2026.10.13

オンラインでのリトリートは、リアルなリトリートと同じくらい良い!

オンラインでのリトリートは、リアルなリトリートと同じくらい良い!
〜つながりは薄れるが、日常に持ち込みやすい〜

マインドフルネス・リトリート(数日間こもって瞑想する合宿)のオンライン版と対面版についての、イギリスの最新研究

参加者11人と指導者11人、計22人にじっくりインタビューして調べてもらいました。


コロナで一気に広まったオンライン合宿。
「画面越しで、家にいながらリトリートって、ちゃんと効くの?」

という疑問に、参加者と先生の両方に話を聞いた研究です。


結果としては、
①オンライン合宿、普通にちゃんと効く。
参加者も先生も「正直びっくりした」レベルで満足。

旅費も宿代もいらない、子育てや介護があっても参加できる、憧れの先生の合宿に地球の裏側から参加できる、はかなり大きい。


②でも対面と「同じ」ではない。
対面は、日常から切り離されて深く沈める。
オンラインは、家族がいて、宅配が来て、冷蔵庫の牛乳が切れてる。

つまり「没入度」は確実に下がる。(先生たちはこれを「低用量」と表現)


③ただし、その「下がる」が逆に効く。
瞑想の直後に、そのまま家族と会話したり、家事をしたり。
その「瞑想モードから日常への行ったり来たり」が、
マインドフルネスを日常に持ち込む練習になる。
対面合宿で得た静けさは、帰った瞬間に蒸発しがちですが、
オンラインで得たものは「翌週からそのまま使える」という声が多数。
このリトリート合宿中は何かを得た気になるが、現実に戻ったら全て忘れる、

というのは、リトリート合宿の一番の課題と思いますが、それが解消されるのは良いですね😊


④弱点は「つながり」と「安全」。
仲間の気配がないので、一体感は薄い。
先生も「画面だと参加者の調子が読みにくい」と心配している。
一方で、しんどくなった時に画面を切ってひとりになれる、を

「むしろ安全」と感じる参加者もいて、面白いところ。


オンラインは「薄い対面」ではなく「別物」で、
対面は「深める」、オンラインは「日常に溶かす」、
と使い分けるのが良さそう。

オンラインだと、世界中のリトリートに参加出来たり、交通のコストもいらないというのも強み。


「非日常でリセットする幸せ」と「日常の中でちょっとずつ整える幸せ」は良さが異なるので、
どちらか一方ではなく、両方使い分けられるのがベスト😊

  • 特別な場所に行かないと整えられない、だと日常に戻った途端に崩れやすい。
  • 家族が騒いでいる横でも穏やかでいられる練習こそ、本番。
    という感じ😊マインドフルネスに限らず、リトリート全般にも言えそうな。

Rethinking Learning in Mindfulness Retreats
マインドフルネス・リトリートにおける学びを再考する
Alison Burton, Bridgette O’Neill & Gemma Griffith(バンガー大学 マインドフルネス研究・実践センター、イギリス)
Journal of Experiential Education, 2026/10/10
https://doi.org/10.1177/10538259261496257

オンラインvs対面: マインドフルネス・リトリートの再定義 対面:深い没入 オンライン:日常への統合 コンテキスト:Burton et al. (2026)の研究(N=22参加者とガイド)に基づく。 オンラインと対面の違いは、参加者が代替手段ではなく、生活合わための場面の独自活用可能性である。 深い没入感、日常生活 からの離脱 気を散らすことが少なく、 瞑想に導かれやすく、対面での 集中が保持される。 学習が家庭生活に 直接統合される 学びを日常生活に即座に活用 しやすい。 高いアクセシビリティ 育児、通勤、家事・ 仕事の片手間に 参加も可能である。 課題:グループの一体感と集中の維持には課題 オンラインリトリートの最適化と指導設計 Daily Chores 同居人との境界設定やデジタル 遮断のブロックについて指導 することが困難。 1.事前オリエンテーションと環境整え 2.セルフガーディングと個別アプローチ 3.実生活統合型プログラムへの転換 同居人との境界設定をデジタル遮断のブロックに ついて指導することが可能。 一面では参加者の活動を親密にいい、 1対1のチェックインと緊急サポート体制が必要。 両面の労に合わせてスケジュールを調整する。 生活シーンに即したマインド・フルな体験を取り入れた カリキュラムを設計する。 © Cosmos Notebook オンライン・リトリートの再考:妥協から新しい実践へ 最新の質的研究が解き明かす、「対面」と「オンライン」の全く異なる学習体験 22名の参加者と指導者の声に基づく洞察 パンデミックによる緊急避難から、定着へ 過去 リトリートは日常から離れた専用の施設で行うもの。 転換期 制限により、やむを得ずオンライン化。 現在 地理的・経済的ハードルを下げ、広く普及。しかし... 「画面越しの実践は、本当に効果があるのか?」 Gumroad Notebooks 一般的な誤解:オンラインは対面の「劣化版」なのか? 「本当のリトリートではない」 「集中できないから効果が薄い」 「単なる妥協案」 多くの人が、オンラインを「便利な代用品」とみなしています。 研究の結論:全く異なる2つの「学びの環境」である オンラインは対面の代用品ではありません。 それぞれが「異なるスキルの習得」を促す、 独立したカリキュラムです。 11名の参加者と11名の指導者へのインタビュー分析に基づく。 「非日常への浸入」対「日常への統合」 対面 オンライン 環境 隔離された境界線のある空間 生活感のある浸透性の高い空間 焦点 深い洞察と自己への浸入 日常の混沌へのマインドフルネスの応用 メリット 習慣や役割からの完全な解放 実際の生活環境でのレジリエンス構築 課題 日常に戻った際の理想と現実のギャップ 家事や家族による注意の分断 Genius Notebook 日常の摩擦を「実践」に変える 画面越しの公式な瞑想 体和でキッチンへ向かう 「冷蔵庫に生乳がない!」 という日常のイライラ その感情を観察し、 次の瞑想のプロセスに統合する 隔離された空間では経験できない「リアルな生活との対峙」こそが、オンライン最大の価値です。 Gennesis Notebook 「経験の線量(Dosage)」という概念 対面リトリート:高用量の没入 途切れることのない深い集中の連続。 オンライン:低用量だが高い応用性 宅配便、家族の声、画面のオン/オフなど「移行(トランジション)」の連続。 連続性は低下するが、実生活へ適応するための「実践的な強度」は高まる。 Gemini Notebook オンラインならではの3つの利点 圧倒的なアクセシビリティ 渡航費ゼロで世界最高峰の指導者にアクセス。介護や育児があっても参加可能。 他者の目を気にしない自由 広いホールでのヨガやダンブメントと違い、自宅では「正しくできているか」という比較や自意識から解放される。 多様性と国際性 画面上だからこそ実現する、多様な背景を持つ参加者との安全なコミュニティ形成。 Genova Notebooks 日常との「境界線」が生む課題 画面疲労 長時間の画面注視とマルチタスクの誘惑による認知的な負担。 歩く限想の因難さ 自宅のスペース制限や、画面から離れた際の集中力の途切れ。 物理的なエネルギーの欠如 全員で一緒に座っているという「空間の力(グループ・エナジー)」の喪失。 Gemesis Notebook 画面越しの「つながり」の実態 多くの参加者が「オンラインではコミュニティ形成は無理だろう」と予想していたが、実際には驚くほどの深さと安全性を持つコミュニティが形成された。 一方で、休憩時間の何気ない会話や、同じ空間で沈黙を共有する「言語を超えた共鳴」は得られにくい。 Commons Notebook 指導者から見た「死角」と負担 部屋の空気が読めない 小さな画面では、参加者の身体的な落ち着きのなさや微細な感情の変化を察知しにくい。 セーフガーディングの難しさ 参加者が精神的な困難に直面した際、物理的に離れているため迅速なサポートや介入が極めて難しい。 隠れた疲労 画面上での「場」の維持や、共同指導者との背側でのデジタル連携(チャット等)による被労感。 物理的な環境の死角 Gemma's Notebook 参加者のための4つの準備ステップ 境界線の交渉 家族や同居人に対し、食事や会話のルールを事前に共有する。 デジタル・デトックス スマートフォンの通知を完全に切り、マルチタスクを意図的に手放す。 専用空間の確保 可能な限り、日常の誘惑から切り離された静かな場所を作る。 「移行」を歓迎する 宅配便や生活音などの邪魔が入っても、それ自体を「マインドフルネスの実践」として受け入れる。 © Genius Notebook 主催者・指導者のためのデザイン設計 スケジュールの再構築 対面のリトリートをそのままコピーしない。画面疲労を考慮し、短いセッションを組み合わせる。 日常との架け橋 休憩中にキッチンや庭に行く時間など、意図的に「ホームプラクティス」を組み込む。 強固な安全管理 事前スクリーニングを強化し、緊急時の連絡網や、個別面談(ブレイクアウトルーム)の仕組みを充実させる。 Gemoss Notebook 2つの窓を組み合わせる:全体的なジャーニー 浸入 深い洞察を得る、 習慣から離れる。 統合 実生活へ応用する、 レジリエンスを鍛える。 オンラインだけに頼れば「深い浸入」を逃し、対面だけに頼れば「日常への応用」に苦労する。 双方が揃ってこそ、真のマインドフルネスが完成する。 Genesis Notebook オンライン・リトリートを最大限に活かすために 受協ではなく、 独立した実践 日常の摩擦 こそが教材 意図的なデザイン の必要性 対面の代わりではなく、異 なるスキルを学ぶ場所であ ると認識する。 完璧な静寂を求めるのではなく、生活音や家族との関わりを実践に取り込む。 指導者も参加者も、オンライン環境の特性を理解し、主体的に環境と境界線を設定する。 没入と続合、2つの窓を行き来する実践の旅へ。 Gumroad Notebook
投稿者による補足(5件)
補足 1

