幸せの名言集
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ポジティブ感情・ネガティブ感情の経験と、その頻度・強度・機能。拡張-形成理論を含む。
「世界の主要ウェルビーイング研究」の概念と代表的な論文です。名言の内容が実証されているという意味ではありません。
「一日に一度は小さな歌を聴き、良い詩を読み、優れた絵を見て、そしてできるなら、いくつかの理にかなった言葉を語るべきである」 One ought, every day at least, to hear a little song, read a good poem, see a fine picture.
— ゲーテ 『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796)
日々の小さな美的経験が心を養う
心理学では この名言は、日常の美的経験(音楽や詩、絵など美しいものにふれる体験)を意図的に暮らしへ組み込み、味わい(セイバリング:良い体験に注意を向けて楽しむこと)を習慣にせよという勧めである。Juslinら(2008)は、成人の日常を一日に何度も記録する経験サンプリング研究で、生活の中で耳にする音楽が喜びや安らぎなどのポジティブ感情をしばしば伴うことを示した。また、Mehlら(2010)は日常の会話を断続的に録音する装置を用いて大学生を調べ、中身のある会話が多い人ほど幸福感が高いことを報告した。昼休みに一曲を聴く、寝る前に詩を一編読む、誰かと少し深い話をする。そうした数分の積み重ねが、一日の感情を豊かにする助けになる。 参考:Juslinら(2008)「An experience sampling study of em…」 ↗ /Mehlら(2010)「Eavesdropping on Happiness」 ↗ 人物 ドイツの文豪(1749-1832) 「人間の幸福は、めったに起こらない大きな幸運よりも、毎日起こる小さな便益から生まれる」 Human felicity is produced not so much by great pieces of good fortune that seldom happen, as by little advantages that occur every day.
— ベンジャミン・フランクリン 『フランクリン自伝』
幸福の主成分は日常の小さな良いことである
心理学では この名言は、幸福を左右するのは感情の強さより頻度であるとする「頻度仮説」(心地よい気分をどれだけ多く味わうかが幸福感を決めるという考え)と重なる。Dienerら(1991)は日々の感情を記録した調査データを分析し、幸福感はポジティブ感情の強さよりも、それを感じる時間の割合と強く関連することを示した。Brickmanら(1978)も、宝くじの高額当選者は特別に幸福なわけではなく、日常のささやかな楽しみから喜びを得にくくなっていたことを報告した。大きな幸運を待つより、朝のコーヒーや短い散歩、同僚との雑談といった小さな心地よさを一日に散りばめることが、確かな幸福につながる。 参考:Dienerら(1991)「Happiness is the frequency, not th…」 /Brickmanら(1978)「Lottery winners and accident victi…」 人物 米国の政治家・科学者・著述家(1706-1790) 「小確幸 ── 小さいけれども確かな幸福」 — 村上春樹 『うずまき猫のみつけかた』(1996)ほか
村上による造語
きちんと畳んだシャツのような、手触りのある幸福
心理学では 「小確幸」は、心理学でいう感情的幸福(日々の快い気分の積み重ね)の考え方とよく重なる。Dienerら(1991)は、幸福感を左右するのは強烈な喜びの大きさよりも、穏やかなポジティブ感情を感じる頻度であると論じた。さらにJoseら(2012)は、大学生などを対象に日々の記録をつける日誌研究を行った。その結果、ささやかな良い出来事を「セイバリング(良い体験をじっくり味わうこと)」した日ほど幸福感が高く、味わうことが出来事と幸福感をつなぐ役割を果たしていることが示された。焼きたてのパンの香りや、きちんと畳んだシャツの手触りに気づいたら、一呼吸おいて味わう。その小さな習慣が、確かな幸福を一つずつ積み上げることにつながる。 参考:Dienerら(1991)「Happiness is the frequency, not th…」 /Joseら(2012)「Does savoring increase happiness? …」 ↗ 人物 日本の作家(1949-)。『ノルウェイの森』『1Q84』 「美しく神聖な思い出、とりわけ子ども時代の思い出ほど、その後の人生にとって力強く、救いになるものはない」 — フョードル・ドストエフスキー 『カラマーゾフの兄弟』(1880)アリョーシャの演説
