どんな調査か
「はたらく人の幸せに関する調査」は、パーソル総合研究所と慶應義塾大学大学院の前野隆司教授(幸福学〔幸福経営学〕の研究者)が共同で進めた「はたらく人の幸福学プロジェクト」の中心となる調査である。背景には、テクノロジーの進化や人生100年時代によるはたらき方の多様化、SDGsやESG投資の広がりがある。企業には自社の利益だけでなく、組織・個人・社会の「三方よし」が求められているという問題意識である。報告書は、新型コロナウイルスのパンデミックが個人と企業の関係の問題を表に出し、変化を加速させたとも述べている。そのうえで、従業員の価値と企業の価値を重ね合わせる概念として「はたらく人の幸せ」に着目し、新しい経営指標と組織マネジメントでの介入の観点を示すことを目的にしている。研究はフェーズ1(2019年5月〜2020年7月、全国就業者4,634名の横断調査)とフェーズ2(2020年10月〜2021年5月、協力企業6社の従業員948名の縦断調査)で行われ、2025年にはパーソル総合研究所が「はたらく人のウェルビーイング実態調査2025」で2020年からの変化を示した。
何をどう測っているか
フェーズ1では、まず予備調査として先行研究の洗い出し、社会人大学院生・教員20〜30人のブレインストーミング、600人への自由記述式ネット調査(2019年7月20〜21日)を行い、はたらく人が幸せ・不幸せを感じる場面を集めた。続いて第1回(2019年11月6〜8日)と第2回(2020年2月21〜25日)に、調査会社モニターを使って全国の就業者各5,000人へインターネット調査を行い、報告書は第2回の有効回答4,634人を分析している。因子分析(多くの質問を背後にある共通のまとまりに整理する手法)で「幸せの7因子」(自己成長、リフレッシュ、チームワーク、役割認識、他者承認、他者貢献、自己裁量)と「不幸せの7因子」(不快空間、オーバーワーク、協働不全、自己抑圧、疎外感、理不尽、評価不満)を導き、項目反応理論(IRT)で短縮版も作った。因子とは別に、目安となる「はたらく幸せ実感」「はたらく不幸せ実感」を各5問(総合・頻度・周囲との比較・世間との比較・持続性)で尋ね、7段階(1=全くそう思わない〜7=とてもそう思う)の平均点を個人の得点とした。共分散構造分析(複数の変数の因果的なつながりをモデルで検証する手法)では、幸せの7因子ではたらく幸せ実感の68.0%、不幸せの7因子ではたらく不幸せ実感の46.2%を説明できた。最大の特徴は、幸せと不幸せを1本のものさしの両端ではなく、独立した2つの軸として測る点である。診断ツールには各因子3項目の「短縮版」と各因子1項目の「スーパーショート版」がある。
これまでの歩み
2020年7月15日公表の結果報告書(フェーズ1)は、診断ツールを開発し、はたらくことを通じて幸せを感じている人44.0%、不幸せを感じている人20.2%という実態を示した。この報告書では、はたらく幸せ実感が個人・組織のパフォーマンスや企業業績を高めるという因果モデルが適合度の高い有意なモデルであると報告されたが、データは1回きりの横断調査であった。2021年5月公表の実証研究報告書(フェーズ2)は、6社の従業員948人に時期をあけて2回尋ねる縦断調査(同じ人に繰り返し同じ質問をする調査)を行い、フェーズ1で示唆された関係が現場でも因果関係として成り立つかを検証した。報告書は、幸せ実感と幸せの7因子が3〜5か月後の個人・組織パフォーマンスやメンタルヘルスを良好にし、部署内で幸せ実感が波及すると結論づけている。2025年6月の「はたらく人のウェルビーイング実態調査2025」は、パーソル総合研究所が2025年5〜6月に全国の就業者5,000人を対象に同じ尺度で実施したもので、幸せを感じている人が40.8%に下がり、感じていない人が31.7%に増えたことを示した。