本研究のウェルビーイング小話はこちら😊
はぴテク相談室:オンラインの「おうちリトリート」って、本物じゃない?
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-10-13-1791831601/

補足 2

【研究背景】

■ この論文が立脚する研究背景

この研究は「オンラインで行われるマインドフルネス・リトリートは、対面のリトリートと同じ学びをもたらすのか」を、参加者(リトリート参加者)と指導者への面接から探ったものです。その前提となる既存研究を、論文の導入部に沿って整理します。


■ 1. マインドフルネスとMBP(マインドフルネスに基づくプログラム)

▼ マインドフルネスの定義
  • Kabat-Zinn (1994) は、マインドフルネスを「意図的に、今この瞬間に、判断を加えずに注意を向けること」と定義しています。
  • Bishop et al. (2004) は、これを「好奇心・開かれた態度・受容をもって、今この瞬間の経験に注意を自己調整すること」として操作的に(測定・研究できる形で)定義しました。
  • Shapiro et al. (2006) は、その心理的効果の基盤に「脱中心化(decentring)」「再知覚(reperceiving)」と呼ばれる、自分の思考や感情から一歩引いて眺めるプロセスがあると論じています。
▼ MBPとは
  • MBP(Mindfulness-Based Programmes)は、通常8週間構成のプログラムで、瞑想伝統に由来し、人間の経験についてのモデルを土台として、持続的な実践・探究(enquiry)・内省を体系的に組み込んだものです(Crane et al., 2017)。
  • その起源はKabat-Zinn (1990) が開発したMBSR(マインドフルネス・ストレス低減法)で、ストレス・痛み・病いに向き合うための集団プログラムです。以降、学校・職場・臨床など多様な対象向けの派生版が生まれています(Crane et al., 2017)。
  • エビデンスについては、メタ分析(複数の研究結果を統合する手法)により、臨床・非臨床集団でストレス・抑うつ・不安に小〜中程度の改善が示されています(Galante et al., 2023; Khoury et al., 2015)。

■ 2. リトリートという学びの場

▼ リトリートの位置づけ
  • 多くのMBPには、経験学習を深めるための「実践の一日」が含まれ、指導者養成の過程でも長期のリトリート参加が求められるのが一般的です。論文は、このことからMBP、とりわけリトリートを、生きた経験への持続的な関与を通じて洞察が生まれる「経験学習」の一形態と位置づけています(Crane et al., 2017; Kabat-Zinn, 1990)。
  • マインドフルネス瞑想リトリートとは、日常から離れて専用の場に身を置き、瞑想・沈黙・気づきの練習を集中的に行う構造化された期間のことです。King et al. (2019) は、これを第二言語学習の「イマージョン(没入)プログラム」になぞらえ、日常の気散らしや要求から離れることで瞑想の訓練を深められる条件を提供するものだと述べています。
▼ リトリートの効果に関する先行研究
  • Visted et al. (2015) は72研究のメタ分析で、リトリート時間を含むMBPは含まないものに比べ、自己報告によるマインドフルネスの有意な増加が見られたと報告しています。
  • Khoury et al. (2017) のメタ分析は、宿泊型リトリートについて、自己報告のマインドフルネス向上と不安・抑うつ・ストレスの低減に大きな効果量を報告しました。
  • 論文はこれらを踏まえ、リトリートの効果は学習環境の持続性と没入性に依存している可能性があると述べています(あくまで可能性の示唆です)。
  • 近年の質的研究として、Djernis et al. (2023) はリトリート環境が自己調整・つながり・心理的バランスを支えることを明らかにしています。

