世界の思想と宗教の幸福観マップ

各思想からの悩み相談 30

現代日本人の30の悩みに、世界の47の思想・宗教は、どう言い直すか。『世界の思想と宗教の幸福観マップ』の比較表を土台に、一般の読者向けに書いた読み物です。

判定と解釈は単独の執筆者によるもので、正解ではなく、言い直しの提案です。各悩みの「先に言っておきたいこと」「こういうときは専門家へ」は本文の一部で、伝統の言葉は医療・制度・法の代わりにはなりません。

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各思想からの悩み相談30の表紙
読み物(PDF)
各思想からの悩み相談 30

現代日本でよく聞く30の悩みに、世界の47の思想・宗教がどう言い直すか。はじめに・全体を通して・47の伝統一覧・引用の典拠まで通して読める一冊。

PDF135ページv1.110.1MB

30の悩み

仕事

家族

人間関係

自分

お金・将来

はじめに——なぜ、悩みに「思想」で答えるのか

悩んだとき、日常で届きやすい助言は、だいたい同じ形をしています。「もっと頑張ろう」「自分を変えよう」「強みを見つけて伸ばそう」——自分の中の何かを増やすことで幸せに近づく、という考え方です。本書ではこれを開花型と呼びます。アリストテレス(古代ギリシャの哲学者)に始まり、現代の幸せの本の多くがこの形で書かれています。ただし断っておくと、現代の心理学や支援がすべて「伸ばす」一辺倒なわけではありません。ポジティブ心理学のPERMA(ウェルビーイングの五つの要素)には人間関係や意味も含まれますし、不登校への公的な方針も、登校という結果だけを目標にしないと明記しています。本書が対比するのは、専門家の理論ではなく、悩んでいる人のもとに日常で届きやすい助言の形です。

ところが、世界の思想と宗教を47並べて「幸せをどんな動きとして描いているか」で分けてみると、この「伸ばす」型は47のうち6つしかありません。残りの41は、別の動きで幸せを描いています。余計なものを取り除くと現れる(除去・回復型)。見方が変わると問題そのものが消える(認識転換型)。関係のなかで生まれる(関係構成型)。与えられ、それに応える(贈与・応答型)。命が満ち、身体が整う(生命力・身体型)。追いかけず、後からついてくる(副産物型)。社会の仕組みで支える(制度・集計型)。

この読み物は、現代日本でよく聞く30の悩みを並べ、それぞれに対して、47の伝統が「どう言い直すか」を書いたものです。土台になっているのは『世界の思想と宗教の幸福観マップ』という比較表で、47の伝統に同じ問いを立て、同じ記号で答えを書き込んだものです。悩みへの答えは、その表の目盛り——幸せの動き、幸せの主語、境遇との関係、苦しみの位置——から逆引きして組み立てました。

読む前に、四つだけお伝えしておきます。

一つ目。ここに書いてあるのは「正解」ではなく「言い直し」です。同じ悩みを、上座部仏教は渇愛(止まらない「もっと欲しい」)と呼び、ストア派は「自分次第でないもの」と呼び、Ubuntu(南部アフリカの人間観)は「関係の破れ」と呼びます。どれが正しいかではなく、どの言い直しが今のあなたに届くかを、眺めてください。

二つ目。伝統の言葉は、害のある状況に耐える理由にも、自分を責める道具にも、医療や制度の代わりにもなりません。多くの伝統は、害のある場からは「離れよ」と先に言っています。各悩みの「先に言っておきたいこと」と「こういうときは専門家へ」は、飾りではなく、この読み物の一部です。

三つ目。伝統の実践(瞑想・行・祈り)は、本来、師や共同体や戒律という安全装置とセットで伝えられてきました。「今日からできる三つのこと」は、その実践の代用ではなく、考え方に触れるための小さな入口です。

四つ目。各悩みの構成は同じです。「この悩みの形」のあとに「先に言っておきたいこと」(伝統の言葉を誤用しないための線)を必ず置き、それから「各思想からの答え」に入ります。答えは幸せの型ごとに並び、つらいときのために、各悩みの冒頭に「まず読むなら、この三つ」を示しました。全部読む必要はありません。

