用語集
各思想のカードに出てくる用語(約307語)。
| Glückseligkeit | カントの言う「幸福」。あらゆる欲求が満たされた状態 |
| MBTI | ユングの性格類型論をもとに作られた性格検査。広く使われているが、科学的な信頼性は低いとされる |
| PERMA(パーマ) | 幸せを構成する5要素の頭文字。快い感情・没頭・関係・意味・達成 |
| UNDRIP | 2007年の国連「先住民族の権利に関する宣言」 |
| VIA-IS | 徳を24の強みとして測る心理テスト。ポジティブ心理学で広く使われる |
| WEIRD(ウィアード) | 西洋・高学歴・工業化・豊か・民主的な社会の人々。心理学の研究対象がここに偏っていることへの批判の言葉 |
| WELLBY | 1年間の生活満足度を単位とする、政策評価のための指標 |
| dukkha(ドゥッカ) | 「苦」と訳されるが、原義は「思い通りにならなさ・当てにならなさ」 |
| svadharma(自分の義務) | その人の立場に固有のなすべき務め |
| śānti(シャーンティ) | 平安。欲望の動きが止んだときに生じる |
| アイニ | 互酬。与えたものは必ず返される労働や財の交換 |
| アイヌ | 北海道・樺太・千島の先住民族。2019年の法律で「先住民族」と明記 |
| アカン | ガーナの民族集団。その人格論が哲学的に研究されている |
| アケーディア | 修道生活の意味を失わせる倦怠・脱力。「真昼の悪魔」 |
| アタラクシア | 心の動揺がない平静な状態 |
| アニシナアベ | 五大湖周辺の先住民(オジブウェなど)の総称 |
| アニミズム | 19世紀の人類学者が作った「万物に霊が宿るという信仰」の呼称。当事者の自称ではない |
| アネーカーンタヴァーダ | ものごとは多面的なので、一つの言い方では部分しか捉えられない、という認識論 |
| アパテイア | 誤った判断から生まれる過剰な感情からの自由 |
| アパルトヘイト | 南アフリカの人種隔離政策(1948-1994) |
| アヒンサー | 傷つけないこと。非暴力 |
| アポニア | 体に苦痛がない状態 |
| アレテー | 卓越性・徳。ものごとをよく行う力 |
| アンスコム | 1958年の論文で徳倫理学の復活を促した英国の哲学者 |
| アートマン | 個人の本当の自己・真我 |
| アーナンダ | 至福・歓喜。実在そのものの性質とされる |
| イエスの祈り | 「主イエス・キリスト、我を憐れみたまえ」を呼吸に合わせて繰り返す祈り |
| イオマンテ | 飼い熊の魂を神々の世界に送り返す儀礼。「熊祭り」という呼称は不適切 |
| イスラーム | 「神に自らを委ねること」。同じ語根から「サラーム(平安)」が派生 |
| イデア | ものごとの本当の姿・原型。目に見える世界の背後にあるとされる |
| ウウェペケㇾ | 散文の説話。口承文芸の一種 |
| ウェルビーイング予算 | 国の予算配分を GDP ではなく国民のウェルビーイングを基準に決める仕組み。ニュージーランドが2019年に導入 |
| ウカマ | ショナ語(ジンバブエ)で関係性・親族性。自然にまで広がる |
| ウブントゥ | 南部アフリカのバントゥ系の言葉で「人であること・人間性」 |
| エウダイモニア | 幸福と訳されるが、気分ではなく「よく生きている状態」。「開花」とも訳される |
| エポケー | 判断保留。疑うのではなく、決めつけを差し控えること |
| オイケイオーシス | 自分を大切にする本能が、家族・社会・人類へと輪を広げていく発達の過程 |
| カタステマティックな快 | 「満たされて安定している」という状態そのものの快。刺激の快と区別 |
| カバラ | 中世スペインで体系化されたユダヤ教の神秘思想 |
| カムイ | 神。ただし善い神も悪い神も含み、一神教の「神」とは違う |
| カルマヨーガ | 結果を求めずに行為することで解脱に向かう道 |
| カントリー | 豪州先住民にとっての、人と応答関係を結ぶ生きた土地 |
| ガフラ | 神を忘れて上の空でいること。根本的な病 |
| クルアーン | イスラム教の聖典 |
