オンラインでのリトリートは、リアルなリトリートと同じくらい良い!
〜つながりは薄れるが、日常に持ち込みやすい〜
マインドフルネス・リトリート(数日間こもって瞑想する合宿)のオンライン版と対面版についての、イギリスの最新研究
参加者11人と指導者11人、計22人にじっくりインタビューして調べてもらいました。
コロナで一気に広まったオンライン合宿。
「画面越しで、家にいながらリトリートって、ちゃんと効くの?」
という疑問に、参加者と先生の両方に話を聞いた研究です。
結果としては、
①オンライン合宿、普通にちゃんと効く。
参加者も先生も「正直びっくりした」レベルで満足。
旅費も宿代もいらない、子育てや介護があっても参加できる、憧れの先生の合宿に地球の裏側から参加できる、はかなり大きい。
②でも対面と「同じ」ではない。
対面は、日常から切り離されて深く沈める。
オンラインは、家族がいて、宅配が来て、冷蔵庫の牛乳が切れてる。
つまり「没入度」は確実に下がる。(先生たちはこれを「低用量」と表現)
③ただし、その「下がる」が逆に効く。
瞑想の直後に、そのまま家族と会話したり、家事をしたり。
その「瞑想モードから日常への行ったり来たり」が、
マインドフルネスを日常に持ち込む練習になる。
対面合宿で得た静けさは、帰った瞬間に蒸発しがちですが、
オンラインで得たものは「翌週からそのまま使える」という声が多数。
このリトリート合宿中は何かを得た気になるが、現実に戻ったら全て忘れる、
というのは、リトリート合宿の一番の課題と思いますが、それが解消されるのは良いですね😊
④弱点は「つながり」と「安全」。
仲間の気配がないので、一体感は薄い。
先生も「画面だと参加者の調子が読みにくい」と心配している。
一方で、しんどくなった時に画面を切ってひとりになれる、を
「むしろ安全」と感じる参加者もいて、面白いところ。
オンラインは「薄い対面」ではなく「別物」で、
対面は「深める」、オンラインは「日常に溶かす」、
と使い分けるのが良さそう。
オンラインだと、世界中のリトリートに参加出来たり、交通のコストもいらないというのも強み。
「非日常でリセットする幸せ」と「日常の中でちょっとずつ整える幸せ」は良さが異なるので、
どちらか一方ではなく、両方使い分けられるのがベスト😊
- 特別な場所に行かないと整えられない、だと日常に戻った途端に崩れやすい。
- 家族が騒いでいる横でも穏やかでいられる練習こそ、本番。
という感じ😊マインドフルネスに限らず、リトリート全般にも言えそうな。
Rethinking Learning in Mindfulness Retreats
マインドフルネス・リトリートにおける学びを再考する
Alison Burton, Bridgette O’Neill & Gemma Griffith(バンガー大学 マインドフルネス研究・実践センター、イギリス)
Journal of Experiential Education, 2026/10/10
https://doi.org/10.1177/10538259261496257
オンラインvs対面: マインドフルネス・リトリートの再定義 対面:深い没入 オンライン:日常への統合 コンテキスト:Burton et al. (2026)の研究(N=22参加者とガイド)に基づく。 オンラインと対面の違いは、参加者が代替手段ではなく、生活合わための場面の独自活用可能性である。 深い没入感、日常生活 からの離脱 気を散らすことが少なく、 瞑想に導かれやすく、対面での 集中が保持される。 学習が家庭生活に 直接統合される 学びを日常生活に即座に活用 しやすい。 高いアクセシビリティ 育児、通勤、家事・ 仕事の片手間に 参加も可能である。 課題:グループの一体感と集中の維持には課題 オンラインリトリートの最適化と指導設計 Daily Chores 同居人との境界設定やデジタル 遮断のブロックについて指導 することが困難。 1.事前オリエンテーションと環境整え 2.セルフガーディングと個別アプローチ 3.実生活統合型プログラムへの転換 同居人との境界設定をデジタル遮断のブロックに ついて指導することが可能。 一面では参加者の活動を親密にいい、 1対1のチェックインと緊急サポート体制が必要。 両面の労に合わせてスケジュールを調整する。 生活シーンに即したマインド・フルな体験を取り入れた カリキュラムを設計する。 © Cosmos Notebook オンライン・リトリートの再考:妥協から新しい実践へ 最新の質的研究が解き明かす、「対面」と「オンライン」の全く異なる学習体験 22名の参加者と指導者の声に基づく洞察 パンデミックによる緊急避難から、定着へ 過去 リトリートは日常から離れた専用の施設で行うもの。 転換期 制限により、やむを得ずオンライン化。 現在 地理的・経済的ハードルを下げ、広く普及。しかし... 「画面越しの実践は、本当に効果があるのか?」 Gumroad Notebooks 一般的な誤解:オンラインは対面の「劣化版」なのか? 