マップ9 実践形態——幸福に至るために何をするか
この地図の結論
幸福に至る実践は8形態あるが、現代の介入は「瞑想」と「制度」の二つに偏っている。瞑想・観想(静かに神や真理を見つめる祈り)は仏教系・ヒンドゥー(ヴェーダーンタ)・道家(老荘)・キリスト教観想的思想・スーフィズム・カバラ・ハシディズム・ストア派と宗教と哲学の境界をまたいで広がり、それゆえ世俗化されやすかった。一方、労働・日常を実践に組み込む思想(禅の作務〔禅寺での掃除・炊事などの労働。修行の一部〕、浄土教の念仏の日暮らし、ヒンドゥー(ギーター)の行為の道、シク教の kirat karṇī〔正直に働くこと〕、新儒教の事上磨錬〔日々の実務のなかで心を練る〕、カバラ・ハシディズムの日常の聖別)、儀礼・祭祀、共同体・対話、身体技法(道教・密教・チベット仏教・修験道)は、介入の語彙としてほとんど使われていない。実務上の帰結:職場の幸福を扱うなら、「瞑想プログラムを入れる」より先に、労働そのものを実践の場と見なす思想と、共同体・儀礼を重視する思想の知恵を参照する余地が大きい。本マップの分類では、「制度・政策」を幸福実現の主要な実践形態として独立に置いたのは、西洋近現代の功利主義・ケイパビリティ・アプローチ(各人が実際に選べる生き方の幅で豊かさを測る立場)等に集中した(儒教(原始)の政治論やユダヤ法・イスラーム法のように制度を含む思想はあるが、それらは儀礼・共同体・戒律の一部として現れる)。
この地図の目盛りの定義
◎○△×の件数は「47の思想をこの見方で分類した内訳(=見方の多様さ)」であって、実証研究の裏づけや、思想の優劣を表すものではありません。
| 目盛り | 定義 |
|---|---|
| 瞑想・観想 | 坐る・観る・唱えるなど、心を対象に向ける、あるいは向けないための訓練 |
| 儀礼・祭祀 | 祭り・礼拝・祓い(穢れを取り除く儀礼)・護摩など、定められた作法によって神仏や共同体と関わる行為 |
| 戒律・規範 | してはならないこと・すべきことの体系(戒・律法・ミツヴォート〔律法の戒め〕)を守ること |
| 労働・日常 | 日々の仕事や暮らしそのものを実践の場とすること(作務、kirat karṇī、安息日) |
| 学習・思索 | 経典・古典の学習、哲学的な吟味、対話 |
| 共同体・対話 | 共同体への参加、共食、対話、相互扶助そのものが実践であるもの |
| 身体技法 | 呼吸・体操・行・苦行など、身体に直接働きかける技法 |
| 制度・政策 | 個人の実践ではなく、制度・政策・指標の設計によって幸福を実現しようとするもの |
| 思想 | 瞑想・観想 | 儀礼・祭祀 | 戒律・規範 | 労働・日常 | 学習・思索 | 共同体・対話 | 身体技法 | 制度・政策 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| インド系(沙門) | ||||||||
| 仏教(上座部) | ● | ● | ● | |||||
| 仏教(大乗) | ● | ● | ● | ● | ||||
| 禅 | ● | ● | ● | |||||
| 密教・チベット仏教 | ● | ● | ● | ● | ||||
| 仏教(浄土) | ● | ● | ● | |||||
| 仏教(日蓮) | ● | ● | ● | |||||
| インド系(ヴェーダ) | ||||||||
| ヒンドゥー(ヴェーダーンタ) | ● | ● | ||||||
| ヒンドゥー(ギーター) | ● | ● | ● | ● | ||||
| インド系(沙門) | ||||||||
| ジャイナ教 | ● | ● | ||||||
| インド系 | ||||||||
| シク教 | ● | ● | ● | |||||
| 東アジア | ||||||||
| 儒教(原始) | ● | ● | ● | |||||
| 新儒教 | ● | ● | ● | |||||
| 道家(老荘) | ● | ● | ||||||
| 道教 | ● | ● | ● | |||||
| 神道 | ● | ● | ||||||
| 修験道 | ● | ● | ● | ● | ||||
| アブラハム系 | ||||||||
| ユダヤ教 | ● | ● | ● | ● | ||||
