幸せの意味の違いについての、ブラジルの最新研究
アマゾンに近い先住民ジャヴァエ族・カラジャ族13人と、都市部の非先住民14人に「何があなたを幸せにする?」と聞いて比べた質的研究です。
質問はたった3つ。
①何があなたを幸せにする?
②何があなた自身と人生を「良い」と感じさせる?
③何があなたの人生を生きる価値あるものにする?
これを座談会形式で話してもらって、語りを丁寧に分類。
結果としては、
両方のグループに共通して出てきたのは、
「家族」「仕事(学び)」「健康」「成長」の4つ。
ここだけ見ると、幸せの中身って世界共通に見える。
でも、中身を見ると全然違う。
先住民の「家族」は、村全体+祖先+精霊まで含む広いつながり。
非先住民の「家族」は、核家族と親しい友人。
先住民の「仕事」は、大学で学んだことを村に持ち帰ること。
非先住民の「仕事」は、キャリアアップと評価。
さらに、先住民だけに出てきたのが
「川や森とのつながり」「母語、祭り、先住民であることの誇り」。
非先住民だけに多かったのが
「自分らしさ」と「お酒、ゲーム、買い物などの即時的な楽しみ」。
面白いのは言葉の数。
先住民は「幸せ」49回、「人」45回、「家族」36回と、みんな同じ言葉で幸せを語る。
非先住民は3回以上出た言葉が12個だけで、幸せの語り方がバラバラ。
つまり、
先住民の幸せは「村・土地・先祖とのつながりの中にある」
非先住民の幸せは「個人が前に進むこと+小さな楽しみ(人によって異なる)」
という感じ。
これ、「先住民はすごい、都会人はダメ」という話ではなくて、
今の幸福度調査やウェルビーイング理論の多くが、欧米の大学生など特定の層(WEIRDと言います)のデータで作られていて、
「それを世界中に当てはめていいの?」という問いかけ。
幸せ観点で言えば、
- 「幸せ=自分が成長すること」という枠組み自体が、実は一つの文化の産物かも。
- 日本は「つながり」を大事にする文化と言われつつ、幸福度調査は欧米の枠組みで測っていることが多い。日本人なりの「幸せの語り方」をちゃんと見る価値がありそう。
という感じ。
いずれにせよ、幸せは「個人の中」だけじゃなく「つながりの中」にもある、ということが、別の角度からも見えてきた感じですね
Well-being and Buen Vivir: intercultural dialogue between etic and emic perspectives
ウェルビーイングとブエン・ビビール:エティックとエミックの視点による異文化間対話
Daniela S. Zanini(ゴイアス・カトリック大学、ブラジル), Iorhana Fernandes, Tamiris M. Mendonça, Elias Nazareno(ゴイアス連邦大学、ブラジル)
Frontiers in Psychology, 2026/10/1
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2026.1938770
ウェルビーイングの文化的多様性:先住民と非先住民における「豊かな暮らし」の対比 研究背景:ブラジルの先住民(ジャヴェ・カラジャ族)と都市部非先住民のウェルビーイング比較。家族や健康など共通の要素があつつ、先住民は「組織」・土地・伝統との繋がり、非先住民は「個人の選択」・消費・自己実現」を重視するという根本的な文化的価値観の違いを明示。 先住民(ジャヴェ・カラジャ族)のウェルビーイング: 関係性と集団主義 土地・自然・スピリチュアリティ との繋がり 川や森の暮らし、伝統儀式や歌う 存在との関わりが集団の繋栄となる。 回帰の完爾と 歴史的レジリエンス 差別や歴史的困難、故住からの 分断を乗り越え、伝統や自分たちの 自分たちをする機会を創成する。 共同体と拡張家族への貢献 村の共有資源やコミュニティの繋栄 に対する責任。村や家族との助け合い する役割を担う。 非先住民(都市部住民)のウェルビーイング: 個人主義と自己実現 個人の選択とキャリアの選択 個人の自由選択、学歴・職業上の成 功、個人の制御に重点が置かれる。 