いくつか、呼び方の断りを。フランクル(ナチスの強制収容所を生き延びた精神科医)は、実存主義とポジティブ心理学2.0の両方の見出しの下に出てきます。彼の「意味の心理学」が両方の流れに属するためで、本書では両方の名で呼びます。仏教(浄土)は法然と親鸞をまとめて一つの項目にしていますが、「念仏はすでに受け取った救いへのお礼」という説明は、主に親鸞・浄土真宗の理解に拠っています。北米先住民の項目は、ナバホ・アニシナベ・ラコタなど複数の民族の言葉を一つにまとめたもので、本文で民族名を添えています。

専門用語と人名には、初めて出るところで( )の説明を添えました。巻末には、47の伝統の一覧(一行説明と、登場する悩みの番号)と、引用した言葉の典拠一覧を付けました。「全体を通して」では、30の悩みを並べて見えてきたことをまとめています。

30の悩み × 幸せの8つの型

●=その悩みの「各思想からの答え」に、その型の伝統が登場する。型の定義はマップ1を参照。

悩み除去・回復認識転換関係構成贈与・応答生命力・身体副産物制度・集計開花
1 部下や後輩に、きつく当たってしまう(パワハラをしている側)●●●●●●
2 上司からパワハラを受けている●●●●●●●
3 ブラック企業で働いている。辞めたいのに辞められない●●●●●●●
4 働くことが人生のすべてになっている●●●●●●
5 仕事に意味を感じない●●●●●●
6 燃え尽きた。何もやる気が起きない●●●●●●●
7 転職すべきか、ずっと迷っている●●●●●●
8 定年後、何をしたらいいか分からない●●●●●●
9 配偶者に、いなくなってほしいと思ってしまう●●●●●●
10 親の介護がつらい。逃げたいと思う自分が嫌だ●●●●●
11 子どもが学校に行かなくなった●●●●●●●
12 家族が引きこもっている。どう接すればいいか分からない●●●●●●●
13 友達がいない。孤独だ●●●●●●●
14 人に嫌われるのが怖くて、言いたいことが言えない●●●●●●
15 親との関係がつらい(支配的な親・毒親)●●●●●●
16 職場の人間関係に疲れた●●●●●
17 なんとなく満たされない。何が足りないのか分からない●●●●●
18 何者かになりたい●●●●●
19 人と比べて落ち込む●●●●●
20 自分が嫌い●●●●●
21 やりたいことが分からない●●●●●●
22 先延ばしばかりで、三日坊主●●●●●●
23 スマホばかりいじってしまう●●●●●●
24 SNSの『いいね』が気になる。承認されないと不安●●●●●
25 お金が不安で仕方がない●●●●●
26 老後が不安●●●●●●
27 病気や老い、死ぬのが怖い●●●●●●
28 大切な人を亡くした●●●●●●
29 結婚すべきか、一人で生きるべきか●●●●●●
30 生きている意味が分からない●●●●●●●
登場した悩みの数272930291423189

全体を通して——30の悩みを並べて見えたこと

1 「伸ばす」が答えになった悩みは、30のうち9つだけ

30の悩みそれぞれに、47の伝統のうち関係の深いものを14〜18ずつ並べました。並べ終えてから数えると、はっきりした偏りがあります。

幸せの8つの型のうち、答えとして登場した回数が多いのは、関係構成型(30の悩みすべて)、認識転換型(29)、贈与・応答型(29)、除去・回復型(26)、副産物型(23)でした。現代の幸せの本の土台である開花型(伸ばす)が答えに入った悩みは、30のうち9つにとどまります。しかも、その9つでも開花型は「条件つき」で置かれています。やりたいことが分からない人に「強みを伸ばせ」と言う前に、伸ばす以外の道があることを先に示す必要があったからです。

これは、開花型が間違っているという意味ではありません。「伸ばす」が効くのは、伸ばす土台——身体、関係、安全——が整っている人です。30の悩みの多くは、その土台のほうが崩れている状態でした。土台が崩れている人に「伸ばせ」と言うと、「伸ばせない自分」という新しい悩みが一つ増えます。本編の第3章で「開花型は本マップでは少数派」と書いた発見が、悩みの側から見るとこういう形になります。

2 もっとも多く呼ばれた伝統は、浄土教だった

30の悩みに登場した回数を伝統ごとに数えると(この回数は執筆者がどの伝統を呼んだかの記録であって、その伝統の効果の大きさを示すものではありません)、一番多かったのは仏教(浄土)の28回でした。次いで仏教(上座部)25回、神道・儒教・アドラー24回、ストア派・禅・道家23回、Ubuntu 21回と続きます。