分かってきたこと
幸せと不幸せは別々に存在する
はたらく幸せ実感が高い人ほど不幸せ実感が低い傾向はあるが、両方高い人、両方低い人も一定数いる。得点による分類では「幸せ」かつ「不幸せでない」群が43%、「幸せでない」かつ「不幸せ」群が16%、「幸せでない」かつ「不幸せでない」群が11%、「幸せ」かつ「不幸せ」群が8%、いずれかが中程度の群が23%である。「幸せ」かつ「不幸せでない」群は自由闊達でチームワークが良好な組織に多く、成果主義・競争的、権威主義的な組織には少ない傾向がある。前野教授は、幸せの条件を満たし、かつ不幸せの条件を満たさない職場が幸せな職場だったと述べている。
雇用形態・業種・年代・職位で差がある
雇用形態別のはたらく幸せ実感は自由業(フリーランス)4.84、自営業4.63、専門家(医師・弁護士・会計士等)4.60が高く、正社員は4.19と低く、不幸せ実感は正社員が3.52で最も高い。業種別では教育・学習支援業が4.96で最も高い。年代別では幸せ実感は20代〜50代で大きく変わらないが、不幸せ実感は20代を底に徐々に改善し、60代以降もはたらく人は幸せ実感が高く不幸せ実感が低い傾向である。配偶者ありは4.48(なし4.03)、子供ありは4.48(なし4.08)で、職位では課長相当以上で職位が上がるほど幸せ実感が高く、取締役相当は4.99である。
幸せ実感はパフォーマンスや定着と結びつく
2020年の横断調査では、はたらく幸せ実感が高い人ほど個人・組織のパフォーマンスが高く、継続就業意向が強く転職意向が低く、「イヤイヤはたらく期間(非自発的就業期間)」が短い傾向が確認された。2021年の縦断調査について報告書は、幸せ実感と幸せ因子の状態が個人・組織パフォーマンスを高め、心理的ストレス反応や睡眠の質を良好にするという因果関係を結論づけている。幸せ実感が3〜5か月後の個人パフォーマンスに与える影響の標準化係数は0.077である。報告書はさらに、幸せ実感がワーク・エンゲイジメント(仕事への前向きで充実した心理状態)や組織コミットメント(組織への愛着や帰属意識)を高める先行要因であり、部署・チーム内で幸せ・不幸せが互いに波及するとしている。
組織と上司のマネジメントとの関係
人事施策では、目標設定時に上司とよく話し合い個人目標と組織目標を紐づけることや昇進・昇格基準の公開が幸せ実感に最も影響し、次いでワークライフバランスのとりやすさや育成の手厚さがプラスに働いていた。異動・転勤の多さや定年前提の退職金制度などの終身雇用システムは幸せ実感にマイナスの影響が示唆され、異動・転勤の多さや幹部層の新卒偏重は不幸せ実感を高める要因であった。上司の「一緒に個人的な仕事の目標を設定」「仕事ぶりに見合った評価」「日常的に感謝やねぎらいの言葉をかける」は部下の幸せ実感との関連が強いが、実施率は30%未満と低い。一方「自分が一番正しいと思っている」「自分を客観視できていない」「数値や結果だけを求める」は不幸せ実感との関連が強く、実施率は20%以上と比較的高い。
2025年、仕事での幸せ実感はじわりと後退
2025年調査では、はたらくことを通じて幸せを感じている人は40.8%で2020年2月から3.1ポイント低下し、幸せを感じていない人は7.9ポイント増の31.7%となった。はたらく幸せ実感の平均は4.03で、2021年の4.28から低下した。「ウェルビーイング」という言葉の意味を知る就業者は27.1%で、2023年の15.9%から大きく増えている。報告書は、言葉の認知が広がる一方で、仕事での幸せの実感は後退していると指摘している。