どんなレポートか
本報告は、2008年2月にフランスのサルコジ大統領が、経済と社会に関する統計情報の現状に不満を抱き、ジョゼフ・スティグリッツ(委員長)、アマルティア・セン(顧問)、ジャン=ポール・フィトゥシ(調整役)に設置を依頼した「経済パフォーマンスと社会進歩の測定に関する委員会」(CMEPSP)の報告書である。委員会の目的は、経済パフォーマンスと社会進歩の指標としてのGDP(国内総生産)の限界を明らかにすること、より適切な指標づくりに必要な追加情報を検討すること、代替的な測定手段の実現可能性を評価すること、統計情報の適切な示し方を論じることである。委員にはケネス・アロー、アンソニー・アトキンソン、アンガス・ディートン、ジェームズ・ヘックマン、ダニエル・カーネマン、アラン・クルーガー、アンドリュー・オズワルド、ロバート・パットナム、ニック・スターンらの経済学者・社会科学者が名を連ねる。報告書は政治指導者、政策担当者、研究者と統計家、市民社会と一般市民という4つの読者層に向けて書かれている。その中心的な主張は、「生産」を重視する測定体系から、現在と将来の世代のウェルビーイング(暮らしのよさ)を重視する測定体系へと重点を移すべきだというものである。
何をどう測っているか
本報告は新たな調査データを集めたものではなく、既存の研究や各国の取り組みを整理し、測り方について提言をまとめた文献ベースの報告書である。委員会は「古典的なGDPの問題」「暮らしの質(クオリティ・オブ・ライフ)」「持続可能性」の3つの作業部会に分かれて検討を進め、報告書もこの3章構成をとっている。報告書はまず、「現在のウェルビーイング」と「それが将来も続くかどうか(持続可能性)」を区別する。現在のウェルビーイングは、所得などの経済的資源と、人々が何をし何ができるか、どう感じているか、どんな自然環境に暮らしているかといった非経済的な側面の両方から成る。一方、持続可能性は、自然資本・物的資本・人的資本・社会関係資本といった暮らしに関わる資本の蓄え(ストック)が次の世代に引き継がれるかどうかで判断する。ウェルビーイングは複雑で、単一の指標では要約できないため、報告書は複数の指標を併用する多元的な統計体系を求めている。主観的ウェルビーイング(本人が感じる幸福)について、提言10は、人生の評価、快楽的な経験(喜びや心配などその時々の感情)、優先事項を、各国統計局が調査で別々に尋ねるよう求めている。
これまでの歩み
委員会は2008年2月に設置され、報告書は2009年にまとめられた。作業を始めてから完成するまでの間に経済情勢は大きく変わり、報告書は「戦後最悪級の金融・経済・社会危機」のさなかに出ることになった。一部の委員は、危機が多くの人にとって不意打ちになった理由の一つとして、測定体系が機能しなかったこと、あるいは市場参加者や政府が適切な指標に注目していなかったことを挙げている。ただし委員会全体の一致した教訓は、経済と社会のかじ取りを担う人々が「信頼できる羅針盤なしに航路を決めようとする操縦士」のような状態にあるという点である。OECDによれば、OECDのウェルビーイング枠組み(2011年)と主観的幸福の測定ガイドライン(2013年)はこの委員会から生まれた。2018年には続編『For Good Measure』が刊行された。
分かってきたこと
GDPは「間違い」ではなく「使い方の誤り」が問題
報告書は、GDPは主に貨幣で表した市場での生産を測る指標であり、その用途では有用だとしている。問題は、GDPがしばしば経済的な豊かさの指標であるかのように扱われてきたことである。報告書は、減価償却を考慮した国民純生産(NNP)や家計の実質所得の方が目的に合う場合があり、これらの数字はGDPと大きく異なりうると指摘している。たとえば交通渋滞はガソリン消費を通じてGDPを押し上げるが、暮らしの質は高めない。公式統計と人々の実感には大きなずれがあり、フランスやイギリスでは公式の数字を信頼する市民は3分の1にとどまる。
生産より所得と消費、そして家計の視点を重視する
提言1は、物質的な豊かさを評価するときには生産ではなく所得と消費を見るよう求めている。提言2は家計の視点を重視するよう求め、OECD諸国の多くで家計の実質所得が1人当たり実質GDPとは異なる動きを示し、典型的には伸び率が低かったことを示している。家計の所得と消費には、税や社会給付の受け払いに加え、補助を受けた医療・教育など政府が現物で提供するサービスも反映させるべきだとしている。また、政府サービスの多くは投入量(医師の数など)で測られ、実際の産出(治療件数など)では測られていないと指摘している。政府の産出はOECDの多くの国でGDPの約20%、政府支出の総額はOECD諸国でGDPの40%を超えるとされる。
平均だけでなく分布と資産を見る
提言3は、所得と消費を資産(富)と合わせて評価するよう求めている。資産を取り崩して消費する家計は、現在のウェルビーイングを高める一方で将来のウェルビーイングを損なうためである。そのため、資産と負債を網羅した国のバランスシート(貸借対照表)の整備を促し、市場価格がない場合やバブルの影響を受けている場合には、別の評価額を用いた「ストレステスト」を行う必要があるとしている。提言4は、平均値に加えて分布を示す指標を重視するよう求めている。典型的な個人や世帯の状況は平均値より中央値の方がよく表すとし、所得・消費・資産を結びつけた「同時分布」の情報も求めている。
市場の外の活動や余暇も豊かさに含める
提言5は、所得の測定を市場の外の活動にも広げるよう求めている。かつて家族から受けていたサービスを市場で購入するようになると、統計上は所得が増えるが、それは提供の仕方が非市場から市場へ移っただけであり、生活水準が上がったという誤った印象を与えうる。報告書は、年ごとにも国どうしでも比較できる時間の使い方の統計を出発点に、家計の活動を国民経済計算の補助勘定(サテライト勘定)として定期的にまとめるよう求めている。さらに、同じ財やサービスを消費しながら年間労働時間が2000時間から1500時間に減れば生活水準は上がるという例を示し、生活水準の比較では余暇の量も考慮すべきだとしている。
ウェルビーイングは多次元であり、主観的な指標も別々に測る
報告書は、ウェルビーイングを定義するには多次元的な定義が必要だとし、各次元を同時に考慮すべきだとしている。複数の次元をどう足し合わせるかという問題は重要だが、できるだけ多くの次元をとらえる幅広い統計体系を整えることの方が先だという立場をとる。提言10は、客観的なウェルビーイングと主観的なウェルビーイングの両方が暮らしの質を知るうえで重要な情報だとし、統計局が人生の評価、快楽的な経験、優先事項を調査で尋ねるよう求めている。要点は、人生の評価、肯定的な感情、否定的な感情を一つにまとめず、それぞれ別々に測るべきだとしている点である。