良い思い出は生涯の心の資源になる
心理学では この言葉は、心理学でいう「ノスタルジア(懐かしい過去を温かく思い返すこと)」や、ポジティブな自伝的記憶(自分の人生にあった良い出来事の記憶)が心の資源になるという考えと重なる。Wildschutら(2006)は、懐かしい思い出を書き出してもらう実験を行い、その結果、ポジティブな気分や自己評価、人とのつながりの感覚が高まることを示した。またAskelundら(2019)は、幼少期に逆境を経験した若者を一年間追跡する縦断研究を行った。そこでは、良い出来事を具体的に思い出せる人ほど、その後の否定的な自己イメージやストレス反応が少なかった。大切な思い出をときどき細部まで思い返し、家族や友人と語り合う時間をもつことが、つらい時期を支える力につながる。 参考:Wildschutら(2006)「Nostalgia: Content, triggers, func…」 ↗ /Askelundら(2019)「Positive memory specificity is ass…」 ↗ 人物 ロシアの作家(1821-1881) 「喫茶喫飯(茶を飲むときは茶を飲み、飯を食うときは飯を食う)」 — 禅語 禅の日常底の教え
「平常心是道」と並ぶ日常禅の言葉
お茶を飲むときはお茶を飲むことに、ご飯を食べるときは食べることになりきる、という禅の教え。何かをし「ながら」の心ここにあらずの状態を離れ、目の前の一事に心を置くことが、そのまま充実した生になる
心理学では この教えは、心理学でいう「マインドフルネス(いまの体験に評価をはさまず注意を向けること)」にあたり、その逆が「マインド・ワンダリング(心が目の前から離れてさまようこと)」である。Killingsworth & Gilbert(2010)は、スマートフォンで日常の気分と注意の向き先をくり返し尋ねる研究を行い、心が今の活動から離れているときほど幸福感が低いことを示した。またHanleyら(2015)の実験では、皿洗いの湯の温かさや泡の感触に注意を向けた人は、ふつうに洗った人より緊張が和らぎ、意欲的な気分が高まった。お茶の一杯や食事を、画面から目を離して五感で味わう時間にすることが、日々の小さな充実につながる。 参考:Killingsworth & Gilbert(2010)「A Wandering Mind Is an Unhappy Min…」 /Hanleyら(2015)「Washing Dishes to Wash the Dishes:…」 ↗ 「本当に大切なものは、人生の甘く素朴なものたちである」 The real things haven't changed. It is still best to be honest and truthful; to make the most of what we have.
— ローラ・インガルス・ワイルダー 随筆・書簡より
派手さではなく素朴さの中に本物がある
心理学では この名言は、心理学でいう「セイバリング(よい体験に注意を向け、その喜びを意識して深めること)」の大切さを語っている。Bhattacharjee & Mogilner(2014)の調査と実験では、若い人は特別な体験に幸福を見いだしやすい一方、残された時間を意識する人ほど、ありふれた日常の体験からも同じくらい幸福を得ていた。またQuoidbachら(2010)では、裕福な人ほど小さな喜びを味わう力が低い傾向があり、お金の写真を見せられた人はチョコレートを味わう時間が短くなった。一杯のお茶や家族との会話にひと呼吸おいて心を向ける習慣が、暮らしの満足を静かに支える。 参考:Bhattacharjee & Mogilner(2014)「Happiness from Ordinary and Extrao…」 ↗ /Quoidbachら(2010)「Money Giveth, Money Taketh Away」 ↗ 人物 米国の作家(1867-1957)。『大草原の小さな家』 「小さなことを楽しみなさい。いつか振り返ったとき、それこそが大きなことだったと気づくのだから」 Enjoy the little things, for one day you may look back and realize they were the big things.
