2026.10.10

犬がただ教室にいるだけで、不安は下がる

犬と大学生の不安についての、チリの最新研究

獣医学部と法学部の大学生127人を対象に調査頂きました。


これまでの研究は「犬をなでる」「犬と遊ぶ」など、
直接ふれあう効果を調べたものばかりでした。
教室での研究もありますし、会社での研究もありますね。
今回は、ふれあいなし。
訓練された犬が、いつもの授業中に教室の前の方で、
ただ寝そべっているだけ。

学生には「なでないでね」と、何の活動もなし。


それで授業の前後に不安の度合いを測ってみると、
犬がいた教室の学生は、授業中に不安が下がり、
犬がいなかった教室の学生は、横ばいかちょっと上がる。
という違いがはっきり出ました。
しかもこれ、獣医学部でも法学部でも同じ。

(動物好きだから、ではなさそう)


なんで効くのか?の候補としては、

  • 犬といると安心ホルモン(オキシトシン)が出て、ストレスホルモンが下がる
  • 大学って、評価されたり比べられたりし続ける場所。
     そこに「こっちを評価しない、ただ受け入れてくれる存在」がいることが効くのでは
    という見解。
    会社のウェルビーイング施策としても、わんちゃんがただいる。というのは良さそうですね。

「何もしなくても、安心できる存在がそこにいるだけで、人は少し落ち着ける」
というのはなんだか納得感があります。
職場でも家庭でも、
「評価しない、ただいてくれる人」の存在が、実はけっこう大きいのかもしれません。

そういう人に、私はなりたい😊


Beyond Direct Touch: Passive Canine Presence Is Associated with Lower Anxiety in South American University Students
直接ふれあわなくても:犬の受動的な存在は南米の大学生の不安の低さと関連する
Maximiliano Cavieres, Ana María Urrutia, Gonzalo Chavez & Hernan Cañon-Jones(ウニベルシダ・デ・ラス・アメリカス、チリ)
Pets, 2026/10/2
https://doi.org/10.3390/pets3040045

