2026.09.20

「誰かのため」のマスクは、つながりと幸せに結びつく

マスクを着ける動機と幸福感・孤独感についての、日本の最新研究

学習院大学の宮崎先生が、約2,500人を週1回×4週間追いかけて調査されました。


コロナ禍で、日本人は本当によくマスクをしていました。
一方で、寄付や人助けの国際調査だと、日本人の利他的な行動は少なめに出ることが多い。

利他的な行動は幸せにつながるはずですが、マスクは利他的な行動では無いのか?


この研究では、マスクを着ける動機を3つに分けています。
①人のため(うつさないように、周りを安心させたい)
②自分のため(自分がうつりたくない)

③人の目が気になるから(着けてないと何か言われそう)


結果としては、
①人のため
の気持ちが強い人ほど、翌週の「人とつながっている感覚」が高く、
それを通じて、前向きな気持ちが増え、孤独感が減る。
②自分のため
は、幸せにも孤独感にもほぼ影響なし。
③人の目が気になるから

は、職場のマスクを調べた調査で、逆につながりの感覚を下げて、孤独感を高める方向に。(なんと。。。)


ただし、効果はかなり小さめ。
そして、「同じ人が気持ちを切り替えたら、翌週幸せになる」という変化までは確認されませんでした。
どちらかというと、普段から人のためを思ってマスクをする「人」が、つながりを感じやすくて幸せ、という話。

幸せな人ほど人のためを思いやすい、という逆向きの流れも出ています。


同じ「マスクをする」という行為でも、動機によって幸せへの影響が違う。というのが面白いですね😊

  • どうせ着けるなら「周りの人のため」と思って着ける。(ありがとう因子)
  • 「何か言われそうだから」で着けている自分に気づいたら、ちょっと視点を変えてみる。(ありのままに因子)
    という感じでしょうか。
    小さな差でも、毎日繰り返す行動だからこそ積み重なる。
    日常の何気ない行動に「誰かのため」をちょっと乗せる、ことが幸せにつながりそうですね

Prosocial motivation for mask-wearing and its impact on subjective well-being and loneliness: Evidence from two short-term longitudinal studies
マスク着用の向社会的動機と主観的幸福感および孤独感:2つの短期縦断調査による検討
宮崎 弦太先生(学習院大学、日本)
心理学研究 ,2026/8/25公開
https://doi.org/10.4992/jjpsy.97.25005

