2026.10.20

自分に優しくできる人は「白黒つけない人」

自分に優しくできる人は「白黒つけない人」
〜西洋的・東洋的自己観と思いやり〜

自己観と思いやりについての、香港の最新研究

210人のデータから調査頂きました。


「自分をどう捉えているか」で、
思いやりの出方が変わるのか?を調べた研究。
①自分は自分、と自律を重んじるタイプ(独立的)・・・西洋的
②人とのつながりの中に自分がいる、と考えるタイプ(協調的)・・・東洋的
この2タイプと、

  • 自分への思いやり
  • 他人への思いやり
  • 他人から受け取る思いやり
    の3つの関係を見ています。

あわせて見ているのが「弁証法的思考」。
難しそうですが、要は
「AでもありBでもある、を抱えておける」
「矛盾があっても、まぁそういうもんか、と思える」

考え方のクセのことです。ネガティブケイパビリティとかと近いですね。


結果としては、

  • 自分に優しいのは①自律タイプだけ。②つながりタイプは自分への優しさ低め
  • 他人に優しいのは①も②も。
  • 他人から優しくされてる感は、どっちのタイプとも関係なし

そして面白いのがここ。
「矛盾を抱えておける人」は、
②つながりタイプではなく①自律タイプに多かった。

しかも「矛盾を抱えられる」ことが、自分への優しさを一番強く支えていた。


つまり、
「人に合わせる」のと「矛盾を抱えて両方の視点を持つ」のは別物で、
自分に優しくなれるのは後者、という感じ。
人に合わせてばかりだと、
意外と自分には優しくなれないのかも。

でも別物なので、両方持つ事が出来ます😊


幸せ観点で言うと、

  • 自分に厳しくなりがちな人は、まず「ダメな自分も、頑張ってる自分も、どっちも本当」と白黒つけずに置いておく練習が効きそう
  • 「周りに合わせてるから自分は思いやりがある」と思ってる人ほど、自分への優しさが抜け落ちてないか要チェック。日本人に多いですね。
  • 他人への優しさは「そうすべきだから」より「そうしたいから」の方が、自分も削れないので長持ちしそう
    という感じでしょうか。

Self-construal and the three flows of compassion: The role of dialectical thinking
自己観と思いやりの3つの流れ:弁証法的思考の役割
Dara Kiu Yi Leung(香港中文大学、香港), Clarion Hau Ching Chan & Kirstie Ka Kei Chan
Personality and Individual Differences, 2026/10/9
https://doi.org/10.1016/j.paid.2026.114116

