日本語の「幸せ」という言葉の意味変化についての、日本の最新研究
明治から平成までの新聞・雑誌・小説のコーパス(大量の実例データベース)から、「幸せ」の用例1,289件を分析頂きました。
もともと「幸せ」は「仕合せ」=めぐり合わせ、のこと。
「しあわせが良い/悪い」と言っていたのが、
いつのまにか「幸せ」だけで「運が良い」の意味になった。
で、今回の研究で分かったのは、
「幸せ」という言葉の使用が20世紀後半(1970〜80年代)にドカンと増えて、
その同じタイミングで、意味がさらに変わっていたこと。
戦前の「幸せ」は、
「湯がぬるくて仕合せだ」
「良いお母さんを持って仕合せだ」
みたいに、
外の出来事や他人のおかげで、たまたま都合が良かった=「幸運」が半分くらい。
それが1989年以降は、
「64歳まで好きなことに打ちこんで、幸せな人生でした」
「最後まで第一線記者として働けたことは幸せだった」
みたいに、
自分の行動や生き方で手に入れた満足=「幸福」が8割近くに。
しかも「幸せ」とセットで出てくる動詞も変化。
昔は「書く」「食べる」など日常の動作だったのが、
1981年以降は「生きる」「死ぬ」「叶う」「打ち込む」「愛す」など、
人生や心に深く関わる言葉が4割を占めるように。
つまり日本人にとっての「幸せ」は、
「運よく降ってくるもの」から
「自分で生き方を選んで手に入れるもの」に、
言葉のレベルで変わってきている。という結果。
ちょっとした「仕合わせ」も、
行動や生き方で手に入れる「幸せ」も、
どちらも大切にしていきたいですね😊
近現代における形容詞「幸せ」の意味変化―「ひとごと系形容詞」から「わがこと系形容詞」に―
Semantic Shift of the Adjective ‘Shiawase’ in Modern and Contemporary Japanese
星川睦(明治大学大学院、日本)
国際日本学研究論集 第23号, 2026/9/30
http://hdl.handle.net/10291/0002002856
形容詞「幸せ」の100年変化: 「外側の幸運」から「心の内なる幸福」へ 20世紀後半以降の意味構造の転換 昔・外側の幸運 (Lucky) 令・心の内なる幸福 (Happy) 外界の評価 (ひとこと) 偶然の幸運 与えられた所有 主語を涵養まれ一人称視点がかわない時に、 他者や自然環境による偶然の充足。 受動的な「持つ」 (e.g., 幸運を持つ) 満たされる 「欲求」の高次化 「生死や「精神活動」を 表す言次な動詞が#4節 をもるまでに拡大。 精神活動 Before 1981: After 1981: 物質的・客観的 精神的・主観的 (約4倍) 自己の内面悟情 (わがこと) 主体的達成の幸福 自己獲得した 体験・時間 話者の内面を描く感情容容へ、 自己欲求を優先した肯定感。 能動的な「持つ」 (e.g., 時間を持てて幸せ) 生 幸せ 「幸せ」の進化論 私たちはいつから「運」ではなく、「心」で幸せを感じるようになったのか。 ――コーパス分析が明かす、日本人の価値観のパラダイムシフト―― Gonzo's Notebook 辞書が語る、ふたつの「しあわせ」 偶然のラッキー 「めぐり合わせ。運命。なりゆき。 幸運であること」 『日本国語大辞典』における古語・近代の定義 自己実現のハッピー 「生きる楽しさが感じられる状態。 満ち足りた気持ち」 『三省堂国語辞典』における現代の定義 時代とともに、「幸」という言葉の使い方は、 劇的な変化を遂げていました。 言葉のベクトル:外に向くか、内に向くか ひとごと系形容詞(客観的評価) OUTWARD 他者の視点から見た、環境や状況に対する客観的な評価。 「あいつは幸せだ(=恵まれた環境にいる)」 Lucky(幸運) わかこと系形容詞(主観的感情) INWARD 話者自身が内面で感じている、主観的な感情。 「私は幸せだ(=心が満たされている)」 Happy(幸福) 論文の分析は、この「言葉のベクトル」が歴史の中でどう反転したかを追跡します。 1970年代、「幸せ」の爆発的増加 1900年代前半: 頻度は低く、主に名詞(めぐり合わせ)として使用。 1970年代~80年代: 高度経済成長期を終え、 人々の関心が「物質的な豊かさ」から 「個人の内面」へ向かった時代。 ここで「形容詞としての幸せ」が爆発。 