世界の思想と宗教の幸福観マップ

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マップ11 影響関連マップ——一枚の系譜図

各思想の「影響関係」を、一枚の図に束ねた。

インド沙門系 ヴェーダ系 バクティ系 儒教系 道家・道教系 神道 ユダヤ系 キリスト教系 観想・哲学 イスラーム系 プラトン系 アリストテレス系 ストア系 エピクロス・功利系 反幸福論の系譜 プラグマティズム・人文主義 深層心理学 前500 0 500 1000 1500 1800 1900 2000 ウパニシャッド 仏教(上座部) ジャイナ教 ヒンドゥー(ヴェーダーンタ) ヒンドゥー(ギーター) 仏教(大乗) 密教・チベット仏教 禅 シク教 マインドフルネス 儒教(原始) 道家(老荘) 新儒教 道教 神道 協調的幸福研究 ユダヤ教 キリスト教 キリスト教観想的思想 イスラム教 スーフィズム カバラ・ハシディズム イスラーム哲学 トマス プラトン アリストテレス ストア派 エピクロス派 キュニコス派・ピュロン主義 功利主義 カント ニーチェ 実存主義 プラグマティズム 現代の徳倫理学 ケイパビリティ・アプローチ 世俗的人文主義 認知行動療法 幸福度政策 意味の心理学 修験道 アドラー(個人心理学) ユング(分析心理学) 仏教(浄土) 仏教(日蓮) ポジティブ心理学1.0 ポジティブ心理学2.0 ポジティブ心理学3.0
この地図の結論
現代の幸福科学の三本柱——マインドフルネス、ポジティブ心理学、幸福度政策——は、それぞれ別の系譜から来ており、幸福観の前提が異なる。マインドフルネスはインド沙門系(仏教(上座部)→世俗化)、ポジティブ心理学はギリシャ→現代の徳倫理学、幸福度政策はエピクロス→功利主義に遡る。アリストテレスは一度イスラーム哲学を経由してヨーロッパに戻り、「幸福を目標にしない」反幸福論(幸福を人生の目標に置かない立場)の系譜(カント→ニーチェ→実存主義)が現代の意味研究に直結し、深層心理学(アドラー(個人心理学)・ユング(分析心理学))はニーチェと東洋思想を経由して人間性心理学・認知行動療法・意味の心理学へ流れ込む。
実務上の帰結:「幸福科学」は一枚岩ではなく、瞑想・強み・政策指標を同じ棚に置くと前提の衝突が起きる。また口承思想がこの図に載らないことは、系譜図という形式そのものが文字文化の産物であることを示している。

横軸=おおよその成立年(口承思想は年代を持たないため図に含めない)。矢印=主要な影響関係。白い枠=本マップの47項目、灰色の枠=系譜をつなぐ中継点(ウパニシャッド、イスラーム哲学、トマス・アクィナス、認知行動療法、幸福度政策、意味の心理学、協調的幸福研究〔人との調和のなかで穏やかに感じる幸せ。日本発の尺度〕、マインドフルネス)。