— ロバート・ブロールト コラム・著作より
日常の些事の価値は回顧で判明する
心理学では この名言は、心理学でいう「セイバリング(よい体験に意識を向けて味わうこと)」を日常の些事にこそ向けよという勧めである。Zhangら(2014)は、参加者にいまの何気ない出来事を書き残させ、数か月後に読み返してもらう実験を行った。人は後で振り返るときの興味や喜びを事前に低く見積もっており、その見誤りは特別な日より平凡な日の記録で大きかった。またBhattacharjee & Mogilner(2014)は、人生の残り時間を短く意識する人ほど、日常のささやかな体験からも非日常の体験と同じくらいの幸福を得ていることを示した。今日の食卓の会話や帰り道の景色を一言メモに残すことが、未来の自分への贈り物になる。 参考:Zhangら(2014)「A "present" for the future: The un…」 ↗ /Bhattacharjee & Mogilner(2014)「Happiness from Ordinary and Extrao…」 ↗ 人物 米国のコラムニスト・作家 「朝顔に つるべ取られて もらひ水」 — 加賀千代女 俳句(18世紀)
パブリックドメインの俳句
不便さの中に美を見つけ、それを優先する感受性
心理学では この句は、つるべに巻きついた朝顔を引きはがさず、隣家へ水をもらいに行く選択を詠んでいる。心理学でいう「美の鑑賞」(自然などの美しさに気づき、心を動かされる傾向)が、効率より優先された瞬間である。Zhangら(2014)は相関研究で、自然とのつながりを感じる人ほど幸福感が高いという関連が、自然の美しさに深く心を寄せる人でとくに強く現れることを示した。美に気づく力は、日常の喜びを受け取る入り口になる。道端の花や空の色に足を止め、少しの手間を惜しまずにそれを大切にすることが、毎日の小さな幸福につながる。 参考:Zhangら(2014)「Engagement with natural beauty mod…」 ↗ 人物 江戸中期の俳人(1703-1775) 「ヒュッゲ ── ろうそくの灯り、温かい飲み物、気の置けない人。心地よさの中に幸福はある」 — マイク・ヴァイキング 『ヒュッゲ 365日「シンプルな幸せ」のつくり方』(2016)
デンマークの日常的幸福の技法
心理学では ヒュッゲが示す心地よさは、心理学では快楽的幸福(日々のポジティブ感情の多さ)にあたる。Dienerら(1991)は、幸福感を左右するのは強烈な喜びの大きさよりも、穏やかな快い感情を味わう頻度であると論じた。またKahnemanら(2004)は、働く女性を対象に、前日の出来事と気分を振り返る一日再構成法(DRM)を用い、友人との交流やくつろいだ時間が、一日の中でもとくに良い気分と結びつくことを示した。灯りや温かい飲み物、気心の知れた人との時間は、小さな快を日常に繰り返し生む仕掛けである。夕方に照明を落としてお茶をいれ、親しい人と語らう時間を予定に組み込むことが、毎日の幸福感を支える助けになる。 参考:Dienerら(1991)「Happiness is the frequency, not th…」 /Kahnemanら(2004)「A Survey Method for Characterizing…」 人物 デンマーク幸福研究所CEO 「世界は、驚異の不足によって滅びることはない。驚異する心の不足によってのみ滅びる」 The world will never starve for want of wonders; but only for want of wonder.
— G・K・チェスタトン 随筆の趣旨(『Tremendous Trifles』ほか)
驚きは対象ではなく、こちらの感受性の問題である
心理学では この名言は、畏敬の念(awe:自分の理解を超えるものに触れたときの感情)が、特別な出来事よりも、それを感じ取る心の構えに左右されることを言い当てている。Ruddら(2012)は実験で、畏敬を体験した人は時間にゆとりを感じ、その場での生活満足度が高まることを示した。さらにSturmら(2022)は、高齢者に身近な景色を新鮮な目で眺めながら歩く「畏敬の散歩」を続けてもらう実験を行い、通常の散歩に比べて喜びなどのポジティブ感情が増え、日々の苦痛が減ることを見いだした。驚異は遠い絶景ではなく、見る側の注意の向け方から生まれる。通勤路の空や木々の変化に少し立ち止まって目を向けることが、日常の幸福を育てる助けになる。 参考:Ruddら(2012)「Awe Expands People’s Perception of…」 /Sturmら(2022)「Big smile, small self: Awe walks p…」 人物 英国の作家・批評家(1874-1936) 「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」 — 吉田兼好 『徒然草』第137段
満開や満月だけでなく、欠けたもの・過程にも美はある