マスクの裏側で交差する 「心の矢印」 なぜ「誰かを思いやる」と、 自分自身の幸福感が高まるのか? 「同じ行動」の裏にある、まったく違う「心の色」 パンデミックを経て、マスク着用は私たち の「日常風景」の一部になりました。 しかし、同じようにマスクを着けている 人たちでも、心の中にある「なぜ着ける のか?」というベクトルは 異なります。 この目に見えない「動機」が、 実は私たちの幸福感に大きな 影響を与えていることが分 かってきました。 © Gemesis Notebook あなたのマスクはどのモード?(3つの動機マトリクス) 自分へ 誰に意識が向いているか? 他者へ 守る・ボディ 目的は何か? 避ける・ネガティブ 【自己防衛モード】 (自己利益志向的動機) 「自分が感染しないため」。 自分を守るためのシールド。 【利他モード】 (向社会的動機) 「誰かを守るため」 「周りを安心させるため」。 他者の福利を促進する温かい矢印。 【同調モード】 (他者の評価の懸念) 「誰かといっしゃいと周りの目が気になるから」。 批判を避けるための防御壁。 今日のあなたは、どのモードで家を出ましたか? © Goleman Notebook 心の変化を追跡した「4週間のタイムライン調査」 「着ける理由」が「心の状態」をどう変えるのか? 日本の成人約2,500名を対象に、4週間にわたって心の変化を追跡する縦断調査が行われました。 動機 (着ける理由) Week 1 (1週目) Week 2 (2週目) Week 3 (3週目) Week 4 (4週目) 幸福感の向上/ 孤独感の低下 Data source: 宮崎 (2026) 心理学研究 幸福を生み出す「心の3段階ドミノ」 【動機】 誰かのために (利他モード) 【変換】 人とのあたたかい繋がり感 (関係性欲求の充足) おもいを気にかけ、支え合う感覚 【結果】 日々の幸福感の向上・ 孤独感の低下 活気、やる気、前向きな気持ち 逆効果を生む「世間体ルート」 「周りの目が気になるから」というネガティブな同調モードは、人との繋がり感をすり減らし、結果的に孤独感を高めてしまうことがデータで示されました。 世間体を気にする 繋がり感の減少 孤独感の増加 幸福を達れてくる「思いやりルート」 逆に、「他者を安心させるため」という利他モードは、他者との良好な関係性を築き、結果としてポジティブな感情(活気や誇り)を引き出します。 他者を思いやる → 良好な関係性の構築 → ポジティブ感情の増加 幸福は「即効薬」ではなく、「遅れて育つ種」 調査が明らかにしたもう一つの真実。それは、思いやりを持ったその日にすぐハッピーになるわけではない、ということです。「先週の思いやり」が「今週の緊がり感」を育てます。 Time 1 (Past Week) Time 2 (Current Week) Time 3 (Future Week) 利他モードでの行動 繋がり感の芽生え 幸福感の開花 THE INVISIBLE FEEDBACK LOOP 物理的なマスクは「飛沫を防ぐフィルター」ですが、心理的には「思いやりの失印」を放つ装置になり得ます。他者向けたポジティブな失印は、巡り巡って自分の心を満たすループを作り出します。 向社会的な動機 (他者を思いやる) 関係性欲求の充足 (繋がり感) 自分 (Self) 他者/社会 (Others) 主観的幸福感/ 孤独感からの脱却 Genius Notebook 日常の小さな行動を、心を満たす習慣へ 感染対策のためのマスクを、 「日常に隠れた『利他行動』」のトレーニング へとリフレーミングしてみませんか。 明日マスクを着けるとき、 少しだけ「誰かの安心のため」を意識する。 その小さなベクトルの変化が、 あなた自身の心を温かく包み込むはずです。 (ロゴ)Cosmos Notebook
投稿者による補足(4件)
補足 1

【背景】

■1. 出発点:コロナ禍と心の健康

▼パンデミックが幸福と孤独に与えた影響
  • 2020年に始まった新型コロナのパンデミックは、人々の幸福(well-being)や孤独感(loneliness)に大きな影響を与えました
  • 世界204の国と地域で、うつや不安の有病率と負担を推定した大規模研究があります(COVID-19 Mental Disorders Collaborators, 2021)
  • パンデミック前と期間中の孤独感を比べた系統的レビューとメタ分析も行われています(Ernst et al., 2022)
    ※系統的レビュー=決まった手順で関連研究を網羅的に集めて整理する方法
    ※メタ分析=複数の研究結果を統計的にまとめて、全体としての傾向を出す方法
▼そこから生まれた新しい問い
  • マスクや手指消毒といった「感染予防行動」そのものが、本人の幸福や孤独感とどう関係するのかが検討されるようになりました(例えば、Inagaki et al., 2022)
  • パンデミック収束後、日常的に感染予防をする必要性は下がってきています(例えば、Miura et al., 2024)
  • それでも感染予防が必要な場面がなくなったわけではなく、マスク着用は日本では以前より日常的な行動になりました
  • 幸福の指標として、この研究では主観的幸福感の1つである「ポジティブ感情」に注目しています(Diener, 1984)
    ※主観的幸福感=本人が自分の生活や気分をどう感じているかで捉える幸せ

■2. 感染予防行動の「2つの顔」

▼自分のため、であり、他人のため、でもある
  • 感染予防行動は「自分が感染しないため」という自己利益を目指す行動です
  • 同時に「他者を感染させないため」「社会に感染を広げないため」という向社会的な行動でもあります(宮崎, 2024; 宮崎他, 2021; Nelson-Coffey et al., 2021)
    ※向社会的動機=他者の利益や幸せのために行動しようとする気持ち
▼なぜ「動機」に注目するのか
  • 社会心理学では、他者に利益をもたらそうという動機で行動すると、行動した本人の幸福が高まりやすく、良好な人間関係も築かれやすいことが分かっています(Crocker et al., 2017)
  • だから、感染予防行動と幸福・孤独感の関係を調べるには、「やったかどうか」より「どんな気持ちでやったか」を見るのが有用だと考えられます