自己観と「思いやり」を繋ぐ認知の架け橋:弁証法的思考の役割 独立型・相互協調型の自己観が、予盾を受け入れる「弁証法的思考」を介して自分や他者への「思いやり(コンパッション)」にどう影響するかを明確に示すこと。 自己観のタイプ 独立型自己観 個人的主体性を重視。多様な視点や予盾を柔軟に統合できる。 相互協調型自己観 他者との調和や役割への適応を重視。 必ずしも予盾の統合を慶ばない。 認知の架け橋:弁証法的思考 自分の視点や予盾を受け入れることで、 過度な自己批判を防ぐ。 思いやりの流れ 強く高める 自分への思いやり 有意なプラス効果、有意に中程する 他者への思いやり 両者が有意なプラス効果 結論 独立型自己観は弁証法的思考を 通じて自分や思いやりを 深める一方、他者への思いやりは 自己観のタイプに関わらず 直接的に表れる。 有意な効果なし 媒介効果は有意なし 他者からの思いやり 思いやりのエコシステム 科学が解き明かす「自分」と「他者」への優しさのメカニズム 心理学が教える、燃え尽きない心の作り方 Gennesis Notebook 誰かのために頑張る人ほど、 自分に優しくなれないのはなぜか? Step 1 家族の介護や対人援助など、他者をケアする人々の多くが「燃え尽き症候群」や自己嫌悪に悩んでいます。 Step 2 香港の高齢者介護210名を対象とした最新の心理学研究。 Step 3 他者への思いやりは、なぜ自分自身に向かわないのでしょうか? 心理学における「思いやり」の定義: 自他の苦しみに敏感に気づき、それを和らげようとする構想的な意志。(Gilbert & Choden, 2014) Genius Notebook 思いやりには「3つのベクトル」がある 自分への思いやり 他者への思いやり 他者からの思いやり 心理的な幸福感を得るためには、他者に優しくするだけでなく、他者からの傷さを受け取り、自分自身を労わる「3つの循環」が不可欠です。 Gemma's Notebook ひとつの大きな誤解 「『和』を大切にし、自分を犠牲にして他者を優先する人こそが、本当の意味で思いやりに溢れた人である」 研究が示す真実 • 他者を優先する心は「他者への思いやり」を生みますが、「自分への思いやり」には繋がりません。 • 自分に優しくするためには、一見相反する「『個』を大切にする心」が必要だったのです。 Gemma Notebook あなたは世界をどちらのレンズで見ていますか? 【独立的自己観】 (『個』を大切にする心) 【相互協調的自己観】 (『和』を大切にする心) フォーカス 「私」の価値観、自性性 フォーカス 「私たち」の関係性、役割 行動の動機 自分の信念や選択に基づく 行動の動機 調和の維持、他者への適応 対立時の反応 境界線を引き、自分の意見を 表現する 対立時の反応 周囲の期待には応え、空気を読む Geminis Notebook なぜ他者に優しくするのか?(2つのエンジン) エンジンA:『個』の心 「他者を助けることは、私個人的な価値観や信念に一致しているから」 (自発的な選択に基づく優しさ) エンジンB:『和』の心 「他者を助けることは、社会の調和を保ち、自分の役割を果たすことだから」 (関係性や義務に基づく優しさ) 他者への思いやり どちらの心も「他者への優しさ」を生み出します。しかし、決定的な違いが一つありました。 ©Gumnas Notebook 『和』を重んじる心に欠けているピース 相互協調的自己観 ✕ 自分への思いやり → 他者への思いやり 独立的自己観 → 自分への思いやり → 自分への思いやり 研究の結果、「和」を大事にする心は「他者」には向かいますが、「自分」には向かわないことがわかりました。 一方、「個」を大事にする心を持つ人は、他者だけでなく、自分自身にも強い思いやりを向けることができるのです。 Geminis Notebook 秘密は「しなやかな思考」にある Failure 失敗 Worth 価値 なぜ「個」を大切にする人が、 自分に優しくなれるのか? その架け橋となるのが 「しなやかな思考」です。 ・苦盾を許容する力(白黒つけない) ・変化を受け入れる力 ・物事の繋がりを捉える力 Gumoa Notebook 予盾を包み込む力とは? 硬直した思考(自己批判) 「私は失敗した。 だから私には価値がない。」 (白か黒か) しなやかな思考(自己へのいたわり) 「私は失敗した。 でも同時に、私には価値があり、 次に成長できる。」 (矛盾の共存) この「グレーゾーン」を許容する認知の柔軟性こそが、 過剰な自己批判を防ぎ、自分を許すための鍵となります。 科学が証明した「自分への優しさ」のルート 『個』を大切にする心 しなやかな思考 自分への思いやり 『個』を確立している人は、ただ利己的なのではありません。自分の強いニーズと、他者の異なる視点の「両立(予盾)」を処理する能力が磨かれます。 その結果培われた「しなやかな思考」が、自分の弱さや限界を受け入れられる「自分への思いやり」へと繋がるのです。 © Genious Notebook なぜ「空気」を読むだけではダメなのか? 一見、「和」を重んじる心も柔軟に見えます。しかし、研究結果は異なりました。 単に他者の期待に合わせて自分を曲げること(過剰な同調)は、異なる意見を「統合」しているわけではありません。 自分の意見を持たずに他者に合わせるだけでは、「しなやかな思考」は育たず、結果として自分を労わる力も生まれないのです。 「思いやりのエコシステム」を完成させる 「和」の心 関係性へのケア 完全な思いやりの循環 「個」の心 + しなやかな思考 境界線と自己統合 他者をケアするための「関係性のレンズ」は素晴らしいものです。 しかし、あなた自身を守るためには、「境界線を引く力」と「予盾を受け入れる力」が 絶対に欠かせません。この2つのバランスが、真の優しさを作ります。 明日からできる、自分への処方箋 1.「私」を主語にする 他者の期待(「~すべき」)ではなく、自分の価値観(「私は~したい」)で行動を選ぶ喩嘱を作る。 2.「AND(かつ)」の思考をもつ 「私は傷ついている。かつ、私は前を向こうとしている」というように、矛盾する感情を同時に認める。 3.優しさのベクトルを確認する 他者に向かう矢印と同じ太さの思いやりが、自分に向かっているか確認する。 自分を大切にすることは、わがままではなく、 他者をケアし続けるための「生態系」を守るための第一歩です。 Gonnos Notebook
投稿者による補足(4件)
補足 1