■ 3. 経験教育の理論との接点

  • Dewey (1938) は、効果的な学習は経験への関与と、その経験についての内省から生まれると論じました。論文はリトリートをこの見方に沿うものとしています。
  • Kolb (1984) の経験学習サイクル(経験→内省→実験を通じて新しい理解が構築される)も、没入的なリトリート環境が反映しているモデルとして挙げられています。
  • 現代の経験教育研究も、関与・意味づけ・変容的学習を支えるよう意図的に設計された環境の価値を強調し続けています(Beard & Wilson, 2006; Jones, 2025; McMahan & Davis-Medlin, 2026)。
  • MBPでは「探究(enquiry)」、すなわち参加者が自分の直接経験を探り言葉にすることを促す対話が学びを支え、日常生活へのマインドフルネスの統合を助けるとされます(Crane et al., 2017)。

■ 4. オンライン・リトリートの登場

▼ パンデミックによる移行
  • COVID-19により対面サービスが途絶え、マインドフルネスを含む心理的介入や学習体験のオンライン化が加速しました(Wind et al., 2020)。世俗的・仏教系を問わず多くの団体がオンラインでリトリートを提供し、その後も対面と並行して提供が続いています。
▼ アクセス拡大と、関与・継続の課題
  • オンライン化は地理的・経済的な障壁を取り除きアクセスを広げますが、オンライン・マインドフルネス介入では脱落率が高く、継続率も研究間で大きくばらつくことが報告されています(Alrashdi et al., 2024; Kelders et al., 2012)。
  • 一方で、オンライン介入がウェルビーイングや心理的機能に意味のある改善をもたらしうるという証拠もあり、ただし関与や長期参加については疑問が残るとされています(Gong et al., 2023)。
  • 論文はここに「参加の広がり」と「経験的関与の深さ」のトレードオフの可能性を見ています。

■ 5. テクノロジーと注意の問題

  • 対面リトリートは管理された、中断の少ない環境(しばしば自然の中)ですが、オンラインでは家庭という「隙間の多い」環境で、複数の役割を同時に担いながら参加することになります。
  • 注意研究では、中断やタスク切り替えには認知的コストがあり持続的な集中を妨げるとされ(Mark et al., 2008)、日常のデジタル環境でのマルチタスクは注意制御の低下や認知成績の悪化と関連づけられています(Rosen et al., 2011)。メディア・マルチタスクと持続的注意の低下との関連も報告されています(Rioja et al., 2023)。
  • より広く、技術を介した環境は注意を断片化し、持続的な「いまここにいる力」を弱めうると論じる研究者もいます(Gazzaley & Rosen, 2017; Turkle, 2011)。Drody et al. (2025) は、デジタル環境での注意が個人・技術・環境要因の複雑な相互作用で形づくられることを示唆しています。
  • マインドフルネス実践は持続的注意と注意調整に依存しており(Kabat-Zinn, 1990; Tang et al., 2015)、通常は安定した環境での構造化された実践と探究によって支えられるため(Crane et al., 2017)、断片化された環境でそれが維持できるかが問われます。
  • 加えて、デジタル介入研究は、学習プロセスをそれが行われる環境から切り離せないことを示しています(Yardley et al., 2015)。

■ 6. 安全性に関する知見

  • 集中的な実践は「有害体験(瞑想中・後に生じる不快・苦痛・有害な経験)」の可能性を高めうるという証拠が出てきています。
  • Lindahl et al. (2017) は仏教実践者60名の調査で、実践の量と強度が有害体験の発生と関連していたと結論づけています。
  • Goldberg et al. (2022) は434名のうち50%が、控えめな量の瞑想でも少なくとも1つの有害効果を経験していたと報告しました。
  • リトリート参加が有害体験のリスクを高めるかどうかは不明ですが、オンラインでは長時間の瞑想が行われる一方、指導者が参加者の苦しみに気づき支える機会が減る可能性があります。実際、MBPをオンラインで教える指導者は、困っている参加者を見つけ対応する能力に懸念を示しています(Burton, Crane et al., 2025)。
  • 逆に、オンラインMBP参加者は自宅にいることの心理的安心感が学習体験を高めたと報告しており(Burton, O’Neill et al., 2025)、オンライン環境が安全性を高める面もあります。

■ 7. 「用量(ドーズ)」という視点

  • 論文は、経験学習における「用量」を注意的関与の継続性と強度として捉えています。ただし、マインドフルネス分野での用量の定義は一貫しておらず、研究結果も混在しています。
  • 実践量の増加と成果改善の関連を報告する研究がある一方で(Carmody & Baer, 2009)、近年はその関係が単純ではなく、時間の長さより実践の質・継続性・文脈に依存しうるとされています(Fincham et al., 2023)。
  • 継続的な関与(アドヒアランス)は介入効果を左右する重要な要因と認識され(Parsons et al., 2017)、蓄積された経験・個人差・環境要因を考慮して縦断的に理解する必要性も指摘されています(Galante et al., 2023)。
  • 長期瞑想者の研究からは、瞑想の学びの深さが時間だけでなく関与の強度と継続性に左右されることが示唆され(Goleman & Davidson, 2018)、経験学習理論も曝露ではなく関与の深さを重視し(Kolb, 1984)、変容的学習の観点も没入的で持続的な関与の重要性を強調しています(Mezirow, 1991)。
  • これらを踏まえ論文は、パンデミック期に対面リトリートがスケジュールそのままにオンラインへ移された結果、「提供された用量」と「経験された用量」にずれが生じている可能性を指摘しています。

■ 8. 研究のギャップ

  • 著者らのレビューでは、オンライン・リトリート体験を直接扱った研究はOverall (2026) の1件のみで、これは56名の参加者調査により、オンラインの仏教リトリートが対面参加なしでも感情の解放や「スピリチュアルな変容」を促しうると報告したものです。
  • オンラインと対面を比較した参加者・指導者の経験に関する文献は存在せず、オンライン提供が経験的関与・学習・安全性にどう影響するかは未解明でした。
  • そこで本研究は「指導者と参加者はオンライン・マインドフルネス・リトリートへの参加をどのように経験し、意味づけているか」を問いとして設定しています。
補足 3