■3. 初期の研究と、食い違った結果

▼日本の日誌法研究(宮崎他, 2021)
  • 2020年9月〜10月に日本で実施
    ※日誌法=毎日など短い間隔で繰り返し回答してもらい、日々の変動を捉える調査法
  • マスク着用の動機を3つに分けて測定しました
  • 向社会的動機:他者の感染を防ぐ、他者を安心させるなど、他者の福利のため
  • 自己利益志向的動機:自分の感染を防ぐ、自分が安心するなど、自分の福利のため
  • 他者の評価の懸念:マスクをしないことで否定的に見られるのを避けるため
  • 結果:向社会的動機が強い日ほど、その日のポジティブ感情が強い
▼米国の横断研究(Nelson-Coffey et al., 2021)
  • 2020年4月に米国で実施
    ※横断研究=1時点だけで測定する調査。関連は分かるが、どちらが原因かは分からない
  • ソーシャルディスタンスの動機として、向社会的動機と自己利益志向的動機を測定
  • 結果:向社会的動機と、ポジティブ感情を含む複数の幸福指標との関連は認められませんでした
▼なぜ食い違ったのか
  • 宮崎(2024)は、動機の「向社会的な側面」をきちんと切り分けて測れる、妥当性の確認された尺度が使われていなかったことを問題として指摘しました
    ※妥当性=その尺度が測りたいものを本当に測れているかどうか

■4. ちゃんと測れる尺度をつくる

▼マスク着用の動機尺度の開発(宮崎, 2024)
  • 向社会的動機を、似ているけれど違う2つの動機と区別して測れる尺度を作成しました
  • 自己利益志向的動機:「感染予防を目指す」点では向社会的動機と共通
  • 他者の評価の懸念:「他者を意識している」点では向社会的動機と共通
  • 2023年2月に日本で横断研究を実施
▼分かったこと
  • 過去1週間のマスク着用の向社会的動機は、他の2つの動機の影響を統計的に取り除いても、本人の特性的な向社会性(もともとの思いやり傾向)と正の関連がありました
  • さらに、ポジティブ感情および協調的幸福感と正の偏相関がありました
    ※協調的幸福感=周囲の人との調和や人並みであることを重視する、関係志向的な幸せ
    ※偏相関=他の変数の影響を取り除いたうえでの2変数間の関連
▼孤独感への展開(宮崎, 2025)
  • 2024年3月に日本で実施した横断研究
  • 探索的な分析の中で、向社会的動機は他の2つの動機を統制したうえで、孤独感と負の関連を示しました
  • つまり、思いやりでマスクを着けている人ほど孤独を感じにくい、という関連です

■5. なぜ幸せにつながるのか:関係性欲求という鍵

▼自己決定理論(Ryan & Deci, 2017)
  • 人間には3つの基本的心理欲求があるとする理論です
  • 関係性欲求:他者とお互いを気にかけ、支え合うつながりを持ちたい
  • 自律性欲求:自分の意志で行動を選びたい
  • 有能性欲求:自分にはできるという感覚を持ちたい
▼欲求が満たされると何が起きるか
  • 3つの欲求の充足は主観的幸福感を高めます(Weinstein & Ryan, 2010)
  • 孤独感の低下とも結びつきます(Adams & Weinstein, 2024)
  • 向社会的行動が幸福を高めるとき、この3つの欲求の充足が媒介変数になります(Weinstein & Ryan, 2010)
    ※媒介変数=AがCに影響するとき、その途中に入って橋渡しをするBのこと
▼マスク研究でも確認されていた
  • 宮崎他(2021):向社会的動機が強い日ほど関係性欲求が満たされやすく、それを介してその日のポジティブ感情が強まる
  • 宮崎(2025):向社会的動機が強かった人ほど同じ週に関係性欲求が満たされやすく、それを介して孤独感が弱い
  • 流れにすると「思いやりでマスク → つながりの実感 → 幸せ/孤独の軽減」という筋道です