| グル | 師。シク教では十人の人間の師の後、聖典そのものが「永遠のグル」とされる |
| グル・グラント・サーヒブ | シク教の聖典。1430ページ |
| ケイパビリティ | 価値ある生き方を実際に選べる自由。「潜在能力」の訳は誤解を招く |
| サッレーカナー | 人生の終わりに断食して死を迎える実践。自殺かどうかが法的に争われた |
| サハジ | 力みのない自然な均衡状態。適切な日本語訳がない |
| システム | 要素が互いに影響し合って動く全体。家族・職場・地域・生態系など |
| シムハー | 喜び。ハシディズムでは義務 |
| シャローム | 「平和」と訳されるが原義は「完全さ・満ちていること」 |
| ジーヴァ | 魂。ジャイナ教では動物・植物・微生物にも宿る |
| スマック・カウサイ | キチュア語で「充ち足りた生」 |
| スーフィズム | イスラム教の中の神秘主義。羊毛(スーフ)の粗衣を着た修行者に由来 |
| ズィクル | 神を思い出すこと。神の名を繰り返し唱える実践 |
| セーヴァー | 無償の奉仕 |
| タルムード | トーラーの解釈と議論を集めた膨大な文献 |
| ツァディーク | ハシディズムの共同体を導く聖なる指導者 |
| ツェダカー | 慈善と訳されるが原義は「正義」。義務としての分かち合い |
| ティールタンカラ | 「渡し場を作る人」。ジャイナ教の24人の指導者 |
| テ・ファレ・タパ・ファー | 「四つの壁をもつ家」。1984年に提案された健康モデル |
| ディネ(ナバホ) | 米国南西部の先住民。自称はディネ |
| デヴェクート | 神への密着。「合一」か「交わり」かで訳し方が争われる |
| データ主権 | 先住民に関するデータを先住民自身が管理する権利 |
| トーラー | モーセ五書。神の教え・律法 |
| ナフス | 自我。修行が向き合う相手 |
| ヌスバウムの10のリスト | 生命・健康・身体の安全・感覚と想像力・感情・実践理性・関係・他の種との共生・遊び・環境の管理 |
| ハウマイ | 「私が私である」という自我の意識。苦しみの根 |
| ハシディズム | 18世紀東欧で生まれた、喜びと日常の敬虔を重んじるユダヤ教の大衆的な運動 |
| バカー | 消えた後に神によって存続すること。こちらが完成 |
| バガヴァッド・ギーター | 叙事詩マハーバーラタの一部で、戦場で迷う王子に神クリシュナが説いた教え |
| バクティ | 神への信愛・献身。「信じる」より「愛する・帰属する」の意 |
| バランスと調和 | 「高揚した幸せ」ではなく「釣り合いのとれた穏やかな幸せ」を重んじる考え方。東アジアに多い |
| パチャママ | アンデスの「母なる大地」。エクアドル憲法で権利の主体 |
| パレーシア | 相手が誰でも忌憚なく本当のことを言うこと |
| ヒューマニスト・セレモニー | 宗教によらない結婚式・葬儀・命名式 |
| ヒューマニスト宣言 | 1933年以降、米国のヒューマニスト団体が出してきた綱領文書 |
| ヒューマニズム | ここでは「神なしに人間の理性と尊厳を基礎に置く世界観」。日本語の「人道主義」「人文主義」とは別 |
| ビトゥール | 自我を無にすること |
| ピリカ | 良い・美しい・健康な・栄える。「幸福」という抽象名詞ではない |
| ファカパパ | 系譜。祖先からの連なり |
| ファナー | 自我が神の中で消えること |
| ファラーフ | 成功・実り。原義は「土を耕す」。この世と来世を分けない |
| フィトラ | 人間が生まれつき持つ、神を知る性向 |
| フェヌア | 土地。同時に「胎盤」も意味する |
| フカム | 神の秩序・意志 |
| フラーリッシング | 花が咲くように、人が持てる力を発揮して満ちている状態。「開花」「繁栄」と訳される |
| フロー | 時間を忘れて没頭している状態。チクセントミハイが名づけた |
| ブエン・ビビール | そのスペイン語訳「善く生きること」。国家や学者による再解釈だという批判がある |
| ブラフマン | 宇宙の根本原理・究極の実在 |
