はぴテク相談室:頑張って手に入れたのに、なぜか苦しい話
はぴテクさん、聞いてください。私、ずっと欲しかった役職にやっと昇進できたんです。給料も上がったし、周りからも認められて。…なのに、なんだか前より苦しいんです。おかしいですよね?
おかしくないですよ。むしろ、それを説明する理論がちょうど最近発表されたところです。「成功の只中で苦しむ」のは、幸せの仕組みからすると自然に起こることなんです。
自然に起こる?手に入れたら幸せになるはずじゃないんですか?
それが「足し算モデル」の考え方ですね。お金、地位、人間関係…良いものを足していけば合計点が上がって幸せになる、という。でも最新の理論研究は、幸せは足し算じゃなくて「長方形の面積」だと言うんです。
長方形の面積…?
面積は縦×横ですよね。縦をどーんと100メートルに伸ばしても、横が1センチなら面積はぺらぺらです。幸せも同じで、どれか1つが欠けていると、他がどれだけ豊かでも埋め合わせできない。これを「非補償性」と呼びます。
うっ…。私、仕事の縦だけ伸ばしてたかもしれません。じゃあ何が「横」なんでしょう?
この理論では、幸せを4つの次元で捉えます。①生活の十分さ(お金や資源の余白)、②人間関係のバランス、③自分を縛るものが見える力、④手放せる力、の4つです。特に面白いのが4つ目の「手放せる力」なんですよ。
手放せる力?せっかく手に入れたのに、手放すんですか?
実際に手放す必要はないんです。「手放そうと思えば手放せる」状態でいられるか、なんです。この役職を失ったら自分は終わりだ、と握りしめているか。それとも、大事だけど、いざとなれば降りられる、と持っているか。同じ役職でも、重さが全然違うでしょう?
…正直、握りしめてます。ここまで来るのに何年もかかったので、失うのが怖くて。
そこなんです。この論文には「負担の法則」というのが出てきます。手放す力が育っていない状態で何かを獲得すると、苦しみは減るどころか、むしろ増える。しかも持っているものが大きいほど、その重さは急激に増えるんです。
えっ、獲得したのに苦しみが増える…?私そのものじゃないですか。
有名な研究で、宝くじの高額当選者を追跡したものがあります。当選者は時間が経つと、当選前より幸せとは言えなくなっていた。急にお金という縦だけが伸びて、それを支える力が追いつかなかったんですね。あなたの昇進も、構造としては似ています。
じゃあ私、どうすればいいんでしょう。役職を返上するとか…?
いえいえ、それは早合点です。この理論は「捨てること」を勧めているんじゃありません。実際、古代インドには王国を持ったまま自由だったとされるジャナカ王という伝説があって、この論文の数式でも、持ち物の大きさと手放す力が釣り合っていれば、苦しみはゼロになると計算されています。
持ったままでいいんですか。ほっとしました。
問題は持ち物の量ではなく、バランスです。あなたの場合、昇進で「持ち物」が増えたのに、他の次元が置き去りになっていませんか?たとえば人間関係とか。
…あ。昇進してから、友達との約束を断ってばかりです。それに部下からの頼まれごとは全部引き受けてしまって。嫌われたくなくて。
それ、実は2つの次元が同時に崩れているサインかもしれません。友達との時間が減るのは関係の「孤立」方向のズレ。頼まれごとを断れないのは、関係の「過剰接続」方向のズレ。この理論では、つながりすぎて自分が溶けるのも、孤立と同じくらい幸せを削ると考えるんです。
つながりすぎもダメなんですね。てっきり、人間関係は多ければ多いほど良いのかと。
論文には、みんなに愛されて頼られているのに4年間ぐっすり眠れていない女性の例が出てきます。誰にもノーと言えない状態は、足し算で見れば人間関係の点数は満点。でも実際は苦しい。ここでも「ノーと言える力」つまり手放す力が効いてくるんですね。
なるほど…。全部つながってるんですね。じゃあ私が最初にやるべきことは何でしょう?
まず、一番欠けている次元を探すことです。この理論の大事な予測に「バランスが崩れているときは、強いところをさらに強化するより、弱いところを回復させる方が効く」というのがあります。あなたの場合、仕事をさらに頑張るのではなく、削れた友人関係と、断る練習、このあたりが候補ですね。
断る練習かあ。小さいことからでいいんですか?
小さいことからがいいんです。「今週は金曜の飲み会を断ってみる」くらいで十分。断っても関係が壊れなかった、という経験の積み重ねが、手放す力を育てます。筋トレと同じで、いきなり重いものは持てませんから。
ちょっと気が楽になってきました。でも、またバランスが崩れたらと思うと不安です。完璧なバランスを保ち続けるなんて無理そう…。
実は、そこがこの論文でいちばん美しいところなんです。この理論は「解放」…まあ、本当の幸せの完成形を、「今バランスが良いこと」とは定義しないんです。「揺さぶられても、バランスに戻ってこられる性質」と定義します。
戻ってこられる性質?
たまたま今日調子がいいのは、ただのラッキーです。人生は昇進もあれば、失うこともある。大事なのは、崩れたときに「あ、崩れたな。じゃあ戻ろう」とできる力。良い場所に居続けることじゃなくて、戻る力。だから、崩れること自体は失敗じゃないんですよ。
崩れてもいいんだ…。なんだか、昇進を喜んでいいのか分からなくなってたんですが、喜んでいいんですね。
もちろんです。昇進そのものは素敵なことです。ただ、大きなものを手に入れたときほど、それを軽やかに持つ力も一緒に育てる。獲得と手放す力は、両輪なんです。幸せの4つの因子でいう「ありのままに因子」に近い話ですね。
今日から金曜の飲み会、断ってみます。あと、来週は昇進してから会えてなかった友達を誘ってみようかな。
いいですね。役職は返上しなくていい。握りしめる手を、少しだけゆるめる。それだけで、同じ持ち物がずっと軽くなりますよ。
■ 今日のまとめ
- 幸せは足し算ではなく長方形の面積。どれか1つの欠乏は、他の豊かさでは埋め合わせできない(非補償性)
- 手に入れることと、手放せる力を育てることは両輪。獲得だけが先行すると、持ち物はかえって重くなる(負担の法則)
- 本当の強さは「常にバランスが良いこと」ではなく「崩れても戻ってこられること」。崩れるのは失敗ではない
■ 出典・注意事項
- Samanta, S. (2026). Why balance matters more than totals: a candidate structural model of non-compensable wellbeing, duratva, and Buddhist contemplative practice. Frontiers in Psychology, 17:1902817. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2026.1902817
- 本論文は理論構築段階の研究であり、8つの仮説の実証検証はこれからです。対話中の事例やアドバイスは、論文の理論を日常の文脈に翻訳した解釈を含みます
- 宝くじ当選者の研究はBrickman, Coates, & Janoff-Bulman (1978)によるものです
論文の紹介はこちら😊
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-09-04-1788493080/