動画解説はこちら😊
https://youtu.be/d2enFKHmQLI

補足 2

本研究のウェルビーイング小話はこちら😊
はぴテク相談室:「人にはやさしいのに、自分には厳しい」のはなぜ?
https://archive.happytech.co.jp/posts/2026-10-20-1792447921/

補足 3

【研究背景】

■ この研究の背景:コンパッションと「自己のとらえ方」の関係をめぐる先行研究

この論文(Leung, Chan, & Chan)は、「自分をどのような存在として理解しているか(自己観)」が、思いやり(コンパッション)の三つの方向とどう関係するのか、そしてその間を「弁証法的思考」がつないでいるのかを調べた研究です。本研究が何を土台にしているのかを、順を追って整理します。


■ 1. コンパッションとは何か、そして「三つの流れ」

▼ コンパッションの定義
  • コンパッション(compassion)は、「自分や他者の苦しみに敏感に気づき、それを和らげ、防ごうとする決意」と定義されています(Gilbert & Choden (2014))。
  • この概念は、進化の過程で育まれた「ケアの動機づけシステム」と、仏教心理学の知見を背景に組み立てられています。
  • 二つの心理的プロセスから成るとされます。一つは、苦しみに敏感さと忍耐をもって注意を向ける力。もう一つは、苦しみを和らげ防ぐための知恵と技能を育てる力です。
▼ 三つの方向(flows)
  • Gilbert et al. (2017) は、コンパッションには三つの方向があると提案しました。「他者へのコンパッション」「他者から受け取るコンパッション」「自分自身へのコンパッション(セルフ・コンパッション)」です。
  • この三つの流れは、心理的ウェルビーイングの高さ、人生の意味の実感、社会的な安心感と関連することが報告されています(Chan et al. (2022);Lee et al. (2021))。
  • なお Gilbert et al. (2017) は、これら三つを測るための尺度「Compassionate Engagement and Action Scale(CEAS)」を開発しており、本研究でもこれが使われています。
▼ コンパッションは文化に埋め込まれている
  • 近年、コンパッションは文化的・関係的な文脈の中にあり、それがコンパッションの理解・体験・表現のしかたを形づくると考えられるようになっています(Koopmann-Holm & Tsai (2017))。
  • この「文化の影響」をとらえる切り口として、本研究は「自己観」に注目しました。

■ 2. 自己観(self-construal)という視点

▼ 独立的自己観と相互依存的自己観
  • 自己観とは、自分という存在を「自律性」によって定義するか、「他者とのつながり」によって定義するかの程度を指します。
  • Markus & Kitayama (1991) は、個人の独自性や自己表現を重視する「独立的自己観」と、社会的役割や人間関係によって自分を定義する「相互依存的自己観」を区別しました。
  • 独立的自己観は個人主義的な文化、相互依存的自己観は集団主義的な文化と結びつけて語られることが多いのですが、両方の側面はどの文化の人にも同時に存在するとされます。
▼ 行為の「主体性」のモデル
  • Markus & Kitayama (2003) はさらに、相互依存的自己観は「共同的な主体性(conjoint agency)」、つまり関係の中で共有され、他者に合わせることで発揮される主体性を反映し、独立的自己観は「分離的な主体性(disjoint agency)」、つまり自分の欲求・目標・意図に導かれて行為する主体性を反映すると論じています。
  • 本研究はこの違いが、後述する「思考スタイル」の違いにつながる可能性があると考えました。