| プラグマティズム | 考えの正しさをその実際の結果で検証する米国発の哲学。「実用主義」の訳は誤解を招く |
| プレメディタチオ | 起こりうる悪いことをあらかじめ想像しておく訓練 |
| ヘシュカズム | 「静寂」を意味する語から。東方正教の祈りの思想 |
| ヘ・アラ・ワイオラ | ニュージーランド財務省の福祉枠組み |
| ペルソナ | 社会に向けてかぶっている「仮面」。役割としての自分 |
| ホジョー | 調和・美・均衡・健康・善を一語で包む言葉 |
| ポジティブ介入 | 幸福感を高めるための短い課題。「三つの良いこと」「感謝の手紙」など |
| マオリ | ニュージーランドの先住民 |
| マカーム/ハール | 努力で得る「段階」/神から一方的に与えられる一時的な「状態」 |
| マナ | 権威・威信・霊的な力 |
| ミタクエ・オヤシン | 「すべては私の親族」。祈りの結びの言葉 |
| ミツヴォート | 神の命じた613の戒め・善行 |
| ミノ・ビマーディズィウィン | 「良い仕方で生きること」 |
| ライフスタイル | その人が幼いころに身につけた、世界の見方と行動のパターン |
| ラコタ | 北米大平原の先住民(スー族) |
| ランガル | 誰でも同席して食べる共同の食堂。身分の平等を形にした制度 |
| ルサンチマン | 弱い者が強い者を「悪」と呼んで自分を正当化する恨みの心理 |
| ロゴス | 宇宙を貫く理性的な秩序 |
| ロゴセラピー | フランクルが創始した、生きる意味を見出すことを中心とする心理療法 |
| ワイルア/ヒネンガロ/ティナナ/ファーナウ | 霊性/心/体/家族という四つの壁 |
| ヴェーダーンタ | インド最古の聖典ヴェーダの「結論部分」を意味し、その哲学的解釈を行う学派 |
| 七つの祖父の教え | 真実・謙虚・尊敬・愛・勇気・誠実・知恵という七つの徳 |
| 万物一体 | 自分と天地万物を一つの体と感じること |
| 不二一元論 | 自己と宇宙の根本は二つではなく一つだ、とするシャンカラの立場 |
| 不安 | 特定の対象のない、自由そのものに直面したときの感覚 |
| 不条理 | 意味を求める人間と、答えない世界とのずれ |
| 世俗的 | 宗教によらない |
| 中今(なかいま) | 神代から続く時間の中心点としての「今」。もとは天皇の治世を讃える言葉 |
| 中庸 | 過剰と不足の間の適切な点。「ほどほど」ではなく状況ごとに違う |
| 久遠実成(くおんじつじょう) | 釈迦は実ははるか昔に悟っていた永遠の仏である、という法華経の教え |
| 五行 | 信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼という五つの義務 |
| 人格(パーソンフッド) | 「人である」という道徳的な地位。生まれつきではなく達成されるもの |
| 人間開発指数(HDI) | 所得・寿命・教育で国の発展を測る国連の指標 |
| 仁 | 人と人との間の思いやり。儒教の中心の徳 |
| 他力(たりき) | 阿弥陀仏の願いの力。自分の力(自力)の反対語で、「他人任せ」という意味ではない |
| 仙人 | 修行によって死を免れた存在 |
| 修証一等 | 修行と悟りは別のものではなく、修行がそのまま悟りの現れだという道元の考え |
| 修験道廃止令 | 1872年に明治政府が出した布告。修験道を禁止し、山伏を天台宗か真言宗に所属させた |
| 個人心理学 | アドラーの心理学の正式名称。「個人=分割できない全体」という意味で、個人主義とは無関係 |
| 個性化 | 意識と無意識を統合し、その人本来の全体になっていく一生の過程 |
| 元型(アーキタイプ) | 集合的無意識にある、神話や夢に繰り返し現れるイメージの型(母、老賢者、英雄など) |
| 八正道 | 正しい見方・考え・言葉・行い・生活・努力・注意・集中の八つからなる実践の道 |
| 公案 | 「片手の音は?」のような、理屈では解けない問いを使う臨済宗の修行法 |
| 六波羅蜜 | 布施・戒め・忍耐・努力・瞑想・智慧という六つの修行 |
| 共同体主義 | 共同体を個人より優先する立場。西洋のコミュニタリアニズムとは別 |
