この号の内容
2000年生まれの2人の子ども
報告書は、人間開発が「非常に高い」国と「低い」国に2000年に生まれた子どもの2020年時点の姿を推計している。非常に高い国では55%が高等教育に在籍し、20歳前に亡くなるのは1%である。低い国では17%が20歳前に亡くなり、高等教育に在籍するのは3%、在籍していないのは80%である。格差は国の中にもあり、一部の先進国では所得上位1%と下位1%の40歳時点の平均余命の差が男性で15年、女性で10年に達すると推計されている。比較可能な39か国(世界人口の48%)では、2000年代から2010年代にかけて「所得はもっと平等であるべきだ」と答える人の割合が、右派・中道・左派のどの層でも39か国中32〜35か国で増えた。
📖 報告書では:概要(Overview)p.1–2(PDF p.15–16)、図1・図2
基本は収束、高度は拡散
報告書は、ケイパビリティ(学校に通う、職を得る、十分に食べるなど、人が望ましい状態になり行動できる自由)を基本的なものと高度なものに分けて分析している。極度の欠乏に結びつく基本的なケイパビリティの不平等は縮小しており、出生時平均余命の世界的な不平等のように劇的に縮んだ例もある。一方、将来ますます重要になる高度なケイパビリティでは不平等が拡大しており、報告書は「今日力を持つ人が明日さらに先へ進む」構図を指摘する。序文は、かつてはぜいたくとされ今では競争に欠かせない高等教育やブロードバンドで新たな格差が開いたと述べている。ただし最も弱い立場の人々は極度の欠乏でも取り残されており、2030年までの撲滅目標の達成軌道にはないとされる。
📖 報告書では:序文 p.iii(PDF p.5)、概要 p.1–3(PDF p.15–17)、第1章「Convergence in basic capabilities, divergence in enhanced capabilities」p.32、図7
生涯で蓄積する不平等と権力
報告書の第3のメッセージは、人間開発の不平等は生涯を通じて蓄積し、深い権力の不均衡によって強まることが多いというものである。報告書は、不平等は不公正の原因というより、社会・経済・政治構造に根ざした要因の結果であると位置づける。不平等は出生時、ときにはそれ以前から始まるため、所得に大きな差がついてから是正しようとしても真の改善にはならないと論じる。20世紀に不平等を抑えた政策や制度をただ復活させるだけでも不十分だとし、その条件の下でこそ権力の不均衡が深まったと述べている。
📖 報告書では:概要 p.3(PDF p.17)、第2章「Inequalities in human development: Interconnected and persistent」p.73–96
富の集中と「貧しくなる政府」
第3章は世界不平等研究所(World Inequality Lab、トマ・ピケティらが参加)が執筆した。西欧の純民間資産は国民所得比で1970年の250〜400%から2016年の450〜750%に増え、中国は1978年の110%から2015年の490%、ロシアは1990年の120%から2015年の370%に増えた。一方、公的資産はほぼどこでも減り、英国と米国ではマイナスになった。2017年には世界の上位10%が総資産の70%超、上位1%が33%を保有し、下位50%は2%未満にとどまる。欧州では1980〜2017年に下位80%の税引き後所得が40%近く伸びたのに対し、上位0.001%は180%超伸びた。
📖 報告書では:第3章「Global wealth inequality: Capital is back」p.127–131(PDF p.143–145)、図3.16・図3.17、概要の図11
ジェンダー規範の揺り戻し
第4章は、ジェンダーの不平等を社会規範と権力の不均衡から捉える。報告書は、ジェンダー社会規範の偏り(女性の能力や役割に対する偏見・信念)を持たない人の割合が、2009年から2014年の間に世界の女性・男性ともに下がったと示し、平等への逆風が強まっていると指摘する。世界価値観調査の第5波と第6波の両方にデータがある32か国・地域(世界人口の59%)では、偏りのない男性の割合の改善はチリ、オーストラリア、米国、オランダで最も大きかった。一方、女性については大半の国で偏りのない人の割合が後退した。
📖 報告書では:第4章「Are social norms and power imbalances shifting?」p.152–157、概要の図10、図4.9、ボックス4.3
技術格差の地図が変わる
第6章は、技術へのアクセスでも「基本は収束、高度は拡散」が起きていると論じる。設置された通信帯域容量の世界順位は1987〜2007年にはあまり変わらず、1987年には米国・日本・フランス・ドイツで世界の帯域の半分超を占めていた。2011年には中国が首位に立ち、2017年には東アジア・太平洋が世界の52%を占めた。報告書は、新しい技術の格差は単純な先進国対途上国の二分法には従わないと述べる。人工知能による世界の経済的利益の約70%が2030年までに北米と東アジアに集まるとの推計も紹介している。
📖 報告書では:第6章「Inequality dynamics in access to technology」p.200–206、図6.5
日本の結果
この号の調べ方
国連開発計画の人間開発報告書室(HDRO)が2019年12月9日に公表した年次報告書で、本文は全366ページ、3部7章と統計付録からなる。統計付録には、人間開発指数(HDI:平均余命・教育・1人あたり所得を組み合わせた指標)とその1990〜2018年の推移が収められている。ほかに、不平等調整済みHDI、ジェンダー開発指数、ジェンダー不平等指数、多次元貧困指数の各表もある。分析には世界価値観調査、国連経済社会局やユネスコ統計研究所のデータ、世界不平等データベースなどが使われている。
この号から言えること
- 報告書の柱は、基本的な能力では格差が縮む一方、高等教育やブロードバンドなど高度な能力では格差が広がるという「新しい世代の不平等」である。
- 不平等は出生前後から始まり生涯で蓄積するため、報告書は所得差がついた後の是正だけでは足りないと論じ、乳幼児期から労働市場後までのライフサイクルに沿った政策を提案している。
- 富の集中は所得以上に大きく、2017年には世界の上位1%が総資産の33%を、下位50%が2%未満を保有する。
- 日本については、尊厳を含めて都道府県ごとに測る人間の安全保障指標が、物質面では見えない不平等を捉える例として取り上げられている。
読むときの注意
今回の抜粋には統計付録の表(HDIの国別順位や数値)は含まれていないため、日本や各国のHDIの順位・値はこの記事では扱っていない。報告書自身が断っているとおり、分析部分の数値には人間開発報告書室などによる推計が含まれ、各国の公式統計とは限らない。図2の子どもの比較も中央値に基づく典型的な個人の推計である。