運命を分ける「感情のパラダイム」 固定マインドセット しなやかマインドセット あなたが自身の感情に対して抱いている「潜在的な信念(マインドセット)」が、心の健康を左右します。 固定マインドセット(Fixed) 「感情は自然発生するものであり、自分でコントロールすることはできない」という思い込み。 しなやかマインドセット(Malleable) 「感情は自分の努力と工夫次第で、変化させ、管理することができる」という確信。 Genius Notebook あなたの「感情のOS」はどちら? 固定(Fixed) しなやか(Malleable) 根本的な信念 (Core Belief) 「感情には抗えない」 (被害者モード) 「感情は扱うことができる」 (エージェンシー・主体性) ストレス直面時の反応 (Reaction to Stress) 圧倒され、感情から逃げよう とするか、溺れる。 感情を受け入れ、解決策や意 味を見出そうとする。 長期的な結果 (Long-term Result) 慢性的な疲労、バーンアウト (燃え尽き症候群)。 高いウェルビーイングと仕事 への満足感。 Genesia Notebook ストレスが直面する「心の分岐点」 ストレス (Stressful Event) マインドセット・フィルター (The Mindset Filter) 再評価(ポジティブな変換) 反すう (ネガティブなループ) 現実逃避 (シャットダウン) 選択される3つの「感情コントロール戦略」 認知的再評価 (Reappraisal - Adaptive) 状況を別の角度から見つめ直し、ポジティブな意味を見出す。しなやかマインドセットを持つ人が得意とするルート。 反すう (Rumination - Maladaptive) ネガティブな感情やその原因について、強迫的・反復的に考え続ける。解決には向かわず、苦悩を増幅させる。 行動的放棄 (Disengagement - Maladaptive) 感情や状況と向き合うことを諦め、シャットダウンする。一時的な防衛は能だが、長期的には問題解決を悪化させる。 © Genius Notebook 心の回復を奪う最大の罠「反すう」ループ 研究において、固定マインドセットがメンタルヘルスを悪化させる最大の要因は「反すう(Rumination)」であることが判明しました。 感情をコントロールできないと信じている人は、問題解決ではなく「無限の悩みループ」に陥り、回復のための貴重なエネルギーを浪費してしまいます。 Trigger 職場での 強いストレス Belief 仕事の悩みは どうにもならない Action 脳内で無限 リピート (反すう) Consequence 「回復時間」 が消滅 Result 悪循環を招すハーバード大へ Genius Notebook 3,200人超のデータが示す科学的根拠 N = 3,282 全米の教育現場で働くプロフェッショナルを対象とした2つの大規模調査。 対象者は全員、極めて高い「感情的労働(エモーショナル・レイバー)」と慢性的なストレスに晒されている職種。 構造方程式モデリング(SEM)を用いて、マインドセット、感情コントロール戦略、ウェルビーイングの因果関係を解析。 Geminis Notebook マインドセットがもたらす圧倒的な「ウェルビーイング格差」 データは明確です。「自分の感情は変えられる」と信じている従業員は、効果的な感情コントロールを行い、悪循環を避けるため、劇的に高いウェルビーイングを維持しています。 職務満足度 (Job Satisfaction) 感情的消耗感 (Emotional Exhaustion) 共感疲労 (Compassion Fatigue) Positive Impact Reduction Reduction Gemesis Notebook 「信じる力」に「扱う技術」が掛け合わさる時 Will: しなやかマインドセット Skill: 感情調整スキル 圧倒的なウェルビーイングと パフォーマンス 「感情はコントロールできる」という強い意志(Will)があっても、実際にどうコントロール すればいいのかという技術(Skill)が伴わなければ、その効果は半減してしまいます。研究の 第2段階では、個人の「感情調整スキル」がこのメカニズムにどう影響するかかを測定しました。 感情の「Will × Skill」マトリックス 最高の成果(スライビング)を生み出すのは、マインドセット(Will)とスキル(Skill)の両方が高い状態です。スキルが高い人ほど、しなやかなマインドセット の恩恵を最大化できます。 Will(意志・やる気) 迷走ゾーン (Frustration Zone) High Will, Low Skill. 意志はあるが手探りが多く、 反すに陥りやすい。 スライビング・ゾーン (Thriving Zone) High Will, High Skill. 再評価をフル活用し、 最高の職務満足度を誇る。 無力感ゾーン (Helpless Zone) Low Will, Low Skil
投稿者による補足(4件)
補足 1

【研究背景】

■ この研究の背景:「感情は変えられる」という信念は、働く人の心の健康とどう関わるのか

この論文(Luoほか、2026年プレプリント)は、「自分の感情は変えられる(可変的)」と信じているか、「感情はほぼコントロールできない(固定的)」と信じているか、という「感情マインドセット」が、感情的な負荷の大きい仕事に就く人のウェルビーイング(心の健康・仕事への満足など)とどう関係するかを調べたものです。
ここでは、この研究が土台にしている先行研究を、話の流れに沿って整理します。