「本当のリトリートではない」 「集中できないから効果が薄い」 「単なる妥協案」 多くの人が、オンラインを「便利な代用品」とみなしています。 研究の結論:全く異なる2つの「学びの環境」である オンラインは対面の代用品ではありません。 それぞれが「異なるスキルの習得」を促す、 独立したカリキュラムです。 11名の参加者と11名の指導者へのインタビュー分析に基づく。 「非日常への浸入」対「日常への統合」 対面 オンライン 環境 隔離された境界線のある空間 生活感のある浸透性の高い空間 焦点 深い洞察と自己への浸入 日常の混沌へのマインドフルネスの応用 メリット 習慣や役割からの完全な解放 実際の生活環境でのレジリエンス構築 課題 日常に戻った際の理想と現実のギャップ 家事や家族による注意の分断 Genius Notebook 日常の摩擦を「実践」に変える 画面越しの公式な瞑想 体和でキッチンへ向かう 「冷蔵庫に生乳がない!」 という日常のイライラ その感情を観察し、 次の瞑想のプロセスに統合する 隔離された空間では経験できない「リアルな生活との対峙」こそが、オンライン最大の価値です。 Gennesis Notebook 「経験の線量(Dosage)」という概念 対面リトリート:高用量の没入 途切れることのない深い集中の連続。 オンライン:低用量だが高い応用性 宅配便、家族の声、画面のオン/オフなど「移行(トランジション)」の連続。 連続性は低下するが、実生活へ適応するための「実践的な強度」は高まる。 Gemini Notebook オンラインならではの3つの利点 圧倒的なアクセシビリティ 渡航費ゼロで世界最高峰の指導者にアクセス。介護や育児があっても参加可能。 他者の目を気にしない自由 広いホールでのヨガやダンブメントと違い、自宅では「正しくできているか」という比較や自意識から解放される。 多様性と国際性 画面上だからこそ実現する、多様な背景を持つ参加者との安全なコミュニティ形成。 Genova Notebooks 日常との「境界線」が生む課題 画面疲労 長時間の画面注視とマルチタスクの誘惑による認知的な負担。 歩く限想の因難さ 自宅のスペース制限や、画面から離れた際の集中力の途切れ。 物理的なエネルギーの欠如 全員で一緒に座っているという「空間の力(グループ・エナジー)」の喪失。 Gemesis Notebook 画面越しの「つながり」の実態 多くの参加者が「オンラインではコミュニティ形成は無理だろう」と予想していたが、実際には驚くほどの深さと安全性を持つコミュニティが形成された。 一方で、休憩時間の何気ない会話や、同じ空間で沈黙を共有する「言語を超えた共鳴」は得られにくい。 Commons Notebook 指導者から見た「死角」と負担 部屋の空気が読めない 小さな画面では、参加者の身体的な落ち着きのなさや微細な感情の変化を察知しにくい。 セーフガーディングの難しさ 参加者が精神的な困難に直面した際、物理的に離れているため迅速なサポートや介入が極めて難しい。 隠れた疲労 画面上での「場」の維持や、共同指導者との背側でのデジタル連携(チャット等)による被労感。 物理的な環境の死角 Gemma's Notebook 参加者のための4つの準備ステップ 境界線の交渉 家族や同居人に対し、食事や会話のルールを事前に共有する。 デジタル・デトックス スマートフォンの通知を完全に切り、マルチタスクを意図的に手放す。 専用空間の確保 可能な限り、日常の誘惑から切り離された静かな場所を作る。 「移行」を歓迎する 宅配便や生活音などの邪魔が入っても、それ自体を「マインドフルネスの実践」として受け入れる。 © Genius Notebook 主催者・指導者のためのデザイン設計 スケジュールの再構築 対面のリトリートをそのままコピーしない。画面疲労を考慮し、短いセッションを組み合わせる。 日常との架け橋 休憩中にキッチンや庭に行く時間など、意図的に「ホームプラクティス」を組み込む。 強固な安全管理 事前スクリーニングを強化し、緊急時の連絡網や、個別面談(ブレイクアウトルーム)の仕組みを充実させる。 Gemoss Notebook 2つの窓を組み合わせる:全体的なジャーニー 浸入 深い洞察を得る、 習慣から離れる。 統合 実生活へ応用する、 レジリエンスを鍛える。 オンラインだけに頼れば「深い浸入」を逃し、対面だけに頼れば「日常への応用」に苦労する。 双方が揃ってこそ、真のマインドフルネスが完成する。 Genesis Notebook オンライン・リトリートを最大限に活かすために 受協ではなく、 独立した実践 日常の摩擦 こそが教材 意図的なデザイン の必要性 対面の代わりではなく、異 なるスキルを学ぶ場所であ ると認識する。 完璧な静寂を求めるのではなく、生活音や家族との関わりを実践に取り込む。 指導者も参加者も、オンライン環境の特性を理解し、主体的に環境と境界線を設定する。 没入と続合、2つの窓を行き来する実践の旅へ。 Gumroad Notebook
本研究のウェルビーイング小話はこちら😊
はぴテク相談室:オンラインの「おうちリトリート」って、本物じゃない?
