ベンサムの原理は、幸福を「経験効用(実際に味わった快・不快)」として測り、人々の幸福を足し合わせて社会を評価する発想である。Kahnemanら(1997)はこの考えを現代に引き継いだ。彼らは、経験効用は測定できるものであり、人が選ぶものと実際に心地よく感じるものはずれうると論じた。続くKahnemanら(2004)は、働く女性に前日の出来事と気分を振り返ってもらう「一日再構成法」を開発した。その結果、人と交流する時間は気分がよく、通勤の時間は気分が低いという関連が示された。こうした測定法は、各国の幸福度調査の土台になっている。自分の一日も「何をしたか」と「どう感じたか」を並べて振り返ると、幸福を増やす時間の使い方が見えてくる。 参考:Kahnemanら(1997)「Back to Bentham? Explorations of E…」 ↗/Kahnemanら(2004)「A Survey Method for Characterizing…」
人物
英国の哲学者(1748-1832)。功利主義の創始者
「われらは、世界のまことの幸福を索ねよう。求道すでに道である」
— 宮沢賢治 「農民芸術概論綱要」(1926)
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」に続く一節
みんなの幸福を探す営みそのものに価値がある
心理学では
この言葉は、心理学でいう「目標追求(goal striving:大切な目標に向かって努力し続けること)」そのものが、達成を待たずに幸福の源になるという見方と重なる。Emmons(1986)は、人が日々追い求めている「個人的努力目標」を調べた相関研究で、自分にとって価値のある目標を持つ人ほど前向きな感情を多く経験していることを示した。またBrunstein(1993)は大学生を一学期にわたって追跡した縦断研究で、心から打ち込んでいる目標が前進していると感じる人ほど、学期を通じて幸福感が上向いていたことを見いだした。心を支えるのはゴールへの到着だけでなく、道を進んでいる手応えである。「みんなの幸せ」という大きな願いも、今日できる小さな一歩に分けて歩み続けることが、日々の充実につながる。 参考:Emmons(1986)「Personal strivings: An approach to…」/Brunstein(1993)「Personal goals and subjective well…」 ↗
人物
日本の詩人・童話作家(1896-1933)。『銀河鉄道の夜』
出典に諸説あり
「国民総幸福(GNH)は、国民総生産(GNP)よりも重要である」
Gross National Happiness is more important than Gross National Product.
ラスキンの言葉は、富を金銭の量ではなく「主観的ウェルビーイング(人生への満足感や日々の感情の豊かさ)」で測り直す発想である。Diener & Seligman(2004)は、所得と幸福に関する多くの研究を検討した。そして、豊かな国では経済が成長しても生活満足度は同じようには高まっていないことを示し、社会の豊かさを測るには幸福の指標が欠かせないと論じた。また、Kasser & Ryan(1993)の調査では、経済的成功を人生の中心目標に置く人ほど、活力や自己実現の感覚が低く、不安や抑うつが高い傾向が見られた。お金の計算に追われる日こそ、誰と過ごし、何に心を動かされたかという「生命の収支」を振り返る。それが本当の豊かさを育てる助けになる。 参考:Diener & Seligman(2004)「Beyond Money」/Kasser & Ryan(1993)「A dark side of the American dream:…」
この名言は、進化人類学や発達心理学でいう「共同養育(アロペアレンティング:親以外の人も子どもの世話を分担すること)」の考え方と重なる。Hrdy(2009)は、人類は祖母や年長のきょうだい、近隣の人々が子育てを分担する「協力的な育児者」として進化してきたと論じた。Sear & Mace(2008)は、さまざまな社会の人口学的研究を検討したレビューで、祖母などの親族が身近にいる子どもほど生存率が高い傾向を示した。子育てを親だけで抱え込まず、祖父母や友人、地域の支援や保育サービスを遠慮なく頼ることが、親と子の双方の安心につながる。 参考:Hrdy(2009)「Mothers and others」 ↗/Sear & Mace(2008)「Who keeps children alive? A review…」 ↗