心理学では この段の知恵は、心理学でいう「セイバリング(よい体験に意識を向け、楽しみを味わい深めること)」の対象を、盛りの瞬間だけでなく、待つ時間や移ろいにまで広げる見方に重なる。兼好は、散りぎわの花や雨に隠れた月を思いやる心にも趣を見いだした。Kurtz(2008)は卒業を控えた大学生を対象に実験を行い、卒業までの残り時間が短いと意識させられた学生のほうが、その後の幸福感が高く、大学生活を楽しむ行動も増えることを示した。またVan Boven & Ashworth(2007)の実験では、出来事を振り返るよりも、これからの出来事を思い描くほうが感情が強く動くことが分かった。盛りを待つ時間や終わりの気配も、喜びの源になるのである。季節の変わり目や仕事の途中経過にこそ目をとめ、その一瞬を味わう習慣が、日々の喜びを増やすことにつながる。 参考:Kurtz(2008)「Looking to the Future to Appreciat…」 ↗ /Van Boven & Ashworth(2007)「Looking forward, looking back: Ant…」 ↗ 人物 鎌倉末期の随筆家(1283頃-1352頃) 「目出度さも ちう位なり おらが春」 — 小林一茶 句集『おらが春』(1819)
パブリックドメインの俳句
ほどほどの目出度さを、そのまま味わう
心理学では この句は、正月のめでたさを「中くらい」と受け止め、手元の喜びをそのまま味わう姿勢を詠んでいる。心理学でいえば、最善を追い求める「最大化」ではなく、十分に良いもので満ち足りる「満足化(ほどほどで良しとする選び方)」に近い。Schwartzら(2002)の質問紙研究では、常に最善を求める人ほど幸福感が低く、後悔を感じやすい傾向が見られた。またMaussら(2011)の実験では、幸福の大切さを強調する文章を読んだ人は、楽しい映像を見たあとの幸福感がかえって低かった。幸せを大きく構えすぎないことが、喜びを素直に感じる余地を残すのである。節目や行事も「このくらいで上等」と受け止めることが、日々の穏やかな満足につながる。 参考:Schwartzら(2002)「Maximizing versus satisficing: Hap…」 /Maussら(2011)「Can seeking happiness make people …」 ↗ 人物 江戸後期の俳人(1763-1828) 「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて」 — 清少納言 『枕草子』第1段(1001頃)
季節の推移の中に「をかし」を見出す感受性
心理学では この一節は、夜明けの空の色がわずかに移ろう瞬間を細やかに捉え、それを味わう姿勢を示している。心理学ではこれを味わい(セイヴァリング:よい体験に注意を向け、その感情を深めたり長引かせたりすること)と呼ぶ。Sturmら(2022)は高齢者を対象に介入実験を行った。週に一度の散歩で周囲の景色に新鮮な驚きの目を向けるよう促された群は、普通に散歩した群に比べて、畏敬の念や喜びといったポジティブ感情が高まった。また、Joseら(2012)の日記研究では、日々の出来事をよく味わう人ほど、その日の幸福感が高いことが示されている。朝の通勤路で空の色や光の具合に一瞬目を留める習慣が、毎日の小さな幸福を育てることにつながる。 参考:Sturmら(2022)「Big smile, small self: Awe walks p…」 /Joseら(2012)「Does savoring increase happiness? …」 ↗ 人物 平安中期の女流作家(966頃-1025頃) 「美の中を歩め ── 私の前に美が、後ろに美が、上に下に、周りのすべてに美がある」 Walk in beauty.
— ナバホ(ディネ)の祈り 「美の道(ホゾの祈り)」ナバホの伝統的儀式の祈祷文
「美の中に、それは終わる(In beauty it is finished)」と結ばれる
ナバホの中心概念「ホゾ(hózhó)」は、美・調和・健康・善が一体になった状態を指す。病や不調はホゾの乱れであり、儀式によって美と調和の中に戻ることが癒しだとされる。幸福を「美の中を歩く」ことと定義する世界観
心理学では この祈りが描くのは、前後左右のあらゆる場所に美を見いだしながら生きる姿勢であり、心理学でいう「美への関与(engagement with beauty:自然・芸術・人の善い行いの美しさに気づき、心を動かされる傾向)」に近い。Diessnerら(2008)はこの傾向を測る尺度を作り、美に心を動かされやすい人ほど感謝や精神性が高いことを相関研究で示した。またSturmら(2022)は高齢者を対象に、散歩中に周りの景色へ驚きや美しさを感じるよう促す「畏敬の散歩」の実験を行い、ふつうの散歩と比べて喜びなどのポジティブ感情を高める効果を見いだした。いつもの通勤路や散歩道で、空の色や木々、人の親切に目を向けながら歩くことが、日常の中の幸福につながる。 参考:Diessnerら(2008)「Engagement With Beauty: Appreciati…」 ↗ /Sturmら(2022)「Big smile, small self: Awe walks p…」 「ふだんの言葉では足りなくなったとき、人は歌をうたう」 Songs are thoughts, sung out with the breath when people are moved by great forces.