■ 3. 自己観とコンパッションの関係:一貫しない先行知見

▼ セルフ・コンパッションとの関係
  • 自己観とコンパッションの関係を調べた異文化研究の結果は、必ずしも一致していません。
  • 独立的自己観も相互依存的自己観も、いずれもセルフ・コンパッションと関連することが複数の文化圏で報告されていますが、その強さや向きは研究によって異なります(Neff et al. (2008);Yamaguchi et al. (2014))。
▼ 他者へのコンパッションとの関係:動機が異なる可能性
  • 両方の自己観が他者へのコンパッションと結びつくことも報告されていますが、そこに至る動機は異なる可能性があります。
  • 相互依存的自己観の立場からのコンパッション行動は、協力や社会的調和への動機(Poulin et al. (2025);Yong Seo & Scammon (2014))や、社会的に受け入れられるための自己イメージへの関心(Neff et al. (2008);Niiya & Crocker (2019))によって動機づけられうる、と論じられています。
  • 一方、独立的自己観が強い人は個人の目標や自律性を重視する傾向がありますが(Oishi & Diener (2001))、他者を助けることが自分の価値観やアイデンティティと一致する場合には、コンパッション行動をとると考えられています。
  • 考察部分で引用される先行研究によれば、相互依存的な文脈のコンパッションは、社会的期待や義務の遂行を反映することもあります(Catarino et al. (2014) は「服従的コンパッション」と「本物のコンパッション」を区別しています)。他方、独立的自己観が強い人は、義務ではなく個人の選択や自己定義に沿ったコンパッション行動をとりうるとされます(Oyserman et al. (2002))。
  • 相互依存的自己観と他者へのコンパッションの関連を示した研究もあります(Chen et al. (2020) として本文に言及されていますが、参考文献リストには該当する項目が確認できませんでした)。
▼ 他者からコンパッションを受け取ること:研究が少ない領域
  • 三つの流れのうち、「他者から受け取るコンパッション」は相対的に研究が少ないと本研究は指摘しています。
  • ただし、サポートを「受ける」ことに関する文化差は報告されています。個人主義的な文脈の人は、サポートを求めることを受け入れられる対処法と見なす傾向がある一方、集団主義的な文脈の人は、周囲からの評価を気にして躊躇する傾向があります(Mortenson et al. (2009))。
  • 相互依存的自己観は「支えてくれる関係がある」という認識の強さと関連しますが(Taniguchi & Kaufman (2019))、それが感情面での深い関わりに直結するとは限りません。
  • たとえば集団主義的な文脈では、感情的サポートよりも実際的・道具的なサポートが好まれ、他者の苦悩に直接向き合うことを避ける傾向が指摘されています(Burleson & Mortenson (2003);Mortenson et al. (2009))。
  • オーストラリア人とシンガポール人を比較した研究でも、コンパッションの受け取り方に文化差があることが示唆されています(Steindl et al. (2020))。
▼ 先行知見から見えてくる空白
  • まとめると、自己観がコンパッションに関係することは示されているものの、三つの流れすべてにわたって結果は混在しており、その背後にある心理プロセスは明らかになっていません。
  • ここから本研究は、「自己観とコンパッションのあいだに、別の心理的メカニズムが介在しているのではないか」という問いを立てました。

