幸せの禅語百選

泥多仏大 水長船高

どろおおければほとけだいなり みずながければふねたかし

泥が多ければ、それだけ大きな仏像ができる。水かさが増せば、船は高く浮かぶ。苦難や煩悩が多いほど、それを超えたときの悟りは大きい。

出典の物語

禅のお寺に伝わる、ことわざ風の対句である。泥が多ければ、それだけ大きな仏像を作ることができる。水が増せば、船はそれだけ高く浮かぶ。前の句の「泥」は、煩悩、迷い、苦労、困難のこと。「仏」は、それを材料として出来上がる悟りのこと。泥がなければ仏像は作れない。煩悩がなければ悟りもない。「煩悩がそのまま悟りの種である(煩悩即菩提)」という仏教の考え方を、とても具体的なイメージで言い表したものである。後の句の「水」も同じく困難や逆境のことで、「船」はそれによってかえって高く持ち上げられる人のこと。水が引けば、船は座礁する。困難がまったくない人生では、人は浮かび上がれない。この句の明るさは、困難を「乗り越えるべき敵」ではなく、「自分を大きくする材料」として見ているところにある。禅は煩悩を消し去ることを目指さなかった。煩悩を材料にして、そのただ中で仏になることを目指した。修行者を励ます言葉として、また人生の困難な時期にある人への贈り言葉として愛用されてきた。

泥多仏大、水長船高(『禅林句集』)

出典:『禅林句集』/『五灯会元』ほか(禅林の俗諺)

ウェルビーイング研究とのつながり

深刻な逆境を経験した人の多くが、その後、人生への感謝、人間関係の深まり、自分の強さの発見などの「心的外傷後成長」を報告することが示されている(Tedeschi & Calhoun, 1996; 2004)。ただし、本人が感じる成長と、実際に測定された変化は必ずしも一致せず、「成長した」という認識が苦痛への対処として働いている場合もあることが指摘されている(Frazier et al., 2009)。「泥が多いほど仏は大きい」は希望の言葉として有効だが、泥の只中にいる人に外から押しつけるべきものではない。

現代の暮らし・仕事への示唆

困難な時期を「人生の無駄な期間」と感じることがある。しかしこの句は、泥が多いほど仏は大きいと言う。心理学でいう「心的外傷後成長」は、深刻な逆境を経験した人の多くが、その後、人生の意味の深まりや人間関係の質の向上、自己の強さの発見を報告するという現象である。もちろん苦しみを美化してはならないし、泥の中にいる最中は仏のことなど考えられない。しかし後から振り返れば、あの泥がなければ今の自分はなかったと言える日が来る。泥は、捨てるものではなく、こねるものだ。

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