| 共同体感覚 | 他の人を仲間と感じ、その一員として役に立とうとする感覚。アドラー心理学の中心概念 |
| 共時性(シンクロニシティ) | 因果関係はないのに、意味のある偶然の一致が起こること。ユングが晩年に提唱した概念 |
| 共通善 | 個々人の好みの合計ではなく、平和・正義・尊厳など万人に不可欠なもの |
| 分析心理学 | ユングの心理学の正式名称。フロイトの精神分析と区別するための呼び名 |
| 力への意志 | 抵抗を乗り越えて力が増していく生命の根本の働き。権力欲ではない |
| 功利性(ユーティリティ) | 快楽をもたらし苦痛を防ぐ性質。「役に立つ」の意ではない |
| 功過格 | 日々の善行と悪行を点数で記録する帳簿 |
| 劣等コンプレックス | 劣等感を口実にして、やるべき課題から逃げてしまう状態 |
| 劣等感 | 「自分はまだ足りない」という感覚。アドラーは誰もが持つ正常なもので、成長の原動力になると考えた |
| 効果量 | 介入がどれくらいの違いを生むかの大きさ。ポジティブ介入は「小〜中」で、質の高い研究ほど小さい |
| 勇気づけ | ほめたり叱ったりするのではなく、その人が課題に向かう力を持てるように関わること |
| 十界修行 | 地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏の十の境涯を、修行の各段階として順に体験すること |
| 即身成仏 | この身体のまま、この世で仏になること。密教の中心的な考え |
| 原罪 | 人類の始祖に由来する、人間が生まれつき抱える罪の傾向 |
| 只管打坐(しかんたざ) | ただひたすら座ること。曹洞宗の坐禅の姿勢 |
| 同化政策 | 1899年の法律以降、アイヌの言語と生活を日本式に変えさせた政策 |
| 唱題(しょうだい) | 題目を唱えること。日蓮系の中心的な実践 |
| 善のイデア | あらゆる存在と認識の根拠となる究極の原理 |
| 四大目的(プルシャールタ) | 人生の四つの正当な目的=義務・実利・愛欲・解脱 |
| 四念処 | 体・感覚・心・ものごとの四つを観察する瞑想法。現代のマインドフルネスの源流 |
| 四部薬 | 「神は怖くない・死は感じない・善は得やすい・悪は耐えやすい」の四つの薬 |
| 回向(えこう) | 自分の修行の功徳を他者に振り向けること |
| 国学 | 本居宣長らによる、儒教・仏教が入る前の日本古来の心を探る学問 |
| 国家神道 | 明治から敗戦までの、国家が神社を管理した体制。神道一般とは区別すべき |
| 坐忘・心斎 | 体の感覚も知識も忘れる/心を空にする、という荘子の瞑想的な境地 |
| 変換因子 | 同じ資源を実際の生活に変えるときの、個人や社会の条件の違い |
| 外丹/内丹 | 鉱物から不死の薬を作る技術/自分の体内で生命力を練り上げる技術 |
| 外的善 | 友人・財産・健康など、自分の内面の外にある良いもの |
| 多水準 | 個人だけでなく、家族・組織・地域・国といった複数のレベルで幸せを見ること |
| 大いなる健康 | 病気を経験してなお、それを繰り返し乗り越える強さ |
| 大楽(マハースカ) | 空の理解と一体になった至福。普通の快楽の延長ではないとされる |
| 天命 | 天から与えられた運命や使命。人の力の及ばない領域 |
| 天理/人欲 | 宇宙の正しい筋道/私的な欲望 |
| 契約 | 神がイスラエルの民と結んだ約束。ユダヤ教の中心概念 |
| 妙好人(みょうこうにん) | 篤い信仰をもった在家の信者。農民や職人に多く、その言葉が記録されている |
| 娑婆即寂光土(しゃばそくじゃっこうど) | 苦しみの世界(娑婆)がそのまま仏の世界(寂光土)である、という考え |
| 孔顔楽処 | 「孔子と顔回は何を楽しんでいたのか」という問い |
| 学習性楽観 | 悪い出来事の説明の仕方を変えることで、楽観的な見方を身につけられるという考え |
| 安息日(シャバット) | 週に一度、労働をやめて神に捧げる日 |
| 定言命法 | 「もし〜なら」という条件なしに、無条件に従うべき道徳の命令 |
| 実存 | 「こういう人間である」という本質より先に、まず「いる」という事実 |