■ 4. 介在する可能性のあるプロセス:弁証法的思考

▼ 文化と「思考のシステム」
  • 「文化と思考のシステム」の研究では、文化が人の注意の向け方・解釈・推論のしかたを形づくると考えられています(Nisbett et al. (2008))。
  • 弁証法的思考(dialectical thinking)とは、矛盾を許容し、変化を受け入れ、物事の相互のつながりに敏感であるという認知スタイルを指します(Spencer-Rodgers et al. (2018))。
  • Peng & Nisbett (1999) は、文化によって「矛盾」に対する推論のしかたが異なることを論じました。
▼ 自己観が弁証法的思考に影響するという想定
  • 前述の Markus & Kitayama (2003) の「共同的主体性/分離的主体性」の違いは、思考スタイルの違いにつながりうると本研究は想定しています。
  • 特に、文脈や関係性の情報に注意を向けることは、複数の視点を考慮したり、社会環境の中で競合する関係的視点を受け入れたりすることを促す可能性があります(Kim et al. (2026))。これらはいずれも弁証法的思考の中核的な特徴です。
  • ただし考察では、相互依存的自己観は社会的調和を重視するため弁証法的思考と自然に結びつくと「一般に想定されている」ものの、相互依存的自己観が強い人は他者の期待や関係上の義務に適応することを優先し、それが必ずしも対立する視点の統合を促すとは限らない、という見方も提示されています(Peng & Nisbett (1999))。また、相互依存的自己観の高さは認知的不協和を解消しようとする動機の低さと関連することが示されています(Markus & Kitayama (1991))。
▼ 弁証法的思考がコンパッションと関係するという先行知見
  • 弁証法的思考とセルフ・コンパッションの間には、正の関連が報告されています(Chio et al. (2021);Fung et al. (2021))。Chio et al. (2021) はメタ分析で、弁証法主義がセルフ・コンパッションの効果を調整する役割を検討しています。Fung et al. (2021) は北米と香港の大学生を比較した研究です。
  • 弁証法的アプローチは終末期ケアのコミュニケーションにも役立つとされ、ホスピス職員が関係や患者の状況の変化に応じて「導く/従う」という柔軟なコミュニケーションスタイルや役割をとることを支えると報告されています(Considine & Miller (2010))。
  • 本研究はこれらをふまえ、矛盾に居心地よくいられ、複数の視点を統合できる人は、苦しい経験を回避したり単純化したりせずに耐えられるのではないか、と考えました。そうした認知的柔軟性は、過度の自己批判なしに自分の限界を認めることを可能にしてセルフ・コンパッションを支え、同時に文脈的理解や視点取得を促して他者へのコンパッションも支えるかもしれない、という仮説です。
  • 弁証法的な矛盾観がウェルビーイングと関係し、そこにマインドフルネスが介在する可能性を示した研究もあります(Xu (2025))。

■ 5. 本研究で使われた理論的前提と測定の背景

▼ セルフ・コンパッションの構造をめぐる議論
  • セルフ・コンパッションを「一つのまとまった構成概念」と見るか「二因子構造」と見るかについては議論が続いています。
  • 本研究は、セルフ・コンパッションと自己批判を、異なる情動的・生理的反応をもつ二つのシステムとみなす「社会的メンタリティ理論」(Gilbert (2014))に沿って、肯定的な側面を主要な関心としています。
▼ 使用された尺度の出典
  • コンパッション:Compassionate Engagement and Action Scale(Gilbert et al. (2017))
  • 自己観:Self-Construal Scale 短縮版(D'Amico & Scrima (2016)。Singelis の自己観尺度の10項目版)
  • 弁証法的思考:Analysis-Holism Scale の「矛盾に対する態度」下位尺度(Jen & Lien (2010))
▼ 香港という調査地の文化的背景
  • 香港は一般に集団主義的な文化とされますが、植民地としての歴史が混合的な文化志向の形成に寄与した可能性が指摘されています(Oyserman & Sorensen (2009))。本研究はこの点を、サンプルで独立的自己観が比較的高かったことの解釈に用いています。

■ 6. 先行研究を踏まえた本研究の問い

以上の背景を整理すると、本研究が取り組んだ空白は次の三点です。

  • 自己観とコンパッションの関連は報告されているが、三つの流れにわたる結果は一貫しておらず、特に「他者から受け取るコンパッション」は研究が少ない。
  • 自己観がどのような心理プロセスを経てコンパッションに結びつくのかは不明である。
  • 文化心理学で蓄積されてきた「弁証法的思考」と、コンパッション研究で蓄積されてきた「三つの流れ」を、一つのモデルの中で結びつけた研究はほとんどない。