その他の使用 (Other Usage) 20% 80% 形容詞としての使用 (Adjective Usage) その他の使用 (Other Usage) 20% 「幸せ」という感情を言語化する欲求が、20世紀後半に突如として開花しました。 1874 1880 1890 1900 1910 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1997 2013 「幸」の頻度 ① 誰が幸せなのか?――「私」という主語の消失 私(I) 私(I) → → 消失 (Disappearance) 一人称主語の使用率の変遷(1925-2013) 100% 80% 60% 40% 20% 0% 1925 1935 1945 1955 1965 1975 1985 1995 2005 2013 ■一人称(表示) ■一人称(非表示) なぜ「私」が消えたのか? 「幸せ」が完全に「わがこと」(主観的感情)として定義したため、わわわざ「私」と言わなくても、話の内側を素すことが明白になったからです。 使用頻度(%) ② 何によって幸せなのか? ―「環境」から「自己実現」へ 1925年の常識 経験者以外 (50%) 「運がよくて仕住ませて」 「天気がよくて仕ませだ」 他者や自然環境などの 外的要因 経験者自身 (50%) 1989年以降の常識 経験者自身 (約80%) 「最後まで第一線で 働けたことは幸せだった」 自身の主体的な 実践や行為 偶然与えられた「外的状況への満足(幸運)」から、自ら成し遂げた「自己欲求の実現(幸福)」へと、幸せの理由が完全に逆転しました。 動詞「持つ」が証明する、受動から能動へのシフト 1895年・過去 「お前は好いお母さんを持って居て仕合だ」 与えられた所有(ambiguous的) 自分では選べない状況(頼ることに対する、受動的な満足感。 2005年・現代 「くしぶりに思いを遂らせる時間が持てて、幸せだった」 自ら闘んだ選得(後天的) 意志を持って自ら獲得した精神的な豊かさ に対する、能動的な満足感。 Trend Note: 20世紀後半以降、単なる「所有」ではなく、自ら「獲得」することに対する満足度が高まっています。 欲求の高度化:より深い実存への到達 1980年代以降に急増 生死・精神活動 (高次欲求) 生きる、死ぬ、叶う、打ち込む、愛す 人生の根源や自己の在り方に深く関わる 事態への欲求。 1970年代以前の中心 物理的・日常的欲求 する、書く、する、食べる 単純な動作や日常的な現象の 成立に対する満足。 現代では、幸せの対象となる動詞の約4割が「生死」や「精神活動」に関するものに。 私たちが幸せに求める基準が、精神的な高みへと引き上げられました。 Gemnas Notebook 価値観のパラダイムシフト 過去 (近代以前~20世紀前半) 現代 (20世紀後半~現代) 言葉が持つ意味 (Meaning) 幸運(Lucky)- 偶然のめぐりあわせ 幸福(Happy)- 内面的な満足感 形容詞の性質 (Linguistics) ひとごこと系- 外界や他者に対する客観的評価 わがこと系- 主体自身の内面化された感情 幸せの発生要因 (Trigger) 環境・他者からの付与(受動的) 自身の行為と自己実現(能動的) 希求する次元 (Desire) 物理的・日常的な事象 生死・精神活動など高次の実存 「幸せ」という言葉の変遷は、日本人が自らの人生の手綱を、 運命から自分自身へと取り戻した歴史の記録です。 T h e I n s i g h t 言葉の変化は、私たちの生き方の変化そのものです。 「幸せ」は、どこかから偶然やってくるものではなく、 自らの手で染き、自らの心で感じるものへと進化しました。 次にあなたが「幸せだ」と感じる瞬間、 それはあなた自身の生き方が実現した証なのです。 Cosmos Notebook 出典・参考文献 本資料は、以下の学術論文の知見を主に一般向けに構成・デザインされました。 星川睦(2026)『近現代における形容詞「せせ」の意味変化 -「ひとごと系形容詞」から「わがこと系容詞」に-』 国際日本学研究論集(JOURNAL OF GLOBAL JAPANESE STUDIES)第23号 発行:昭治大学大学院 (C) Genius Notebook
本研究のウェルビーイング小話はこちら😊
はぴテク相談室:「運がいい人」じゃないと幸せになれない?