■ 1. マインドセット研究の土台:「自分にはできる」という感覚が行動を左右する

▼ 社会的認知理論
  • Bandura (1991, 1997) の社会的認知理論では、人が「自分は世界や自分自身をコントロールできる」と考えるかどうかが、その対象に取り組む動機づけに直接影響すると考えます。「自分には影響を与えられない」と感じると、やろうという意欲そのものが下がります。
  • こうした信念の多くは、社会的学習を通じて無意識に内面化される「暗黙の信念」です(Bandura, 1997)。
▼ 可変マインドセットと固定マインドセット
  • Dweck (1999, 2006) や Yeager & Dweck (2012, 2020) は、ある性質(たとえば知能)が努力で変わると信じる「可変(成長)マインドセット」と、変わらないと信じる「固定マインドセット」を区別しました。
  • Walton & Wilson (2018) は、こうした「マインドセット」と呼ばれる信念が、人が経験を意味づけ、行動する仕方に関わることを論じています。

■ 2. 感情マインドセット:感情は「変えられるもの」か「変えられないもの」か

▼ 概念と測定
  • Tamir et al. (2007) は、人によって「感情は修正可能で変えられる」と信じる度合いに差があることを示し、それを測る「感情に関する暗黙理論尺度(ITES)」を開発しました(4項目)。
  • De Castella et al. (2013) は、この尺度を「感情一般について」ではなく「自分自身の感情について」尋ねる形に書き換え、その方が感情調整やウェルビーイングをより良く予測することを示しました。
  • Ford & Gross (2019) は、人が感情についてどう考えるかが、感情の経験や対処の仕方に関わることを整理し、感情マインドセットを連続的な変数として扱うことを提案しています。なお、ITESは感情の可変性だけでなく、感情に対する主体感や、感情調整に対する自己効力感(自分にはうまくできるという感覚)など複数の側面を拾っている可能性も指摘されています(Ford & Gross, 2019)。
▼ なぜ信念が重要なのか
  • 感情調整(Emotion Regulation, ER:自分の感情を管理しようとする働き)は、努力を要し、認知的に複雑で、生理的にも負担が大きい行為です(Richards & Gross, 1999)。
  • そのため、「感情はコントロールできない」と信じていると、感情を管理しようという動機が下がり、慢性的な回避や低いウェルビーイングにつながりうると考えられています(Ford & Gross, 2019)。
  • 逆に「自分の感情には自分で働きかけられる」と信じる人は、限りある認知資源や努力を感情管理に費やす動機を持ちやすく、「努力は報われるかもしれない」と感じやすいとされます(Ford & Gross, 2019)。
  • 固定的な感情マインドセットを持つ人は、適応的な感情調整戦略の実行が不十分になりがちで、不適応な戦略を選びやすく、調整の試みを早く諦める傾向が報告されています(Kim et al., 2020; Kneeland et al., 2016; Veilleux et al., 2021)。
  • 時間が経つにつれ、可変的なマインドセットを持つ人は感情に関する知識や適応力を高めていく可能性も論じられています(Floman et al., 2023)。

■ 3. 感情マインドセットと心理的ウェルビーイングの関係

▼ 可変マインドセットとウェルビーイングの正の関連
  • 可変的な感情マインドセットは、より多いポジティブ感情・より少ないネガティブ感情、高い人生満足度、少ないメンタルヘルスの問題と関連することが報告されています(De Castella et al., 2013; Ford et al., 2017; King & dela Rosa, 2019; Kneeland et al., 2016)。
▼ 固定マインドセットはリスク要因
  • 逆に固定的な感情マインドセットは、不安や抑うつなどの臨床的な問題のリスク要因とされており、「感情はコントロールできない」という信念が慢性的な回避につながると考えられています(Goodman et al., 2021; Skymba et al., 2022)。

■ 4. 関係をつなぐ「感情調整戦略」:どんな対処をするかが媒介する

▼ 媒介研究
  • 感情マインドセットとウェルビーイングの関連は、少なくとも部分的に、どのような感情調整戦略を使うかによって説明できると考えられています。複数の研究で、この関係が感情調整戦略の使用によって媒介されることが示されています(De Castella et al., 2018; De France & Hollenstein, 2021; Skymba et al., 2022)。
  • 例えば Shang et al. (2025) は、可変的なマインドセットが、感情の抑制(感情を表に出さないよう抑え込むこと)の少なさを介して、主観的な不安の低さや心拍・皮膚電気反応といった生理指標の低さと関連することを報告しています。
  • 「感情は変えられる」と信じる人は、感情を反芻(ネガティブなことを繰り返し考え続けること)したり回避したりするより、感情を認めて統合する戦略を使いやすいとされます(Ford & Gross, 2019; Kneeland et al., 2016; Schroder, 2021)。
  • Hong & Kangas (2021) は、可変的なマインドセットを持つ人が、認知的再評価(出来事の捉え方を変える)、問題解決、社会的サポートの活用といったウェルビーイングを支える戦略を習慣的に多く使うことを報告しています。
▼ メタ分析の知見
  • Kim et al. (2024) のメタ分析では、可変的な感情マインドセットが、再評価の多さ(重み付き相関 r = .31)、反芻の少なさ(r = -.13)、回避の少なさ(r = -.29)と関連していました。
  • 同じメタ分析では、感情マインドセットとウェルビーイングの間接的な関連が感情調整戦略の種類によって異なることも示されており、どの戦略がどの指標を媒介するかのパターンはまだ十分に特徴づけられていません(Kim et al., 2024)。ただし、そこで扱われた研究は主に臨床サンプルと学生サンプルで、横断的(1時点の)デザインが中心でした。
▼ 感情調整戦略の3つのタイプ
  • Naragon-Gainey et al. (2017) は331のサンプルを対象としたメタ分析から、自己報告による感情調整戦略が大きく3つの因子に分かれることを示しました。①適応的関与(感情に向き合い、感情や出来事を変えようとする)、②嫌悪的な認知的固執(感情や状況に過度に囚われ、離れられなくなる)、③離脱(感情を体験的・行動的に避ける)です。
  • 本論文が扱う認知的再評価、反芻、行動的離脱は、それぞれこの3タイプを代表する戦略で、仕事の内外を問わずウェルビーイングと一貫した関連が報告されています(Vogl et al., 2025; Webb et al., 2012)。