教室に犬がいるだけで不安が減少? 触れ合わなくても効果的な「受動的プレゼンス」のチカラ Low-cost, Practical Mental Health Support for Universities 課題:大学生のメンタルヘルス危機と支援リソースの不足 約3人に1人がメンタル不調を経験 低コストな支援が求められている 新たな発見:直接触れ合わなくても「犬がいるだけ」で不安が軽減 犬が教室に静かに寝ているだけの状態でも、学生の状況不安・特性不安が大幅に低下 受動的プレゼンス 授業前後の状態不安(STAI-S)の変化 条件 | 授業前(T0) | 授業後(T1) 犬あり(受動的プレゼンス) | 0.318 | 0.282(有意に低下) 犬なし(通常授業) | 0.385 | 0.386(ほぼ変化なし) 実証結果と導入メリット 授業後の不安度:犬あり群 vs 犬なし群 犬なし群 → 0.384(横ばいまたは上昇) 犬あり群 → 0.300(有意に低下)↓ 犬がいない教室では授業後に不安が横ばいまたは上昇する傾向 専用施設や特別な体験プログラムは一切不要 通常の講義環境のまま簡単に導入でき、大学の予算や人員の負担を最小限に抑えられる 触れなくても、 癒やされる 教室に「犬がいるだけ」で 大学生の不安を劇的に軽減する 新しいアプローチ Based on research from Universidad de Las Américas, Chile (Cavieres et al., 2026) 拡大する大学生のメンタルヘルス危機 圧倒的なストレス要因 学業、社会的プレッシャー、経済的 不安が重なる大学生活。 高まる不安(Anxiety) WHOの調査による、大学1年生の 約「3分の1」が過去1年間にメンタル ヘルスの不調を経験。 パフォーマンスの低下と 中退リスク 慢性的な不安が学習意欲を削ぎ、 最悪の場合は大学中退へ繋がる。 不安障害は、現代の高等教育において最も蔓延している課題の一つです。 既存のサポート体制が抱える「リソースの限界」 メンタルヘルス支援を求める学生の急増。 ・従来のカウンセリングは高コストで枠に限りがある。 ・特にラテンアメリカやグローバルサウスの大学では、専門の人員やインフラが不足。 ・「病気になってから」の対症療法が中心。 日常的で、低コストで、誰もがアクセスできる「予防的・スケーラブルな介入」が急務とされています。 動物介在介入(AAI)の現状と課題 物理的な接触が前提 (Direct Touch) 犬を撫でる、一緒に遊ぶといった「直接接触」が効果の源泉だと考えられてきた。 専用の空間が必要 (Dedicated Spaces) 教室外の「セラピールーム」や特別な場へのアクセスや場への移動が必要。 スケジュールへの干渉 (Disruption) 授業とは別に時間を設け必要があり、日常的な学習環境から学生を切り離してしまう。 これらは効果的ですが、教育現場の日常に導入するには「コスト」と「手間」がかかりすぎます。 パラダイムシフト:「積極的な交流」から「受動的な存在」へ 従来手法(Active AAI) 場所 (Location) セラピルームなどの特別空間 学生の行動 (Student Action) 撫でる、遊ぶ(能動的) 犬の行動 (Dog Action) 人と触れ合う 必要なリソース (Resources) 高コスト・少人数向け 新手法(Passive Presence) いつもの教室(日常の学習環境) 授業を受けるだけ(接触なし) 前方で静かに休む・寝る 低コスト・一度に数十人をカバー (高いスケーラビリティ) 「犬と同じ空間を共有するだけ」で、 本当に不安は軽減されるのでしょうか? 実証実験:チリの大学における検証 総参加者数:127名の大学生 専攻A:獣医学部 65名・平均年齢23.7歳 専攻B:法学部 62名・平均年齢29.5歳 Universidad de Las Américas(チリ・サンティアゴ)にて実施された準実験的研究。 「動物好き」の学生だけでなく、年齢や専門分野の異なる法学部の学生も含めることで、結果の普遍性を担保しました。 何を測定したのか?(2つの「不安」) 状態不安(State Anxiety) 特定の状況(試験や授業など)に対する「一時的」な不安や緊張感。その場限りのストレス。 特性不安(Trait Anxiety) 個人の性格に根ざした「長期的・日常的」な不安の感じやすさ。ベースラインのストレス。 授業の開始前(T0)と終了直前(T1)に、心理学で広く使われる指標(STAI)を用いて測定しました。 教室での厳格なルール:絶対に「触れない」こと コントロール群:犬なし [T0]不安度テスト → 通常の60分講義 → [T1]不安度テスト 介入群:犬あり [T0]不安度テスト → ハンドラーと共に犬が入室し、前方に伏せる → 通常の60分講義 → 犬が退室 → [T1]不安度テスト ・犬は前方にいるだけで、学生との直接的な接触(触てる・エサやる等)は一切禁止。 ・教員は普段通りに授業を行い、カリキュラムの変更はゼロ。 結果①:その場のストレス(状態不安)が明確に低下 Divergence Curve State Anxiety T0 T1 コントロール群 (Dog absent) 授業によるその場の緊張が和らぐ 介入群 (Dog present) 犬がいない教室(コントロール群)では、授業が進むにつれて不安が維持・または上昇しました。 しかし、犬が静かに同居した教室では、開始から終了にかけて状態不安が統計的に有意に低下(p < 0.001)しました。 Canines Notebook 結果②:根深いストレス(特性不安)の「感覚」も和らぐ Divergence Curve Trait Anxiety 介入群 (Intervention) ストレス感覚の低下 特 性 不 安 ド ス ト レ ス (Trait Anxiety) コントロール群 (Control) T0 T1 個人の性格的な不安傾向(特性不安)も、犬がいる教室では有意に低下(p < 0.001)しました。 研究者の視点:たった1時間の授業で人間の「性格」が根本的に変わるわけではありません。しかし、状態不安が急激に下がったことで、学生自身が感じる「ベースラインのストレスに対する自己評価(認知)」がその間隔に劇的に改善されたと考えられます。 Gemmas Notebook 専攻や年齢に関係なく「誰にでも」効く 法学部 獣医学部 どちらの学部でも、 犬による不安軽減効果は 「全く同じ」でした。 年齢層が高く(平均29.5歳)、 比較的若く(平均23.7歳)、 動物の専門家ではない学生。 動物に慣れ親しんでいる学生。 犬の受動的な存在がもたらす癒やしは、動物好きかどうかに依存するのではなく、 人間の普遍的な反応(アフィリエーション行動)によるものであることが示唆されます。 Gonuma Notebook. なぜ「触れなくても」効果があるのか?(メカニズム) 評価を下さない存在
投稿者による補足(4件)
補足 1