【研究内容】

■ この研究の概要

Burton, O'Neill & Griffith (2026) は、マインドフルネス・リトリート(日常から離れて数日間、瞑想や沈黙を中心に集中的に実践する合宿形式のプログラム)をオンラインで行った場合、参加者と指導者がそれをどう経験し、どう意味づけているのかを、インタビューをもとに探った質的研究です。

  • 対象:リトリート参加者11名と指導者11名の計22名
  • 方法:半構造化インタビュー(大まかな質問項目は用意しつつ、会話の流れに応じて柔軟に聞き取る面接法)と、帰納的なテーマ分析
  • 主な結論:オンライン・リトリートは対面版の「単なる代替」ではなく、質の異なる学びの場である

■ 背景:なぜこの研究が必要だったのか

▼ マインドフルネスとリトリート
  • マインドフルネスとは「意図的に、今この瞬間に、評価を加えずに注意を向けること」(Kabat-Zinn, 1994)と定義されます。
  • マインドフルネス・ベースド・プログラム(MBP)は、通常8週間の構造化されたプログラムで、持続的な実践・問いかけ(エンクワイアリー)・振り返りを通じて学ぶものです(Crane et al., 2017)。
  • 多くのMBPには丸一日の実践日が含まれ、指導者養成課程では長期のリトリート参加が求められます。リトリートは「生きた経験に持続的に関わることで洞察が生まれる」体験学習の典型とみなされています。
▼ リトリートの効果に関する先行研究
  • Visted et al. (2015) のメタ分析では、リトリート時間を含むMBPは含まないものより自己報告のマインドフルネスが有意に高まっていました。
  • Khoury et al. (2017) のメタ分析では、宿泊型リトリートでマインドフルネスの増加、不安・抑うつ・ストレスの減少に大きな効果量が報告されています。
  • ただし、これらはいずれも対面・宿泊型の研究です。
▼ オンライン化という変化
  • COVID-19のパンデミックで多くのリトリートがオンラインに移行し、その後も提供され続けています。
  • オンライン化は地理的・経済的な障壁を取り除く一方、オンラインのマインドフルネス介入では脱落率が高いことも知られています(Alrashdi et al., 2024; Kelders et al., 2012)。
  • 画面を通じた参加は注意の分断を招きやすいという指摘もあり(Mark et al., 2008; Rosen et al., 2011 など)、持続的な注意を要するマインドフルネス実践と相性の問題が生じ得ます。
▼ 安全性の問題
  • 集中的な実践は不快・苦痛な「有害体験」を増やす可能性があり、Lindahl et al. (2017) は実践の量と強度が有害体験の発現と関連すると結論づけています。Goldberg et al. (2022) では434名中50%が少なくとも1つの有害効果を経験していました。
  • オンラインでは指導者が参加者の苦戦に気づきにくい懸念がある一方(Burton, Crane et al., 2025)、自宅にいる心理的安心感が学びを高めたという報告もあります(Burton, O'Neill et al., 2025)。
▼ 「用量(ドーズ)」という視点
  • 著者らは、リトリートの用量を「時間」だけでなく「注意の連続性と強度」として捉える必要があると論じます。
  • 日程表が同じでも、自宅では中断や役割の競合によって「経験された用量」は下がり得る、という「提供された用量」と「経験された用量」の区別を提示しています。
▼ 研究の空白
  • 対面とオンラインのリトリート経験を直接比較した研究はほぼなく、著者らの調べではOverall (2026) の調査1件のみでした。
  • そこで本研究は「指導者と参加者はオンライン・マインドフルネス・リトリートへの関与をどのように経験し、意味づけているか」を問いとしました。

■ 方法

▼ 研究者の立場(リフレクシビティ)
  • 研究チーム3名は全員MBPを教えた経験があり、2名はリトリート指導経験があります。
  • この経験がマインドフルネスを肯定的に解釈するバイアスになり得ることを認め、独立コーディング、定期的な分析ミーティング、省察的ジャーナリングで対処しました。
▼ デザイン
  • 特定の理論構築や現象学ではなく、参加者の経験を豊かに記述する「一般的な質的アプローチ」を採用。
  • オンラインで半構造化インタビューを実施し、Braun & Clarke (2006) の6段階の省察的テーマ分析で分析しました。
▼ 参加者
  • 参加者群:11名(女性8・男性3、平均55.45歳)。対面リトリート1〜7回、オンライン1〜4回の経験。
  • 指導者群:11名(女性5・男性6、平均61.73歳)。20回、50回以上のリトリート経験者も含みます。
  • 包含基準:18歳以上で、過去5年以内に4日以上の対面リトリートと4日以上のオンライン・リトリートの両方に参加(指導者は指導)していること。
  • 参加者群も全員がMBP指導の訓練を受けていましたが、リトリートを教えた経験はありませんでした。
▼ 手続き
  • 倫理承認はBangor大学の倫理委員会から取得。
  • SNS、ニュースレター、指導者養成団体を通じて募集(便宜的・目的的サンプリング)。
  • インタビューは第一著者が全件担当。平均時間は参加者57分、指導者67分。
▼ 分析
  • 逐語録をNVivoでコーディング。第三著者が一部を独立にコーディングし、3名で定期的に解釈を照合しました。
  • 参加者群と指導者群は別々に分析しましたが、テーマの重なりが大きかったため、最終的には上位テーマごとにまとめ、その下で群別に記述する形にしました。
  • 草稿を参加者に共有し、参加者3名・指導者7名から回答があり、修正・追加の要望はありませんでした(分析の「検証」ではなく追加の省察材料として位置づけ)。

■ 結果:3つの上位テーマと8つの下位テーマ

▼ 上位テーマ1:リトリートの旅を始める
  • リトリートを選ぶ
     参加者:7名が初めてのオンライン・リトリートをロックダウン中に、選択ではなく必要に迫られて経験していました。選択の最大の要因は「誰が教えるか」で、次に内容が自分の実践のニーズに合うか。立地・日程・費用・会場設備も挙がりました。約3分の1がオンラインのアクセスのよさ(著名な指導者に自宅から安価にアクセスできる)に言及。
     指導者:形式よりも、主催団体、テーマ、立地、そして共同指導者との相性が重要でした。全員がオンラインの有効性に感銘を受けており、「両方に居場所がある」という見方が多数でした。