■ 5. 職場は別世界:仕事のウェルビーイングを考える枠組み「JD-Rモデル」

▼ 職場のウェルビーイングは個人のウェルビーイングと重なるが異なる
  • Page & Vella-Brodrick (2009) が指摘するように、職場のウェルビーイングに関わる要因の性質・種類・頻度は、個人のウェルビーイングと関連しつつも異なります。職場では環境・人間関係・時間に対するコントロールが小さく、高い一貫性と熱意で要求の多い課題をこなすことが期待されます。
▼ 仕事の要求—資源(JD-R)モデル
  • Bakker et al. (2023) の JD-R モデルでは、どの仕事にも「要求(demands)」があり、それに応えるための労力が従業員の動機やウェルビーイングを消耗させうると考えます。要求は認知的・技術的なものから、社会情動的・リーダーシップ的なものまで多様です。
  • 一方で従業員には、個人的資源(仕事の知識や感情調整スキル)、社会的資源(上司や同僚のサポート)、組織的資源(メンタルヘルスを支える方針)といった「資源(resources)」があります。
  • 要求と資源は時間とともに相互作用し、仕事へのエンゲージメントやバーンアウトを生み、ひいてはパフォーマンスに影響すると考えられています(Demerouti & Bakker, 2025; Lesener et al., 2020; Maslach & Leiter, 2016)。
  • JD-R では、過大な要求が慢性ストレス→バーンアウト→離脱という「健康障害プロセス」を招く一方、資源がそれを緩衝し、さらに心理的欲求の充足やエンゲージメントを高める「動機づけプロセス」を増幅すると論じられます。資源は他の資源を育み、要求は他の要求を悪化させる、という複雑なフィードバックループが想定されています(Bakker et al., 2023)。
▼ 教育職への適用
  • JD-R を支持する証拠は蓄積されており(Bakker et al., 2023)、教育職のウェルビーイング研究の枠組みとしての有用性も示されています(Granziera et al., 2021)。教育職は高い感情労働、慢性的なストレスとバーンアウト、早い離職を報告する集団です(Floman et al., 2024; Doan et al., 2024; Travers, 2017)。
▼ 感情労働と感情の管理
  • 感情労働(emotional labor:職務の一部として自分の感情を管理・表出することが求められる労働)に日常的に従事する人は、職務遂行のために複雑な社会情動的要求を扱わなければなりません(Grandey & Gabriel, 2015; Wang et al., 2019)。
  • 感情面の課題は日々起こりますが、それをどう捉え、どう管理するかがウェルビーイングを左右すると考えられています(Barsade & Gibson, 2007)。
  • 感情調整スキルは、仕事のストレスから働く人を守り、バーンアウトを和らげることが報告されています(Chen et al., 2024)。
  • 職場における感情は、ウェルビーイングだけでなく仕事のパフォーマンスにも関わるとされています(Ashkanasy & Dorris, 2017; Buruck et al., 2016)。

