「仏道をならふといふは、自己をならふなり」
— 道元 『正法眼蔵』現成公案
仏道の探究とは自己の探究にほかならない
- 心理学では
- この一句は、仏道の修行とは自分の心をありのままに見つめることだと説く。心理学でいえば、好奇心にもとづく自己探究である「内省(リフレクション)」にあたる。Trapnell & Campbell(1999)は質問紙を用いた相関研究で、自己への注意を、興味から自分を探る内省と、不安から同じ考えを繰り返す「反すう」に分けた。そして、内省は経験への開放性と、反すうは神経症傾向と関連することを示した。続く「自己をわするる」は、自分への囚われが薄れる「自己超越」に通じる。Yadenら(2017)はレビューで、この体験が幸福感と関連することを整理している。自分の反応を責めずに眺める時間を日々持つことが、自己を知り、自己から自由になる入口となる。 参考:Trapnell & Campbell(1999)「Private self-consciousness and the…」 ↗/Yadenら(2017)「The Varieties of Self-Transcendent…」 ↗