CSVの「影響関係」列は、各行が何から影響を受け、何に影響を与えたかを記す。これを辿ると、47項目は並列の表ではなく、いくつかの太い系譜に束ねられる。

系譜流れ
インド沙門系ウパニシャッド → 仏教(上座部)/ジャイナ教(同時代) → 仏教(大乗) → 禅(+道家(老荘)の語彙)/密教・チベット仏教 → 20世紀のvipassanā(ものごとをあるがままに観る仏教の瞑想)運動 → マインドフルネス(MBSR〔マインドフルネスストレス低減法〕/MBCT〔マインドフルネス認知療法〕) → 瞑想の実証研究
ヴェーダ・バクティ系ウパニシャッド → ヒンドゥー(ヴェーダーンタ:シャンカラ〔8世紀のインドの哲学者。梵我一如の不二一元論を確立〕)↔ ラーマーヌジャ(11〜12世紀のインドの哲学者。神への信愛を重んじた) → バクティ運動(神への信愛) → シク教(サント思想〔中世北インドで、カーストを超えて神を歌った聖者たちの流れ〕経由)/ヴィヴェーカーナンダ(19世紀末にヒンドゥー思想を西洋に紹介した思想家) → 西洋のニューエイジ(20世紀後半の西洋で東洋思想や神秘主義を取り入れた精神運動)・「非二元」言説
東アジア系儒教(原始) → 新儒教(仏教・道家(老荘)を摂取しつつ排斥)→ 朝鮮性理学(朝鮮王朝で発達した朱子学)・日本儒学 → 協調的幸福研究が対象とする民間心理(因果は未検証)/道家(老荘) → 道教 → 庚申信仰(道教由来の、庚申の夜に眠らず過ごす日本の民間信仰)・陰陽道(中国の陰陽五行説を基に日本で発達した占いと呪術の体系) → 神道の一部 → 国学 → 国家神道/山岳信仰+密教・チベット仏教+道教 → 修験道(院政期)→ 里修験(山を下りて村に住み、祈祷や加持を行う修験者)・講 → 神仏分離(1872)で霊山の神社化
アブラハム系ユダヤ教(ashrei〔「幸いなるかな」〕)→ 七十人訳(makarios)→ キリスト教(beatitudo)→ トマス(アリストテレスと接続)/イスラーム哲学(ファーラービー〔10世紀のイスラーム哲学者。アリストテレスをアラビア語圏に伝えた〕がeudaimoniaをsaʿādaと訳す)→ トマスへ逆輸入/三宗教それぞれの神秘主義潮流(カバラ・ハシディズム・観想〔静かに神や真理を見つめる祈り〕・スーフィズム)は互いに接触しつつ独立に「努力と贈与」の緊張を主題化
ギリシャ→近代西洋プラトン → アリストテレス → (イスラーム哲学経由で)トマス → 現代の徳倫理学 → ケイパビリティ(その人が実際に選べる生き方の幅)/ポジティブ心理学のPWB(自律・成長・人生の目的など6次元で測る尺度)・VIA-IS(24の性格の強みを測る質問紙)/ストア派 → キリスト教教父・スピノザ(17世紀の哲学者。神と自然を同一視した)・カント → 認知行動療法・現代ストイシズム(ストア哲学を現代の生き方の技法として復興する運動)/エピクロス派 → ルクレティウス(前1世紀のローマの詩人。エピクロスの思想を詩にした) → ベンサム → 功利主義 → 幸福度政策・WELLBY(幸福度を政策評価の単位にした指標)
反幸福論の系譜カント(幸福は道徳の根拠にならない)→ ニーチェ(幸福は力の増大の副産物)→ 実存主義(幸福は意味の副産物)→ フランクル → 意味の心理学(MLQ〔人生の意味質問紙〕)・Meaning-Centered Psychotherapy。「幸福を目標にしない」という立場が、現代の意味研究へ直結している
関係的・土着系各地の口承 → 人類学者による記録 → 当事者研究者による再定式化(Durie、Kahn-John、Gyekye、Cuestas-Caza、石原)→ 国家制度への組み込み(TRC〔真実和解委員会〕、憲法、保健政策)→ 主流の幸福指標への批判(個人単位の自己申告が測れないもの)
深層心理学フロイト → アドラー(個人心理学:1911分離)→ フランクル(ロゴセラピー〔意味を見出すことを治療の中心に置く心理療法〕)/人間性心理学/認知行動療法(エリス・ベック)/岸見一郎『嫌われる勇気』(2013)/フロイト+ニーチェ+東洋思想 → ユング(分析心理学:1913分離)→ トランスパーソナル心理学(個人を超えた意識の次元を扱う心理学)/MBTI(ユングの類型論を基にした性格検査)/河合隼雄(箱庭療法)/12ステップ
読み取れること
・現代の幸福科学の三本柱——マインドフルネス(インド沙門系)、ポジティブ心理学(ギリシャ→現代の徳倫理学)、幸福度政策(エピクロス→功利主義)——は、それぞれ別の系譜から来ており、幸福観の前提が異なる。「幸福科学」は一枚岩ではない。
・アリストテレスは一度イスラーム哲学を経由してヨーロッパに戻っている。「西洋の幸福論」の中核が、イスラーム世界の翻訳と註釈なしには成立しなかった。
・「幸福を目標にしない」系譜(カント→ニーチェ→実存主義)が、現代の「意味」研究を生んだ。幸福研究の内部に、幸福を目標化することへの批判が組み込まれている。
はぴテックの二枚の地図 発達段階×ウェルビーイング統合マップ → この幸福観マップの姉妹版。あちらは「縦に5段階を貫く翻訳辞書」で、同じ言葉が段階ごとに別の意味で聞こえる(875行×5段階)。