核家族と親位な対人関係 幸福感は主に個人単位で評価され、 人なんで、限られた個人内ネット ワークに支える。 即時的な快楽・消費とセルフケア 余暇活動、消費、個人の休息 (フィットネス・瞑想など)の 充実を重視する。 「幸せ」の形は、本当に一つだろうか? ブラジル先住民と非先住民の比較から探る、ウェルビーイングの「もうひとつの世界」 Genomics Notebook 私たちの「幸せのモノサシ」は偏っている WEIRD(ウィアード) • Western(西洋) • Educated(高学歴) • Industrialized(産業化) • Rich(裕福) • Democratic(民主的) 現代の心理学が定義する「ウェルビーイング」の多くは、この狭い範囲のデータで作られている。 では、それ以外の世界にはどんな「幸せ」があるのだろうか? © Genomia Notebooks 3つのシンプルな問い あなたを幸せにするものは? 自分自身や人生について『気分が良い』と感じる瞬間は? 『生きる価値がある』と思わせるものは? 都市に住む人々 (非先住民) 自然と共に生きる人々 (先住民) 調査の舞台:ブラジル中西部の2つの世界 対象:ブラジル中西部の都市部に住む人々 特徴:都市生活、高学歴、個人主義的なライフスタイル 対象:ハヴァ工族(Javaé)とカラジャ族(Karajá)、自らを「Iny(人々)」と呼ぶ 特徴:パナナル島の川沿いに定住。母系社会、精霊信仰、自然との共生 幸福を眺く「2つのレンズ」 エティック(Etic)-外部のモノサシ 外側から、共通の質問や指標を使って測る視点。「この文化でも比較可能な絶対的な基準を探す」 エミック(Emic)-内部のモノサシ その文化の内側にある独自の価値観で意味を読み解く視点。「同じ言葉でも、文化の中どんな様様を描くか異なる」 表面的な一致と、深層のズレ 都市 先住民 家族 仕事と教育 心身の健康 一見すると、幸せの条件は同じに見える。しかし、レンズを『エミック(内側)』に切り替えると、その言葉の「意味」は全く異なっていた。 同じ言葉、違う意味①:家族とコミュニティ 「個人の居場所」 ・構成要素:核家族、親しい友人、パートナー。 ・意味合い:個人の安らぎや、精神的なサポートネットワークとしての役割。 「壮大な関係性の網」 ・構成要素:村全体、祖先、自然、精霊(Aruana)。 ・意味合い:人間だけでなく、精霊や自然環境を含む広大なコミュニティの調和。 家族 同じ言葉、違う意味②:仕事と健康 【仕事・教育】 個人のキャリアアップ、 自己実現 村へ知識を持ち帰り、文化を次世代へ継承する役割 【健康】 個人のメンタルヘルスケア、フィットネス(消費されるケア) 伝統的な食事、村での儀式や集団での身体活動(文化と一体化した健康) 現代都市のウェルビーイング構造 進歩 (Progress) 心の平穏 (Tranquility) 消費 (Consumption) 個人 (Individual) 余暇 (Leisure) 即物的な喜び (Small Pleasures) Insight:「幸せ=個人の成功、自律、そして消費による自己ケア」 という、私たちが慣れ親しんだ個人主義的な構造。 Inyoの人々のウェルビーイング構造 川・森とのつながり (Nature/Village) 伝統行事 (Rituals) 文化 (Culture) アイデンティティ (Identity) 集団での活動 (Collective Activity) Insight: 「幸せ = 文化の実践であり、コミュニティや自然環境との関係性を維持すること」。 「Buen Vivir(良く生きる)」という哲学 人間 (Human) 自然 (Nature) 精神世界 (Spirituality/ Ancestors) Well-being: 個人の状態が良好であること (人間中心・個人主義)。 Buen Vivir: 他者や自然、精神世界と共に「調和して生き る」こと。人間は社大なネットワークの一部に 過ぎないという関係論的な世界観。 荒波(困難)をどう乗り越えるか? 非先住民: 「自己理解」と「個人的なコントロール感」の回復(セラピーや自己啓発)によって壁を乗り越える。 