■6. 残されていた課題

▼「どちらが先か」が分からない
  • ここまでの研究(宮崎, 2024, 2025; 宮崎他, 2021)は、どれも同じ時点・同じ期間内の関連を見たものでした
  • 思いやりの動機が幸せを生むのか、幸せな人が思いやりの動機を持ちやすいのか、方向が決められません
  • 感染予防行動と幸福・孤独感を扱った他の先行研究にも同じ限界があります(例外として、Inagaki et al., 2022)
  • 媒介のプロセスを縦断的に調べた研究はまだありませんでした
    ※縦断研究=同じ人を複数時点で追跡する調査。時間の前後関係から影響の方向を検討できる

■7. 影響の方向を調べるための分析手法

▼交差遅延パネルモデル(CLPM)
  • 複数時点のデータで、前の時点のAが次の時点のBを予測するか(交差遅延係数)を調べるモデルです
  • 同じ変数の前の時点から次の時点への効果(自己回帰係数)も同時に推定します
  • ただし、CLPMの交差遅延係数には「人と人との違い(個人間関係)」と「1人の中での変化(個人内関係)」が混ざっていると批判されています(Hamaker et al., 2015)
▼ランダム切片交差遅延パネルモデル(RI-CLPM)
  • その人の安定した特性(特性因子)を切り離し、1人の中での変動どうしの関係だけを取り出せるモデルです(Hamaker et al., 2015; 宇佐美, 2022)
  • 「その人の思いやり動機がいつもより高まった週の翌週、その人のポジティブ感情が上がるか」を調べられます
▼RI-CLPMにも弱点がある
  • 特性的な個人差については交差遅延効果を検討できません(Orth et al., 2021)
  • 特性因子どうしの相関は見られますが、どちらが原因かは分かりません
▼だから両方を使う
  • 今回の研究はRI-CLPMとCLPMを併用し、両者の結果を照らし合わせて解釈する設計になっています
  • 検出したい効果が小さいため、RI-CLPMに必要なサンプルサイズはシミュレーション研究(Mulder, 2023)を参考に設計されました
  • 交差遅延効果の大きさの目安にはOrth et al.(2022)のガイドラインが使われています

■8. まとめ:今回の研究の位置づけ

  • コロナ禍の心の健康研究から、感染予防行動と幸福の関係という問いが生まれた
  • その関係の鍵は「誰かのため」という向社会的動機にありそうだと分かってきた
  • 初期研究の食い違いを受けて、動機を切り分けて測る尺度が作られた
  • 思いやりの動機は、つながりの実感(関係性欲求の充足)を通じて幸せや孤独感と結びつく、という筋道が見えてきた
  • しかし全て同時点の関連で、影響の方向は未解決だった
  • そこで今回、週1回×4週の短期縦断調査を2つ行い、2種類のモデルで影響の方向を確かめにいった、というのがこの論文の立ち位置です

■出典

▼今回の論文
  • 宮崎 弦太 (2026). マスク着用の向社会的動機と主観的幸福感および孤独感――2つの短期縦断調査による検討―― 心理学研究, 97(3), 131-141. https://doi.org/10.4992/jjpsy.97.25005
▼本文で紹介した主な既存研究
  • Adams, M., & Weinstein, N. (2024). British Journal of Social Psychology, 63, 1986-2010.
  • COVID-19 Mental Disorders Collaborators (2021). Lancet, 398, 1700-1712.
  • Crocker, J., Canevello, A., & Brown, A. A. (2017). Annual Review of Psychology, 68, 299-325.
  • Diener, E. (1984). Psychological Bulletin, 95, 542-575.
  • Ernst, M. et al. (2022). American Psychologist, 77, 660-677.
  • Hamaker, E. L., Kuiper, R. M., & Grasman, R. P. (2015). Psychological Methods, 20, 102-116.
  • Inagaki, T. K., MacCormack, J. K., & Muscatell, K. A. (2022). Affective Science, 3, 160-167.
  • Miura, A., Murayama, A., & Kitamura, H. (2024). Japanese Psychological Research.
  • 宮崎 弦太 (2024). 心理学研究, 95, 252-262.
  • 宮崎 弦太 (2025). 人文, 23, 69-92.
  • 宮崎 弦太・坂本 優香・高橋 楓 (2021). 日本社会心理学会第62回大会.
  • Mulder, J. D. (2023). Structural Equation Modeling, 30, 645-658.
  • Nelson-Coffey, S. K. et al. (2021). Social Science & Medicine, 284, 114243.
  • Orth, U. et al. (2021). Journal of Personality and Social Psychology, 120, 1013-1034.
  • Orth, U. et al. (2022). Psychological Methods, 29, 421-433.
  • Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2017). Self-determination theory. The Guilford Press.
  • 宇佐美 慧 (2022). 発達心理学研究, 33, 267-286.
  • Weinstein, N., & Ryan, R. M. (2010). Journal of Personality and Social Psychology, 98, 222-244.
▼注意事項
  • ここで紹介した既存研究の内容は、今回の論文の序論での記述に基づいています。各研究の詳細は原典をご確認ください
補足 2