動画解説はこちら😊
https://youtu.be/BrVdP4AtAMY

補足 2

本研究のウェルビーイング小話はこちら😊
はぴテク相談室:なでなくても、そこにいるだけで?——教室で静かに眠る犬と不安の話
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-10-10-1791569401/

補足 3

【研究背景】

■ この研究の前提となる研究背景

この論文(Cavieres et al., 2026)は、チリの大学で「犬が教室にただ静かにいるだけ」で学生の不安が低いかどうかを調べたものです。その背景には、大学生のメンタルヘルス問題、動物介在介入(AAI)の研究蓄積、そしてまだ埋まっていない知識の空白があります。順を追って見ていきます。


■ 1. 大学生のメンタルヘルスは世界的な公衆衛生課題

▼ 不安の有病率が高い
  • 大学生の精神的不調は世界的に増加している公衆衛生上の課題とされています(Tan et al., 2023)。
  • 大学生活は学業・社会関係・経済面のストレス要因にさらされ、心理的ウェルビーイング(心の健やかさ)に悪影響を与えることが指摘されています(Roy et al., 2025)。
  • WHOの「World Mental Health International College Student Project」では、1年生の約3分の1が過去1年間に少なくとも1つの精神疾患の基準を満たし、不安はもっとも多い症状のひとつでした(Auerbach et al., 2018)。
▼ 影響と大学側の対応
  • こうした障害は、学業成績の低下、生活の質の低下、中退リスクの上昇と関連しています。
  • そのため大学は、従来のカウンセリングを補う、拡張しやすい(スケーラブルな)介入を模索し始めています。その一つが動物介在介入です。

■ 2. 動物介在介入(AAI)とは何か

  • AAI(Animal-Assisted Intervention)とは、教育・医療・社会的な場に動物を意図的に取り入れ、人のウェルビーイング向上をめざす「目標志向型の介入」と定義されています(International Association of Human-Animal Interaction Organizations, 2014)。
  • 用いられる動物で最も多いのが犬です。社交性、訓練しやすさ、人と肯定的な関係を築く力がその理由とされます。

■ 3. なぜ犬が効くと考えられているのか:想定されるメカニズム

▼ 社会的・心理的な働き
  • 犬は「社会的促進者(人同士のつながりを生むきっかけ)」として働き、感情の調整を促し、社会的サポートの認知を高めるとされています(Beetz et al., 2012; Wood et al., 2015)。
  • 高等教育では、情緒的ウェルビーイングや所属感(大学への帰属意識)が学業成功の重要な予測因子であることが示されており(Van Kessel et al., 2025)、この点でAAIの効果は特に意味を持ちます。
▼ 生理学的な働き
  • 人と犬の肯定的な交流は、オキシトシン(愛着や信頼に関わるホルモン)の分泌増加や、ストレス関連経路の活性低下(コルチゾール=ストレスホルモンの低下、心拍数・血圧の低下)と関連することが報告されています(Beetz et al., 2012; Handlin et al., 2011)。
  • 飼い主と犬の親和的行動に伴う神経生理学的変化も報告されています(Odendaal & Meintjes, 2003)。
  • これらは、コンパニオンアニマルがストレス反応の「自然な調整役」として機能しうることを示唆しています。
▼ 「非評価的な社会的サポート」という視点(考察で言及)
  • 学業環境は、継続的な要求、成績評価、他者との比較、将来への不確実さを伴い、これらが不安を高めうるとされています(Auerbach et al., 2018; Lazarus & Folkman, 1984)。
  • 動物は「予測可能で、受容的で、評価や判断をしない存在」と認識されるため、独特の社会的サポート源になりうると考えられています(Beetz et al., 2012)。