■ 6. 職場の「感情に関するマインドセット」研究:これまでは「ストレス」が中心だった

▼ ストレスマインドセット研究
  • 職場での感情関連マインドセットの研究は数が少なく、主に「ストレスの有用性についての信念」を扱ってきました(Berg et al., 2023 も参照)。
  • Crum et al. (2013, 2020) の「ストレスマインドセット」は、ストレスが集中力・動機・準備を高めて健康やパフォーマンスを「強化する」と信じるか、「損なう」と信じるかの程度です。
  • 「ストレスは強化する」というマインドセットは、中小企業経営者の高いエンゲージメントと低いバーンアウト(Paustian-Underdahl et al., 2022)、医療従事者の心的外傷後成長(Zhang et al., 2023)、日誌法研究での高い活力(Casper et al., 2017)、救急・消防・警察といった初動対応者の低いストレス(Hendricks et al., 2023)、教育職の低いストレスと低い離職(Kim et al., 2020)と関連することが報告されています。
  • メカニズムとしては、問題解決などの能動的な感情調整戦略を多く使い、行動的離脱などの回避的戦略を少なく使うことが、このマインドセットとウェルビーイングをつなぐ主要な経路の一つとされました(Casper et al., 2017; Paustian-Underdahl et al., 2022; Zhang et al., 2023)。
▼ ストレスマインドセット研究の限界
  • ストレスは「感情」より狭い概念です(Cowen & Keltner, 2017)。怒り(Frenzel et al., 2016)、孤独(Ozcelik & Barsade, 2018)、バーンアウト(Maslach & Leiter, 2016)など、他のネガティブな情動経験も職場の機能とウェルビーイングに重要です。
  • ポジティブ感情もウェルビーイングやレジリエンスに重要な役割を果たします(Diener et al., 2020; Lyubomirsky et al., 2005)。したがって、一部の感情ではなく感情全般に関するマインドセットが関係すると考えられます。
  • さらに、ストレスマインドセットは「有用性」についての信念であり、「可変性」についての信念とは区別され、分離可能なものです(Ford & Gross, 2019)。「役に立つが変えられない」「変えられるが役に立たない」という組み合わせもありえます。
  • Park et al. (2024) は、「感情は有用だ」というマインドセットを持つ管理職のチームでは、関係性の対立が少なく報告されることを見出しています。しかし、感情の「可変性」に関する信念を職場で調べた研究は、論文著者らの知る限りただ一つでした。
▼ 唯一の先行研究:Nalipay et al. (2021)
  • Nalipay et al. (2021) は、フィリピンの K-12 現職教員と教員養成課程の学生を対象に、可変的な感情マインドセットとウェルビーイング指標の関連を調べました。
  • 研究1では、感情が可変的だと信じる教員は、教えることについてのポジティブ感情が高く、ネガティブ感情が低く、可変マインドセットはポジティブ感情の高さ・ネガティブ感情の低さを介して仕事へのエンゲージメントと関連していました。研究2では、教員養成課程の学生で、同様のパターンがプログラムへのエンゲージメントについて見られました。
  • ただし本論文の著者らは、次の限界を指摘しています。実際に就業している人を含んだのは1研究だけであること、両研究とも横断的で関連の方向性が判断できないこと(Clore et al., 2018)、感情マインドセットを2項目で測っており(通常は4項目以上:Kim et al., 2024)、再現性や推定精度に懸念があること(Eisinga et al., 2013)、感情が媒介したもののマインドセットと感情・ウェルビーイングの関係の中身が不明であること、そしてフィリピンの教育職のみであるため文化・職種・職務要求を越えた一般化が不明なこと、です。

■ 7. 「意欲」だけでなく「スキル」:感情調整能力の役割

▼ 能力モデルにおける感情調整能力
  • 感情知能の能力モデルでは、感情調整能力とは、自分や他者の感情を管理するための知識とスキルを指します(Elfenbein & MacCann, 2017; MacCann & Roberts, 2008; Mayer et al., 2016)。
  • 人によって、使える感情調整戦略の幅についての知識、それを実行する上手さ、自分に合った方法の理解に差があります(Mayer et al., 2008, 2016; MacCann & Roberts, 2008)。
  • パフォーマンステスト(正解のある課題で測る方法)で測った感情調整能力は、適応的な戦略の使用の多さ、不適応な戦略の使用の少なさと関連します(MacCann et al., 2022; Peña-Sarrionandia et al., 2015)。
  • 感情調整能力は、社会的・情動的・職場の様々なアウトカム(従業員ウェルビーイングを含む)を予測することが報告されています(Brackett et al., 2011; Fernández-Berrocal & Extremera, 2016; Joseph & Newman, 2010)。
  • 測定においては、自己報告ではなくパフォーマンス測定を用いることが推奨されています(Brackett et al., 2006)。本論文で使われる STEM-B(Allen et al., 2015; MacCann & Roberts, 2008)は、18の場面文を用いて感情的に難しい状況への対応の適切さを専門家評定と照らして採点する簡易版のテストで、完全版との相関は高く(r = .80; Allen et al., 2015)、他の感情調整能力テストとも収束し、社会情動的アウトカムを予測することが示されています(MacCann et al., 2020; MacCann & Roberts, 2008)。
▼ 「意欲(will)」と「スキル(skill)」の組み合わせ
  • 可変的な感情マインドセットは、資源を要する感情調整を実行しようという「動機」を与えます(Ford & Gross, 2019)。一方、感情調整能力は、それを効果的に実行するための「知識とスキル」を含みます(Mayer et al., 2016)。
  • 感情調整戦略をウェルビーイングを支える形で活用するには、この両方が必要だという考え方が提示されてきました(Brackett et al., 2019; Ford & Gross, 2019)。
  • しかし、パフォーマンステストで測った感情調整能力が、感情マインドセットとウェルビーイングの関係を調整(強めたり弱めたりする)するかどうかは、著者らの知る限り、どの集団においてもまだ検証されていませんでした(Hong & Kangas, 2021; Kim et al., 2024)。

