はぴテク相談室:研修を何回受けても、何も変わらない話
はぴテクさん、ちょっと聞いてもらっていいですか。うちの会社、研修はけっこうあるんです。コミュニケーション研修とか、リーダーシップ研修とか。でも正直、受けた直後はいい気分になるんですけど、一週間経つと元通りで。私、成長してないなって。
あー、その感じ。よく聞きます。ちなみに、その研修を受けたとき、どんな感じでした?
どんな感じ、というと?
うーん、たとえば「なるほど、そうだよね」って納得しながら聞いてました? それとも「え、そういう見方するの?」って戸惑いました?
ああ、完全に前者ですね。だいたい知ってる話だなって。傾聴が大事、とか。
それです。たぶん、それが答えです。
えっ、知ってる話だとダメなんですか?
ダメというか、変わらないんですよ。2004年にオーストラリアで行われた面白い実験があって。大人の「ものの見方の枠組み」が、研修で変わるかどうかを調べたんです。
ものの見方の枠組み。
はい。人が自分や他人をどう捉えるかって、実は段階があるとされていて。上の段階に行くほど、自分のことも他人のことも細やかに見えるようになる。物事を単純化せずに扱えるようになる。
なんかそれ、聞くと嬉しくないですね。私は下の段階です、みたいな。
そう思いますよね。でも安心してください、大人の大多数がわりと手前で止まってるんです。92本の研究、12,000人以上を集めた分析でも、そこは一貫していて。
みんな止まってるんだ。
止まってます。で、研究者たちは「じゃあ何があれば動くのか」を考えて、4つの条件を立てたんですね。
4つ。
ひとつめ、今の自分の枠組みでは処理しきれないこと。つまり、揺さぶられること。
ふたつめ、自分にとって切実なテーマであること。
みっつめ、感情が動くこと。
よっつめ、人との関わりの中で起きること。
……全部、うちの研修にない気がします。
ふふ、どれが一番なさそうです?
ひとつめですね。揺さぶられない。だって、知ってる話なので。
そこなんです。この研究のいちばん面白いところで。彼らは10週間、週1回90分の研修を作ったんですけど、その中身が本当に、普通なんですよ。
普通というと。
最初の2回は感情の識別。自分の感情を種類ごとに見分けて、日記に書いたり、音楽を聴いたり。
次の3回はアイデンティティ。自分をコラージュで表現したり、2人組で自分の性格を語り合ったり、友人に「自分では気づいてない自分」を聞きに行ったり。
その次の2回は人間関係。関係のタイプごとの、期待とか、ニーズとか、恐れを整理する。
最後の3回はコミュニケーション。傾聴、伝え方、対立の解決。
本当に普通ですね。うちの研修とほぼ同じです。
でしょう。でも結果が出た。参加者のうち、段階が下の方だった25人中20人が、一段上がった。しかも4ヶ月後も維持されていた。何もしなかった比較グループは、ほぼ動かず。
えっ、中身が同じなら、何が違ったんですか。
「どの高さで教えたか」です。
高さ。
参加者の段階より、わざと1〜2段階上の枠組みから教えたんです。つまり、今のままでは飲み込めない位置に置いた。設計として、意図的に。
背伸びさせたってことですか。
近いです。しかも、その証拠がすごくきれいに出ていて。もともと研修より上の段階にいた10人は、ほとんど何も変わらなかったんです。
上の人には効かなかった。
効かなかった。彼らにとっては、揺さぶりにならなかったから。同じ研修が、ある人には効いて、ある人には効かない。しかもそれが事前の予測どおりだった。
……それ、今の私じゃないですか。上の段階って意味じゃなくて、「知ってる話には揺さぶられない」って意味で。
まさに。だから、あなたが成長してないんじゃなくて、その研修があなたを揺さぶる設計になってなかった、というだけの話なんですよ。
ちょっと救われました。でも、じゃあどうすればいいんでしょう。会社の研修は選べないし。
ふたつあると思ってます。ひとつは、研修の受け方を変えること。「知ってる」で止めないで、「この考え方で見ると、あの人との関係ってどう説明できるんだろう」まで持っていく。実はこの研究の研修も、教えっぱなしにしてないんです。必ず「あなたの実際の関係にどう当てはまるか」を議論させている。