| 実存的(じつぞんてき) | 死・自由・孤独・無意味といった、人間なら誰もが直面する根本的な問題に関わること |
| 実践知(フロネーシス) | 具体的な状況で何が適切かを見抜く知恵 |
| 実践(マッキンタイア) | チェスや医療のように、内在的な善をもつ協同的な営み |
| 尊厳 | 値段をつけられない、人間の絶対的な価値 |
| 導師(シャイフ) | 修行を導く師。入門の誓いを立てる |
| 導引・行気 | 体操と呼吸法。太極拳や気功の源流 |
| 山上の垂訓 | イエスが山の上で語った教え。「幸いなるかな」で始まる八つの祝福を含む |
| 山伏(やまぶし) | 修験道の修行者。「山に伏す(寝泊まりする)者」の意 |
| 峰入り(みねいり) | 山に入って行う一連の修行。大峰山の「奥駈(おくがけ)」などが有名 |
| 幸福に値すること | 道徳的な人であることで得られる、幸福を受ける資格 |
| 庖丁解牛 | 料理人が無心で牛を解体する話。技が意識を離れた境地の比喩 |
| 庭園 | エピクロスがアテナイに開いた学園。女性や奴隷も参加した |
| 弁証法 | 問答を重ねて真理に上っていく方法 |
| 強み(ストレングス) | その人が自然に発揮できる性格の良い面。24種類に分類した VIA という診断がある |
| 影(シャドウ) | 自分では認めたくない、自分の暗い側面。個性化ではこれと向き合うことが最初の課題 |
| 往生(おうじょう) | 死後、阿弥陀仏の浄土に生まれること |
| 微細身 | 呼吸や気の通り道からなる、目に見えない体の層 |
| 徳倫理学 | 「何をすべきか」より「どんな人であるべきか」を問う倫理学 |
| 心的外傷後成長(PTG) | つらい体験のあとに、人生観や人間関係が深まるなどの成長が起こること |
| 快楽計算 | 快楽と苦痛を強さ・長さ・確実さなどで数値化する試み |
| 念仏(ねんぶつ) | 「南無阿弥陀仏」と称えること。阿弥陀仏への帰依の言葉 |
| 性善説/性悪説 | 人の本性は善か悪かをめぐる孟子と荀子の対立 |
| 恩寵 | 人の努力によらず神から与えられる恵み |
| 悪人正機(あくにんしょうき) | 自分の力で善をなせない「悪人」こそ、阿弥陀仏が救おうとする本来の相手だという教え |
| 悲劇的楽観 | 避けられない苦しみのなかでも、それでも意味はあると信じる態度。フランクルの言葉 |
| 意味療法(ロゴセラピー) | 人生の意味を見いだすことを中心に置く心理療法。フランクルが創始 |
| 態度価値 | 変えられない苦しみに対してどんな態度をとるか、そのものに宿る価値 |
| 懐疑派(ピュロン主義) | 「本当にそうだ」と断定できる根拠はないとして判断を保留する立場 |
| 成熟した幸せ | 苦しみを受け入れたうえで残る、静かで深い幸せ。浅い快さと区別される |
| 成長 | 経験が豊かになり、次の経験への力が増していく過程 |
| 我々次第のもの | 自分の判断・意志など、自分で決められること |
| 承負 | 先祖の善悪の行いが子孫に及ぶという考え |
| 折伏(しゃくぶく) | 相手の誤りを指摘して正しい教えに導く布教の方法。穏やかに導く摂受(しょうじゅ)と対をなす |
| 探究 | 問題→仮説→検証という科学的な考え方を生活と道徳に応用すること |
| 擬死再生 | 山に入っていったん「死に」、生まれ変わって出てくる、という修行の構造を指す学術用語 |
| 改善主義 | 世界は必然的に良くも悪くもならないが、努力で改善できるという立場 |
| 文化的多元性 | 幸せの意味や測り方は文化によって違い、どれか一つが正解ではないという立場 |
| 斉物論 | 大小・善悪などの区別は人間の視点が作ったものだとする荘子の章 |
| 旋回舞踊 | メヴレヴィー教団の、回転しながら神に没入する儀礼 |
| 暗夜 | 十字架のヨハネの言葉。神が遠く感じられる霊的な闇の期間 |
| 曼荼羅 | 仏や菩薩を宇宙の配置として描いた図。瞑想の対象 |
| 最大多数の最大幸福 | できるだけ多くの人のできるだけ大きな幸福を目指す原理 |