■ 4. 大学生を対象とした実証研究の蓄積

▼ 短時間の交流でも効果が報告されている
  • 治療犬との10分間の交流で、大学生の唾液コルチゾールが有意に低下したランダム化比較試験があります(Pendry & Vandagriff, 2019)。
  • 犬介在介入の後に、気分やウェルビーイングの改善、不安の低下が報告されています(Grajfoner et al., 2017)。
  • ドロップイン型(自由参加型)の犬セラピープログラムに参加した学部生で、知覚されたストレスの低下が記録されています(Binfet & Passmore, 2018)。
▼ 近年の研究
  • 試験期間中に治療犬に触れた学部生は、対照群より正の感情(ポジティブ感情)スコアが有意に高いことが報告されています(Peel et al., 2023)。
  • AAI参加中の学部生で、その瞬間のストレス(momentary stress)の低下が観察されています(Chute et al., 2023)。
  • 学期を通じて治療犬に繰り返しアクセスできた1年生では、ストレス・抑うつ・心配の感情が減り、自己への思いやり(セルフコンパッション)が向上したと報告されています(Carr & Pendry, 2025)。
  • 試験前のストレスに対する治療犬セッションの効果も報告されています(Ward-Griffin et al., 2018)。
▼ 系統的レビュー(複数の研究をまとめた検証)
  • AAIは大学生の不安を短期的に一貫して低減させることが示されています(Parbery-Clark, 2021)。
  • 高等教育の学生全体で、急性のストレスと不安の低減が確認される一方、認知面や生理面の指標では効果が明確でないとするレビューもあります(Huber et al., 2024)。
  • ランダム化比較試験に限定したメタ分析でも、犬介在療法と大学生のストレス・不安低減の関連が検討されています(Sim et al., 2025)。

■ 5. 残されている知識の空白

▼ 空白1:地理的な偏り
  • AAIの証拠の大半は北米・ヨーロッパ・オーストラリアで生み出されており、ラテンアメリカなどグローバルサウス(経済的に発展途上とされる地域)の研究は比較的少ないままです(Huber et al., 2024; Sim et al., 2025)。
  • この偏りのため、他地域で報告された効果が、異なる教育・文化・社会経済的文脈にも一般化できるかは不明です。
  • 特に低・中所得国の大学は、メンタルヘルス支援の需要が増す一方で制度的資源が限られています(Auerbach et al., 2018; Li et al., 2022)。こうした状況では、低コストで導入しやすい介入が価値を持ちます。
▼ 空白2:「直接触れること」に偏った研究
  • 先行研究の多くは、なでる、遊ぶなど治療犬との直接的・身体的な交流を評価してきました(Pendry & Vandagriff, 2019; Binfet & Passmore, 2018)。
  • そのため、効果が「身体接触」によるのか、「社会的促進」によるのか、それとも「動物がいること自体」によるのかが区別できていません。
▼ 空白3:生態学的妥当性(現実の場面に当てはまるか)の不足
  • 多くの介入は専用のセラピー空間やウェルネスイベントで実施されており、日常の教育環境とは大きく異なります(Gee et al., 2017; Pendry & Vandagriff, 2019)。
  • 新奇性や文脈の効果を統制したうえで、現実的な条件下でAAIを評価する必要性も強調されています(Herzog, 2011)。
▼ 接触が少なくても効果があるという手がかり
  • 一方で、動物との関わりが限られた条件でも不安の低下や気分の改善が報告されており、視覚的な露出、動物への近さ、犬の存在に伴う社会的文脈が学生のウェルビーイングに寄与している可能性が示唆されています(Huber et al., 2024; Thelwell, 2019)。
  • たとえば、犬に関する視覚刺激のみに触れた参加者でも不安の低下が見られましたが、直接交流があった場合のほうが効果は大きかったと報告されています(Thelwell, 2019)。
  • また、系統的レビューは、有益な結果を得るのに必要な身体接触の量について研究間のばらつきが大きく、受動的な動物の存在そのものの寄与は十分に理解されていないと指摘しています(Huber et al., 2024; Sim et al., 2025)。