自分の話に落とすところまでやる、と。
はい。そこで初めて、2つめの条件(自分事)と3つめの条件(感情が動く)が入ってくる。あと4つめの人との関わり。この研究の研修、ほとんどのワークが2人組かグループなんですよ。一人で内省させるパートって、ほぼない。
たしかに、一人でやると気持ちよく終わっちゃう気がします。
そうなんです。人が入ると逃げられなくなる。友人に「自分では気づいてない自分」を聞きに行くワークなんて、けっこうな覚悟がいりますよね。
それは、こわいですね。
こわいですよね。でもたぶん、そのこわさが効いてるんです。
もうひとつは、なんですか。
研修の外に、ちょっと居心地の悪い場所を自分で持つこと。自分より少し先を行ってる人たちの中に混ざるとか、まったく違う畑の話を聞きに行くとか。「あ、そういう見方するんだ」と戸惑える場所を、意図的に。
自分から揺さぶられに行く、と。
ええ。しかもこの研究、最後にもうひとつ大事なことを言ってて。参加者は全員、自分から申し込んできた人たちだったんですね。人間関係を良くしたい、っていう広告を見て。
準備ができてた人たち。
研究者たちは、それも効いたんじゃないかと考えています。同じ経験でも、機が熟しているときに来るかどうかで違う、と。
……私、今日この相談してるのって、まさにそれですかね。
私はそう思います。「変わってない気がする」って気になってること自体が、たぶん一番のサインです。
なんか、研修に文句を言いに来たつもりが、宿題をもらった感じになりました。
ふふ。まずは、次の研修で一個だけ。「これ、自分のあの場面だとどうなるんだろう」を、誰かと話してみてください。それだけで、だいぶ違うと思いますよ。
■ 今日のまとめ
- 大人の「ものの見方の枠組み」は、成人期以降も変わりうる。10週間の研修で、対象となった25人中20人が一段上がり、4ヶ月後も維持された
- 変化を起こす経験には4つの条件がある。揺さぶられること、自分にとって切実なこと、感情が動くこと、人との関わりの中で起きること。研修の中身自体は、ごく一般的な対人スキル研修だった
- 効いたのは「どの高さで置いたか」。参加者より1〜2段階上の枠組みで構成したから効いた。もともとその高さにいた人には、ほとんど効かなかった
■ 出典・注意事項
- 出典:Manners, J., Durkin, K., & Nesdale, A. (2004). Promoting Advanced Ego Development Among Adults. Journal of Adult Development, 11(1), 19-27.
- 対象はオーストラリアの成人58名(22〜53歳)。介入群2つと、順番待ちの統制群に無作為に割り付けた実験研究です
- 「段階が上がった」の実体は、大半が中間の段階から次の段階への移行です。理論上の最上位の段階まで到達した例を示した研究ではありません
- 追跡は4ヶ月後まで。それより長く維持されるかは、この研究では分かりません
- 参加者は「人間関係を良くする講座」に自分から申し込み、参加費を払った人たちです。もともと変化に前向きな層に偏っている可能性があり、これは論文自身も認めています
- 88名が申し込み、最終的に分析対象となったのは58名。約3分の1が脱落しており、最後まで続けられた人だけが残った可能性は残ります
- 進行役は論文の第一著者本人でした。参加者の段階は知らされていませんでしたが、研究者と実施者が同一である点は考慮に入れて読む必要があります
- 対話中の「研修の受け方を工夫する」「自分から居心地の悪い場所を持つ」といった提案は、研究の知見をもとにした一般的な示唆であり、論文が直接検証したものではありません
論文の紹介はこちら😊
発達段階を高める経験の4原則と、高める研修
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-08-14-1786729920/