本研究はこれらをふまえ、香港の高齢者介護者を対象に、独立的・相互依存的自己観と三つのコンパッションの関連を調べ、弁証法的思考がその間を媒介するかどうかを検討しました。なお、本研究は横断的(一時点)のデザインであるため、著者ら自身も因果関係は結論できないと明記しています。

補足 4

【研究内容】

■ この研究が調べたこと

コンパッション(compassion)とは、「自分や他者の苦しみに気づき、それを和らげたり防いだりしようとする姿勢」のことです(Gilbert & Choden, 2014)。この研究は、香港で高齢者を介護している人たちを対象に、「自分をどういう存在としてとらえているか(自己観)」が、コンパッションとどのように関連しているのか、そしてその間を「弁証法的思考」という考え方のスタイルがつないでいるのかを調べたものです。


■ 背景となる3つの考え方

▼ コンパッションの「3つの流れ」

Gilbert et al. (2017) は、コンパッションには向きの異なる3つの流れがあると提案しています。

  • 他者へのコンパッション:他の人の苦しみに向き合い、助けようとすること
  • 他者からのコンパッション:他の人から思いやりを受け取っていると感じること
  • セルフコンパッション:自分自身の苦しみに対して思いやりをもって接すること
    これら3つは、心理的な幸福感や人生の意味、社会的な安心感と関連することが報告されています。ただし、文化や人間関係の文脈によって、コンパッションの理解や表現のされ方は違ってくると考えられています。
▼ 自己観(self-construal)

自己観とは、「自分をどの程度、自律した個人として定義するか、それとも人とのつながりの中で定義するか」を指します(Markus & Kitayama, 1991)。

  • 相互独立的自己観:自分らしさや自己表現を重視する
  • 相互協調的自己観:社会的役割や人間関係を通して自分を定義する
    一般に、前者は個人主義的文化、後者は集団主義的文化と結びつけられますが、どちらの傾向も一人の人の中に両方存在します。これまでの研究では、自己観とセルフコンパッション・他者へのコンパッションの関係は調べられてきましたが、結果は一貫しておらず、「他者からのコンパッション」についてはほとんど調べられていませんでした。たとえば、集団主義的な文脈の人は、周囲からの評価を気にして助けを求めにくい傾向があるという報告もあります(Mortenson et al., 2009)。
▼ 弁証法的思考(dialectical thinking)

矛盾を受け入れられること、変化を受け入れること、物事のつながりに敏感であること、という特徴をもつ思考スタイルです(Spencer-Rodgers et al., 2018)。先行研究では、弁証法的思考とセルフコンパッションの間に正の関連が報告されています(Chio et al., 2021; Fung et al., 2021)。また、終末期ケアの現場では、弁証法的なアプローチが「導く/従う」を状況に応じて切り替える柔軟なコミュニケーションを支えるという報告もあります(Considine & Miller, 2010)。
著者らは、「自己観 → 弁証法的思考 → コンパッション」という経路(媒介)があるのではないかと考えました。矛盾を抱えたまま多角的に物事を見られる人は、つらい経験を避けたり単純化したりせずに受け止められ、自分の限界を過度に責めずに認めたり、他者の状況を文脈の中で理解したりしやすいのではないか、という発想です。


