7つの章
禅語100語を、テーマごとに7つの章に分けました。どの章から読んでもかまいません。
第1章 今ここを生きる
日々・時間・平常 ・ 13語
禅語の多くは、「いつか」ではなく「今」を指さしている。過ぎた日を悔やみ、来る日を案じる心を離れ、今日という一日、今この一瞬に全体重をかける。雲門の「日日是好日」、南泉の「平常心是道」、道元の「而今」。この章には、日常をそのまま道として生きるための言葉を集めた。
第2章 手放す
放下・無・空 ・ 16語
禅の修行は、何かを獲得することではなく、握りしめているものを手放すことから始まる。趙州の「無」、「放下着」、慧能の「本来無一物」。手放したつもりの手に、何が残っているか。この章の言葉は、執着、分別、自己像、そして「悟り」への執着までも、繰り返し問い直す。
第3章 自分自身に出会う
本来の自己・主体 ・ 16語
「本来の面目」「主人公」「無位の真人」。禅は、肩書きや経歴や性格といった後天的なものを剥がしたあとに残る自己を、さまざまな名で呼んできた。しかしそれは、内側に隠された「真の自己」を掘り当てることではない。見ている、聞いている、今ここでこうして在る、その働きそのものに出会うことである。
第4章 自然とともに
風光・季節・無常 ・ 19語
柳は緑、花は紅。山は山、水は水。禅語には自然の光景を詠んだものが多い。それは比喩や象徴というより、自然がそのまま真理を語っているという受け取り方(無情説法)による。この章の言葉は、茶掛けとして季節の席に掛けられることも多く、読む人をそのまま風景の中へ連れていく。
第5章 人とつながる
伝える・支える・和 ・ 14語
禅は孤独な修行に見えて、師と弟子、修行者同士、そして街の人々との関わりの中で営まれてきた。「拈華微笑」「啐啄同時」「和敬清寂」「和顔愛語」。言葉を超えて伝わるもの、機が熟す瞬間、分け隔てなく人を迎える心。この章には、人と人のあいだに生まれる禅を集めた。
第6章 歩み続ける
修行・精進・円熟 ・ 16語
悟りは到達点ではない。「百尺竿頭進一歩」、頂点からさらに一歩を踏み出し、「大死一番」、一度死に切って蘇る。道元の「只管打坐」、神秀の「時時勤払拭」、達磨の「面壁九年」。この章の言葉は、歩みを止めないこと、そして老いて丸くなった錐(閑古錐)の味わいまでを語る。
第7章 答えのない問いを味わう
禅問答・言葉を超えて ・ 6語
「仏とは何ですか」「麻が三斤」。「達磨大師が来た意味は」「庭の柏の木」。禅には、師匠が弟子に投げかける、答えのない問いや、意味の分からない答えが数多く伝わっている。これを「禅問答」、正式には「公案(こうあん)」という。頭で意味を探そうとするほど、かえって遠ざかる。しかし、意味づけをやめて言葉そのものを味わうと、不思議な親しさが立ち上がる。この章には、「喝」の一声、「片手の音」、そして一筆の「円相」まで、代表的な禅問答を集めた。