どんなレポートか
本章は、世界幸福・ウェルビーイング政策報告2019(Global Happiness and Wellbeing Policy Report 2019)の第5章である。執筆者はロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のクリスチャン・クレケル(Christian Krekel)、マサチューセッツ工科大学(MIT)労働・雇用研究所のジョージ・ウォード(George Ward)、オックスフォード大学のヤン=エマニュエル・ドゥ・ネーヴ(Jan-Emmanuel de Neve)である。ドゥ・ネーヴは評議会の「職場」テーマグループの座長を務め、職場ウェルビーイング委員会にはGallupの職場マネジメント・ウェルビーイング部門チーフサイエンティストであるジェームズ・ハーター(James Harter)らが加わっている。報告書全体はGlobal Council for Happiness and Wellbeing(幸福とウェルビーイングのための世界評議会)が作成し、2019年2月10日にドバイの世界政府サミット(World Government Summit)で発表された。本章の目的は、従業員のウェルビーイングが生産性や企業業績とどう関係するかについてエビデンスを集め、政策や経営に生かす道筋を示すことである。
何をどう測っているか
中心となる分析は、Gallupが実施した339の独立した研究をまとめたメタ分析(多数の研究結果を統計的に統合して全体の傾向をみる手法)である。対象は73か国・49業種・230組織に属する82,248の事業単位で、従業員は合計1,882,131人にのぼる。ウェルビーイングの指標には、Gallupの従業員調査で測った「従業員の会社への満足度」を用いている。分析の単位は個人ではなく事業単位(店舗や部署などのまとまり)であり、事業単位ごとの満足度と、顧客ロイヤルティ、生産性、利益、離職という業績指標との相関(二つの量がどの程度連動するかを−1〜1で表す値)を求めている。メタ分析に加えて、実験研究や企業の事例も紹介し、幸福と生産性の関係を政策や経営にどう生かすかを論じている。同じ分析はLSE経済パフォーマンスセンター(Centre for Economic Performance)のディスカッションペーパー1605としても公表されている。
これまでの歩み
本章は単発の分析で、年ごとの版を重ねたものではない。報告書シリーズとしては、評議会が2017年初めに発足し、2018年2月10日に第1巻「世界幸福政策報告2018」、2019年2月10日に第2巻となる本報告がいずれもドバイの世界政府サミットで発表された。評議会は健康、教育、仕事、個人の幸福、都市、指標の六つのテーマグループを設け、各グループが毎年1章ずつ政策提言を執筆する。当初の計画では、2018年版が主に幸福政策のアイデアの「目録」を示し、2019年版が幸福の水準と分布を最も大きく改善しうる具体的な政策を選んで道筋を示すという役割分担になっていた。本章はその2019年版における「仕事」グループの成果にあたる。評議会はジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs)が議長を務め、アラブ首長国連邦(UAE)首相府の支援を受けている。
分かってきたこと
満足度の高い事業単位ほど顧客ロイヤルティが高い
メタ分析で最も強い関連が見られたのは顧客ロイヤルティであり、相関は0.31であった。従業員の会社への満足度が高い事業単位ほど、顧客が離れにくい傾向がある。これは事業単位どうしを比べた相関であり、満足度を上げれば顧客が定着すると直接示したものではない。
生産性・利益とも正の関連
従業員の満足度は生産性と0.20、利益と0.16の正の相関を示した。いずれも顧客ロイヤルティより弱いものの、方向は一貫して正である。73か国・49業種という幅広いデータで同じ方向の関連が確認された点が、この分析の特徴である。
満足度が高いほど離職は少ない
離職との相関は−0.25で、負の関連であった。従業員の会社への満足度が高い事業単位ほど、離職が少ない傾向がある。顧客ロイヤルティに次いで大きな関連であり、人材の定着という面でも満足度と業績指標が連動していることを示している。
エビデンスを経営と政策に結びつける
本章は相関の分析にとどまらず、実験研究や企業事例も紹介し、幸福と生産性の関係を政策や経営に生かす方法を論じている。報告書の序章でサックスは、ウェルビーイングの高い個人や社会ほど向社会的で、市民的で、革新的で、生産的だと述べており、本章はその「仕事」の側面を扱う位置づけにある。