先住民: 差別や貧困といった歴史的・構造的な困難に対して、大学やコミュニティを固固にするなど「集団的なレジリエンス」で立ち向かう。 The Two Lenses: 幸福の捉え方マトリクス 個人主義的モデル (WEIRD / 都市) 関係性のモデル (Buen Vivir / 先住民) 【幸福の焦点】 個人の成功と平穏 文化の維持と関係性 【家族の定義】 核家族・友人 村・祖先・精霊 【仕事の意味】 キャリア・自己実現 コミュニティへの還元 【健康の源泉】 ジム・メンタルケア 伝統食・儀式・自然 【因難への対処】 自己コントロール 集団的レジリエンス 多様な「知」が、私たちの未来を救う • 西洋的な心理学の「幸せの尺度が絶対ではない」と気づくこと。 • 先住民の「関係性の中に在るウェルビーイング(Buen Vivir)」は、現代社会が抱える深刻な孤独や環境問題に対する、強力な処方箋になり得る。 • Epistemic Justice(知の公正性):多様な幸福の形を認め合うこと。 Gemini Notebook あなたの「幸せ」は、誰のモノサシで測られていますか? Source: Zanini, D. S., et al. (2026). Well-being and Buen Vivir: intercultural dialogue between etic and emic perspectives. Frontiers in Psychology.
動画解説はこちら❗
https://youtu.be/KqIGfj8vhTY
本研究のウェルビーイング小話はこちら😊
はぴテク相談室:「幸せの正解」はひとつじゃない?
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-10-05-1791157321/
【研究背景】
■ この研究の背景:ウェルビーイング研究はどこから来て、何が問われているのか
この論文(Zanini et al., 2026)は、ブラジル中西部の先住民ジャヴァエ(Javaé)・カラジャ(Karajá)の人々と非先住民の人々を対象に、「ウェルビーイング(well-being:心身が良好で満たされている状態)」「幸福」「人生の意味」がどう語られるかを比較した質的研究です。本文に書かれている先行研究の流れを、順を追って整理します。
■ 1. ウェルビーイング研究の現在地:「普遍性」への批判
▼ 心理学の中心テーマとしてのウェルビーイング
▼ WEIRDサンプルの問題
■ 2. ウェルビーイングはどう定義されてきたか
▼ 多次元的な構成概念として
▼ 定義は確定していない
■ 3. 代表的な理論モデルとその限界
▼ 主なモデル
▼ 個人主義的な前提への指摘
▼ 文化によって異なる定義
■ 4. エティックとエミック:外からの視点と内からの視点
▼ 2つの視点の定義
(Helfrich, 1999; Sollis et al., 2024)
▼ 「共通か固有か」ではない
■ 5. ポジティブ心理学に潜む価値前提への批判
■ 6. ラテンアメリカの議論:ブエン・ビビール(Buen Vivir)
■ 7. 調査対象となる先住民の文化的背景(先行研究に基づく記述)
▼ ジャヴァエとカラジャ
▼ 社会組織と宇宙観
■ 8. 先住民との研究のあり方に関する先行研究
■ 9. 研究のギャップと問い
【研究内容】
■ この研究のねらい
ブラジル中西部の先住民族であるジャヴァエ(Javaé)とカラジャ(Karajá)の人々と、同じ地域に住む非先住民の人々が、「ウェルビーイング(心身ともに良い状態で生きていること)」「幸せ」「生きる意味」をどのように語るのかを比べた質的研究です。