【研究内容】

■1. この研究が確かめたかったこと

▼問い
  • 「誰かのために」という気持ちでマスクを着けることは、その後の本人の幸せを高め、孤独感を減らすのか
  • もしそうなら、それは「人とのつながりの実感(関係性欲求の充足)」を通じて起きているのか
▼これまでの限界
  • 既存の研究は同じ時点での関連を見たものばかりで、どちらが先かが分かりませんでした
  • そこで、同じ人を週1回×4週にわたって追跡する短期縦断調査を2つ行いました
    ※縦断調査=同じ人を複数の時点で繰り返し調べる方法。時間の前後から影響の方向を検討できる
▼2つの「関係」を分けて考える
  • 個人内関係:ある人の中で思いやりの動機がいつもより強まると、その人の幸せが後から上がるか
  • 個人間関係:もともと思いやりの動機が強い人は、そうでない人より、その後の幸せが高いか
  • この2つは似ているようで別の問いです。だから2種類の分析モデルを使い分けています

■2. 研究1の方法

▼参加者
  • 調査会社のモニターから、外出時にマスクを着けている20代〜50代の日本人成人を募集
  • 4回すべてに回答したのは2,045名
  • そこから、注意深く回答しているかを確認する項目(DQS)に正しく答えなかった718名などを除外
    ※DQS=「この質問には○○と回答してください」と指示する項目。読まずに答えている人を見つけるためのもの
  • 最終的な分析対象は1,301名(平均年齢41.31歳)
  • 能登半島地震の影響を考慮し、石川県在住のモニターは対象外としました
▼手続き
  • 2024年1月12日〜2月2日の毎週金曜17時に調査リンクを送信
  • 毎回「過去1週間」について回答してもらいました
▼測ったもの
  • マスク着用の動機(宮崎, 2024の尺度、20項目、7件法)
  • 向社会的動機(9項目):例「自分が原因で他の人の仕事や生活に支障が出ないようにするため」
  • 自己利益志向的動機(4項目):例「自分がウイルスに感染しないため」
  • 他者の評価の懸念(7項目):例「周りの人の目が気になるため」
  • 基本的心理欲求の充足(Chen et al., 2015の尺度の邦訳版; Nishimura & Suzuki, 2016、12項目)
  • 関係性、自律性、有能性の3つを各4項目で測定
  • 感情経験(日本語版PANAS; 川人他, 2012から各5項目を選出)
  • ポジティブ感情:「活気のある」「やる気のわいた」「誇らしい」「興味のある」「興奮した」
  • ネガティブ感情:「おびえた」「うろたえた」「恐れた」「苦悩した」「神経質な」
    ※PANAS=ポジティブ感情とネガティブ感情を測る世界的に使われている尺度(Watson et al., 1988)
▼仮説
  • 仮説1-1:過去1週間の向社会的動機が強いほど、翌週のポジティブ感情が多い
  • 仮説1-2:その影響は関係性欲求の充足によって媒介される
    ※媒介=AがCに影響するとき、途中でBが橋渡しをしていること