| カバラ・ハシディズム | ● | ● | ● | ● | ||||
| キリスト教 | ● | ● | ● | |||||
| キリスト教観想的思想 | ● | ● | ● | |||||
| イスラム教 | ● | ● | ● | |||||
| スーフィズム | ● | ● | ● | ● | ||||
| 古代地中海哲学 | ||||||||
| プラトン | ● | |||||||
| アリストテレス | ● | ● | ||||||
| ストア派 | ● | ● | ||||||
| エピクロス派 | ● | ● | ||||||
| キュニコス派・ピュロン主義 | ● | ● | ||||||
| 西洋近現代 | ||||||||
| 功利主義 | ● | |||||||
| カント | ● | |||||||
| ニーチェ | ● | |||||||
| 実存主義 | ● | |||||||
| プラグマティズム | ● | ● | ● | |||||
| 現代の徳倫理学 | ● | ● | ||||||
| ケイパビリティ・アプローチ | ● | |||||||
| 世俗的人文主義 | ● | ● | ● | |||||
| アドラー(個人心理学) | ● | ● | ||||||
| ユング(分析心理学) | ● | ● | ||||||
| ポジティブ心理学1.0 | ● | ● | ||||||
| ポジティブ心理学2.0 | ● | ● | ||||||
| ポジティブ心理学3.0 | ● | ● | ● | |||||
| 関係的・土着 | ||||||||
| Ubuntu | ● | ● | ||||||
| アフリカ哲学の共同体主義 | ● | ● | ||||||
| 先住民的世界観(総論) | ● | ● | ||||||
| スマック・カウサイ | ● | ● | ● | |||||
| マオリ | ● | ● | ● | |||||
| アイヌ | ● | ● | ||||||
| 北米先住民(Hózhó/Mino-Bimaadiziwin) | ● | ● | ||||||
●=主要な実践形態(複数可)
読み取れること
・「瞑想・観想」は仏教系・ヒンドゥー(ヴェーダーンタ)・道家(老荘)・キリスト教観想的思想・スーフィズム・カバラ・ハシディズム・ストア派に広がり、宗教と哲学の境界をまたぐ。
・「労働・日常」を実践に組み込むのは禅(作務)・ヒンドゥー(ギーター:カルマヨーガ〔結果を求めず義務として行為する、ギーターが説く道〕)・シク教(kirat karṇī)・新儒教(事上磨錬〔日々の仕事のなかで心を磨くこと。陽明学〕)・カバラ・ハシディズム(avodah be-gashmiyut〔日常の労働や食事を神に仕える行いとすること〕)・プロテスタント(召命)。「働くこと自体が修行になる」思想は東西に散在する。
・「制度・政策」だけを実践形態とするのは功利主義とケイパビリティ(その人が実際に選べる生き方の幅)。個人の修行体系を持たない。
・「学習・思索」だけなのはプラトン・カント・ニーチェ・実存主義(フランクルを除く)。実践体系を持たないことが哲学的立場の帰結。
・土着思想は「儀礼+共同体」で揃う。個人が一人で行う実践がほぼない。
・「瞑想・観想」は仏教系・ヒンドゥー(ヴェーダーンタ)・道家(老荘)・キリスト教観想的思想・スーフィズム・カバラ・ハシディズム・ストア派に広がり、宗教と哲学の境界をまたぐ。
・「労働・日常」を実践に組み込むのは禅(作務)・ヒンドゥー(ギーター:カルマヨーガ〔結果を求めず義務として行為する、ギーターが説く道〕)・シク教(kirat karṇī)・新儒教(事上磨錬〔日々の仕事のなかで心を磨くこと。陽明学〕)・カバラ・ハシディズム(avodah be-gashmiyut〔日常の労働や食事を神に仕える行いとすること〕)・プロテスタント(召命)。「働くこと自体が修行になる」思想は東西に散在する。
・「制度・政策」だけを実践形態とするのは功利主義とケイパビリティ(その人が実際に選べる生き方の幅)。個人の修行体系を持たない。
・「学習・思索」だけなのはプラトン・カント・ニーチェ・実存主義(フランクルを除く)。実践体系を持たないことが哲学的立場の帰結。
・土着思想は「儀礼+共同体」で揃う。個人が一人で行う実践がほぼない。