この号の内容
世界HDIは最高値へ、だが趨勢以下
世界のHDI値は2020年と2021年に史上初めて2年続けて低下した。その後は回復し、2023年には過去最高に達する見込みである。HDIを構成するすべての要素も2019年以前の水準を上回る見込みである。それでも2019年以前の趨勢線には届かない。1999〜2019年の趨勢が続いていれば、世界のHDIは持続可能な開発目標(SDGs)の期限である2030年までに「非常に高い人間開発」の基準値0.800を超えるはずだった。報告書は、世界はいまその軌道から外れており、すべての地域の2023年予測値が2019年以前の趨勢を下回ると指摘している。
📖 報告書では:スナップショット(本文PDF p.17–18/報告書p.3–4)、図S.1
回復は不均等、格差は再拡大
経済協力開発機構(OECD)加盟国はすべて回復したと見込まれる。一方、後発開発途上国で回復したのは49%にとどまり、51%は回復していない。20年間着実に縮小してきたHDI上位国と下位国の格差は、2020年以降毎年拡大している。報告書は、趨勢を下回る状態が続けば損失は恒久化すると述べている。また、新型コロナの大流行で多くの命が失われたことに触れ、この損失は取り戻せないとしている。
📖 報告書では:スナップショット(本文PDF p.17–18)、図S.2・図S.3、序文(p.v)
紛争・避難は戦後最悪の水準
国家が当事者となる武力紛争は1945年以降で最も多い水準にある。非武装の市民が攻撃される「一方的な紛争」の割合も高まっている。2022年の強制的な避難民は1億800万人に達した。これは第二次世界大戦以降で最多で、2010年の2.5倍超にあたる。新型コロナについては、ある推計を紹介している。すべての国が上位4分の1の国並みの対人信頼を持っていれば、世界の感染は40%減った可能性があるという推計である。
📖 報告書では:概要「Mismanaged global interdependence hurts people」(本文PDF p.27/報告書p.13)、図O.1
気候変動が格差を広げる
2023年は観測史上最も暑い年となり、報告書は「140年以上で最も暑い年」と記している。UNDPの「人間気候ホライズン(Human Climate Horizons)」は、排出が非常に多いシナリオでは、気候変動による10万人あたり死亡数の変化が地域によって大きく分かれると予測している。報告書はこれを「不平等の爆発」と表現している。明るい兆しも挙げている。世界のクリーンエネルギー投資は2023年に過去最高の1.8兆ドルに達し、2020年のほぼ2倍となった。また、国連気候変動枠組条約の第28回締約国会議(COP28)では損失と損害の基金が設立され、30億人超を対象に6億ドル超が拠出表明された。
📖 報告書では:スナップショット(本文PDF p.17)、概要(本文PDF p.28/報告書p.14)、図O.2
自分で人生を動かせる感覚の欠如
報告書は世界価値観調査(World Values Survey)のデータを新たに分析している。その結果、人生を自分でコントロールできていると感じる人は世界人口の半分にとどまった。自国の政治で自分の声が届いていると考える人は3分の1にすぎない。報告書はこの「主体性(エージェンシー=自分の人生や共通課題に働きかけられる力)」の不足が、集団的な行動を妨げる要因だと位置づけている。
📖 報告書では:序文(本文PDF p.7/報告書p.v)、第5章「Expanding agency for collective action」(p.143–)
行き詰まり打破への三つの提案
報告書によれば、相互依存は形を変えながら続く。中間財の貿易は最終財の貿易をわずかに上回り、モノは60年前の2倍の距離を移動している。報告書は「脱グローバル化は選べても、脱惑星化はできない」と述べ、そのうえで三つの方向を示している。第一に、誤った思い込みによる「偽りの違い」を取り除き、共通の基盤を探ること。第二に、1994年版が提唱して30年になる「人間の安全保障」を、保護主義に頼らずに追求すること。第三に、気候変動の緩和・パンデミックへの備え・生物多様性やデジタル公共財といった地球規模の公共財を供給する、21世紀型の国際協力の枠組みをつくることである。
📖 報告書では:序文(本文PDF p.7–8)、概要「Global interdependence is evolving」(報告書p.15)、第2・3・6章
日本の結果
この号の調べ方
HDIは、健康(出生時平均余命)、教育(就学年数)、生活水準(1人あたり国民総所得)から算出する。2023年の世界HDIは、人間開発報告書室がバロー=リー、IMF、国連経済社会局、ユネスコ統計研究所、世界銀行などのデータをもとにした予測値である。統計付録には7つの複合指数が収録されている。HDI(1990〜2022年の推移を含む)、不平等調整済みHDI、ジェンダー開発指数、ジェンダー不平等指数、多次元貧困指数、地球への負荷調整済みHDIなどである。主体性に関する分析には世界価値観調査を用いている。
この号から言えること
- 世界全体の数字が過去最高でも、中身は二極化している。OECD諸国は全回復、後発開発途上国は約半数の回復にとどまり、上位国と下位国の差は2020年以降毎年広がっている。
- 報告書は、多くの現代的な課題の根に、国境を越えた相互依存の「管理の失敗」があると論じている。例として挙げるのは、新型コロナへの対応、債務危機、食料安全保障である。
- 人生を自分で動かせると感じる人は世界の半分、政治で声が届くと感じる人は3分の1である。報告書は、豊かさだけでなく主体性の回復を開発の目標に含めるべきだと訴えている。
- 日本のHDIは0.920(24位)である。平均余命84.8年は高い一方で、近い順位の韓国(19位)や米国(20位)を下回る。
読むときの注意
2023年の世界HDI値はあくまで予測値であり、国別の順位表は統計付録の公式統計にもとづく。分析部分の数値には報告書室などによる推計が含まれ、各国の公式統計と一致しないことがあると報告書自身が断っている。対人信頼と感染減少の関係(40%)も一つの推計であり、因果を確定したものではない。