この名言は、社会の幸福を所得だけでなく、社会関係資本(人と人とのつながりや信頼という、目に見えない共有の資源)からとらえる視点を示している。Helliwell & Putnam(2004)は、複数の国の大規模調査データを分析し、家族や友人、地域とのつながりが多く、隣人や警察などを信頼できると答えた人ほど、所得や健康を考慮しても生活満足度が高いことを示した。寛容さについては、Dunnら(2008)が実験を行っている。渡されたお金を他人のために使うよう指示された人は、自分のために使った人より、その日の幸福感が高まった。日々の暮らしでは、収入を増やす努力と並んで、身近な人との関係を育て、ささやかな親切を重ねることが、自分と周りの幸福の土台をつくる。 参考:Helliwell & Putnam(2004)「The social context of well–being」/Dunnら(2008)「Spending Money on Others Promotes …」
この教えは、将来の価値を小さく見積もる時間割引(先の利益ほど軽く感じてしまう心の傾向)に、決まりごととして歯止めをかける知恵である。Hauserら(2014)は、資源を次の世代へ引き継いでいく実験を行い、各自の判断に任せると多くの集団で資源が尽きる一方、全員の投票で採る量を決める仕組みにすると資源が保たれることを示した。またKamijoら(2017)の実験では、話し合いに「仮想将来世代」(未来の人々の立場で発言する役)を加えると、将来に配慮した案が選ばれやすくなった。大きな決断の前に「孫の世代ならどう判断するか」と一度立場を替えて考えることが、目先に流されない選択につながる。 参考:Hauserら(2014)「Cooperating with the future」 ↗/Kamijoら(2017)「Negotiating with the future: incor…」 ↗
ウレシパは、心理学でいう互恵的な関係(与える側と受ける側が固定されず、支えが循環する関係)の考え方に重なる。Drigotasら(1999)はカップルを対象とした一連の研究で、相手の「なりたい自分」を引き出すように接し合う関係ほど、本人がその理想に近づき、関係の満足も高いことを示した。この現象は、彫刻家が石から像を掘り出す姿になぞらえて「ミケランジェロ現象」と呼ばれる。またBrownら(2003)は高齢の夫婦を追跡した縦断研究で、周囲を支える側に回っていた人ほど死亡リスクが低いことを報告している。育てる側もまた育っているのである。家庭や職場で教える・助ける場面を「互いに育つ機会」ととらえ直すことが、関係と自分の双方を豊かにする。 参考:Drigotasら(1999)「Close partner as sculptor of the i…」 ↗/Brownら(2003)「Providing Social Support May Be Mo…」 ↗
人物
アイヌ民族の伝統的世界観
「隣人が飢えているのに、自分だけ満腹で夜を過ごす者は、真の信仰者ではない」
He is not a believer whose stomach is filled while the neighbor to his side goes hungry.
この名言は、幸福を個人の内側で完結するものではなく、周囲の人々の暮らしと結びついた「相互依存的な幸福」としてとらえている。心理学では、向社会的行動(見返りを求めず他者のためになる行い)が、本人の幸福とも関連することが知られている。Dunnら(2008)は実験を行い、お金を自分ではなく他者のために使うよう指示された参加者のほうが、その日の幸福感が高まることを示した。またOishiら(2011)は、米国の長期にわたる全国調査を分析し、所得格差が大きい年ほど人々の幸福感が低く、その背景に他者への信頼感や公平感の低下があることを報告した。身近な人の困りごとに目を向け、食事や時間を分け合うことが、自分自身の満ち足りた夜にもつながる。 参考:Dunnら(2008)「Spending Money on Others Promotes …」/Oishiら(2011)「Income Inequality and Happiness」
You cannot get through a single day without having an impact on the world around you. What you do makes a difference, and you have to decide what kind of difference you want to make.