背景にあるのは、心理学のウェルビーイング研究が主に「WEIRD」と呼ばれる集団(Western=西洋の、Educated=高学歴の、Industrialized=工業化された、Rich=豊かな、Democratic=民主的な社会の人々)を対象に組み立てられてきた、という批判です(Henrich et al. (2010))。主観的ウェルビーイング(Diener (1984))、心理的ウェルビーイング(Ryff (1989))、PERMAモデル(Seligman (2011))などの代表的理論も、個人主義的な前提を含みがちで、社会的不平等や文化的文脈から切り離されやすいと指摘されています(Lomas et al. (2021))。
そこで著者らは「エティック」と「エミック」という枠組みを使います。
この区別は「あるテーマが両集団に共通か、片方だけか」で決まるものではなく、同じテーマでも文化によって意味が異なりうる、という点が強調されています(Helfrich (1999); Sollis et al. (2024))。両者は対立するものではなく、補い合うものとして使われます。
また、ラテンアメリカの議論で知られる「ブエン・ビビール(Buen Vivir=よく生きること)」という、集団性・精神性・自然との関係・世代間の責任と切り離せないウェルビーイング観も、対話の相手として参照されています(Acosta (2016))。
研究の問いは「先住民の参加者と非先住民の参加者が、これらのウェルビーイングの次元を理解し語る仕方には、どのような一致と相違があるか」です。
■ 方法
▼ 参加者
▼ 先住民の文化的背景
ジャヴァエとカラジャはマクロ・ジェ語族に属し、自称はどちらも「イニ(Iny=人)」です。20世紀の大半は一つの民族とみなされてきましたが、近年の研究で両者には植民地化以前にさかのぼる可能性のある重要な違いがあることが示されています(Araujo & Nazareno (2023); Tewaxi (2019))。
▼ 非先住民の文化的背景と「WEIRD」の使い方
著者らは、非先住民グループが都市部・高学歴という特定の層であり、ブラジル全体を代表しないことを明記しています(2022年国勢調査では褐色45.3%、白人43.5%、黒人10.2%、先住民0.6%)。「WEIRD」という語はブラジルを指すのではなく、心理学研究で過剰に代表されてきた集団と特徴が重なる「サンプリングの偏り」を指すために使われています。
▼ 研究者の立場とリフレクシビティ(自己省察)
著者のうち2名は約20年にわたりこの地域の先住民と協働してきた研究者で、年に約4回領土を訪れ、学生も年2回大学に通うという双方向の関係を続けています。脱植民地化の視点とは、西洋の理論をすべて拒むことではなく、先住民の関心や知識体系を研究の中心に置くことだとされます(Smith (2021); Enari et al. (2024))。信頼・対話・協働はデータ収集の手続き上の条件にとどまらず、研究関係そのものの重要な次元だという指摘も引かれています(Hardin et al. (2023))。
残り2名は心理アセスメントやポジティブ心理学を専門とする心理学者で、自らの学問的前提が質問や解釈に影響しうることを意識し、参加者自身の語りを優先する手続きがとられました。
▼ 質問と手続き
3つの自由回答式の質問が使われました。
これらは多次元的なウェルビーイングの心理学モデルに基づく「出発点としてのエティックな枠組み」であり、文化を超えて同じ意味をもつとは仮定されていません。
フォーカスグループ(少人数での集団インタビュー)は計6回。先住民側は3回(カラジャの男性、ジャヴァエの男性、ジャヴァエの女性)で平均約30分、非先住民側は3回で平均約20分でした。すべてブラジル・ポルトガル語で実施されました。
先住民の参加者にとってポルトガル語は第二言語のため、質問の意味が不明な時は確認を求めるよう促し、必要に応じて説明を加えました。参加者は回答前に母語イニ・リベ(Iny Rybè)で互いに話し合うこともありました。翻訳は「言語間の直接的な等価」ではなく「言語的・認識論的な媒介と交渉」と位置づけられています。第二言語での面接が表現を制約する可能性は認めつつ、体系的な理解困難は観察されなかったとされています。
さらに先住民側では、結果を共有し、共同で評価・解釈する「オペラティブ・グループ」が実施されました。非先住民側では、著者自身がその集団を代表しうるという理由で実施されていません。