■ 方法

▼ 参加者
  • 香港在住の高齢者介護者210名(女性75.2%、30歳以上92.4%、学士以上47.1%)
  • 介護におけるコンパッションの経験を調べる大きなプロジェクトの一部として、SNS(WhatsAppのコミュニティグループなど)を通じた便宜的サンプリングで募集
  • オンライン調査(Qualtrics)に回答し、謝礼としてHK$50を受け取った
▼ 使われた尺度
  • コンパッション:Compassionate Engagement and Action Scale(CEAS; Gilbert et al., 2017)。「他者へ」「他者から」「自分へ」の3方向それぞれ13項目、10段階評価。
  • 自己観:Self-Construal Scale短縮版(SCS-SV; D'Amico & Scrima, 2016)。10項目で、相互協調(つながり)と相互独立(分離)の2つの下位尺度。内的整合性は相互協調α=0.69、相互独立α=0.61と、やや低めでした。
  • 弁証法的思考:Analysis-Holism Scale(Jen & Lien, 2010)のうち、対人関係に最も関係が深い「矛盾への態度」下位尺度6項目のみを使用。得点が高いほど素朴な弁証法的思考、低いほど形式論理的な思考を示します(α=0.77)。
▼ 分析
  • 記述統計と相関分析
  • 3つの媒介モデルを検証(ブートストラップ法、5000回リサンプリング)。相互独立的自己観と相互協調的自己観を並列の独立変数とし、弁証法的思考を媒介変数、3つのコンパッションのそれぞれを結果変数としました。自己観から結果への直接パスも残しています。
  • 性別、年齢層、教育水準を共変量(統制変数)として投入
  • 欠損のある4名を除き207名で推定。パラメータ数13に対して1パラメータあたり約16ケースで、一般的な推奨基準(10ケース)を上回ります。
  • Rのlavaanパッケージで分析

■ 結果

▼ 相関分析(変数どうしの関連の強さ)
  • セルフコンパッションは、他者へのコンパッション(r=0.59)、他者からのコンパッション(r=0.26)、弁証法的思考(r=0.50)、相互独立的自己観(r=0.38)と正の相関。相互協調的自己観とは相関なし(r=0.03)。
  • 他者へのコンパッションは、弁証法的思考(r=0.41)、相互独立的自己観(r=0.39)、相互協調的自己観(r=0.29)と正の相関。
  • 他者からのコンパッションは、弁証法的思考、相互独立的自己観、相互協調的自己観のいずれとも有意な相関なし。
  • 弁証法的思考は、相互独立的自己観および相互協調的自己観と正の相関。(本文では相互独立r=0.18、相互協調r=0.11とされていますが、表1ではそれぞれ0.28、0.15と記載されており、数値に若干の食い違いがあります)
  • 相互独立的自己観と相互協調的自己観は中程度の正の相関(r=0.25)。
▼ 媒介分析

すべてのモデルに共通して、相互独立的自己観は弁証法的思考と正の関連(β=0.20, p=.010)がありましたが、相互協調的自己観にはありませんでした(β=0.11, p=.187)。

  • セルフコンパッション
    弁証法的思考はセルフコンパッションと正の関連(β=0.40)。相互独立的自己観は直接の関連も有意(β=0.29)。相互独立的自己観 → 弁証法的思考 → セルフコンパッションという間接効果は有意(β=0.08, p=.019)で、部分媒介が示されました。相互協調的自己観については、直接効果も間接効果も総合効果も有意ではありませんでした。

  • 他者へのコンパッション
    弁証法的思考は正の関連(β=0.26)。相互独立的自己観(β=0.26)と相互協調的自己観(β=0.21)はどちらも直接の関連が有意。ただし弁証法的思考を介した間接効果は、相互独立(β=0.05, p=.051)、相互協調(β=0.03, p=.238)ともに有意には届きませんでした。

  • 他者からのコンパッション
    弁証法的思考との関連は有意でなく(β=0.14, p=.065)、どちらの自己観も直接効果・間接効果・総合効果のいずれも有意ではありませんでした。


■ 考察:結果をどう読むか

▼ 相互独立的自己観と弁証法的思考の結びつき

意外だったのは、弁証法的思考が相互独立的自己観とは関連し、相互協調的自己観とは関連しなかった点です。「調和やつながりを重視する相互協調的自己観こそ弁証法的思考と結びつく」という一般的な想定とは逆でした。著者らは次のような可能性を挙げています。

  • 相互独立的な人は、自分の要求や権利を表明して主体性を保ちつつ、多様な視点を認め取り入れることで調和を追求するのかもしれない。これは「意見が対立したときは妥協点を探し、全員の意見を取り入れるべきだ」という尺度項目に反映される弁証法的思考と一致する。
  • 一方、相互協調的な人は他者の期待や関係上の義務に合わせることを優先し、それが必ずしも対立する視点の統合にはつながらないのかもしれない(Peng & Nisbett, 1999)。
▼ 弁証法的思考とコンパッション

