幸せの禅語百選

一円相

いちえんそう

筆で一気に描かれた一つの円。言葉を超えた悟り、欠けるところのない全体性、始まりも終わりもない真理を、一画で表す。

出典の物語

禅のお坊さんが、筆で一気に描く円のこと。言葉では説明できない悟りの境地、あるいは世界のまるごとの姿を、一つの円で表す。始まりは唐の時代の慧忠(えちゅう)というお坊さんが弟子に伝えたとされ、仰山(きょうざん)というお坊さんがこれを受け継いで、九十七種類もの円相を使ったと伝えられる。地面に円を描き、その中に文字を書いて問答をした記録もある。修行の道のりを十枚の絵で描いた『十牛図』では、八枚目「人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)」が、円相だけで描かれる。牛(本当の自分)を探し、見つけ、飼いならし、家に帰った後、牛を忘れ、ついに牛も人も忘れ去った境地が、ただ一つの円である。その詩には「燃える炉の上に、どうして雪が残ろうか。ここに至って初めて、祖師の心に合う」とある。円相は完全さを表すが、禅のお坊さんが描く円は、しばしばゆがみ、墨がかすれ、閉じていない。きれいな円を描こうとする意図を離れたところに、円相の命がある。江戸時代の仙厓(せんがい)というお坊さんは、円相の脇に「これ食うて茶飲め」と書いた。円相をありがたがって眺めるより、これをおまんじゅうだと思って食べて、お茶を飲みなさい、と。禅はここでも、いちばん神聖なしるしを、日常に引き戻す。

一円相(いちえんそう)── 『十牛図』第八図「人牛倶忘」── 仙厓「これ食うて茶飲め」

出典:『景徳伝灯録』(南陽慧忠・仰山慧寂)/廓庵『十牛図』第八図「人牛倶忘」

ウェルビーイング研究とのつながり

自分の人生を一つの物語として語るとき、失敗や苦しみを含めて「それがあったから今がある」という形(贖いの筋立て)で語れる人は、幸福感と心の健康が高いことが示されている(McAdams, 2001; Adler et al., 2016)。Eriksonは人生の最終段階の課題を、自分の人生を良い面も悪い面も含めてまるごと引き受ける「統合」と呼んだ(Erikson, 1950)。歪みやかすれを含めて一つの円である、という一円相は、この統合の視覚的な表現と読むことができる。

現代の暮らし・仕事への示唆

言葉を尽くしても伝わらないとき、一つの円を描いてみる。始まりも終わりもなく、欠けたところもなく、しかし何も特別なものはない。一円相は「完璧」の象徴ではない。禅僧の円は歪んでいる。歪んだまま、全体である。自分の人生を振り返るとき、欠けたところ、失敗したところを数えがちだが、円相の目で見れば、それらを含めて一つの円である。心理学でいう「自己の統合」、つまり人生の明暗をまるごと一つの物語として引き受けることは、成熟した幸福の要件とされる。あなたの円は、どんな形をしているか。歪んでいて、かすれていて、それでも、一つの円である。

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禅語の出典・読み・解釈には諸説があります。本百選は通行の解釈に従っていますが、茶会の軸や講話など正式な場で用いる際は、原典や専門書(『禅語辞典』『茶席の禅語大辞典』など)でご確認ください。研究とのつながりは、禅語の主題に対応する心理学・幸福研究の知見を示したもので、禅語そのものの効果を実証したものではありません。 読み物版:PDF(127P) / 一覧:Excel(100語・引用研究つき)
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