■ 6. 測定に関する前提

  • 本研究が不安の測定に用いたのは、状態・特性不安尺度(STAI)のスペイン語版です(Spielberger et al., 1983)。
  • STAIには2つの下位尺度があります。「状態不安」は特定の状況に伴う一時的な不安、「特性不安」は不安を感じやすい比較的安定した傾向を評価します。
  • 特性不安は安定した性格特性とされるため、短い介入で大きく変わることは本来想定されていません(Peel et al., 2023)。この点は論文の考察でも慎重な解釈が求められています。

■ 7. 背景から導かれた本研究の問い

  • 以上をまとめると、「犬が教室に受動的に存在するだけで、直接交流なしに、実際の授業環境で学生の不安が低くなるのか」はほとんど分かっていませんでした。
  • そこで著者らは、訓練された犬が授業中に静かに存在する教室の学生は、犬のいない同等の授業に出た学生より不安が有意に低いと仮説を立て、かつ学部(獣医学・法学)にかかわらずその効果が見られ、直接の交流を必要としないと予想しました。
  • この仮説を、資源の限られたラテンアメリカの大学という、先行研究で手薄だった文脈で検証したのが本研究です。
補足 4

【研究内容】

■ この研究が扱った問い

大学生の不安の高まりは世界的な課題で、Auerbach et al. (2018) のWHO国際大学生プロジェクトでは、1年生の約3分の1が過去1年に何らかの精神疾患の基準を満たし、不安は最も多い状態のひとつでした。こうした中、動物介在介入(AAI:動物を教育・医療・社会的な場面に意図的に取り入れ、人の健康や幸福を高めることを目的とした介入)が注目されています。

ただし、これまでの研究の多くは「犬をなでる」「一緒に遊ぶ」といった直接的・能動的なやりとりを扱っており、犬が「ただそこにいる」だけ(受動的な存在)で効果があるのかは十分に調べられていません。また、専用のセラピー室ではなく、実際の授業という日常的な環境で検証した研究も少なく、北米・欧州・豪州以外(ラテンアメリカなどグローバルサウス)からの報告も限られています。

そこで本研究は、チリの大学で、通常の授業中に訓練された犬が静かに同席することが、学生の不安の低さと関連するかを検証しました。仮説は「犬が受動的に存在する授業を受けた学生は、犬のいない同等の授業を受けた学生より不安が低く、それは学科を問わず、直接のやりとりなしでも生じる」というものです。