■3. 分析の準備:尺度は4回とも同じものを測れていたか

▼測定不変性の確認
  • 4回の調査で、尺度が同じ意味で機能していたかを確認的因子分析で検証しました
    ※測定不変性=時点が変わっても、その尺度が同じものを同じように測れていること。これが崩れていると時点間の比較ができない
  • 結果、すべての尺度で強測定不変性が確認されました
  • 信頼性も高く(α係数が.85より大)、各尺度の平均得点を分析に使いました
    ※α係数=尺度の項目どうしがまとまって同じものを測れているかの指標。1に近いほど良い

■4. 研究1の結果

▼RI-CLPM(1人の中での変化を見るモデル)
  • モデルの当てはまりは良好でした(CFI=.986, RMSEA=.043)
    ※CFIは1に近いほど、RMSEAは0に近いほど、モデルがデータによく合っている
  • しかし、向社会的動機から翌週のポジティブ感情への効果は有意ではありませんでした(B=0.02, p=.332)
    ※有意=偶然とは考えにくいと統計的に判断できること
  • 向社会的動機から翌週の関係性欲求充足への効果も有意ではありませんでした(B=‒0.06, p=.091)
  • つまり「その人の思いやり動機が強まった翌週に、その人の幸せが上がる」という個人内関係は見つかりませんでした
  • 仮説1-1も1-2も、このモデルでは支持されず
▼ただし、特性どうしの相関はあった
  • 安定した個人差(特性因子)のレベルでは、はっきりした関連がありました
  • 向社会的動機とポジティブ感情:r=.19
  • 向社会的動機と関係性欲求充足:r=.34
  • もともと思いやりの動機でマスクを着けがちな人は、ポジティブ感情が多く、つながりも感じやすい、ということです
▼CLPM(個人間と個人内が混ざった形で見るモデル)
  • 最初のモデルは当てはまりが良くありませんでした(CFI=.909, RMSEA=.106)
  • そこで、1週前だけでなく2週前の自分の値からの影響(2次のラグ)も加えたモデルに修正
    ※調査の間隔が1週間と短いので、2週前の状態も影響すると考えるのは妥当、という判断
  • 修正後は概ね良好になりました(CFI=.971, RMSEA=.060)
▼CLPMで分かったこと
  • 向社会的動機 → 翌週のポジティブ感情:有意ではない(B=0.02, p=.063)
  • 向社会的動機 → 翌週の関係性欲求充足:有意(B=0.03, p=.042)
  • 関係性欲求充足 → 翌週のポジティブ感情:有意(B=0.08, p<.001)
  • この2つをつないだ間接効果の95%信頼区間は0.000〜0.005で、非常に小さいながら0を含みませんでした
    ※間接効果=媒介変数を経由して伝わる効果
    ※95%信頼区間が0を含まない=効果がゼロではないと統計的に言える
  • 直接の効果は確認できなかったが、「思いやりの動機 → つながりの実感 → ポジティブ感情」という間接ルートは、ごくわずかに確認されたことになります

■5. 研究2の方法:条件をそろえて再現を試みる

▼研究1からの改善点
  • 「外出時」だと人によって場面がバラバラで、効果が見えにくかった可能性があります
  • そこで研究2では、マスクを着ける場面を「職場」に限定しました
  • 孤独感を新たに測定に加えました
  • 仮説・方法・分析計画をOSFに事前登録しました
    ※事前登録=データを取る前に仮説や分析方法を公開登録しておくこと。後付けの解釈を防ぎ、研究の信頼性を高める
▼参加者
  • 研究1に参加していない、職場に出勤して勤務中に日常的にマスクをしている20代〜50代の未婚の日本人成人
  • 未婚者に限定したのは、結婚しているかどうかが感染予防行動や孤独感と交絡する可能性があるため
    ※交絡=調べたい関係に、別の要因が紛れ込んで結果を歪めること
  • 4回すべてに回答した2,000名から、DQSに正しく答えなかった766名などを除き、1,231名が分析対象(平均年齢42.34歳)
▼手続きと測度
  • 2025年1月17日〜2月7日の毎週金曜17時に調査
  • 孤独感はUCLA孤独感尺度(第3版)日本語版の短縮版(豊島・佐藤, 2021)の6項目、4件法で測定(例「独りぼっちだと感じる」)
▼仮説
  • 仮説2-1:職場での向社会的動機が強いほど、翌週のポジティブ感情が多い
  • 仮説2-2:その影響は関係性欲求充足によって媒介される
  • 仮説2-3:職場での向社会的動機が強いほど、翌週の孤独感が弱い
  • 仮説2-4:その影響は関係性欲求充足によって媒介される