| 最後の人間 | 安楽と平等だけを求める、ニーチェが軽蔑した人間像 |
| 最高善 | 完全な徳と、それに見合った幸福が結びついた状態 |
| 末法(まっぽう) | 釈迦の死後、時代が下って教えが力を失うとされる時代。日蓮は自分の時代を末法と見た |
| 本来性 | 世間に流されず、自分固有の生を引き受けていること |
| 本願(ほんがん) | 阿弥陀仏が「すべての人を救う」と誓った願い。とくに第十八願 |
| 朱子学 | 南宋の朱熹がまとめた儒教の体系。宇宙の理法(理)を学んで人欲を去ることを説く |
| 格物致知 | ものごとに即してその理を究めること |
| 業(カルマ) | ジャイナ教では比喩ではなく、魂にくっつく目に見えない微細な物質 |
| 楽(らく/がく) | 「たのしみ」と「音楽」が同じ字。徳の実践に伴う喜び |
| 機能 | 実際に実現している「〜していること」「〜であること」 |
| 機能論証 | 人間に固有の働きを果たすことが善い生だ、という議論 |
| 正定聚(しょうじょうじゅ) | 必ず仏になることが定まった人々。親鸞は、信じた瞬間にこの世でこの位に入ると説いた |
| 氏神・産土神 | その土地や一族を守る神 |
| 民族哲学(エスノフィロソフィ) | 口承の集合的世界観を「哲学」と呼ぶことへの批判的な呼称 |
| 永劫回帰 | この人生がそっくりそのまま無限に繰り返されるという思考実験 |
| 法難(ほうなん) | 正しい教えを説いたために受ける迫害。日蓮は自身の流罪を法難と捉えた |
| 洞窟の比喩 | 影しか見ていない囚人が光の世界へ向き直る話。哲学的な目覚めのたとえ |
| 浄土教 | 阿弥陀仏の力によって救われることを説く大乗の一派。「他力」の代表 |
| 涅槃(ニッバーナ) | 直訳は「火が吹き消えること」。欲・怒り・無知という三つの火が消えた状態 |
| 渇愛(タンハー) | 喉の渇きのように止まらない「もっと欲しい」という衝動 |
| 灌頂(かんじょう) | 師から弟子へ教えを授ける入門の儀式 |
| 無事 | もう外に求めるものがない状態。臨済の言葉 |
| 無宗教・無所属 | 特定の宗教に属さない人々。世界で19億人。ただし多くは神や霊を信じている |
| 無我 | 「変わらない自分」という実体はどこにも見つからない、という観察 |
| 無明 | ものごとの本当の姿が見えていないこと |
| 無明(アヴィディヤー) | 本来の自己を有限な個体だと誤認すること |
| 無為 | 何もしないことではなく、わざとらしい作為を加えずに行うこと |
| 無記(アディアフォラ) | 善でも悪でもないもの。健康・富・評判など |
| 物語的自己 | 自分の人生を一つの物語として捉える自己観 |
| 犬儒派(キュニコス派) | 「犬のように」慣習を無視して生きた古代の哲学者たち |
| 状況主義 | 人の行動は性格より状況で決まる、という心理学からの批判 |
| 産霊(むすひ) | ものを生み出す霊的な力 |
| 目的論 | 人の行動を「過去の原因」ではなく「未来の目的」から理解する考え方 |
| 真実和解委員会(TRC) | アパルトヘイト後の南アフリカで、加害の証言と赦しによって和解を図った機関 |
| 砂漠の教父 | 3〜4世紀にエジプトの砂漠で修道生活を始めた人々 |
| 礼 | 冠婚葬祭から日常の作法まで、体で覚える社会的な型 |
| 祓(はらえ)・禊(みそぎ) | 穢れを取り除く儀礼。禊は水による清め |
| 神仏習合 | 日本の神々と仏教の仏を一体のものとして信仰した、明治以前の日本宗教の基本的なあり方 |
| 神化(テオーシス) | 人間が神の働きにあずかって変えられていくこと。正教の中心概念 |
| 神的火花 | 創造の破局で世界中に散ったとされる神の光のかけら |
| 福 | 外から授かる幸い。長寿・富・健康など。「楽」とは別の層 |
| 穢れ(けがれ) | 死・血・災いなどによって付着する不浄。道徳的な罪とは違う |
| 空虚な欲望 | 富・名声・権力など、自然が求めておらず限りのない欲望 |
| 空(くう) | あらゆるものは他との関係の中でだけ成り立っていて、それ単独の固定した実体はない、という見方 |