浄土教が最多になったのは、現代日本人の悩みの多くが「自分で何とかしなければ」という自力の疲れを根に持っているからです。燃え尽き、介護、不登校の親、ブラック企業、自分が嫌い——どの悩みにも、「人はもともと自分の力で完全にはなれない弱い存在(凡夫)で、そのままで救われている」という浄土の言葉が、最初の荷下ろしとして効きました。頑張る前に、頑張らなくてよい理由を先に渡す。それが浄土教の順序で、現代の自己責任の空気の中で、この順序を持つ伝統はほかにあまりありません。

神道が24回登場したことも、意外に思われるかもしれません。神道は体系化された教義や救済論を前面に出さない伝統ですが、「くもり(穢れ)は責めて落とすものではなく、洗って流すもの」「区切りの儀礼を持つ」という二つの構えが、罪悪感・自己嫌悪・転職・死別といった悩みに繰り返し使えました。教義がないぶん、構えだけを借りやすいのです。逆に、登場が少なかった伝統もあります。密教・チベット仏教、スーフィズム、キリスト教観想的伝統、ジャイナ教といった、師の監督のもとで行う内的技法を核にする伝統は、一般の悩みに「切り出して」使うことを伝統の側が禁じているため、意図的に控えました。仏教(大乗)は禅・浄土・日蓮という内部潮流のほうで呼び、世俗的人文主義と現代の徳倫理学は、近い内容を実存主義・アリストテレスで代表させました。スマック・カウサイ(アンデンの「良く生きる」)は、同じ関係構成型のUbuntu・マオリ・アイヌが先に出番を取った形です。登場しないことは価値が低いことを意味しません。巻末の一覧で、47の伝統すべてに一行の説明と、登場する悩みの番号を付けました。

3 伝統が共通して使う、五つの手

30の悩みを通して読むと、系統の違う伝統が、同じ手を繰り返し使っていることに気づきます。整理すると五つです。一つ目、主語を変える。「私はどうすれば」という問いを、「私たち」「この関係」「この場」に置き換える。Ubuntu、儒教、アドラー、ポジティブ心理学3.0、先住民系の伝統が、孤独・不登校・引きこもり・職場・結婚の悩みで、ほぼ同じことを言いました。

二つ目、足すのをやめる。「もっと」を追いかける動きそのものを見る。上座部の渇愛、エピクロスの欲望の三分類、道家の無為、キュニコス派の自足が、満たされなさ・スマホ・承認・お金の悩みで、ほぼ同じことを言いました。

三つ目、自分次第のものを分ける。相手の性格、組織の制度、他人の評価、未来を、自分次第でないものとして判断から外し、自分の行動だけに力を戻す。ストア派がこの手の専門家で、パワハラ・転職・人間関係・嫌われる恐れ・先延ばしで繰り返し登場しました。

四つ目、身体を先にする。心の指導の前に、睡眠・食事・日光・歩くこと。道教と修験道が、燃え尽き・引きこもり・不登校・死の不安で、同じことを言いました。「気が尽きた状態で下す判断は、判断ではなく消耗の結果だ」という一文は、何度書いても足りないくらいです。

五つ目、受け取る。自分の力で得たのではないものを数え、応える。浄土、キリスト教、ユダヤ教の安息日、ギーター、ハシディズムが、介護・定年・死別・自分が嫌い・生きる意味で、同じことを言いました。

この五つは、開花型の「伸ばす」と対になる動詞です。伸ばす前に、主語を変え、足すのをやめ、分け、身体を整え、受け取る。順番はこの通りでなくてよいのですが、「伸ばす」だけが先に来ると、ほかの五つが見えなくなります。

4 日本の伝統の出番が多かった理由

浄土・神道・禅・儒教に加えて、日蓮と修験道も、それぞれの悩みで固有の出番がありました。日蓮は「境遇そのものに働きかける」型として、お金の不安や死の恐れ、仕事の意味の悩みに。修験道は「身体を通していったん死んで生まれ変わる」型として、燃え尽きや引きこもり、不登校に。