■ 8. なぜ今、そして教育職なのか

▼ 働く人のメンタルヘルスの現状
  • 米国心理学会の Work in America 調査(APA, 2024d)では、従業員の67%が過去1か月に少なくとも1つのバーンアウト症状を経験し、43%が勤務中に緊張やストレスを感じ、39%が職場環境がメンタルヘルスに悪影響を与えたと回答しています。
▼ 教育職の特徴
  • 教育職は高い感情労働、ストレス、バーンアウトで特徴づけられます(Doan et al., 2024; Johnson et al., 2005; Steiner & Woo, 2021)。
  • ストレスは教育職が仕事を辞める主要な理由の一つであり(Diliberti et al., 2021; Steiner & Woo, 2021)、高い離職率は学校システムの質と持続性を損ないます(Doan et al., 2024)。
  • 教育職は他の対人支援職と類似した職務要求とウェルビーイング上の課題を示すとされます(Doan et al., 2024)。
▼ マインドセットは変えられるという知見
  • マインドセットは、その現象の意味づけについての気づきを通じて比較的速く変わりうるとされ(Walton & Wilson, 2018)、大がかりな介入なしに更新・応用できると論じられています(Walton & Crum, 2020)。
  • 感情関連マインドセットへの介入は短時間で拡張可能で、外的な状況そのものを変えるのではなく、状況の捉え方を変えることで作用するとされます(Crum et al., 2017, 2020, 2023; Smith et al., 2018)。感情調整スキルも、職場内外で訓練可能だという証拠があります(Brackett et al., 2019; Mehler et al., 2024; Oliveira et al., 2021)。

■ まとめ:先行研究のギャップと本研究の位置づけ

  • 臨床・社会心理学では、可変的な感情マインドセットがウェルビーイングと関連し、その関連が感情調整戦略の使用によって部分的に媒介されることが示されてきました(Ford & Gross, 2019; Kim et al., 2024 など)。
  • しかし、働く人を対象にした研究はごくわずかで(Nalipay et al., 2021)、職場の研究は「ストレスの有用性」についてのマインドセットが中心でした(Crum et al., 2013, 2020 など)。
  • 職場のウェルビーイングは個人のウェルビーイングとは異なる要因構造を持つため(Page & Vella-Brodrick, 2009)、既存知見が職場に拡張できるかは別途確かめる必要がありました。
  • また、感情マインドセット(意欲)と感情調整能力(スキル)の相互作用は理論的に提案されてきたものの(Brackett et al., 2019; Ford & Gross, 2019)、実証的には未検証でした。
  • 本論文はこれらのギャップを埋めるため、JD-R モデル(Bakker et al., 2023)を枠組みに、可変的な感情マインドセットを「個人的資源」と位置づけ、米国の preK-12 教育従事者を対象とした2つの大規模全国研究(合計3,282名)で、感情マインドセット・感情調整戦略・従業員ウェルビーイングの関連、感情調整戦略による媒介、そして感情調整能力による調整を検証しています。なお、著者ら自身が述べているように、本研究は関連(相関)を調べたものであり、因果関係を確定するものではありません。
補足 2

【研究内容】

■ この研究が調べたこと

  • 「自分の感情は変えられる(可変的)」と信じているか、「感情はほぼコントロールできない(固定的)」と信じているかという考え方を、この論文では「感情マインドセット(emotion mindset、EM)」と呼んでいます。
  • こうした感情に関する信念は臨床心理学や社会心理学ではよく研究されてきましたが、職場の心理学(応用心理学)ではほとんど調べられていませんでした。
  • そこで著者らは、米国の幼稚園〜高校(preK-12)の教育現場で働く人(教員、特別支援教員、管理職、カウンセラー、看護師など)を対象に、2つの全国規模の調査(合計3,282人)を行いました。教育職は「感情労働」(仕事上、自分や他者の感情を扱い、管理することが求められる労働)の負担が大きく、ストレスや燃え尽きが多い職種として選ばれています。
  • 検証した仮説は次の4つです。
     H1:可変的なEMは従業員のウェルビーイング(EWB)の高さと関連する。
     H2:可変的なEMは、より健康的な感情調整(ER)方略の使い方と関連する。
     H3:ER方略の使い方が、EMとEWBの関連を「媒介」する(間に挟まって説明する)。
     H4:H3の媒介の強さは、本人のER能力(感情を扱う知識やスキル)の高さによって変わる(研究2のみ)。

■ 背景となる考え方

▼ 感情マインドセットと感情調整
  • 感情調整(emotion regulation、ER)とは、自分の感情の経験や表出に影響を与えようとする働きのことです。これは労力がかかり、認知的にも身体的にも負担が大きいとされています。
  • Ford & Gross (2019) によれば、感情は変えられないと信じている人は感情を管理する動機が下がり、慢性的な回避につながって、ウェルビーイングが低くなりやすいとされています。
  • 可変的なEMをもつ人は、認知的再評価などウェルビーイングに役立つ方略をよく使い、反すうや回避をあまり使わない傾向が、学生や臨床サンプルで報告されています(Kim et al., 2024 のメタ分析など)。
▼ 職場の理論枠組み:JD-Rモデル
  • Bakker et al. (2023) の「仕事の要求度—資源モデル(Job Demands-Resources、JD-R)」を土台にしています。
  • このモデルでは、すべての仕事には従業員を消耗させる「要求」があり、それに対処するための「資源」(個人的資源、社会的資源、組織的資源)があると考えます。要求が資源を上回ると、慢性ストレス→燃え尽き→離脱という「健康障害プロセス」が進む一方、資源はそれを和らげ、さらに動機づけや没頭を高める「動機づけプロセス」も促すとされます。
  • 著者らは、可変的なEMやER能力を「個人的な心理的資源」と位置づけ、これらが感情労働の負担を和らげる可能性を検討しました。
▼ 先行研究の空白
  • 職場でのマインドセット研究は、これまで主に「ストレスは役に立つか」という「ストレス・マインドセット」に集中していました。しかしストレスは感情の一部に過ぎず、「役に立つか」という有用性の信念と「変えられるか」という可変性の信念は別のものです。
  • 感情の可変性信念を職場で調べた研究は、著者らの知る限り Nalipay et al. (2021) のフィリピンの教員を対象とした1件のみで、横断デザイン(1時点の測定)、EMが2項目のみ、といった限界がありました。