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-10-13-1791831601/
【研究背景】
■ この論文が立脚する研究背景
この研究は「オンラインで行われるマインドフルネス・リトリートは、対面のリトリートと同じ学びをもたらすのか」を、参加者(リトリート参加者)と指導者への面接から探ったものです。その前提となる既存研究を、論文の導入部に沿って整理します。
■ 1. マインドフルネスとMBP(マインドフルネスに基づくプログラム)
▼ マインドフルネスの定義
▼ MBPとは
■ 2. リトリートという学びの場
▼ リトリートの位置づけ
▼ リトリートの効果に関する先行研究
■ 3. 経験教育の理論との接点
■ 4. オンライン・リトリートの登場
▼ パンデミックによる移行
▼ アクセス拡大と、関与・継続の課題
■ 5. テクノロジーと注意の問題
■ 6. 安全性に関する知見
■ 7. 「用量(ドーズ)」という視点
■ 8. 研究のギャップ
【研究内容】
■ この研究の概要
Burton, O'Neill & Griffith (2026) は、マインドフルネス・リトリート(日常から離れて数日間、瞑想や沈黙を中心に集中的に実践する合宿形式のプログラム)をオンラインで行った場合、参加者と指導者がそれをどう経験し、どう意味づけているのかを、インタビューをもとに探った質的研究です。
■ 背景:なぜこの研究が必要だったのか
▼ マインドフルネスとリトリート
▼ リトリートの効果に関する先行研究
▼ オンライン化という変化
▼ 安全性の問題
▼ 「用量(ドーズ)」という視点
▼ 研究の空白
■ 方法
▼ 研究者の立場(リフレクシビティ)
▼ デザイン
▼ 参加者
▼ 手続き
▼ 分析
■ 結果:3つの上位テーマと8つの下位テーマ
▼ 上位テーマ1:リトリートの旅を始める
リトリートを選ぶ
参加者:7名が初めてのオンライン・リトリートをロックダウン中に、選択ではなく必要に迫られて経験していました。選択の最大の要因は「誰が教えるか」で、次に内容が自分の実践のニーズに合うか。立地・日程・費用・会場設備も挙がりました。約3分の1がオンラインのアクセスのよさ(著名な指導者に自宅から安価にアクセスできる)に言及。
指導者:形式よりも、主催団体、テーマ、立地、そして共同指導者との相性が重要でした。全員がオンラインの有効性に感銘を受けており、「両方に居場所がある」という見方が多数でした。
オンライン・リトリートへの準備
参加者:全員が主催団体から書面の準備ガイダンスを受け取っていました。5名はリトリート期間中ひとりになれるよう手配し、うち3名は宿泊施設を借りて対面に近い環境を作っていました。自宅にいた8名は同居者との境界を設定(完全な沈黙から、食事を共にしつつ静かに過ごす、意識的に普段どおり接するまで幅あり)。予定を空ける、通知を切るなどの工夫も。
指導者:どの形式でも指導は負荷が大きく、前後の予定を軽くして準備と回復に充てていました。約半数は自宅でも参加者と同じ「リトリートモード」で過ごそうとしましたが、4名は同居家族がリトリートをしていない中で没入するのが難しいと述べました。連絡を遮断すべきかについては意見が分かれ、「幼い子どもや高齢の親がいるなら電話を切るのは親切ではない」という見方もありました。
▼ 上位テーマ2:オンライン・リトリートを進める
リトリート中のテクノロジー
参加者:全員がオンライン・プラットフォームを有効と評価。一方、3名は長時間の画面注視が消耗的、9名は技術的中断への対処が必要と述べ、約半数は端末が実践から離れる誘惑になると認めました。
指導者:概ね満足。予備端末や代替回線の重要性、大画面で参加者全員を見ることの有用性が挙がりました。画面時間は授業だけでなく共同指導者との打ち合わせにも及び、WhatsAppでの運営連絡が外部メッセージを見るきっかけになるという指摘も。
オンラインと対面での実践の違い
参加者:座る瞑想の質は同じという人が多かった一方、動きの実践と歩く瞑想は異なりました。5名は自宅での動きの実践のほうが人目を気にせず自由で、指導者も見やすいと述べ、2名は他者の身体性を感じられない喪失感を述べました。歩く瞑想はほとんどの人がオンラインでは難しいとし、画面から離れると気が散る、家が歩行瞑想に向かない、という理由でした。