  • オンライン・リトリートへの準備
     参加者:全員が主催団体から書面の準備ガイダンスを受け取っていました。5名はリトリート期間中ひとりになれるよう手配し、うち3名は宿泊施設を借りて対面に近い環境を作っていました。自宅にいた8名は同居者との境界を設定(完全な沈黙から、食事を共にしつつ静かに過ごす、意識的に普段どおり接するまで幅あり)。予定を空ける、通知を切るなどの工夫も。
     指導者:どの形式でも指導は負荷が大きく、前後の予定を軽くして準備と回復に充てていました。約半数は自宅でも参加者と同じ「リトリートモード」で過ごそうとしましたが、4名は同居家族がリトリートをしていない中で没入するのが難しいと述べました。連絡を遮断すべきかについては意見が分かれ、「幼い子どもや高齢の親がいるなら電話を切るのは親切ではない」という見方もありました。


▼ 上位テーマ2:オンライン・リトリートを進める
  • リトリート中のテクノロジー
     参加者:全員がオンライン・プラットフォームを有効と評価。一方、3名は長時間の画面注視が消耗的、9名は技術的中断への対処が必要と述べ、約半数は端末が実践から離れる誘惑になると認めました。
     指導者:概ね満足。予備端末や代替回線の重要性、大画面で参加者全員を見ることの有用性が挙がりました。画面時間は授業だけでなく共同指導者との打ち合わせにも及び、WhatsAppでの運営連絡が外部メッセージを見るきっかけになるという指摘も。

  • オンラインと対面での実践の違い
     参加者:座る瞑想の質は同じという人が多かった一方、動きの実践と歩く瞑想は異なりました。5名は自宅での動きの実践のほうが人目を気にせず自由で、指導者も見やすいと述べ、2名は他者の身体性を感じられない喪失感を述べました。歩く瞑想はほとんどの人がオンラインでは難しいとし、画面から離れると気が散る、家が歩行瞑想に向かない、という理由でした。
     到着と退出の体験も異なり、5名は移動という「移行の時間」がないことで、体験を消化する「ゆっくりした帰還」が失われると感じました。逆に、家族との間で一日に何度も小さな移行をすることが興味深く洞察に満ちていた、という人もいました。
     また、何かが活性化したときに「ボタンを押して音声を止め、カメラを切る」ことで意図的に実践から離れられることを安全と感じる人がいました。対面では途中退席が周囲の妨げになりやすい点と対照的です。参加者自身の安全について大きな懸念は語られませんでしたが、3名が一般的な困難体験、1名がオンライン中の強い情動反応を報告しました(形式のせいとは考えられていません)。
     指導者:参加者ほど違いを強調せず、構造は対面を踏襲していると述べました。ただし配達業者や近隣からの中断は多く、それを「予期せぬ出来事への応答」をモデルとして示す機会に転じていました。3分の1は、参加者がマルチタスクをしている可能性や、非構造化時間に没入できていない可能性を指摘し、「顔の光の変化で別のページをスクロールしているのが分かる」という声もありました。

  • オンラインでの関係性のつながり
     参加者:半数以上が仲間との体験が違うと述べ、つながりは可能だが対面より弱く、「速さと粘り」が劣るという表現もありました。一方、オンラインのほうが深い静けさを得られるというトレードオフを語る人や、画面上でも安全な場と共同体が作れることに驚いたという人もいました。3分の1以上が国際的で多様なグループを評価し、マージナライズされた背景を持つ2名は特にそれを歓迎していました。指導者との関係は全員が強いと評価し、オンラインでは指導者選びがより重要という声もありました。
     指導者:関係性の質に嬉しい驚きを感じつつ、対面ほど強くはないと認めました。「場を読む」ことは概して難しいが、顔の表情や落ち着きのなさは画面でむしろ鮮明に見えるという指摘も。5名はグループ・プロセスがオンラインで異なり、「輪になって座る」感覚を意図的に補う必要があると述べました。共同指導者との非公式な交流(食事を共にしながらの会話など)が失われることも挙げられました。


▼ 上位テーマ3:オンライン・リトリートの価値と効果の認識
  • 満足度
     参加者:大半が肯定的。約半数は内容と構造が対面と同じなので似ていると感じ、「オンラインで得るものが少ないとは言えない」という声も。対面を好む人も複数おり、1名は自発的には二度とオンラインに参加しないと述べました(効果はあったが、旅としての対面を好むため)。「代替ではなく違うもの」として両方に参加したいという見方もありました。
     指導者:満足しつつも、半数以上が「オンラインだけに頼らず対面にも参加すべき」と強く主張。「オンラインは用量が低い」「等価ではなく異なる」という表現があり、オンラインは経験豊富な瞑想者向きという意見と、初心者にとって低用量の導入になるという正反対の意見が同数ありました。指導者養成の観点から、オンラインのみの経験では「快適な領域から出て適度に挑戦される」機会を逃すという懸念も。3名は今後オンライン指導をしないと決めていましたが、個人的な好み(画面時間や家庭との両立)によるものでした。

  • オンライン・リトリートの影響
     参加者:7名が、オンラインでは対面にはない形でマインドフルネスを家庭生活に統合できたと述べました。「とてもありふれた、実践的だが時に困難なこと」に取り組む可能性が開けたという語りがあります。一方、実践の深さは対面のほうがあると考える人が典型的で、「深めてはいるが、完全にリトリートしているわけではない」という要約もありました。
     指導者:7名が同様に統合を主な利点として挙げ、「すべてがやや希釈されるが、うまくいけばその後の週に使える統合された経験になる」と述べました。「冷蔵庫に牛乳がない」といった日常の苛立ちこそ実践が向き合うべきものだという見方もありました。「違う種類の獣で、それぞれ長所短所がある」という総括もあり、3分の1が介護責任のある人へのアクセス向上を挙げました。

図3 参加者11名のうち、各経験を語った人数。技術的中断への対処を

図3 参加者11名のうち、各経験を語った人数。技術的中断への対処を挙げた人が最も多い一方、7名は対面にはない形でマインドフルネスを家庭生活に統合できたと述べました。
Burtonら(2026)の本文 Results(Choosing a retreat、Preparing for the online retreat、Using technology、The impact of online retreats の各節)の数値をもとに、はぴテックが作図。出典:Burton et al. (2026). Journal of Experiential Education. https://doi.org/10.1177/10538259261496257

  • オンライン・リトリートの最適化
     参加者:静かな始まり、自己誘導の非構造化セッション、ガイダンスの削減、休憩や食事の時間にPCを台所に持っていく共有時間、一対一の面談と追加の進行役、ブレイクアウトルーム、ミュート解除による咳や身じろぎの共有、事前オリエンテーションの強化などが提案されました。
     指導者:参加者が眠ってしまう、停電で共同指導者が引き継ぐ、参加者の行動変化と連絡途絶、遠隔では十分支援できなかったメンタルヘルス危機、などの具体的課題が語られました。大半がオンラインでの安全確保により強い不安を感じており、小グループでのチェックインは標準で、懸念時には一対一面談を提供していました。3分の1が動画やポッドキャストによるより深いオリエンテーション、より丁寧な事前スクリーニング、危機時の情報提供の強化を求めました。