— オルピンガリク(ネツィリク・イヌイットの長老) 探検家クヌート・ラスムッセンの採録(1920年代)
「思いが大きくなりすぎて、ふつうの言葉では運べなくなったとき、歌が私たちのもとにやって来る」と語った記録。極北の厳しい暮らしの中で、歌が感情の器として日常に組み込まれていたことを伝える
心理学では この名言は、言葉では運びきれない思いを、歌という形で外に出す営みを語っている。心理学ではこれを、感情表出(気持ちを外に表すこと)による感情調整(気分を整える働き)としてとらえる。Saarikallio & Erkkilä(2007)は青年への面接調査を行い、人が音楽を使って気持ちを発散したり、心の中を整理したりしていることを明らかにした。またKreutzら(2004)は、アマチュア合唱団の団員を対象に、自分で歌う場合と歌を聴くだけの場合を比べる実験を行い、歌ったあとにポジティブ感情が高まり、ネガティブ感情が和らぐことを見いだした。うまく言えない思いを抱えた日は、鼻歌でもよいので声に出して歌うことが、心を軽くする助けになる。 参考:Saarikallio & Erkkilä(2007)「The role of music in adolescents' …」 ↗ /Kreutzら(2004)「Effects of Choir Singing or Listen…」 ↗ 人物 ネツィリク・イヌイットの狩人・歌い手(20世紀初頭) 「腹が満ちれば、心は満足」 Barriga llena, corazón contento.
— スペイン語圏のことわざ Barriga llena, corazón contento
温かい食事がもたらす単純で確かな満足を肯定することわざ。高尚な幸福論の前に、まず食卓の幸福があるという、ラテン文化圏の生活感覚の定式
心理学では このことわざは、空腹という身体の状態が気分を左右し、満たされることで快の感情が生まれるという、感情的幸福(日々のポジティブな気分の多さ)の土台を言い当てている。Kahnemanら(2004)は、働く女性に前日の出来事を一つずつ振り返ってもらう方法で一日の気分を調べた。その結果、食事は人と過ごす時間などと並んで、特に快い活動の一つであった。またSwamiら(2022)は、成人の日常の気分を約3週間、スマートフォンで一日に何度も記録してもらった。その結果、空腹を感じているときほど怒りやいら立ちが強く、快の感情が低いことが見いだされた。気分が沈んだときや苛立ちを感じたときは、まず温かい食事で体を満たすことが、心を立て直す近道になる。 参考:Kahnemanら(2004)「A Survey Method for Characterizing…」 /Swamiら(2022)「Hangry in the field: An experience…」 ↗ 「ソブレメサ ── 食事が終わっても席を立たず、語らいを続けるための時間」 Sobremesa.