到着と退出の体験も異なり、5名は移動という「移行の時間」がないことで、体験を消化する「ゆっくりした帰還」が失われると感じました。逆に、家族との間で一日に何度も小さな移行をすることが興味深く洞察に満ちていた、という人もいました。
また、何かが活性化したときに「ボタンを押して音声を止め、カメラを切る」ことで意図的に実践から離れられることを安全と感じる人がいました。対面では途中退席が周囲の妨げになりやすい点と対照的です。参加者自身の安全について大きな懸念は語られませんでしたが、3名が一般的な困難体験、1名がオンライン中の強い情動反応を報告しました(形式のせいとは考えられていません)。
指導者:参加者ほど違いを強調せず、構造は対面を踏襲していると述べました。ただし配達業者や近隣からの中断は多く、それを「予期せぬ出来事への応答」をモデルとして示す機会に転じていました。3分の1は、参加者がマルチタスクをしている可能性や、非構造化時間に没入できていない可能性を指摘し、「顔の光の変化で別のページをスクロールしているのが分かる」という声もありました。
オンラインでの関係性のつながり
参加者:半数以上が仲間との体験が違うと述べ、つながりは可能だが対面より弱く、「速さと粘り」が劣るという表現もありました。一方、オンラインのほうが深い静けさを得られるというトレードオフを語る人や、画面上でも安全な場と共同体が作れることに驚いたという人もいました。3分の1以上が国際的で多様なグループを評価し、マージナライズされた背景を持つ2名は特にそれを歓迎していました。指導者との関係は全員が強いと評価し、オンラインでは指導者選びがより重要という声もありました。
指導者:関係性の質に嬉しい驚きを感じつつ、対面ほど強くはないと認めました。「場を読む」ことは概して難しいが、顔の表情や落ち着きのなさは画面でむしろ鮮明に見えるという指摘も。5名はグループ・プロセスがオンラインで異なり、「輪になって座る」感覚を意図的に補う必要があると述べました。共同指導者との非公式な交流(食事を共にしながらの会話など)が失われることも挙げられました。
▼ 上位テーマ3:オンライン・リトリートの価値と効果の認識
満足度
参加者:大半が肯定的。約半数は内容と構造が対面と同じなので似ていると感じ、「オンラインで得るものが少ないとは言えない」という声も。対面を好む人も複数おり、1名は自発的には二度とオンラインに参加しないと述べました(効果はあったが、旅としての対面を好むため)。「代替ではなく違うもの」として両方に参加したいという見方もありました。
指導者:満足しつつも、半数以上が「オンラインだけに頼らず対面にも参加すべき」と強く主張。「オンラインは用量が低い」「等価ではなく異なる」という表現があり、オンラインは経験豊富な瞑想者向きという意見と、初心者にとって低用量の導入になるという正反対の意見が同数ありました。指導者養成の観点から、オンラインのみの経験では「快適な領域から出て適度に挑戦される」機会を逃すという懸念も。3名は今後オンライン指導をしないと決めていましたが、個人的な好み(画面時間や家庭との両立)によるものでした。
オンライン・リトリートの影響
参加者:7名が、オンラインでは対面にはない形でマインドフルネスを家庭生活に統合できたと述べました。「とてもありふれた、実践的だが時に困難なこと」に取り組む可能性が開けたという語りがあります。一方、実践の深さは対面のほうがあると考える人が典型的で、「深めてはいるが、完全にリトリートしているわけではない」という要約もありました。
指導者:7名が同様に統合を主な利点として挙げ、「すべてがやや希釈されるが、うまくいけばその後の週に使える統合された経験になる」と述べました。「冷蔵庫に牛乳がない」といった日常の苛立ちこそ実践が向き合うべきものだという見方もありました。「違う種類の獣で、それぞれ長所短所がある」という総括もあり、3分の1が介護責任のある人へのアクセス向上を挙げました。