■ 考察:4つの主な知見

▼ 1. オンライン・リトリートは概ねうまく機能し、アクセスを広げる
  • 費用の低さ、移動不要、家族責任や健康上の課題を抱えながらの参加しやすさから、宿泊型にはできない形で参加の幅を広げると著者らは述べます。
  • 多くは必要に迫られて始めたが、その質に驚いていました。ただし参加者1名と指導者3名は対面への選好を保っており、著者らはこれを「文脈からの分離が深さ・没入・変容的学習をどう促すか」(Beard & Wilson, 2006; Kolb, 1984)という体験教育の中心的な緊張として捉えています。
▼ 2. オンラインは対面とは異なる形の体験学習を促す
  • オンラインは日常の責任と気散じが避けられず、没入度が低いと一貫して語られました。著者らはこれを、予定された時間が同じでも「経験された用量」が下がる現象として解釈します。
  • しかし逆説的に、この没入度の低さが「日常のリズム・困難・人間関係の中にマインドフルネスを統合する」という別の学びの経路を開いていました。
  • これは「オンライン・リトリート=画面越しの対面リトリート」という前提に挑むものであり、著者らは「適用に焦点を当てた別の体験カリキュラム」と表現しています。一部の「オンライン・リトリート」は「個人実践インテンシブ」と呼ぶほうが正確かもしれない、とも述べています。
  • 指導者はオンライン移行時に教え方を大きく変えていなかったため、宿泊型に最適化された構造を継承するのではなく、文脈に合わせた意図的な教育設計が必要だとしています(Dewey, 1938; Beard & Wilson, 2006)。
  • 英国のBAMBA(マインドフルネス・ベースド・アプローチ協会)は現在オンライン・リトリートを対面の許容可能な代替と位置づけていますが、両形式の学びが大きく異なるなら、ガイドラインを見直し、両形式への関与について明確な指針を示す時期かもしれないと指摘しています。
▼ 3. オンラインではつながりと関与のあり方が異なる
  • グループの結束感が弱く、対面リトリートで生じる相互影響や集合的な意味づけ(Evans et al., 2022; Hodgson, 2022)へのアクセスが減る可能性があります。
  • 家庭内の中断、デジタル・マルチタスクの誘惑、常にある端末が持続的な注意を脅かし、これが「有効用量」をさらに下げ得ます。著者らは、通知の無効化、メッセージへのアクセス制限、実践空間の意図的な準備などの明確なガイダンスが「心理的な容器」を育むのに役立つかもしれないと述べています。
▼ 4. オンライン指導には固有の難しさがある
  • 画面疲労、沈黙と家庭責任の両立、共同指導者との関係の変化に加え、最も重要なのは安全確保です。指導者は「場を読む」ことの難しさを懸念しており、これは遠隔の体験教育全般の課題(Frenkel et al., 2024)と重なります。
  • 興味深い点として、指導者には「離脱」に見える行動が、参加者側では自分を守るための意図的な離脱である可能性があります。著者らは、自己管理についての明示的なコミュニケーションのルールを設けることで、保護的な離脱と苦戦のサインを区別しやすくなると提案しています。

■ 教育への示唆

  • オンライン・リトリートは対面のデジタル版ではなく、独立した体験学習環境として扱う必要がある。
  • 指導者養成、カリキュラム設計、認定枠組みにおいて、仮想空間での存在感の促進、遠隔でのグループ・プロセス管理、多様な家庭環境での実践支援といったオンライン固有の能力を明示的に扱うこと。
  • 具体案として、画面向けの短く変化に富んだ実践ブロック、つながりを支えるガイド付き振り返りや小グループ対話、家庭での実践への明確な足場かけ、カメラ使用・ペース・アクセスニーズへの配慮、柔軟な参加による学習者の主体性の尊重。

■ 今後の研究

  • 形式ごとに「提供された用量」と「経験された用量」がどう異なり、注意の連続性・環境の安定性・没入の機会が学習成果にどう影響するか。
  • 事前の瞑想経験とオンライン・リトリートへの関与能力の関係(指導者の意見が割れていた点)。
  • オンライン・リトリート中の有害体験の実態と支援の有効性(瞑想が困難を引き起こし得ることは Farias et al. (2020) でも指摘)。
  • リトリート運営者へのインタビューによる応募・審査・安全確保体制の理解。
  • 場所を変えて参加した人がいたことから、物理的な場所と環境変化の程度が学びに与える影響。

■ 限界

  • スノーボール(紹介連鎖)に頼った募集によるサンプリング・バイアスの可能性と、少人数ゆえの代表性の限界。
  • 英語での深い対話を要する研究なので、英語に自信のない人が参加しにくく、強い意見を持つ人が集まった可能性。
  • リトリート参加からの経過時間が人によって異なり、想起の正確さに影響し得る。
  • 特に指導者は、十分に関与できていなかった側面を認めにくかった可能性。
  • リトリートの内容や指導スタイルの細部は統制していない。
  • 参加者全員が訓練を受けたマインドフルネス指導者だったことは、強みでもあり限界でもある。

■ 結論

本研究は、物理的に離れていても、オンライン・リトリートが概ね意味があり、支えとなり、学びと実践に資するものと受け止められていることを示しました。同時に、テクノロジーと自宅という実践環境がリトリート体験に及ぼす影響という固有の機会と課題を浮かび上がらせました。著者らは、リトリートの核となるプロセスはオンラインに適応可能である一方、オンラインは「対面の直接的な複製」ではなく異なる学びの経験と成果をもたらすと結論づけ、その違いを認め、育て、強調することが各形式での学習機会を高めると述べています。今後は、両形式の相違点、用量と強度、より多様な参加者層についての研究が求められるとしています。