■ 研究方法

▼ デザイン
  • 準実験研究(参加者を無作為に割り付けない比較研究)で、事前・事後の反復測定デザインです。
  • 授業の開始時と終了時に不安を測定し、犬がいた授業(曝露群)と犬がいない授業(対照群)を比較しました。
  • 獣医学と法学の2学科から、それぞれ曝露クラス1つ・対照クラス1つ、計4クラスを選びました。
  • 実施場所はサンティアゴのUniversidad de Las Américasプロビデンシアキャンパス、時期は2025年9〜10月。カリキュラム・教授法・授業時間は一切変更していません。
▼ 参加者
  • 学部生127名(獣医学65名、法学62名)。参加は任意で、全員が同意書を提出しました。
  • 条件は18歳以上、該当科目に在籍、授業全体に出席、スペイン語の質問票に回答できること。
  • 犬アレルギー、犬恐怖症、参加に支障のある医学的・心理的状態がある人は除外。事前・事後どちらかの回答が欠けた人も解析から除外しました。
▼ 介入(犬の受動的な存在)
  • 幼いころから学内環境に慣らされ、主任研究者の教育活動に日常的に同行している1頭の犬を用いました。ワクチン・駆虫・獣医師の健康証明は最新でした。
  • 授業の冒頭でまず事前質問票に回答してもらい、その後に犬がハンドラーと一緒に入室し、教室前方の全員から見える位置に配置されました。
  • 犬は授業の中心部分の間、落ち着いて静かにしており、通常は休んだり眠ったりしていました。学生に犬をなでる・餌を与える・遊ぶなどを促すことはなく、構造化された活動も行いませんでした。
  • 事後質問票の直前に犬は退室しました。
  • 慣れや愛着の形成を避けるため、各クラスへの実施は1回のみでした。
▼ 対照条件
  • 通常どおりの授業を受け、曝露群と同じタイミングで質問票に回答。犬は不在でした。
▼ 不安の測定
  • Spielberger et al. (1983) の状態-特性不安検査(STAI)のスペイン語版を使用しました。
  • 状態不安(STAI-S):特定の状況に伴う一時的な不安。
  • 特性不安(STAI-T):不安を感じやすい比較的安定した傾向。
  • Google Formsで作成した質問票にQRコードからアクセスし、個別・匿名で回答。測定時点は介入・対照条件の直前(T0)と授業終了直前(T1)の2回です。
▼ バイアス対策
  • 全群で同じタイミングで測定、同じ犬・ハンドラー・教室手順・曝露時間(1時間の講義)を使用。
  • 学生には具体的な仮説を伝えず、期待効果を減らしました。
  • 教員は教室にいましたが介入せず、研究チームの1名がQRコードの提示を担当しました。
  • 倫理委員会の承認を得て、犬の福祉(獣医による監視、無理な接触の禁止、曝露時間の制限)にも配慮しました。
▼ 統計解析
  • 状態不安と特性不安それぞれについて、混合計画の反復測定分散分析(ANOVA)を実施。被験者内要因は時間(T0 vs T1)、被験者間要因は曝露群(犬あり vs なし)と学科(獣医学 vs 法学)です。
  • 効果量は偏イータ二乗(ηp2:要因が説明する分散の割合の指標)で報告。
  • 補足として、変化量(Δ = T1 − T0)を算出し、曝露群と学科を要因とする二元配置ANOVAも行いました。
  • 有意水準はp < 0.05、解析はJamovi 2.7で実施。

■ 結果

▼ 参加者の特性
  • 平均年齢は獣医学生(23.7 ± 4.06歳)が法学生(29.5 ± 11.7歳)より有意に若かった(p < 0.001)。
  • 一方、ベースラインの不安は学科間で差がありませんでした(特性不安 p = 0.233、状態不安 p = 0.194)。
▼ 全体の比較(要旨の数値)
  • 状態不安:犬あり 0.300 ± 0.116 vs 犬なし 0.384 ± 0.139(p < 0.001)
  • 特性不安:犬あり 0.257 ± 0.140 vs 犬なし 0.352 ± 0.155(p < 0.001)
▼ 混合計画ANOVA:特性不安
  • 曝露群の主効果が有意(F = 7.06, p = 0.011, ηp2 = 0.122):犬がいた学生のほうが全体として低い。
  • 学科の主効果は有意でない(p = 0.423)。
  • 時間 × 曝露の交互作用が有意(F = 5.79, p = 0.020, ηp2 = 0.102):授業中の変化の仕方が曝露群と対照群で異なる。
  • 時間 × 学科の交互作用も有意(p = 0.034)。
  • 時間 × 曝露 × 学科の三要因交互作用は有意でない(p = 0.749)。
▼ 混合計画ANOVA:状態不安
  • 曝露群の主効果が有意(F = 6.98, p = 0.011, ηp2 = 0.120)。
  • 学科の主効果は有意でない(p = 0.338)。
  • 時間の主効果が有意(p = 0.027):授業の間に不安が変化。
  • 時間 × 曝露の交互作用が有意(F = 5.02, p = 0.029, ηp2 = 0.090)。
  • 時間 × 学科の交互作用も有意(p = 0.026)。
  • 三要因交互作用は有意でない(p = 0.201)。
▼ 推定周辺平均
  • 特性不安:曝露群の法学生 0.243(95%CI 0.183–0.303)、獣医学生 0.267(0.214–0.321)で、いずれも非曝露群より低い。
  • 状態不安:曝露群の法学生 0.276(0.223–0.328)、獣医学生 0.320(0.273–0.366)で、同様に非曝露群より低い。
▼ 事前→事後の記述的な変化
  • 状態不安:犬ありの法学生は0.290→0.263、獣医学生は0.345→0.300と低下。犬なしの法学生は0.354→0.383とわずかに上昇、獣医学生は0.415→0.388と小さな低下。