■6. 研究2の結果

▼RI-CLPM:研究1と同じ結果が再現された
  • 当てはまりは3つのモデルとも良好(CFIは.985〜.988)
  • 向社会的動機からの交差遅延効果は、どれも有意ではありませんでした
  • → ポジティブ感情:B=0.00, p=.849
  • → 孤独感:B=‒0.01, p=.519
  • → 関係性欲求充足:B=0.01, p=.668
  • 特性どうしの相関はやはり有意でした
  • 向社会的動機とポジティブ感情:r=.25
  • 向社会的動機と孤独感:r=‒.16
  • 向社会的動機と関係性欲求充足:r=.35
  • なお、この分析は事前登録にはなく、研究1の再現性を確かめるために追加されたものです
▼CLPM:今度は直接の効果も確認された
  • 研究1と同じ修正モデル(2次のラグあり)で概ね良好な当てはまり
  • 向社会的動機 → 翌週のポジティブ感情:有意(B=0.02, p=.024) → 仮説2-1を支持
  • 向社会的動機 → 翌週の孤独感:有意(B=‒0.01, p=.022) → 仮説2-3を支持
  • ただし逆方向も有意でした
  • ポジティブ感情 → 翌週の向社会的動機(B=0.06, p<.001)
  • 孤独感 → 翌週の向社会的動機(B=‒0.04, p=.019)
▼媒介の検証
  • ポジティブ感情のモデル
  • 向社会的動機 → 関係性欲求充足:B=0.05, p=.001
  • 関係性欲求充足 → ポジティブ感情:B=0.07, p<.001
  • 間接効果の95%信頼区間:0.001〜0.006 → 仮説2-2を支持(研究1を再現)
  • 孤独感のモデル
  • 向社会的動機 → 関係性欲求充足:B=0.05, p=.002
  • 関係性欲求充足 → 孤独感:B=‒0.05, p<.001
  • 間接効果の95%信頼区間:‒0.004〜‒0.001 → 仮説2-4を支持
  • いずれも「効果は非常に小さい」と著者自身が明記しています
▼事前登録との違い
  • 欠測値の扱い、2次のラグの追加、性別と年齢をモデルに入れた点が事前登録の計画と異なります
  • 事前登録どおりの分析結果も電子付録に載せてあり、主要な結果は同じだったと報告されています

■7. 考察:2つのモデルの結果をどう読むか

▼1人の中での変化としては確認できなかった
  • RI-CLPMでは2つの研究とも効果なし
  • 「ある人が思いやりの動機を強めると、その人の幸せが後から上がる」とは言えませんでした
  • 理由の可能性として、調査期間が4週間と短く、1人の中での動機や感情の変動そのものが小さかったことが挙げられています
▼人と人との違いとしては意味がありそう
  • CLPMの効果には個人間関係と個人内関係が混ざっています(Hamaker et al., 2015)
  • しかし、RI-CLPMで個人内の効果がなく、特性どうしの相関はあったことを合わせると、CLPMで見えた効果は主に「人による違い」を反映していると解釈できる、というのが著者の読みです
  • つまり、思いやりの動機でマスクを着ける傾向には安定した個人差があり、その傾向が強い人ほど、つながりを実感しやすく、それを通じて幸せを感じやすく孤独を感じにくい
▼理論とのつながり
  • 他者を思いやって行動することは、満足度の高い人間関係につながる(Crocker et al., 2017)。これがマスク着用にも当てはまると考えられます
  • 関係性欲求が満たされた人ほど幸福な状態を経験しやすい、という自己決定理論(Ryan & Deci, 2017)の予測とも一致します