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-10-18-1792283221/
【研究背景】
■ この研究の前提となる背景(既存研究)
▼ 「幸せ」という語のなりたち(辞書の記述から)
▼ 「幸せ」は感情形容詞か、属性形容詞か(分類の不一致)
▼ 感情形容詞と属性形容詞のあいだの「ゆれ」をめぐる先行研究
▼ 「幸せ」の意味変化と現代語での意味に関する先行研究
▼ 分析の観点となる先行研究:[経験者]と[対象]
▼ 分析の枠組みとなる先行研究:渡辺 (1991) の「わがこと・ひとごと」
▼ 「わがこと・ひとごと」の観点と接続する先行研究
▼ 用いられる資料(コーパス)
【研究内容】
■ この研究のねらい
星川 (2026) の論文は、日本語の「幸せ」という語が、形容詞として使われるときにどのような意味をもち、それが近代から現代にかけてどう変わってきたのかを、コーパス(実際の文章を大量に集めて検索できるようにしたデータベース)の用例に基づいて明らかにしようとしたものです。
鍵になるのは、渡辺 (1991) が提案した「わがこと・ひとごと」という枠組みです。ある出来事を、話し手自身に関わることとして捉えるか(わがこと)、自分以外の外の世界のこととして捉えるか(ひとごと)という視点の違いを指します。論文は、形容詞「幸せ」が「ひとごと系形容詞」から「わがこと系形容詞」へと性格を変えてきた、と結論づけています。
■ 背景:辞書に見る「幸せ」の歴史
▼ 問題の所在
形容詞「幸せ」を、感情形容詞(「嬉しい」「悲しい」のように話し手の内面の感情を表す形容詞)とみるか、属性形容詞(「大人しい」「厚い」のように物事の性質を表す形容詞)とみるかは、研究者によって見解が分かれています。国立国語研究所 (1972) は客観的な性質を表す語とし、村上 (2015) は感情形容詞に分類しています。
論文はこの不一致の理由を、「幸せ」が両方の性格を併せもつ語だからだと考えます。たとえば「彼は幸せだ」は、彼自身の満足感とも読めるし、彼の恵まれた状況に対する第三者の評価とも読めます。従来の分類枠ではこの二面性を十分に捉えられない可能性がある、というのが出発点です。
■ 先行研究の整理
論文はこれらを踏まえ、坂場 (2020) の「感情主体」を[経験者]、「理想的な環境」を[対象]と対応づけ、この2つを分析の観点として設定します。『新明解国語辞典』の「その人にとって」という記述や、『例解新国語辞典』の「これ以上のぞむものがなく、じゅうぶんに満足していられる状態」という記述からも、「幸せ」には主体の欲求充足が関わると読み取れるためです。
▼ 「わがこと・ひとごと」と人称制限
渡辺 (1991) によれば、感情形容詞「嬉しい」は「私は嬉しい」とは言えても「彼は嬉しい」とは言えず(一人称のみ主語にできる)、属性形容詞「大人しい」は「私は大人しい」とは言いにくく、二人称・三人称が主語になります。この人称制限は、形容詞が「わがこと」を表すか「ひとごと」を表すかという視点の違いを反映している、と論文は捉えます。
また、感情形容詞と属性形容詞の間のゆれについては、楊 (2015) の「難しい顔」などの分析や、佐々井 (2017) の「切ない」が作品そのものを規定する属性形容詞的なはたらきをもつという指摘など、現代語の共時的研究が中心でした。論文は、適切な弁別の観点を設定すれば、こうした現象を通時的変化として検証できると述べています。
■ 調査方法
▼ 資料
国立国語研究所の『日本語歴史コーパス』(明治・大正編の雑誌・新聞・近代小説)と『昭和・平成書き言葉コーパス』(雑誌・新聞・ベストセラー)を使用。語彙素「幸せ」で検索して1,251件を得、振り仮名が「ぎようこう」「ハリ」のものを誤解析として除外し、語彙素「幸福」のうち振り仮名が「しあわせ」のもの41例を加えて、計1,289例を分析対象としました。
▼ 手順
▼ 分類の例
意味的には似ていても、統語的(文の構造上の)特徴で弁別する立場をとっています。これは、コーパスに基づく追試可能な分析をめざし、分析者ごとの解釈のずれを防ぐためだと説明されています。疑問詞が対象になる例や、「もの」「こと」「気持ち」などの被修飾語は分析対象外としました。
■ 結果
▼ 頻度と品詞の推移
▼ [経験者]の推移(1925年以降)
▼ [対象]の推移
■ 考察1:「ひとごと系」から「わがこと系」へ
▼ 経験者の変化
「一人称(非表示)」の拡大は、形容詞用法の定着とともに、話者の視点が明示されるのではなく文中に取り込まれるようになったものと解釈されています。これは川端 (1983) が述べる、感情形容詞文の述語が「情意の主者を常に『私』として意味的・関係的に潜ませている」という性質とも合致します。