補足 4

インタビューでの発言集


  • R=リトリート参加者(11名)
  • T=リトリート指導者(11名)
  • 番号は論文内の匿名ID

■大テーマ1:リトリートの旅のはじまり

▼小テーマ1-1:リトリートを選ぶ

【参加者】

  • R2(初めてのオンライン合宿はコロナ禍で必要に迫られて)
    「初めてオンライン・リトリートをしたのはパンデミックの最中で…振り返ると…本当にありがたいと思う」
  • R1(決め手は「誰が教えるか」)
    「本当に好きな先生が何人かいるので、その人たちがいつ教えるかをわざわざネットで確認しに行く」
  • R10(内容が自分の必要に合っているか)
    「まず、自分の実践がいまどこにあるか。次に、それが個人的に必要なものとして浮かんできたものかどうか」
  • R3(移動距離)
    「来週は電車で3時間になる。これまでで一番長いけど、たぶんそれが上限」
  • R7(オンラインのアクセスしやすさ)
    「素晴らしかった。あの素晴らしい先生たちに、自分のいる場所で、たいしてお金もかけずにアクセスできたんだから」

【指導者】

  • T11(大多数の意見)
    「人々がこれをできるのは本当に素晴らしいことだと思うし、支持するし勧める。そして…対面リトリートも支持して勧めたい。そう、両方に居場所がある」
  • T7(共同指導者との相性)
    「知っていて好きな同僚が一緒にやろうと持ちかけてくるか、リトリートの依頼を受けて自分で共同指導者を選べるので、一緒に仕事をしたい人に声をかける。それはとても大事なこと、教えることの協働的な側面が」

▼小テーマ1-2:オンライン・リトリートの準備

【参加者】

  • R10(主催者からの事前ガイダンス)
    「リマインダーとして、また実践を支えるかたちで環境をどう整えるかの指針として、いつも役に立つ」
  • R11(宿を借りて家を出た理由)
    「パートナーがそばにいると…休憩しようとお茶を淹れに行って、たぶん彼女と鉢合わせして、そう、おしゃべりしちゃう」
  • R1(家族との食事)
    「自分と彼の分を料理しなきゃいけなかった。…だいたい黙って食べた」
  • R6(リトリート中でない同居人との難しさ)
    「だから人と半分くらい関わらなきゃいけないし、沈黙していない人たちと一緒にいなきゃいけない」

【指導者】

  • T1(自宅から教えるときも参加者と同じことをする)
    「グループに求めていることを自分もやろうとする。洗い物をするなら、より感覚に気づきながらやる。…仕事をしなきゃいけないなら、会話を伴う仕事にはしない」
  • T4(自宅で「リトリートモード」に入る難しさ)
    「家族と暮らしていて彼らはリトリート中じゃなくて、自分はこれをやっている。彼らの生活と自分のやっていることの並置を扱うのは、なかなか難しいと感じる」
  • T2(同上)
    「いつもより『両生類』でいなきゃいけなかった。つまり異なる文脈のあいだを行き来する、ということ」
  • T9(家族との関わりは「減る」が「なくならない」)
    「柔軟さと応答性がいくらか増す。だから妻と丸ごと沈黙しているわけではなく、夕方には話したりする」
  • T4(自分にも参加者と同じ接触制限を課す)
    「たいてい家族には、緊急時はこれ、参加者がもらっているのと同じように、この連絡先に、と伝える。そのほうがなんだかすっきりするから」
  • T3(伝統的な「遮断」から離れた立場)
    「コンパッションと優しさを育てているのなら、幼い子どもや年老いた親がいる人に電話を切れというのは、実は優しくないと思う」

■大テーマ2:オンライン・リトリートを進む

▼小テーマ2-1:リトリート中のテクノロジー

【参加者】

  • R10(同僚からの連絡を避けきれなかった)
    「たぶん、この期間は電話にもメールにも応じないと、もっとはっきり言うべきだった」
  • R3(端末が離脱の誘惑になる)
    「白状すると、オンライン・リトリートでやったことがある。あっちでメッセージを見たり、ちょっと退屈になったときにもう一つの画面で別のものを見たり」

【指導者】

  • T10(大画面で参加者が見える重要性)
    「1画面に49人映せる。ページをめくらなくていいからいい」
  • T4(画面時間の長さ)
    「それでも画面の時間がすごく長いと感じる。何をするかについて共同指導者と交わす会話も全部画面上だから」
  • T5(スマホが一番厄介)
    「電話がたぶん一番難しい気の散り元。リトリートのリーダーとつながるのに使っているから」

▼小テーマ2-2:オンラインと対面での実践の違い

【参加者】

  • R1(動く瞑想は自宅のほうが自由)
    「動く実践を本当にありがたく思ったのを覚えている。正しくやっているか間違っているか、を本当に手放せた」
  • R8(ホールでは比べてしまう)
    「ホールにいると自分を人と比べ始めて、先生がちゃんとやっているか見ているんじゃないかと思ってしまう」
  • R2(逆に、一人で動く実践は何かが失われる)
    「他の人の動き、他の人の身体性を感じたかった。オンラインではそれが得られない」
  • R7(歩く瞑想はオンラインだと飛ばしがち)
    「オンラインで何かを飛ばすとしたら、それは歩く瞑想」
  • R2(歩く瞑想で生まれる沈黙のつながりが失われる)
    「一人でオンラインにいると、歩く瞑想のひとつの次元がまるごと失われる」
  • R5(行き帰りの移動という「移行期間」の喪失)
    「帰りの充実感がない。つまり、望むようなゆっくりした帰還がない」
  • R7(逆に、自宅での小さな出入りの繰り返しに意味がある)
    「自宅リトリートだと、一日の始まりと終わりに小さな移行がたくさんある…夕方には実践から出て家族と一緒にいて…その違う状況のなかに実践の余韻が残る」
  • R7(続き)
    「すごくいいのは、それがとても簡単にできること。家族とのやりとりや日々の活動が、リトリート中じゃない日とどう違って感じられるかに気づくのが本当に面白い」
  • R5(意図的に離脱できることの価値)
    「何かが起きていたり、考えや記憶、何であれ浮かんできて、ただ続けるんじゃなくてそれと一緒に座っていたいとき。ボタンを押せばもう聞かなくていいし、カメラを切れるのがいい」
  • R10(自宅のほうが安全だと感じる)
    「環境のせいで、自分の家にいれば、実践を終えたり、実践についていかないことが…より簡単だと思う」
  • R6(オンラインはより自己規律を要する)
    「オンラインはもう少し自己規律を促すと思う。だから何であれ、歩くことでも、広々とした気づきでも、そのレッスンが何であれ、より集中している」

【指導者】

  • T2(参加者が画面の裏で別のことをしているのがわかる)
    「オンラインで教えていると、誰かの顔に当たる光を見るのに慣れていて、顔の光が変わるのを見て、ああ、この人は別のウェブページをスクロールしてるな、とわかる」

