「初心忘るべからず」
— 世阿弥 『花鏡』
原義は「未熟さの自覚を忘れるな」であり「最初の志」とはややニュアンスが異なる
「最初の志を忘れるな」と読まれがちだが、原義は「未熟だった頃の芸(とその自覚)を忘れるな」。上達した後も、できなかった時代の感覚を保ち続けよという世阿弥の芸論
- 心理学では
- 世阿弥のいう初心とは、未熟だった頃の芸とその自覚である。これは熟達研究でいう「熟慮された練習」(自分の弱点を見すえ、上達のために工夫した負荷の高い練習)や、知的謙虚さ(自分の知識の限界を認める姿勢)に通じる。Ericssonら(1993)は音楽学生を調べ、一流の演奏者ほど、こうした練習を長い年月にわたって積み重ねてきたことを示した。一方、Hinds(1999)の実験では、熟達者ほど初心者が課題にかかる時間を短く見積もり、できなかった頃の感覚を忘れやすいことが分かった。慣れた仕事ほど、つまずいていた頃の記録を読み返し、新人の戸惑いに耳を傾けることが次の上達につながる。 参考:Ericssonら(1993)「The role of deliberate practice in…」 ↗/Hinds(1999)「The curse of expertise: The effect…」 ↗