弁証法的思考はセルフコンパッションと他者へのコンパッションの両方に関連しましたが、セルフコンパッションとの関連がはっきり強いものでした。相互独立的自己観とセルフコンパッションの関連のうち、弁証法的思考が説明する部分は有意ではあるものの小さく、他のメカニズムも関わっていると考えられます。他者へのコンパッションでも同じ方向の傾向はありましたが、間接効果は有意ではありませんでした。

▼ 他者へのコンパッションには2つの経路?

相互独立・相互協調のどちらの自己観も他者へのコンパッションと直接関連していました。著者らは、両者は異なる心理的過程を経てコンパッションにつながる可能性を指摘しています。

  • 相互協調的自己観:関係の調和や社会的なつながりへの関心から(Poulin et al., 2025; Yong Seo & L. Scammon, 2014)。ただし、それは社会的期待や義務を果たすという側面を含むこともある(Catarino et al., 2014)。
  • 相互独立的自己観:義務ではなく、個人的な選択や自己定義に沿った行動として(Oyserman et al., 2002)。
▼ 他者からのコンパッションはなぜ関連しなかったか

先行研究では、コンパッションを受け取ることに文化差があると示唆されています(Steindl et al., 2020)が、今回の結果では、他者からのコンパッションの認知は「自分を他者との関係でどう定義するか」とは直接関係しない可能性が示されました。むしろ、実際に自分のニーズが他者によって満たされているかどうかに左右されるのかもしれません。また、今回の参加者は相互独立と相互協調の得点が同程度でした。香港は集団主義的文化とされますが、植民地としての歴史が混合的な文化志向を育んだ可能性があり(Oyserman & Sorensen, 2009)、植民地期に育った人が大半を占める今回のサンプルで相互独立的自己観が比較的高かったことと関係しているかもしれません。


■ 実践への示唆

  • コンパッションに基づく介入では、自己観と弁証法的思考が考慮すべき要素になりうる。
  • 弁証法的思考はセルフコンパッションと最も強く関連し、相互独立的自己観とセルフコンパッションの関連を部分的に説明したため、矛盾を許容し、多角的な視点をもち、つらい経験にバランスよく向き合う力を育てることが介入の助けになるかもしれない。
  • 他者からのコンパッションは別の過程で成り立っている可能性があるため、3つの流れは別々に評価し、助けを求める意思、周囲の規範、支援の利用しやすさなどを考慮する必要がある。
  • 相互独立的自己観は内集団と外集団の区別が比較的小さいため、より広い対象へのコンパッションを支える可能性もある、と著者らは述べています。

■ 限界と今後の課題

  • 横断研究(一時点の調査)なので、因果関係は結論できません。関連は双方向的かもしれず、縦断研究や実験研究が必要です。
  • 自己観や弁証法的思考は、家族・友人・同僚といった文脈で変わりうるのに、今回の尺度はその文脈性をとらえていません。香港のような二文化的な環境では特に重要です。
  • すべて自己報告式のため、回答バイアスや共通方法分散の問題がありえます。弁証法的思考は「矛盾への態度」下位尺度のみで測定され、自己観の下位尺度の信頼性も低めだったため、関連が実際より弱く見積もられた可能性があります。

■ まとめ

香港の高齢者介護者210名のデータから、相互独立的自己観はセルフコンパッションと他者へのコンパッションの両方と関連し、相互協調的自己観は他者へのコンパッションとだけ関連していました。弁証法的思考は相互独立的自己観と関連し、特にセルフコンパッションへの経路を部分的に媒介していました。他者からのコンパッションはどの変数とも有意な関連がなく、受け取る側のコンパッションは別のメカニズムで理解する必要があることが示唆されます。自己観のタイプによって、コンパッションに至る道筋が異なる可能性を示した研究です。

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