▼ 対象の変化
[経験者自身]の拡大は、「幸せ」が指す内容が、外界の状況や他者に関わる事態から、経験主体自身に関わる事態へ移ってきたことを示します。
▼ 用例から見える意味の違い
外的条件が満たされる状況は経験者にとって多くの場合偶然であり「幸運」ですが、経験者自ら欲求を満たした場合は必然的で偶然とは言いがたい。このことから論文は、形容詞「幸せ」の意味が、《他者や自然現象等の外的要因によって経験者の欲求が偶然実現された状況に対する満足感》(幸運)から《経験者自ら自身の欲求を実現した状況に対する満足感》(幸福)へ変化したと述べます。これは、分類が揺れていた「幸せ」が、現代語ではより感情形容詞的な側面の強い語として用いられていることを示すものだとしています。
■ 考察2:欲求の内容はどう変わったか
[対象]が[経験者自身]である用例(論文では[対象/経験者自身]と表記)について、その末尾の形式を見ると、名詞23例、形容詞13例に対し動詞が250例と圧倒的に多かったため、動詞に注目して分析しています。
図1 「幸せ」の対象が経験者自身に関わる用例について、その末尾の品詞を集計したもの。動詞で終わる例が250例と圧倒的に多く、名詞23例、形容詞13例を大きく上回ったため、論文は動詞に注目して分析を進めています。
この論文の本文6.2節([対象/経験者自身]の表示形式の整理)の数値をもとに、はぴテックが作図。
▼ 「持つ」の分析
最も多い動詞「持つ」(27例)には意味の違いがあります。
年次別に見ると、「所有」が中心であり続ける一方で、20世紀後半以降に「獲得」の用法が新たに現れました。「与えられた所有物」への満足感だけでなく、「自ら獲得した状態」への満足感も表すようになったことを示しています。
▼ 動詞全体の分析
「持つ」以外にも、「死ぬ」「生きる」「生まれる」「産む」「逝く」「亡くなる」といった生死に関わる動詞や、「叶う」「恵む」「信心する」「打ち込む」「励む」「愛す」といった精神活動に関わる動詞が見られます。
図2 「幸せ」の対象が経験者自身である用例の末尾に現れた動詞のうち、2例以上見られたものの件数。「持つ」が27例で最多で、「死ぬ」「生きる」「生まれる」「逝く」など生死に関わる動詞も上位に含まれています。
この論文の表1(「幸せ」の[対象/経験者自身]の末尾の動詞のリスト)の数値をもとに、はぴテックが作図。
頻度が著しく増えた1973年と1981年の間で区切ると、
動詞を「生死」「精神活動」「その他」に分けて推移を見ると、20世紀前半に「生死」「精神活動」の使用が見え始め、1989年や2013年にはその割合が大きく拡大し、全体の約4割を占めました。
表1 「幸せ」の[対象/経験者自身]末尾に現れた主な動詞(用例数2以上)
「幸せ」の理由となる事態を経験者自身が行っている用例で、文末の動詞として多く使われたもの。「持つ」が最多で、「死ぬ」「生きる」など生死に関わる動詞も上位に入っている。
注:用例数は論文の表1に記された粗頻度。「—」は論文本文・表2に該当する記述がないことを示す。このほか行く(4)、生まれる(4)、働く(4)、会う(3)、産む(3)、書く(3)、寝る(3)、逝く(3)などがある。
この論文の表1(動詞リスト)、表2(1973年以前・1981年以降にのみ見られる動詞)、6.2節本文の数値をもとに、はぴテックが作成。
▼ まとめ
「持つ」においては受動的な欲求(与えられた所有物)から能動的な欲求(自ら獲得すること)へ、動詞全体においては生死や精神活動といった人生や自己の在り方に関わる高次の欲求へと、共通した方向の変化が認められます。論文はこれを、《経験者自ら自身の欲求を実現した状況に対する満足感》を表す「幸せ」において、経験者が希求する欲求がより高次のものへ変化したことを示唆するものと位置づけています。
■ 結論と今後の課題
この研究の意義として論文が挙げるのは、[経験者]と[対象]という2つの観点を「わがこと・ひとごと」で分けることで、形容詞の意味変化を通時的に記述する方法を示した点です。感情・属性という固定的な分類枠にとらわれず、個々の用例で述べられる事態が経験者自身に関わるものか、それ以外のものかを問うことで、内的状態と外的事態への評価のどちらを表しているかをより明示的に記述できるようになった、としています。今後は個別の語の分析を積み重ね、近現代の感情形容詞語彙の意味変化をより包括的に明らかにすることが課題とされています。
動画解説はこちら😊
https://youtu.be/RCpIACd6NMY