図3 参加者11名のうち、各経験を語った人数。技術的中断への対処を挙げた人が最も多い一方、7名は対面にはない形でマインドフルネスを家庭生活に統合できたと述べました。
Burtonら(2026)の本文 Results(Choosing a retreat、Preparing for the online retreat、Using technology、The impact of online retreats の各節)の数値をもとに、はぴテックが作図。出典:Burton et al. (2026). Journal of Experiential Education. https://doi.org/10.1177/10538259261496257
参加者:静かな始まり、自己誘導の非構造化セッション、ガイダンスの削減、休憩や食事の時間にPCを台所に持っていく共有時間、一対一の面談と追加の進行役、ブレイクアウトルーム、ミュート解除による咳や身じろぎの共有、事前オリエンテーションの強化などが提案されました。
指導者:参加者が眠ってしまう、停電で共同指導者が引き継ぐ、参加者の行動変化と連絡途絶、遠隔では十分支援できなかったメンタルヘルス危機、などの具体的課題が語られました。大半がオンラインでの安全確保により強い不安を感じており、小グループでのチェックインは標準で、懸念時には一対一面談を提供していました。3分の1が動画やポッドキャストによるより深いオリエンテーション、より丁寧な事前スクリーニング、危機時の情報提供の強化を求めました。
■ 考察:4つの主な知見
▼ 1. オンライン・リトリートは概ねうまく機能し、アクセスを広げる
▼ 2. オンラインは対面とは異なる形の体験学習を促す
▼ 3. オンラインではつながりと関与のあり方が異なる
▼ 4. オンライン指導には固有の難しさがある
■ 教育への示唆
■ 今後の研究
■ 限界
■ 結論
本研究は、物理的に離れていても、オンライン・リトリートが概ね意味があり、支えとなり、学びと実践に資するものと受け止められていることを示しました。同時に、テクノロジーと自宅という実践環境がリトリート体験に及ぼす影響という固有の機会と課題を浮かび上がらせました。著者らは、リトリートの核となるプロセスはオンラインに適応可能である一方、オンラインは「対面の直接的な複製」ではなく異なる学びの経験と成果をもたらすと結論づけ、その違いを認め、育て、強調することが各形式での学習機会を高めると述べています。今後は、両形式の相違点、用量と強度、より多様な参加者層についての研究が求められるとしています。
インタビューでの発言集
■大テーマ1:リトリートの旅のはじまり
▼小テーマ1-1:リトリートを選ぶ
【参加者】
「初めてオンライン・リトリートをしたのはパンデミックの最中で…振り返ると…本当にありがたいと思う」
「本当に好きな先生が何人かいるので、その人たちがいつ教えるかをわざわざネットで確認しに行く」
「まず、自分の実践がいまどこにあるか。次に、それが個人的に必要なものとして浮かんできたものかどうか」
「来週は電車で3時間になる。これまでで一番長いけど、たぶんそれが上限」
「素晴らしかった。あの素晴らしい先生たちに、自分のいる場所で、たいしてお金もかけずにアクセスできたんだから」
【指導者】
「人々がこれをできるのは本当に素晴らしいことだと思うし、支持するし勧める。そして…対面リトリートも支持して勧めたい。そう、両方に居場所がある」
「知っていて好きな同僚が一緒にやろうと持ちかけてくるか、リトリートの依頼を受けて自分で共同指導者を選べるので、一緒に仕事をしたい人に声をかける。それはとても大事なこと、教えることの協働的な側面が」
▼小テーマ1-2:オンライン・リトリートの準備
【参加者】
「リマインダーとして、また実践を支えるかたちで環境をどう整えるかの指針として、いつも役に立つ」
「パートナーがそばにいると…休憩しようとお茶を淹れに行って、たぶん彼女と鉢合わせして、そう、おしゃべりしちゃう」
「自分と彼の分を料理しなきゃいけなかった。…だいたい黙って食べた」
「だから人と半分くらい関わらなきゃいけないし、沈黙していない人たちと一緒にいなきゃいけない」
【指導者】
