どんなレポートか
人間開発報告書(Human Development Report/HDR)は、国連開発計画(UNDP)の人間開発報告書室が1990年から出している報告書である。土台にあるのは「人間開発」という考え方で、公式ページはこれを「経済の豊かさではなく、人間の生活の豊かさを広げること」と説明する。人々とその機会や選択に焦点を当てる考え方である。中心となる人間開発指数(HDI)は、国の発展を測る最終的な基準は経済成長だけではなく人々とその能力であるべきだ、という点を強調するために作られた。主観的な幸福感を尋ねる調査ではない。ただし、GDP以外の物差しで社会の進歩を測る試みの代表例として位置づけられる。
何をどう測っているか
HDIは、健康・教育・生活水準の3つの側面を一つにまとめ、0〜1の値で示す合成指数である。健康は出生時平均余命で測る。教育は就学予測年数と平均就学年数で測る。生活水準は1人あたり国民総所得で測る。元になるのは各国の行政データなどの国単位の統計で、2025年版では193か国・地域を順位づけている。HDIを補う指数も出している。不平等による目減りを反映した不平等調整済みHDI、女性のHDIを男性のHDIで割ったジェンダー開発指数、地球への負荷を加味した指数、多次元貧困指数(MPI)などである。指数の表と1990年以降の時系列は、公式サイトのデータセンターから無料でダウンロードできる。
これまでの歩み
報告書は毎回テーマを立てる。2019年版「所得を超えて、平均を超えて、今日を超えて」は、21世紀の不平等を正面から扱った。基本的な欠乏では国の間の差が縮む一方、高等教育やブロードバンドのような高度な能力では差が広がっていると指摘した。2020年版は30周年記念号で、テーマは人間の活動が地球を形づくる時代を指す「人新世」である。この号で、地球への負荷を調整した実験的指標PHDIを導入した。2021/2022年版「不確実な時代、不安定な人生」は、世界のHDIが記録上初めて2年続けて低下したと報告した。2023/2024年版「行き詰まりを打破する」は、分断された世界で国際協力をどう立て直すかを論じた。2025年版「選択の問題:AI時代の人々と可能性」は、人工知能(AI)と人間開発の関係を主題にしている。
分かってきたこと
世界のHDIは初めて後退し、回復は鈍い
2021/2022年版は、新型コロナの大流行の後、世界のHDIが2020年と2021年に記録上初めて2年続けて下がったと報告した。この低下で、それまで5年分の伸びが帳消しになった。2023/2024年版は、世界値が2023年に過去最高に戻る見込みとしたが、回復には大きな偏りがあるとした。2025年版は、世界平均が2024年に過去最高に達する見込みだとしている。一方で、その伸びは記録開始以来35年で最小である。
国の間の格差が再び広がっている
2023/2024年版は、HDI上位国と下位国の格差が20年ぶりに拡大に転じたと警告した。2025年版でも、最上位国と下位国の差は過去4年広がっている。2019年版は、こうした格差を「新しい世代の不平等」と呼んだ。たとえば2000年生まれの子どもを比べると、人間開発が非常に高い国では20歳の半数超が高等教育に在籍する。これに対し、低い国では17%が20歳までに亡くなり、高等教育に在籍するのは3%にとどまる。
地球の不均衡と社会の不均衡は結びついている
2020年版は、地球の不均衡と社会の不平等が悪循環をなしていると論じた。そのうえで、暮らし方・働き方・協力の仕方の「大転換」が必要だと主張した。2021/2022年版は、地球規模の変化、社会の大転換、分断(二極化)が重なる状況を「新たな不確実性の複合体」と名づけた。報告書は、これが人々の不安と心の不調を広げていると論じている。
AIの影響は人々の選択で決まる
2025年版は、AIが人間開発に与える影響は技術の性能そのものでは決まらないと主張する。報告書によれば、影響を左右するのは、AIの設計・開発・導入をめぐる人々の選択である。関連して、公式サイトでは「AIと人間開発に関する2025年グローバル調査」の結果も公開されている。