■ 研究1

▼ 参加者と手続き
  • 全米の preK-12 教育機関で働く1,972人が第1時点(T1、2020年6月)に参加し、約2か月後の第2時点(T2、2020年8月)に1,237人が回答しました(約37%が脱落)。
  • 平均年齢45.6歳、女性86.0%、白人79.1%、教育経験年数平均15.0年。米国の教育職の人口構成に近いものの、代表サンプルではないと明記されています。
  • 脱落の分析では、女性であることのみが脱落と関連していました。欠測は完全情報最尤法(FIML)で対処しています。
▼ 測定したもの
  • 感情マインドセット(T1):Tamir et al. (2007) が作成し、De Castella et al. (2013) が「自分自身の感情」についての一人称表現に改めた「暗黙の感情理論尺度(ITES)」4項目。例:「望めば、自分がもっている感情を変えることができる」。得点が高いほど可変的なEM。
  • ER方略の使用(T2):Naragon-Gainey et al. (2017) のメタ分析で示された3つの大きな方略タイプを代表するものとして、次の3つを各3項目で測定。
  • 認知的再評価(状況を別の見方で捉え直して意味を変える方略、「適応的関与」タイプ):Carver et al. (1989) の COPE から。
  • 反すう(感情やその原因・結果について繰り返し考え込み、抜け出しにくくなること、「嫌悪的な認知的固執」タイプ):Garnefski & Kraaij (2006) の CERQ から。信頼性はα=.65とやや低め。
  • 行動的離脱(対処をあきらめる、感情を避ける、「離脱」タイプ):COPE から。
     回答は「過去数週間の困難でストレスの多い状況」に対してどう対処したかを尋ねる形式。
  • 従業員のウェルビーイング(T1とT2):4指標。
  • 情緒的消耗(燃え尽きの中核成分、「仕事で感情的に消耗しきったと感じる」など):Maslach et al. (1996) の MBI-ES。
  • 共感疲労(支援対象者のストレス体験に巻き込まれて疲弊すること):Figley & Kleber (1995) の質問紙から5項目。
  • 職務満足:New Teacher Center (2017) の TELL 調査から3項目。
  • 離職意図:Moeller et al. (2018) の3項目。
▼ 分析方法
  • 構造方程式モデリング(SEM:複数の変数間の関係を、測定誤差を考慮しながら同時に推定する統計手法)を用いました。
  • T1の4つのEWB指標を統制変数として入れているため、「T1のEMが、T1時点のウェルビーイングを考慮したうえでT2のウェルビーイングを予測するか」を検討できる設計です。年齢、性別、人種/民族も統制しています。
  • 媒介効果(間接効果)は5,000回のブートストラップで95%信頼区間を求めました。
  • 効果量の目安は、標準化係数βの絶対値で .05〜.10を小、.11〜.25を中、.25超を大としています。
▼ 結果
  • モデル適合は許容範囲でした(RMSEA=.04、CFI=.93、TLI=.92、SRMR=.08)。
  • H1(EM→EWB、総効果):可変的なEM(T1)は、T2の情緒的消耗の低さ(β=-.11)、共感疲労の低さ(β=-.16)、職務満足の高さ(β=.08)を予測しました。離職意図は方向は予想通りでしたが有意ではなく(β=-.04)、これはT1からT2への離職意図の自己回帰(β=.76)が非常に高かったことが一因と考えられています。効果量は小〜中程度でした。
  • H2(EM→ER方略):可変的なEM(T1)は、再評価の使用の多さ(β=.28)、反すうの少なさ(β=-.39)、離脱の少なさ(β=-.50)を予測しました。いずれも大きな効果量でした。
  • H3(媒介):12通りの間接効果(3方略×4指標)のうち9つが予想通りの方向で有意でした。
  • 反すうを経由する間接効果は、4指標すべてで予想通りに有意(情緒的消耗β=-.10、共感疲労β=-.12、職務満足β=.05、離職意図β=-.05)。
  • 再評価を経由する間接効果は、情緒的消耗と職務満足では予想通り、離職意図では非有意。共感疲労では予想と逆方向(再評価が共感疲労の高さと直接関連していたため)。
  • 離脱を経由する間接効果は、共感疲労、職務満足、離職意図で予想通り、情緒的消耗では非有意。