▼ 分析
■ 結果
▼ ワードクラウドが示したこと
両群とも社会的関係の重要性が目立ちました。
ただし違いもありました。
語の頻度にも大きな差がありました。
著者らはこれを、先住民の参加者はウェルビーイングを構成する要素の名づけ方が収斂しているのに対し、非先住民の参照はコーパス全体に分散している、と解釈しています。
▼ 意味ネットワーク
▼ 10のカテゴリ(カッコ内は先住民/非先住民の出現頻度)
両群に共通したもの:
先住民に固有のもの:
非先住民側で目立ったもの:
重要なのは、共通するカテゴリであっても意味づけが異なった点です。
▼ オペラティブ・グループでの対話
先住民の参加者は、ワードクラウドや意味ネットワークに自分たちの語りを見出し、「代表されている」と感じたと報告しました。さらに、データだけでは分からなかった点が補われました。
この場は結果の「検証」にとどまらず、解釈を文脈化し深める協働の場として機能したとされています。
■ 考察
著者らは、3つの質問が引き出した経験(幸せ、自分についての良い感覚、生きる意味)が、参加者の語りの中では鋭く分かれず相互に結びついていたと述べます。これは概念が同一だという意味ではなく、語りの意味的組織の中で近接していたということです。
▼ 家族・コミュニティの意味の違い
両群で家族関係が中心的だった点は、知覚された家族サポートがウェルビーイングと関連するという先行研究と整合します(An et al. (2024))。しかし、イニの社会では家族が物理的・儀礼的・精神的次元を統合する基本単位であり、アルアナンへの儀礼や供物を通じて親族関係の観念が人間の領域を超えて広がります(Rodrigues (2023))。ヘトホキ(Hetohokỹ)儀礼に向けた共同準備は、共同体の絆とともに集団的アイデンティティと宇宙論的均衡への共同責任を更新するものとされます。一方、非先住民では家族は核家族と親密な絆という枠組みで、個人性と自律性の観念に基づいて理解される傾向がありました(Gardiner et al. (2020))。
▼ 翻訳と対話の位置づけ
著者らは、用いた手続きが先住民の視点への「完全で透明なアクセス」を与えるとは考えていません。de Castro (2005) の「等価的ではない翻訳(equivocal translation)」の考え方に沿い、翻訳とは、異なる視点が同じことを言っていると前提せず、差異を完全には解消しないまま関係づける操作だとします。参加者が質問の意味を確認し、母語で話し合ってから解釈を提示したプロセスは、差異を消すのではなく対話の可能性を広げる「対話的増殖」として理解されています(Guimarães (2017))。提示された解釈は、先住民世界の透明な表象ではなく、異文化間・異認識論間の出会いから生まれた「状況づけられた理解」だとされます。
▼ 他のカテゴリにおける存在論的な違い
著者らは、仕事や願望に関する語の頻度差を「先住民に特定の価値が欠けている」と解釈すべきではないとし、イニの社会では寛大さ、互酬性、集団への献身を表す行為が道徳的に良いとされ、女性と男性が階層的区別なく補完的役割を担うという、彼ら自身の道徳的カテゴリに照らして理解する必要があると述べています(Rodrigues (2008))。
■ 限界と今後の課題
■ まとめ
この研究は、ウェルビーイングを「普遍的に等価な構成概念」として、主にWEIRD集団から導かれたモデルで無批判に扱うことの限界を示しています。家族、仕事、健康、願望の実現といった共通テーマが両群に現れた一方で、先住民の参加者はウェルビーイングを関係的・集団的で、領土・文化・精神性・祖先・自然と一体の経験として語り、非先住民の参加者は個人の進歩、消費、即時的な楽しみを中心としたより個人化された語りを示しました。著者らは、先住民の知識体系を「普遍理論の文化的バリエーション」ではなく、ウェルビーイング理解を拡張しうる概念的資源として位置づけ、文化心理学・ポジティブ心理学・先住民心理学のあいだの対話と、認識論的正義に向けた異文化間的・脱植民地的アプローチの重要性を訴えています。