この号の内容
幸せと不幸せを測る物差し
「はたらく幸せ実感」は「私は、はたらくことを通じて、幸せを感じている」など5問、「はたらく不幸せ実感」も対になる5問で、いずれも1〜7の7段階で答えた平均点である。5問は総合・頻度・周囲との比較・世間との比較・持続性を尋ねる。あわせて、自己成長・他者承認・他者貢献・自己裁量・リフレッシュ・チームワーク・役割認識の「幸せの7因子」と、不快空間・オーバーワーク・協働不全・自己抑圧・疎外感・理不尽・評価不満の「不幸せの7因子」を各21項目の短縮版で測った。因子は偏差値化し、7因子の平均を「幸せ因子総合」「不幸せ因子総合」として分析に用いている。
📖 報告書では:研究結果①冒頭「実証研究に用いた尺度」p.9–12、Appendix p.58–60
幸せ実感は後の成果を押し上げる
分析には交差遅れ効果モデルを使った。これは、1回目の値が3〜5か月後の2回目の値にどれだけ影響するかを、両方向について同時に推定する方法である。はたらく幸せ実感は、後の個人パフォーマンスと組織パフォーマンスを高め、プレゼンティーズム(病気や不調を抱えて働くことによる生産性の損失)を低下させた(影響の大きさは標準化係数で示される)。行動面でも、組織市民行動(同僚への利他・配慮行動)、ジョブ・クラフティング(自分で仕事を魅力づける工夫)、挑戦志向を促す効果があった。個人パフォーマンスが後の幸せ実感を高め不幸せ実感を下げる逆向きの効果もあり、報告書はこれを双方向の因果関係としている。
📖 報告書では:研究結果①「パフォーマンスへの影響」p.13–27(分析手法p.13、サマリp.14–15、幸せ実感p.16・18・20・22・24・26)
ストレスや睡眠にも影響
報告書は、はたらく幸せ実感と幸せ因子が心理的ストレス反応を低下させ睡眠の質を高め、不幸せ実感と不幸せ因子はそれらを悪化させるという因果関係が明らかになったとしている。心理的ストレス反応では逆向きの効果も確認され、ストレス反応が高まると幸せ実感が下がり不幸せ実感が上がる双方向の関係がみられた。職場の幸せ因子総合は、睡眠の質を高め、プレゼンティーズムを低下させる効果があった。一方、不幸せ因子総合から睡眠の質への効果は統計的に有意ではなかった。
📖 報告書では:研究結果②「メンタルヘルスへの影響」p.29–34、研究結果①p.19
不幸せが続くと許容してしまう
価値観への影響もみた。はたらく幸せ実感は、「はたらくことを通して幸せを感じることは大事」と考える幸せ重視度を3〜5か月後に高めた。逆に、はたらく不幸せ実感は「不幸せに感じることはよくない」と考える不幸せ回避重視度を低下させた。報告書はこれを、不幸せを感じていると、その状態を許容して麻痺していくと解釈している。
📖 報告書では:研究結果③「価値観への影響」p.36–38、提言p.6
エンゲイジメントより効果が強い
はたらく幸せ実感は、ワーク・エンゲイジメント(仕事への活力・熱意・没頭)と組織コミットメント(会社への愛着)をいずれも高めた。逆向きでは、エンゲイジメントが後の幸せ実感を高め、コミットメントが後の不幸せ実感を下げる効果がみられたが、幸せ実感からエンゲイジメントへの効果の方がより強かった。報告書は、幸せ実感が両者の先行要因であり、両者を媒介して成果を促すとしている。成果への直接効果を3つの概念で比べると、6項目すべてで幸せ実感の効果が最も強い傾向があった。たとえば組織パフォーマンスへの効果も、幸せ実感、エンゲイジメント、コミットメントの順に大きい。
📖 報告書では:研究結果④「既存概念との相違」p.40–43(比較表p.43)
男性・管理職は「不幸せ」が効く
属性別では、女性(572人)は幸せ実感が個人パフォーマンスを高めた。これに対し男性(371人)は、不幸せ実感が個人パフォーマンスを下げた(−.109)。組織パフォーマンスでも、女性では幸せ実感が高め、男性では不幸せ実感が下げる効果があった。管理職(138人)では不幸せ実感が挑戦志向を低下させ、一般社員(728人)では幸せ実感が挑戦志向を高めた。またエンゲイジメントは、女性・一般社員では後の幸せ実感を高めたが、男性と管理職では後の不幸せ実感を高めた。報告書は、女性には幸福度の向上、男性には不幸度の低減がより重要と示唆している。
📖 報告書では:研究結果⑤「属性別比較結果」p.45–51
幸せも不幸せも職場で伝わる
所属部署・チームの自分以外の幸せ実感平均は、3〜5か月後の個人の幸せ実感を高めた(5%水準で有意)。逆に、個人の幸せ実感が周囲を高める傾向もあったが、こちらは10%水準である。不幸せ実感では、周囲から個人へ、個人から周囲への双方向に5%水準で有意な効果があった。この分析は、回答者が全従業員の6割超だった4社(A社100%・D社74%・E社81%・F社62%)のうち、2人以上の組織に属する575人に限っている。
📖 報告書では:研究結果⑥「波及効果」p.53–54
この号の調べ方
6社(製造・サービス・情報通信・コンサルティング・物流・福祉)の従業員にWebアンケートを2回実施した。第1回は2020年6月1日〜9月19日(n=1,266)、第2回は2020年10月23日〜2021年2月1日(n=1,046)で、間隔は3カ月〜5カ月9日である。両方に回答した948人を分析した(F社福祉業362人、B社218人、D社210人、C社109人、A社28人、E社21人)。パフォーマンスやストレスなども含め、すべて本人の自己回答で測り、交差遅れ効果モデル(共分散構造分析)で前後の影響を推定した。
この号から言えること
- 幸せ実感から後の成果への係数は.07〜.19程度、エンゲイジメントや組織コミットメントへは.25台である。報告書は、社員の幸福度を後のパフォーマンスを予測するKPI(重要指標)として扱えると提言している。
- はたらく不幸せ実感は、ストレスを高めるだけでなく「不幸せでもよい」という価値観への慣れを生む。とくに男性や管理職では、幸せを高めるより不幸せを減らすほうが成果と結びついていた。
- 幸せ・不幸せとも部署内で互いに影響し合う。報告書は、組織の幸福度の定期的な把握や、異動・配置での考慮を勧めている。
読むときの注意
報告書は「因果関係が明らかになった」と表現しているが、根拠は介入実験ではなく、2時点のアンケートに交差遅れ効果モデルを当てはめた結果である。係数の多くは.05〜.26と小さい。成果指標も自己評価であり、対象は6社の協力企業に限られ福祉業の比重が大きい。波及効果のうち「個人→周囲」の幸せ実感は10%水準の傾向にとどまる。