■ 研究2

▼ ねらい
  • 研究1の結果を別サンプルで概念的に再現すること(H1〜H3)。
  • ER能力の個人差が媒介の強さを変えるか(調整媒介、H4)を検討すること。著者らは、可変的なEMが感情を調整しようという「意志(will)」を与え、ER能力がそれを実行する「スキル(skill)」を担うため、両方がそろった人ほどEMの恩恵を受けると予測しました。
▼ 参加者と手続き
  • 全米50州の preK-12 教育職1,310人(2021年4月、1時点の横断調査)。ER能力テストを完了しなかった269人を除いた1,041人が分析対象。
  • 黒人およびラティーノ/ヒスパニックの労働者を意図的に多くサンプリングしており、白人40.5%、ラティーノ/ヒスパニック32.4%、黒人30.8%。女性64.0%、平均年齢38.6歳。研究1より多様なサンプルです。
▼ 測定したもの
  • 感情マインドセット:研究1と同じITES(α=.68とやや低め)。
  • ER方略:回答者の時間的負担を減らすため、研究1の各方略から潜在因子との相関が高い1項目ずつを選んで使用(再評価 r=.80、反すう r=.90、離脱 r=.82)。単一項目は測定誤差を増やし効果を弱める可能性があると著者らも注記しています。
  • ER能力:Allen et al. (2015) と MacCann & Roberts (2008) による「状況的感情マネジメントテスト短縮版(STEM-B)」。18の場面(ビネット)を読み、感情的に難しい状況でどう対応するのが有効かを答える「パフォーマンステスト」で、心理学の専門家の評定を正答基準とします。自己報告ではなく能力を測る点が特徴です。2か月前の別調査で実施されていました。
  • EWB:研究1と同じ4指標。
▼ 分析方法
  • パス数とパラメータ数が多いため、ベイズ推定によるSEMを用いました(Mplusのデフォルトの無情報事前分布を使用)。95%信用区間が0を含まない場合を有意としています。
  • 媒介分析では、ER能力を平均値に固定して間接効果を求めました。
  • 調整媒介では、ER能力が低い(平均−1SD)、平均、高い(平均+1SD)の3水準で間接効果を計算し、ER能力が高いほど予想方向の間接効果が大きくなるかを確認しました。EMからER方略へのパス(aパス)とER方略からEWBへのパス(bパス)の両方が同じ調整変数で条件づけられているため、単一の調整媒介指標は使えず、水準ごとの比較で判断しています。
▼ 結果:H1・H2
  • H1:可変的なEMは、情緒的消耗の低さ(β=-.44)、共感疲労の低さ(β=-.50)、職務満足の高さ(β=.16)、離職意図の低さ(β=-.41)と関連しました。研究1で有意でなかった離職意図も含め、4指標すべてで支持されました。
  • H2:可変的なEMは、再評価の多さ(β=.13)、反すうの少なさ(β=-.21)、離脱の少なさ(β=-.33)と関連し、研究1を概念的に再現しました。
▼ 結果:H3(媒介)
  • 反すうを経由する間接効果は、4指標すべてで予想通りに有意(情緒的消耗β=-.06、共感疲労β=-.06、職務満足β=.02、離職意図β=-.03)。研究1と一致。
  • 再評価を経由する間接効果は、職務満足のみ有意(β=.02)。研究1と一致した唯一の再評価の経路でした。
  • 離脱を経由する間接効果は、共感疲労のみ有意(β=-.04)。これも研究1と一致。
  • 有意でなかった結果は主にbパス(ER方略→EWB)の側にあり、aパス(EM→ER方略)は安定していました。
▼ 結果:H4(ER能力による調整媒介)
  • 反すうが媒介の場合:もっとも一貫して予測が支持されました。
  • 情緒的消耗:ER能力が低い水準では非有意(β=-.02)、平均で有意(β=-.06)、高い水準でさらに大きく有意(β=-.13)。
  • 共感疲労:低で非有意(β=-.02)、平均で有意(β=-.06)、高で有意(β=-.11)。
  • 離職意図:低で非有意(β=.00)、平均で有意(β=-.03)、高で有意(β=-.09)。
  • 職務満足:低→平均→高で間接効果は大きくなったが、有意だったのは平均水準のみ(高水準は分布の端で推定の不確実性が大きいことが理由として挙げられています)。
  • つまり、ER能力が低い人では、反すうを介した経路はどの指標でも有意になりませんでした。
  • 再評価が媒介の場合:部分的な支持。
  • 職務満足:低で非有意、平均で有意(β=.02)、高で有意(β=.08)。
  • 情緒的消耗:低・平均で非有意、高で有意(β=-.04)。ただし信用区間の上限が0に非常に近く、慎重な解釈が必要とされています。
  • 共感疲労と離職意図では、どの水準でも間接効果なし。
  • 離脱が媒介の場合:予測は支持されませんでした。
  • 共感疲労では平均水準のみ有意で、水準に伴う増加は見られず。
  • 職務満足では、低水準で負の有意な間接効果、高水準で正の間接効果(境界付近)という、予測とは異なる複雑なパターン。
  • 情緒的消耗と離職意図では効果なし。