この名言は、心理学でいう「向社会的インパクトの知覚(自分の行動が誰かの役に立っていると感じること)」の大切さを示している。「何をしても変わらない」という学習性無力感(無力さを学んで行動をやめてしまう状態)を、行動の中身を選ぶ姿勢へと切り替える言葉である。Grantら(2007)は大学の資金集めの電話係を対象に実験を行い、奨学金を受けた学生と短く対面した群は、対面しなかった群に比べて、その後の電話の粘り強さと集めた金額が高まることを示した。また、Martela & Ryan(2016)の実験では、人を助ける行動が幸福感を高めた。その効果には、他者に良い影響を与えているという感覚が関わっていた。自分の仕事の先にいる誰かを思い浮かべ、つくりたい違いを一つ言葉にしておくことが、行動を続ける力につながる。 参考:Grantら(2007)「Impact and the art of motivation m…」 ↗/Martela & Ryan(2016)「The Benefits of Benevolence: Basic…」
この名言は、心理学でいう組織の「パーパス」(社会に対する存在意義)と、働く人の「向社会的インパクト」(自分の仕事が他者の役に立っているという実感)を、企業経営の根本に据えた考え方である。Gartenbergら(2019)は米国の多くの企業の従業員調査を分析し、自社の仕事に意味を感じ、経営の方向性も明確だと受け止める従業員が多い企業ほど、財務業績も良好であることを示した。またGrantら(2007)は、大学の寄付募集の電話をかける担当者を対象にフィールド実験を行い、奨学金を受けた学生と短時間対面しただけで、電話をかけ続ける粘り強さと集めた寄付額が高まることを明らかにした。自分の仕事が誰をどう幸せにしているかを職場で語り合い、確かめ合うことが、働く意欲と組織の力を育てる。 参考:Gartenbergら(2019)「Corporate Purpose and Financial Pe…」 ↗/Grantら(2007)「Impact and the art of motivation m…」 ↗
There ought to be behind the door of every happy, contented man some one standing with a hammer continually reminding him with a tap that there are unhappy people.
この言葉は、心理学でいう一般的信頼(見知らぬ他者も基本的には善意で行動すると考える傾向)を、人間観の土台に据えたものである。Cohnら(2019)は世界各地の都市で、財布を「拾った落とし物」として職場の窓口に届けるフィールド実験を行った。その結果、多くの人が持ち主に連絡を取ろうとし、中身の金額が多いほど返却が増えることが分かった。一方で、人々はこの誠実さを実際より低く見積もっていた。またHelliwell & Wang(2011)の調査研究では、周囲の人を信頼できると感じている人ほど生活満足度が高いことが報告されている。人を疑う前に、まず相手の善意を前提に一歩を踏み出すことが、職場や地域に信頼の循環を生む力になる。 参考:Cohnら(2019)「Civic honesty around the globe」 ↗/Helliwell & Wang(2011)「Trust and Wellbeing」 ↗
「絶望してはいけない。……人生は自由で、美しいものなのだ」
You, the people, have the power to make this life free and beautiful.
この演説の「絶望してはいけない」という呼びかけは、心理学でいう希望(目標へ向かう意志と、そこへ至る道筋を思い描ける感覚)を、暗い時代の社会全体へ手渡す試みである。Fredricksonら(2003)は、米国同時多発テロの前後で大学生を追跡した縦断研究で、危機のさなかにも希望や感謝、愛情といった肯定的感情を抱けた人ほど、その後の抑うつ症状が少なく、回復力(レジリエンス)を保っていたことを示した。厳しい現実から目をそらさずに、それでも人生の美しさに目を向ける姿勢は、苦境を乗り越える力と結びついている。つらい知らせが続くときこそ、身近な人と希望を言葉にして分かち合うことが、自分と周りを支える力になる。 参考:Fredricksonら(2003)「What good are positive emotions in…」