本編の補章で、日本の幸福観は「生成と清明(神道)/無常への三つの応答(浄土・禅・日蓮)/人倫(儒教)/身体と山(修験道)/翻訳語と測定(近代以降)」という五つの層の重なりだと書きました。30の悩みを通して見ると、現代日本人の悩みのほとんどが、五つ目の層——「自分について自分で答える幸せ」という単位——で生じていて、その下の四つの層に、使われていない語彙が眠っていることが分かります。初詣に行き、葬儀は仏式で、職場では人倫の徳を求められる人が、悩んだときだけ五つ目の層の言葉(自己肯定感、成長、強み)しか持っていない。この読み物がしたかったのは、下の四つの層の語彙を、悩みの場面で使えるように並べ直すことでした。

5 答えが分かれるところ——収束しない違いを残す

ここまで「共通の手」を書きましたが、30の悩みを通して読むと、伝統の答えがはっきり分かれる場所もあります。本書の目的は「自分に届く見方を選ぶ」ことなので、分かれ目こそ大切です。三つ挙げます。

一つ目、意味は作るのか、見いだすのか。実存主義(サルトル)は、意味は与えられず、自分の選択が作ると言います。フランクルは、意味は状況の中にすでにあり、人はそれを見いだす責任を負うと言います。生きる意味や仕事の意味の悩みで、この二つは正反対の入口を示します。

二つ目、関係を大切にするのか、距離を取るのか。儒教・Ubuntu・アドラーは、人は関係の中で人になると言い、関係を結び直すことを勧めます。キュニコス派・道家・禅は、世間や役割から一歩引くこと、関係の外に静けさを置くことを勧めます。孤独や職場の人間関係の悩みで、どちらが今のあなたに必要かは、あなたにしか分かりません。

三つ目、欲望を減らすのか、力を発揮するのか。上座部・エピクロス・道家は「もっと」を減らすことに幸せを見ます。アリストテレス・ニーチェ・ポジティブ心理学1.0は、持っている力を発揮することに幸せを見ます。満たされなさや「何者かになりたい」という悩みで、この二つは別の道を指します。

どちらが正しいかを、本書は決めません。本書が決めているのは、次の節に書く三つの線だけです。

6 伝統の言葉を誤用しないための、三つの線

30の悩みを書きながら、同じ三つの線を何度も引きました。これは伝統の総意ではなく、本書の方針です。

一つ目の線。「苦は通過点」「境遇に左右されない心」「赦し」という語彙を、害のある状況に耐える理由にしない。パワハラ、ブラック企業、配偶者、支配的な親の悩みでは、各伝統の答えの前に「まず、そこから出てよい」と書きました。多数派の伝統自身が、危ない場からは離れよと先に言っています。儒教の「危邦には入らず」、エピクロスの「隠れて生きよ」、カントの「人を手段としてのみ扱うな」は、留まる理由ではなく、離れる根拠です。

二つ目の線。「渇愛」「作為」「自我」という語彙を、自分を責める道具にしない。足すのをやめる型の伝統は、「もっと」を追いかける自分を見るよう言いますが、追いかける自分を責めることもまた燃料です。見るだけ、が実践のすべてです。

三つ目の線。伝統の語彙を、医療と制度の代わりにしない。眠れない、食べられない、消えてしまいたい——これは構えの問題ではなく、医療の対象です。労働条件、暴力、貧困——これは語彙の問題ではなく、制度の対象です。各悩みの「こういうときは専門家へ」に、日本の窓口を具体的に書いたのは、伝統の言葉がそこへ向かう足を軽くするためであって、そこへ行かなくて済むようにするためではありません。

7 この読み物の使い方

悩みは一つずつ独立して読めるように書きました。目次から、今の自分に近いものを一つ選んで読んでください。全部読む必要はありません。

一つの悩みの中では、伝統を型ごとに並べています。型の順番は、その悩みに一番効くと考えたものからですが、読んでいて「これは違う」と感じる型は飛ばして構いません。合わない語彙を無理に使うことは、どの伝統も勧めていません。読み終えたあとに残ったものが、一つの伝統の一つの言葉だけだったとしても、それで十分です。この読み物の土台になった47の伝統は、どれも、幸せを一冊で説明できるものだとは考えていませんでした。

引用した言葉の典拠(65件)→ 短い版:悩みから探す(12の悩み)→

はぴテックの二枚の地図 発達段階×ウェルビーイング統合マップ → この幸福観マップの姉妹版。あちらは「縦に5段階を貫く翻訳辞書」で、同じ言葉が段階ごとに別の意味で聞こえる(875行×5段階)。