図1A 状態不安の授業前後の平均値

図1A 状態不安(その場の不安)の授業前(T0)と授業後(T1)の平均値。左=犬なしの教室、右=犬ありの教室。灰色の実線=法学部、黒の破線=獣医学部。縦の線は誤差の範囲。
出典:論文のFigure 1(A)。Cavieres, M., Urrutia, A. M., Chavez, G., & Cañon-Jones, H. (2026). Pets, 3(4), 45.(CC BY 4.0) https://doi.org/10.3390/pets3040045

  • 特性不安:犬ありの法学生は0.272→0.219、獣医学生は0.296→0.246と低下。犬なし群の変化は小さく一貫性がなかった。

図1B 特性不安の授業前後の平均値

図1B 特性不安(不安の感じやすさ)の授業前(T0)と授業後(T1)の平均値。見方は図1Aと同じ。
出典:論文のFigure 1(B)。Cavieres, M., Urrutia, A. M., Chavez, G., & Cañon-Jones, H. (2026). Pets, 3(4), 45.(CC BY 4.0) https://doi.org/10.3390/pets3040045

▼ 変化量(Δ)の解析
  • 状態不安:曝露群の効果が有意(F = 13.39, p < 0.001, ηp2 = 0.090)、学科の効果も有意と報告(F = 2.04, p = 0.016, ηp2 = 0.094)。曝露 × 学科の交互作用は有意でない(p = 0.201)。
  • 特性不安:曝露群(F = 5.79, p = 0.020)と学科(F = 4.77, p = 0.034)の効果が有意。交互作用は有意でない(p = 0.749)。