| 立正安国(りっしょうあんこく) | 正しい教えを立てれば国が安らかになる、という日蓮の主張 |
| 等力性 | 対立する主張がどちらも同じくらい説得力をもつこと |
| 精・気・神 | 生命を支える三つの資源。それぞれ生命の素・エネルギー・精神に近い |
| 経験 | 心の中の出来事ではなく、生きものと環境とのやりとり |
| 経験機械 | 「望む経験を何でも与える機械」につながれたいか?という思考実験。快楽だけが善ではないことを示す |
| 繁栄の神学 | 「信仰は富と健康をもたらす」と説く米国発の潮流。主流からは批判される |
| 義認 | 神の前で正しいと認められること。「行い」によるか「信仰のみ」によるかが宗教改革の争点 |
| 習慣 | 癖ではなく、社会の中で形成された行動の傾向 |
| 脱成長 | 経済成長を目標にしない社会のあり方 |
| 自己欺瞞 | 自由から逃げるために自分に嘘をつくこと |
| 自己超越 | 自分より大きなもの(人・価値・使命)のために生きることで、自分の枠を超えること |
| 自律 | 自分で立てた法則に自分で従うこと |
| 自我と自己 | 自我(エゴ)は「意識の中心」、自己(セルフ)は無意識も含めた「心全体の中心」。ユングはこの二つを区別した |
| 自然の権利 | 自然そのものに法的権利を認める考え方 |
| 自然主義 | 超自然的なものを認めず、世界を自然の法則で説明する立場 |
| 自然法爾(じねんほうに) | 人が計らわなくても、自ずからそうなること。晩年の親鸞の言葉 |
| 自然(じねん) | 「自ずからそうなる」の意。自然界(nature)とは別の言葉 |
| 自足(アウタルケイア) | 外部に頼らず、自分の内だけで足りている状態 |
| 至福直観 | 死後、神を直接に見ること。中世カトリック神学での究極の幸福 |
| 良知 | 誰にでも備わっている、善悪を知る心 |
| 菩提心 | 「すべての生きもののために目覚めた者になろう」という志 |
| 菩薩 | 自分の悟りより先に、すべての生きものの救いを誓う修行者 |
| 複雑性 | 要素を足し合わせても全体は分からず、相互作用のなかで新しい性質が生まれること |
| 見性(けんしょう) | 自分の本来の性質を直接見ること。悟りの体験 |
| 観想(テオーリア) | 真理を知ること自体を楽しむ知的活動。最高の幸福とされた |
| 解脱(モークシャ) | 輪廻から解き放たれること |
| 認知行動療法(CBT) | 考え方を変えることで感情や行動を変える現代の心理療法 |
| 課題の分離 | 「それは誰の課題か」を見きわめ、他人の課題に踏み込まない、という実践。岸見一郎の整理による |
| 調和(Metz) | 共通のアイデンティティと善意の二つからなる関係の質 |
| 質的快楽主義 | 快楽に質の高低があるとするミルの立場。「満足した豚より不満足なソクラテス」 |
| 身心脱落 | 体と心の区別も「自分」という枠も抜け落ちた状態 |
| 逍遥遊 | 目的のない自由な遊び |
| 運命愛(アモール・ファティ) | 自分の人生の一切を必然として愛すること |
| 道教 | 老子を神格化し、不老長生を目指す中国の民族宗教。哲学の「道家」とは区別される |
| 道(タオ) | 万物を生み出す根本の働き。人格神ではない |
| 適応的選好 | 長く抑圧されると望みのレベル自体が下がってしまう現象 |
| 金剛乗 | 「ダイヤモンドのように壊れない乗り物」の意。密教の別名 |
| 関係的認識論 | 「関係を結ぶことを通じて世界を知る」やり方。Bird-Davidの再定義 |
| 陽明学 | 明の王陽明の学派。心そのものが理だとし、実践の中で鍛えることを説く |
| 集合的無意識 | 個人の経験を超えて、人類に共通して受け継がれている無意識の層 |
| 題目(だいもく) | 「南無妙法蓮華経」という言葉。法華経に帰依するという意味 |
| 験(げん) | 修行によって身につく霊的な力や効き目。「験を得る」「験力(げんりき)」 |
| 高貴な野蛮人 | 先住民を「純粋で自然と調和した人々」と美化するステレオタイプ |
| 魂の三部分 | 理性・気概(意志や誇り)・欲望 |