「グループに求めていることを自分もやろうとする。洗い物をするなら、より感覚に気づきながらやる。…仕事をしなきゃいけないなら、会話を伴う仕事にはしない」
「家族と暮らしていて彼らはリトリート中じゃなくて、自分はこれをやっている。彼らの生活と自分のやっていることの並置を扱うのは、なかなか難しいと感じる」
「いつもより『両生類』でいなきゃいけなかった。つまり異なる文脈のあいだを行き来する、ということ」
「柔軟さと応答性がいくらか増す。だから妻と丸ごと沈黙しているわけではなく、夕方には話したりする」
「たいてい家族には、緊急時はこれ、参加者がもらっているのと同じように、この連絡先に、と伝える。そのほうがなんだかすっきりするから」
「コンパッションと優しさを育てているのなら、幼い子どもや年老いた親がいる人に電話を切れというのは、実は優しくないと思う」
■大テーマ2:オンライン・リトリートを進む
▼小テーマ2-1:リトリート中のテクノロジー
【参加者】
「たぶん、この期間は電話にもメールにも応じないと、もっとはっきり言うべきだった」
「白状すると、オンライン・リトリートでやったことがある。あっちでメッセージを見たり、ちょっと退屈になったときにもう一つの画面で別のものを見たり」
【指導者】
「1画面に49人映せる。ページをめくらなくていいからいい」
「それでも画面の時間がすごく長いと感じる。何をするかについて共同指導者と交わす会話も全部画面上だから」
「電話がたぶん一番難しい気の散り元。リトリートのリーダーとつながるのに使っているから」
▼小テーマ2-2:オンラインと対面での実践の違い
【参加者】
「動く実践を本当にありがたく思ったのを覚えている。正しくやっているか間違っているか、を本当に手放せた」
「ホールにいると自分を人と比べ始めて、先生がちゃんとやっているか見ているんじゃないかと思ってしまう」
「他の人の動き、他の人の身体性を感じたかった。オンラインではそれが得られない」
「オンラインで何かを飛ばすとしたら、それは歩く瞑想」
「一人でオンラインにいると、歩く瞑想のひとつの次元がまるごと失われる」
「帰りの充実感がない。つまり、望むようなゆっくりした帰還がない」
「自宅リトリートだと、一日の始まりと終わりに小さな移行がたくさんある…夕方には実践から出て家族と一緒にいて…その違う状況のなかに実践の余韻が残る」
「すごくいいのは、それがとても簡単にできること。家族とのやりとりや日々の活動が、リトリート中じゃない日とどう違って感じられるかに気づくのが本当に面白い」
「何かが起きていたり、考えや記憶、何であれ浮かんできて、ただ続けるんじゃなくてそれと一緒に座っていたいとき。ボタンを押せばもう聞かなくていいし、カメラを切れるのがいい」
「環境のせいで、自分の家にいれば、実践を終えたり、実践についていかないことが…より簡単だと思う」
「オンラインはもう少し自己規律を促すと思う。だから何であれ、歩くことでも、広々とした気づきでも、そのレッスンが何であれ、より集中している」
【指導者】
「オンラインで教えていると、誰かの顔に当たる光を見るのに慣れていて、顔の光が変わるのを見て、ああ、この人は別のウェブページをスクロールしてるな、とわかる」
▼小テーマ2-3:オンラインでの人とのつながり
【参加者】
「コミュニティとのつながりは、対面のほうが深く、速いと感じる。オンラインでも起きるけど、そんなに速くないし、同じくらい『くっつく』かはわからない」
「コミュニティの感覚があって、それが実践に力を与える。…ちょっとした『勢い』をくれる。…オンラインにはそれがない。ずっと一人きり」
「オンラインでは対面と同じコミュニティ感は得られないけど、対面ではオンラインで得られる深い静けさと静寂は得られない」
「画面上でも安全な環境をつくり、コミュニティを本当にうまく築けることがわかって驚いた」
「そのせいで少し関与が薄れた気がした。だって、この人たち本当に実践してるのかな、と思ってしまうから」
「それでもコミュニティの感覚はあるし、あなたのことは何も知らないし最終日まで知らないだろう、という感覚もある。それがいい。それにすごく国際的なのが素敵」
「オンラインだと、先生が誰かにより集中する。画面越しだけだと…我慢する余地が少ないから」
