どんなレポートか
本稿は、オックスフォード大学ウェルビーイング研究センター(Wellbeing Research Centre)のワーキングペーパー第2304号である。著者はオックスフォード大学のヤン=エマニュエル・ドゥ・ネーヴ(Jan-Emmanuel De Neve)とジョージ・ウォード(George Ward)、ハーバード大学のマイカ・カーツ(Micah Kaats)の3人である。問いは「幸福に経営上の意味はあるのか」である。従業員の幸福が企業の成功を後押しするという考えは、近年Forbes、ウォール・ストリート・ジャーナル、マッキンゼーなどで盛んに取り上げられている。一方で、米国の経営者・管理職1,073人を対象とした調査では、87%が「職場のウェルビーイング向上は競争上の優位になる」と答えたが、ウェルビーイングを戦略上の優先事項としているのは約3分の1にとどまった。著者らはこの「重要だと言いながら投資しない」状態を踏まえ、組織レベルの証拠を示すことを目的としている。
何をどう測っているか
データは大手求人サイトIndeedが2019年10月から集めている従業員の自己申告である。回答者は、今いる職場または以前の職場について、最初に4つの文に5段階(「まったくそう思わない」〜「とてもそう思う」)で答える。4つの文は「たいていの時間、仕事で幸せだ」「仕事にははっきりした目的がある」「全体として仕事に完全に満足している」「たいていの時間、仕事でストレスを感じる」である。これらの平均(ストレスは向きを反転)がIndeedの「職場ウェルビーイング・スコア(Work Wellbeing Score)」で、回答が10件以上集まった企業は平均値が公開される。4項目は学術上の主観的ウェルビーイングの3つの側面に対応しており、幸福感とストレスは感情(ポジティブ・ネガティブな気分)、満足度は評価(全体的な判断)、目的意識はエウダイモニア(目的や意味の感覚)にあたる。分析では2019年10月〜2023年12月の回答のうち現在の従業員の回答だけを残し、NASDAQかニューヨーク証券取引所に上場する企業に結びつけ、回答が10件未満の企業を除いた。その結果、約100万件の調査を米国上場企業1,782社に集計し、主に回答数が最も多い幸福感の項目を使って、粗利益、総資産利益率(ROA=資産に対する利益の割合)、企業価値(q比率=資産に対する市場評価の割合)との関係を調べた。さらに、ウェルビーイングの高い企業に投資する簡単なポートフォリオの模擬運用も行っている。
これまでの歩み
この論文は2023年5月に最初の版が公表され、2024年7月30日付で改訂版が出た。改訂版では、2023年12月末までの回答を使い、1,782社を分析対象としている。論文は職場の幸福研究の約1世紀の流れの中に自らを位置づけている。1930年代には社会学者エルトン・メイヨーがウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で、照明など作業条件と生産性の実験を行い、「人間関係運動」が生まれた。その後、初期の文献レビューの結果がまちまちだったため研究は下火になったが、1990年代に大規模データと新しい統計手法が広がり、再び注目されるようになった。ジャッジら(2001年)は254研究・312標本・54,000件超の観測を見直し、仕事満足度と仕事の成果に正の相関があることを示した。クレケルら(2019年)はギャラップの73か国・230組織・1,882,131人の従業員のデータを分析し、仕事満足度が顧客満足・生産性・収益性と正に、離職と負に関連することを示した。
分かってきたこと
ウェルビーイングの高い企業ほど収益性が高い
従業員の平均的なウェルビーイングが高い企業ほど、粗利益が大きい傾向がある。著者らがより重要とみなす総資産利益率(ROA)も高い傾向がある。企業のウェルビーイング水準は、同じ時点の業績だけでなく、その後の業績とも関連していた。著者らはこれらの結果を「記述的」と位置づけ、従業員のウェルビーイングと企業業績のあいだに強い正の関係があることを示すものとしている。
企業価値とも関連し、株式の基準指標を上回った
観察できるさまざまな要因を考慮しても、企業のウェルビーイングは同時点と将来の企業価値(q比率)と関連していた。この関係の大きさを具体的に示すため、ウェルビーイングが最も高い企業群に投資する模擬運用を行った。その結果、S&P500、ナスダック総合指数、ラッセル3000といった株式市場の基準指標を上回る成績になった。
先行研究は「働きがいのある会社」ランキングなど間接的な指標に頼ってきた
エドマンズの研究では、フォーチュン誌の「米国で最も働きがいのある企業100社」は、同業他社より年2.3〜3.8%高い株式リターンを示した。チェンバレンらの研究では、グラスドアの「働きがいのある会社」選出企業が2009〜2019年に市場を57%上回った。2009年に1,000ドルを投資すると2019年に6,529ドルになり、S&P指数ファンドの3,580ドルを上回る計算である。ただし著者らは、こうした研究の多くが一部の好業績企業しか扱っていないこと、ランキングや星評価は企業文化全般を映すもので幸福そのものを直接測っていないことを限界として挙げている。今回のIndeedデータは、幸福感・満足度・目的意識・ストレスを直接、かつ幅広い上場企業について測れる点で、これらの限界を補うものと位置づけられている。
個人レベルでは、幸福な働き手ほど成果が高い
論文の第6章は、従業員の幸福が業績につながりうる経路として、生産性、人間関係、創造性、健康、採用、定着の6つを検討している。個人レベルの最良の証拠は、幸福な働き手ほど生産性が高く、離職・病欠・体調不良での出勤が少なく、協力的・創造的で意欲が高い傾向を示している。6つの経路の中で最も研究が多く、裏づけが強いのは幸福と生産性の結びつきであると、著者らは評価している。一方で、人気の高い職場の幸福施策の多くは効果が乏しい、あるいは逆効果になりうるという研究も紹介されている。