■ 総合的な考察

▼ 全体像
  • 2つの研究を通じて、可変的なEMは、複数のEWB指標の高さ(H1)と、より健康的なER方略の使用(H2)と関連していました。
  • EMとEWBの関連は、ER方略の使用によって部分的に統計的に媒介されましたが(H3)、そのパターンは方略・指標・ER能力によって異なりました(H4)。
  • 反すうは両研究で最も安定した媒介変数でした。
  • 研究1では予測変数(T1)と媒介・結果変数(T2)に時間差があり、ベースラインのEWBを統制しているため、多くの先行研究の横断デザインより関連の方向性を検討しやすい設計でした。ただし著者らは、これが因果の証明ではないことを明記しています。
▼ なぜ反すうが最も一貫した媒介変数だったのか
  • Kim et al. (2024) のメタ分析では、学生や臨床サンプルにおいて再評価や回避のほうが一貫した媒介変数でした。著者らは、職場という文脈では反すうが特に重要になる可能性を述べています。
  • Blanco-Encomienda et al. (2020) は、反すうが職場の燃え尽きとウェルビーイングの主要な心理的要因であることを示しています。
  • JD-Rの観点では、反すうは仕事上のストレッサーの影響を引き金となった出来事のはるか後まで引き延ばし、勤務後の回復時間を妨げると考えられます(Geisler et al., 2019, 2023; Querstret & Cropley, 2012)。
  • 著者らの解釈として、可変的なEMをもつ人は感情の問題を「手に負えるもの」と見なすため、すぐに感情を直さなければという強迫感が弱く、時間をかけて複数の方略を試せるので反すうに陥りにくいのではないか、逆に固定的なEMをもつ人はER関連の無力感を抱き、感情と「管理できない自分」について考え込む悪循環に入りやすいのではないか、と述べています。これは考察上の解釈であり、本研究で直接検証されたものではありません。
▼ 再評価について
  • 再評価は職務満足に対してのみ両研究で媒介効果が再現されました。著者らは、再評価が職場での肯定的感情に関わり、仕事の困難を別の視点で捉え直したり、達成や人とのつながりの瞬間をより味わったりすることと結びついている可能性を挙げています(Feinberg et al., 2020; Madrid et al., 2020)。
  • 他の指標で一貫しなかった理由ははっきりしておらず、EMの機序が文脈によって異なる可能性(Ford & Gross, 2019)と、今後の研究の必要性が述べられています。
▼ 離脱について
  • 離脱は共感疲労に対してのみ両研究で媒介効果が再現されました。著者らは、感情労働が中心の職では、感情的に難しい状況から一時的に離れることが自己防衛として機能する場合もあるが、頻繫に繰り返すと他者のニーズが積み上がり、長期的には共感疲労を強める可能性があると考察しています。
  • 他の指標で関連が弱かったことについては、感情労働が中核業務である職場では感情的状況から退くこと自体が現実的でない場合が多く、離脱の役割が相対的に小さいのかもしれないと述べています。
▼ ER能力の役割(「意志」と「スキル」)
  • 反すうを媒介とする経路では、ER能力が平均以上の人でほぼすべての指標で有意な間接効果があり、低い人ではまったくありませんでした。著者らはこれを、JD-Rモデルにおいて一つの個人的資源(ER能力)が別の資源(可変的なEM)の有用性を高めるという考え方(Bakker et al., 2023)と整合的だと述べています。
  • 再評価は複雑で多層的な方略であり、効果的に実行するには熟練が必要とされます(Uusberg et al., 2023)。ER能力の高い人ほど、可変的なEMを再評価の巧みな使用に結びつけられたという解釈が提示されています。
  • 著者らの知る限り、パフォーマンステストで測ったER能力が、EMとウェルビーイングの関連をどう調整するかを検討した研究は本研究が初めてです。

■ 研究の限界と今後の方向

  • 研究1では媒介変数と結果変数が同じ時点で測定され、研究2は横断デザインだったため、変数間の関連の方向を完全には特定できません。縦断研究や実験研究が必要とされています。
  • 使用したITESは、感情の可変性の信念に加えて、ER自己効力感(自分は感情を調整できるという感覚)や自覚的なER能力も一部測っている可能性があり、より精密なEM尺度の開発が求められています(Ford & Gross, 2019; Tamir et al., 2007)。
  • 短縮版尺度や単一項目(研究2のER方略)の使用は、信頼性を下げ、効果を弱く見せた可能性があります。
  • 研究2のER能力テスト以外はすべて自己報告であり、共通方法バイアス(同じ回答者が同じ方法で答えることで関連が過大に見える可能性)が関連を膨らませたかもしれません。経験サンプリングや行動指標、第三者評定との組み合わせが提案されています。
  • 参加者は全員が米国の教育職であり、他の職種や他の文化圏に一般化できるかは不明です。

■ 職場実践への示唆

  • 組織のウェルビーイングは生産性や収益性と関連し、教育現場では教員のウェルビーイングが生徒の学力やメンタルヘルスと関連することが先行研究で報告されています。
  • Walton & Wilson (2018) によれば、マインドセットは現象の意味づけに関する洞察によって比較的速く変わりうるとされ、EM関連の介入は短時間で拡張可能とされています。
  • 本研究では、ER能力の高い人ほど可変的なEMがER方略を介してウェルビーイングと強く関連していたため、著者らは感情マインドセットとERスキルを併せて育成することに価値があるかもしれないと述べています(Brackett et al., 2019 など、ERスキルは訓練可能とする研究を引用)。
  • ただし著者ら自身が、本研究は関連を調べたものであり、介入の効果を検証したものではないと強調しており、組織はエビデンスに基づくEM・ER訓練を「検証する」ことを検討してよいだろう、という慎重な言い回しにとどめています。
補足 3

動画解説はこちら😊
https://youtu.be/zPqlfLPElV0

補足 4

会話形式の紹介はこちら😊
はぴテク相談室:最初の感情はそのままでいい。変えられるのは「その後」
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-09-30-1790702520/

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