寒時寒殺闍梨 熱時熱殺闍梨
寒いときは寒さになりきり、暑いときは暑さになりきる。逃げ場を探すのではなく、その只中に身を置くとき、寒暑は自分を苦しめるものではなくなる。
出典の物語
ある修行僧が、洞山(とうざん)というお坊さんに尋ねた。「寒さや暑さが襲ってきたとき、どうやって逃れたらよいでしょうか」。洞山は答えた。「寒さも暑さもない所へ行けばよい」。僧は聞いた。「寒さも暑さもない所とは、どこですか」。洞山は言った。「寒いときには、寒さにお前さんが殺され尽くし、暑いときには、暑さにお前さんが殺され尽くす。そういう所だ」。「殺す」は物騒な字だが、ここでは「徹底する」「なりきる」という意味である。「寒暑のない所」とは、避暑地のことではない。寒さと自分が二つに分かれていない状態のことである。「寒い、いやだ、早く終わってほしい」と寒さと戦っている間は、寒さは敵であり、苦しみである。しかし寒さそのものになりきってしまえば、「苦しんでいる自分」が立たなくなる。戦国時代に、お寺を焼き討ちされた快川(かいせん)というお坊さんが、炎の中で「心頭を滅却すれば火もまた涼し」と唱えたと伝わるのも、同じ心である。
出典:『碧巌録』第四十三則「洞山無寒暑」
ウェルビーイング研究とのつながり
嫌な感情や感覚を避けようとし続けること(体験の回避)は、不安や抑うつを長引かせる要因として、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)の研究で繰り返し示されている(Hayes et al., 1996; Hayes et al., 2006)。逆に、不快な体験をそのまま受け入れる姿勢は、日々の幸福感や心理的健康と結びつく(Kashdan, Barrios, Forsyth & Steger, 2006)。「寒さになりきれ」という洞山の答えは、受容の実践そのものである。
現代の暮らし・仕事への示唆
困難や不快を前にしたとき、私たちはまず「どうすれば避けられるか」を考える。避けられるものは避けてよい。しかし避けられない痛み、避けられない忙しさ、避けられない悲しみもある。そのとき「早く終わってほしい」と抵抗し続けることが、苦しみを二重にする。心理学でいう「経験の回避」は、不安や抑うつを長引かせる要因として知られる。寒さの只中に腰を据える。悲しいときは悲しみ切る。すると不思議に、それは自分を壊すものではなくなる。逃げ場は外ではなく、徹底の中にある。
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