■8. 著者が挙げている注意点

▼効果はとても小さい
  • 交差遅延効果の標準化推定値は.03程度で、Orth et al.(2022)のガイドラインでは「小さい効果量」にあたります
  • 2つの効果を掛け合わせた媒介効果はさらに小さくなります
  • ただ、幸福や孤独感に影響する要因が無数にある中で、マスクを着ける動機という日常の一要素を見ているので、小さいのは理解できる、と著者は述べています
▼関係は双方向かもしれない
  • 研究2では、ポジティブ感情や孤独感から向社会的動機への効果も確認されました
  • 向社会的行動と幸福の間にはポジティブなフィードバックループがある、という主張(Hui, 2022)と一致します
    ※フィードバックループ=AがBを高め、BがまたAを高めるという循環
▼「人の目が気になるから」は逆効果の可能性
  • 研究2のCLPMでは、他者の評価の懸念が翌週の関係性欲求充足を下げ、それを通じてポジティブ感情を下げ、孤独感を高めるという間接効果が認められました
  • RI-CLPMでも、他者の評価の懸念から関係性欲求充足への負の効果が有意でした(B=‒0.12, p<.001)
  • 同じ「他者を意識した」動機でも、相手の幸せを願うのか、否定的に見られるのを避けたいのかで、本人への影響は逆向きになりうる、ということです

■9. 限界と今後の課題

  • 個人内関係は示されなかったため、調査の間隔をもっと広げてRI-CLPMで再検討する必要があります
  • 思いやりの動機でマスクを着けることが、実際の人間関係に具体的にどんな変化をもたらすのかは、まだ分かっていません

■10. 結論

  • マスクをどんな動機で着けているかは、些細な違いかもしれません
  • それでも、「他者を感染させないため」「他者を安心させるため」という動機と結びついていることは、良好な人間関係と幸福な生活につながることが示唆されました
  • その差は小さいものの、マスク着用は日常で繰り返される行動なので、差が積み重なっていく可能性があると著者は述べています

■読むときのポイント(整理)

  • 確認できたこと:思いやりの動機が強い「人」は、つながりを感じやすく、幸せで、孤独を感じにくい傾向がある。その流れは時間の前後関係を入れても、ごく小さいながら確認された
  • 確認できなかったこと:同じ人が思いやりの動機を強めれば、その人の幸せが上がる、という変化
  • したがって「マスクを着ける気持ちを変えれば幸せになれる」とまでは、この研究からは言えません
  • 2つの独立したサンプル(計2,500名超)で同じパターンが再現されたこと、研究2が事前登録されていることは、結果の信頼性を支える点です

■出典

▼今回の論文
▼本文で触れた関連文献
  • Chen, B. et al. (2015). Motivation and Emotion, 39, 216-236.
  • Crocker, J., Canevello, A., & Brown, A. A. (2017). Annual Review of Psychology, 68, 299-325.
  • Hamaker, E. L., Kuiper, R. M., & Grasman, R. P. (2015). Psychological Methods, 20, 102-116.
  • Hui, B. P. H. (2022). Current Opinion in Psychology, 44, 231-236.
  • 川人 潤子他 (2012). 広島大学心理学研究, 11, 225-240.
  • 宮崎 弦太 (2024). 心理学研究, 95, 252-262.
  • Nishimura, T., & Suzuki, T. (2016). Japanese Psychological Research, 58, 320-331.
  • Orth, U. et al. (2022). Psychological Methods, 29, 421-433.
  • Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2017). Self-determination theory. The Guilford Press.
  • 豊島 彩・佐藤 眞一 (2021). 老年臨床心理学研究, 2, 19-26.
  • Watson, D., Clark, L. A., & Tellegen, A. (1988). Journal of Personality and Social Psychology, 54, 1063-1070.
▼注意事項
  • 数値は論文本文およびTable 1、Table 2の記載に基づいています(Bは非標準化係数)
  • 対象は日本の20代〜50代の調査モニターで、研究2は未婚の就業者に限られます。他の集団にそのまま当てはまるとは限りません
補足 3

会話形式での紹介はこちら😊
はぴテク相談室:「人の目が気になって」着けるマスクと、つながりと、孤独感の話
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-09-20-1789888620/

補足 4

動画での紹介はこちら😊
https://youtu.be/OQw6EDNkPuE

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