■ 考察

▼ 先行研究との位置づけ
  • 結果は仮説を支持し、AAIが大学生の不安やストレスを減らすという過去の知見(Pendry & Vandagriff (2019)、Grajfoner et al. (2017)、Binfet & Passmore (2018)、Carr & Pendry (2025)、Huber et al. (2024) など)と整合します。
  • 接触が少ない・ない形のAAIについての文献は限られています。Thelwell (2019) は、犬に関する視覚刺激のみに曝露された参加者でも不安が低下し、ただし直接のやりとりがあるほうが効果は大きかったと報告しています。Huber et al. (2024) や Sim et al. (2025) のシステマティックレビューは、効果に必要な接触量について方法論のばらつきが大きく、受動的な存在の寄与は十分に理解されていないと指摘しています。
  • 本研究は、やりとりを意図的に最小化しても教室での犬の存在が不安の低さと関連しうる、という新しい証拠を加えるものです。
  • ただし著者らは、準実験デザインのため因果の推論は限定的で、群間のベースライン差を完全には排除できないと明記しています。
▼ 考えられるメカニズム
  • Beetz et al. (2012) は、犬との肯定的なやりとりがオキシトシンの放出増加や、コルチゾール・血圧・心拍の低下などストレス経路の活性低下と関連すると述べています。Odendaal & Meintjes (2003) も人と犬の親和行動に伴う神経生理学的変化を報告しています。
  • もうひとつは「評価を伴わない社会的支援」という考え方です。学業環境は評価や社会的比較、将来の不確実性に満ちています。動物は予測可能で受容的で判断を下さない存在と受け取られるため(Beetz et al. (2012))、犬の穏やかな存在が、より情緒的に支えられた学習環境をつくることに寄与した可能性があります。
▼ 生態学的妥当性
  • AAI研究の多くは専用セラピーや特別イベントで行われ、日常の学業体験とは異なります。Herzog (2011) は、新奇性や文脈の効果を制御した現実的条件での評価の必要性を強調しています。
  • 本研究は教授法・内容・構造を変えずに通常授業の中で実施したため、効果が専用セラピー環境を超えて本物の教育環境でも観察されうることを示しています。
▼ ラテンアメリカ・グローバルサウスにおける意義
  • これまでの証拠の大半は、心理支援資源が比較的豊かな北米・欧州・豪州からのものです。一方、ラテンアメリカの多くの大学は心理支援の需要増と資源制約を抱えています。
  • 本研究はチリの大学からの実証データを提供し、低コストでスケールしやすい介入の候補を示すものと位置づけられています。
▼ 学科の影響
  • 曝露と学科の交互作用がなかったことは、介入の頑健さを支持します。獣医学生は法学生より若かったものの、ベースライン不安に差はなく、両群とも犬の存在に対し似た反応を示しました。
  • O'Haire et al. (2015) が示唆するように、動物への反応は動物への慣れや経験というより、広い親和的・社会的プロセスを介している可能性があり、学科を超えて似たパターンが見られたことと整合します。
  • 一方、時間 × 学科の交互作用は有意でした。授業中の不安の推移は学科間で同一ではなく、教え方・内容・学業要求・教室の雰囲気・学生の期待などが部分的に関係しうるとされていますが、本研究はその原因を特定する設計ではありません。三要因交互作用が有意でないため、この学科差が犬の存在と不安低下の関連を変えたとは見なされていません。
  • 曝露群で不安が下がり、対照群は横ばいかわずかに上昇したという傾向は、試験期間中にセラピー犬へ曝露された学生で肯定的感情が高かったという Peel et al. (2023) や、AAI後に瞬間的ストレスが低下した Chute et al. (2023) とも一致します。
▼ 特性不安の低下についての注意
  • 特性不安は比較的安定した性格特性と考えられ、短い介入で大きく変わるとは想定されていません。1回の授業で参加者の不安傾向そのものが変わった可能性は低く、むしろ状態不安の低下が回答時の自己認識に影響し、特性項目への回答をより肯定的にした、という解釈のほうが妥当だと著者らは述べています。
  • したがって、介入の有効性を示す最も強い証拠は状態不安の結果だと位置づけられています。
▼ 限界
  • 不安は自己報告のみで評価され、報告バイアスや社会的望ましさ、一時的な感情状態の影響を受けうる。コルチゾール、心拍変動、血圧、皮膚電気活動などの生理指標の併用が望ましい。
  • 無作為割り付けのない準実験であり、因果推論に限界があり、未統制の交絡が残る。
  • 犬が1頭のみで、品種・年齢・気質・訓練・ハンドラーとの関係などの影響は検討できない。
  • 不安以外の影響(注意散漫、集中の妨げ、授業動態の変化など、学習に不利な効果)は評価していない。
  • 即時の短期効果のみで、追跡評価はない。
▼ 今後の研究
  • 複数機関・多様な学生集団での無作為化比較試験。
  • コルチゾール、心拍変動、血圧、オキシトシンなどの生理指標の測定。
  • 学期を通じた反復曝露の縦断研究(Carr & Pendry (2025) などは反復アクセスの利点を示唆するが、長期的な持続性は不明)。
  • 受動的な存在と能動的なやりとりを直接比較する研究。

■ 結論

  • 通常の授業中に訓練された犬が受動的に同席することは、直接のやりとりがなくても、授業時間中の不安のより好ましい変化と関連していました。
  • 状態不安・特性不安の両方で時間 × 曝露の有意な交互作用が見られ、曝露群と対照群で不安の時間的推移が異なりました。
  • 著者らは、心理支援の需要増と資源制約が併存するラテンアメリカなどの大学にとって、既存の教育活動に組み込める簡便で低コストの介入が、学生の健康支援を補完しうると述べています。ただし本研究は準実験であり、因果を確定するものではない点に注意が必要です。
論文紹介 なんとかなる 子ども・若者の幸福身体・運動・健康感情・レジリエンス

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