▼小テーマ2-3:オンラインでの人とのつながり

【参加者】

  • R5(つながりは生まれるが遅く、定着しにくい)
    「コミュニティとのつながりは、対面のほうが深く、速いと感じる。オンラインでも起きるけど、そんなに速くないし、同じくらい『くっつく』かはわからない」
  • R2(はっきりとした欠落感)
    「コミュニティの感覚があって、それが実践に力を与える。…ちょっとした『勢い』をくれる。…オンラインにはそれがない。ずっと一人きり」
  • R11(トレードオフ)
    「オンラインでは対面と同じコミュニティ感は得られないけど、対面ではオンラインで得られる深い静けさと静寂は得られない」
  • R11(意外にも画面上でコミュニティが築ける)
    「画面上でも安全な環境をつくり、コミュニティを本当にうまく築けることがわかって驚いた」
  • ID記載なし(他の人のカメラがオフだと)
    「そのせいで少し関与が薄れた気がした。だって、この人たち本当に実践してるのかな、と思ってしまうから」
  • R8(国際性と匿名性のよさ)
    「それでもコミュニティの感覚はあるし、あなたのことは何も知らないし最終日まで知らないだろう、という感覚もある。それがいい。それにすごく国際的なのが素敵」
  • R5(オンラインでは先生選びがより重要)
    「オンラインだと、先生が誰かにより集中する。画面越しだけだと…我慢する余地が少ないから」

【指導者】

  • T5(大多数の見方)
    「まあ、同じレベルのつながりはない。みんな画面上で、自分の家にいる。犬の散歩に行かなきゃいけないし、ご飯も作らなきゃいけない」
  • T10(「場の空気を読む」のが難しい)
    「人に何が起きているかを知るのが難しい。それがオンライン経験についての自分の全体的な評価だと思う」
  • T2(逆に、顔はよく見える)
    「全身は見えない。でもグループはかなり読める。顔がはっきり見えるし、落ち着きのなさの度合いは図式的に明らかだから」
  • T8(グループ全体が同じ経験をしている感覚の力)
    「全員が同じ経験に取り組んでいるというグループの感覚を感じる必要があること。それは対面で円になって座っているときに力になる。…コミットし続ける助けになるし、歩く瞑想で他の全員が歩き回っているのを見ると、なんとなく軌道に乗り続けられる」
  • T4(共同指導者との非公式な接触の喪失)
    「よく食事をどこか別の場所に持っていって、ただ話をする。そういう非公式な接触がプロセス全体を本当に支えてくれるし、滋養になるし、楽しいし、全体の喜びの一部。だから、そこに喪失がある感じがする」

■大テーマ3:オンライン・リトリートの価値と有効性

▼小テーマ3-1:オンライン・リトリートへの満足

【参加者】

  • R2(内容と構成は対面と同じ)
    「両方できる。そんなに大きく違わないから。文脈の点では違うけど、何が起きているか、リトリート自体の質、ガイダンスは同じ」
  • R11
    「オンライン・リトリートから得たものが対面より少なかったとは言わない」
  • R8(当初の強い抵抗感から「別物」という理解へ)
    「いつも両方やりたい」

【指導者】

  • T2(両者は同等ではない、対面も続けるべき)
    「マインドフルネスのコミュニティとして、今後の人々への推奨を考え抜く必要がある。オンライン・リトリートをやるなら対面もいくつかやるよう促し、これらは同等ではない、違うものだと言うこと。オンラインは『低用量』。だから、センターで5日間過ごすより全体として効力が弱い経験だとも言える。これは違うものであって、違う機会を提供する、という意識が高まっていると思う。…参加者には両方を定期的に経験するよう本当に勧めたい」
  • T10(指導者養成でオンラインのみは不十分)
    「特に教える人については、オンライン・リトリートしかやったことがない人だと、あまり安心できない。快適な領域から出て、助けになるかたちでもう少し挑戦される、という点で何かを逃している気がする」
  • T5(個人的には対面が好きだが、オンラインも喜んで教える)
    「参加者としてどちらが好きかと言われたら、断然対面。リトリートのリーダーとしては、断然対面。でもだからといって、もうオンラインで教えたくないかというと、全然そんなことはない。喜んでオンラインで教える」

▼小テーマ3-2:オンライン・リトリートの影響

【参加者】

  • R1(日常の実務的で難しいことに取り組めた)
    「オンライン・リトリートは、とてもありふれた、とても実際的な、でもときにとても難しいことに取り組む可能性を本当に開いてくれた」
  • R7(対面は深さ、オンラインは日常)
    「それが良い悪いというんじゃなくて、ただ違う。オンライン・リトリートは日常生活のマインドフルネスにずっと役立つ」
  • R2(違いの要約)
    「私たちは生活から、日々の習慣から退いて、いわば別のゾーンに入っていく。オンラインの場合、それが自分にはまったく当てはまらない。…実践は深めているけど、たぶん完全にリトリートにいるわけじゃない」

【指導者】

  • T3(薄まるが、後の週に使える統合された経験になる)
    「すべてが少し薄まる。オンライン・リトリートがうまくいけば、その後の数週間でより使える、本当に良い統合された経験が得られると思う」
  • T10(別の生き物)
    「ある種、別の生き物で、それぞれに長所短所、課題と利点がある」
  • T3(対面は「希薄な環境」、オンラインは日常の苛立ちと向き合える)
    「どこかいいところに行って自分を切り離すことの問題は、かなり希薄な環境で、本来は実践がそれと共にあれるよう助けてくれるはずの、ありふれた苛立ちや欲求不満にぶつからないこと。その点から言うと、オンライン・リトリートではキッチンに行ってパートナーと鉢合わせして、冷蔵庫に牛乳が残っていない、ということが起こるのが、実はかなり気に入っている。まさにそれこそ取り組むべきことだから」
  • T5(アクセスしやすさの価値)
    「もっとアクセスしやすく、もっと手頃に、もっと日常生活や家族への責任と調和したものにすることは、とても価値があると思う」

▼小テーマ3-3:オンライン・リトリートの最適化

【参加者】

  • R2(休憩や食事も画面ごと共有する提案)
    「休憩と食事も、実際にパソコンを一緒に持ってキッチンまで降りていく。全員がそうしたいわけじゃなくても」

【指導者】

  • T10(安全確保のリスク)
    「誰も話していない何かが参加者の生活で起きているのは間違いない。…彼らははるか遠くにいるかもしれない。空間的にも、自分がどれだけ接触できるかという意味でも。参加者とどれだけ個別の接触を持つか、という問題」
補足 5

動画解説はこちら😊
https://youtu.be/MVHjrxLAx1Q

論文紹介 なんとかなるありのままに マインドフルネス・瞑想感情・レジリエンス

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