【指導者】
「まあ、同じレベルのつながりはない。みんな画面上で、自分の家にいる。犬の散歩に行かなきゃいけないし、ご飯も作らなきゃいけない」
「人に何が起きているかを知るのが難しい。それがオンライン経験についての自分の全体的な評価だと思う」
「全身は見えない。でもグループはかなり読める。顔がはっきり見えるし、落ち着きのなさの度合いは図式的に明らかだから」
「全員が同じ経験に取り組んでいるというグループの感覚を感じる必要があること。それは対面で円になって座っているときに力になる。…コミットし続ける助けになるし、歩く瞑想で他の全員が歩き回っているのを見ると、なんとなく軌道に乗り続けられる」
「よく食事をどこか別の場所に持っていって、ただ話をする。そういう非公式な接触がプロセス全体を本当に支えてくれるし、滋養になるし、楽しいし、全体の喜びの一部。だから、そこに喪失がある感じがする」
■大テーマ3:オンライン・リトリートの価値と有効性
▼小テーマ3-1:オンライン・リトリートへの満足
【参加者】
「両方できる。そんなに大きく違わないから。文脈の点では違うけど、何が起きているか、リトリート自体の質、ガイダンスは同じ」
「オンライン・リトリートから得たものが対面より少なかったとは言わない」
「いつも両方やりたい」
【指導者】
「マインドフルネスのコミュニティとして、今後の人々への推奨を考え抜く必要がある。オンライン・リトリートをやるなら対面もいくつかやるよう促し、これらは同等ではない、違うものだと言うこと。オンラインは『低用量』。だから、センターで5日間過ごすより全体として効力が弱い経験だとも言える。これは違うものであって、違う機会を提供する、という意識が高まっていると思う。…参加者には両方を定期的に経験するよう本当に勧めたい」
「特に教える人については、オンライン・リトリートしかやったことがない人だと、あまり安心できない。快適な領域から出て、助けになるかたちでもう少し挑戦される、という点で何かを逃している気がする」
「参加者としてどちらが好きかと言われたら、断然対面。リトリートのリーダーとしては、断然対面。でもだからといって、もうオンラインで教えたくないかというと、全然そんなことはない。喜んでオンラインで教える」
▼小テーマ3-2:オンライン・リトリートの影響
【参加者】
「オンライン・リトリートは、とてもありふれた、とても実際的な、でもときにとても難しいことに取り組む可能性を本当に開いてくれた」
「それが良い悪いというんじゃなくて、ただ違う。オンライン・リトリートは日常生活のマインドフルネスにずっと役立つ」
「私たちは生活から、日々の習慣から退いて、いわば別のゾーンに入っていく。オンラインの場合、それが自分にはまったく当てはまらない。…実践は深めているけど、たぶん完全にリトリートにいるわけじゃない」
【指導者】
「すべてが少し薄まる。オンライン・リトリートがうまくいけば、その後の数週間でより使える、本当に良い統合された経験が得られると思う」
「ある種、別の生き物で、それぞれに長所短所、課題と利点がある」
「どこかいいところに行って自分を切り離すことの問題は、かなり希薄な環境で、本来は実践がそれと共にあれるよう助けてくれるはずの、ありふれた苛立ちや欲求不満にぶつからないこと。その点から言うと、オンライン・リトリートではキッチンに行ってパートナーと鉢合わせして、冷蔵庫に牛乳が残っていない、ということが起こるのが、実はかなり気に入っている。まさにそれこそ取り組むべきことだから」
「もっとアクセスしやすく、もっと手頃に、もっと日常生活や家族への責任と調和したものにすることは、とても価値があると思う」
▼小テーマ3-3:オンライン・リトリートの最適化
【参加者】
「休憩と食事も、実際にパソコンを一緒に持ってキッチンまで降りていく。全員がそうしたいわけじゃなくても」
【指導者】
「誰も話していない何かが参加者の生活で起きているのは間違いない。…彼らははるか遠くにいるかもしれない。空間的にも、自分がどれだけ接触できるかという意味でも。参加者とどれだけ個別の接触を持つか、という問題」
動画解説はこちら😊
https://youtu.be/MVHjrxLAx1Q