— スペイン語圏の生活概念 スペイン語(sobre=上に、mesa=食卓)
直訳できない幸福語彙としてしばしば紹介される
皿が空になってからが本番、というスペイン・ラテンアメリカの食文化。食後にコーヒーや会話とともに食卓に残る時間に固有の名前がついていること自体が、「一緒に過ごす時間」を独立した価値として扱う文化を示す
心理学では ソブレメサは、心理学でいえば食卓を「社会的つながり(他者と結びついている感覚)」と「ポジティブ感情(喜びや安らぎなどの快い感情)」が育つ場として守る習慣である。Kahnemanら(2004)は、働く女性に前日の出来事を時間順に振り返ってもらう方法(一日再構成法)を用い、人と交流する時間が一日のなかでも特に快く感じられていることを示した。Dunbar(2017)の英国での調査では、誰かと食事を共にする機会が多い人ほど幸福感や人生満足度が高く、夕食で笑いや思い出話を分かち合った人ほど同席者との絆を強く感じていた。皿を下げたあとも少しだけ席に残り、その日の話を交わすことが、身近な人との関係を深める時間につながる。 参考:Kahnemanら(2004)「A Survey Method for Characterizing…」 /Dunbar(2017)「Breaking Bread: the Functions of S…」 ↗ 「腹八分目に、医者いらず」 — 日本のことわざ 江戸期の養生訓的な格言(貝原益軒『養生訓』の思想と同系)
貝原益軒『養生訓』(1713)は「珍美の食に対しても八九分にてやむべし」と説く
満腹まで食べず、八分目でやめておくことが健康の秘訣という生活の知恵。「もう少し食べたい」で止める節度を、我慢ではなく養生(自分を養い生かすこと)として肯定的に捉えている
心理学では 「腹八分目」は、心理学でいえば自己調整(目先の欲求を長い目で見た目標に合わせて整える力)を食卓で実践する知恵であり、栄養学でいうカロリー制限(必要な栄養は保ちつつ摂取量を控えめにすること)にも通じる。Willcoxら(2007)は、沖縄の高齢者の伝統的な食生活を分析し、控えめなエネルギー摂取が健康長寿と関連してきたことを論じた。さらにMartinら(2016)は、肥満でない成人を対象にした2年間の無作為化比較試験で、摂取量を控えたグループのほうが気分や全般的な健康感が改善したと報告している。節度は我慢ではなく、心身の調子を上向かせる働きをもつ。食事の途中で一度箸を置き、体の声に耳を傾ける習慣が、日々の軽やかさにつながる。 参考:Willcoxら(2007)「Caloric Restriction, the Tradition…」 ↗ /Martinら(2016)「Effect of Calorie Restriction on M…」 ↗ 「八百万の神 ── 山にも川にも、竈にも米粒にも、神は宿る」 — 日本の神道的世界観 『古事記』以来の伝統的観念
自然物から生活道具まで、あらゆるものに神性を認める世界観。日常の隅々が「粗末にできないもの」「畏れと感謝の対象」になり、特別な聖地に行かなくても、暮らしそのものが聖性を帯びる
心理学では この名言は、心理学でいう「聖化(身近な物事に神聖さや特別な意味を見出すこと)」の感覚をよく表している。Pargament & Mahoney(2005)は、人が自然や仕事、家族を聖なるものと捉えると、それを大切に扱い守ろうとする動機が強まると論じた。夫婦を対象にした相関研究でも、結婚を神聖なものと捉える夫婦ほど結婚満足度が高い(Mahoneyら(1999))。さらにRuddら(2012)の実験では、畏敬の念(自分より大きなものに触れたときの感情)を体験した人は時間にゆとりを感じ、生活満足感が一時的に高まった。食事や道具に一呼吸おいて目を向けることが、暮らしの小さな喜びを増やす助けになる。 参考:Pargament & Mahoney(2005)「THEORY: "Sacred Matters: Sanctific…」 ↗ /Mahoneyら(1999)「Marriage and the spiritual realm: …」 ↗ /Ruddら(2012)「Awe Expands People’s Perception of…」 「ハレとケ ── 非日常の祭り(ハレ)と日常(ケ)のリズムが、暮らしを養う」 — 柳田國男 民俗学の分析概念(『明治大正史 世相篇』ほか)
晴れ着・晴れ舞台の「ハレ」と普段の「ケ」を区別し、日常で消耗した生命力(ケが枯れる=ケガレ)を、祭りという非日常で回復する ── 日本の暮らしに埋め込まれたリズムの構造を取り出した概念
心理学では ハレとケの交替は、心理学でいえば回復(ストレスで消耗した心身の資源を取り戻す過程)を暮らしのリズムに組み込む仕組みである。de Bloomら(2009)は休暇の効果に関する研究をメタ分析し、休暇中に健康感や幸福感が高まる一方、その効果は日常に戻るとまもなく薄れることを示した。非日常は一度きりではなく、周期的に巡ることに意味がある。またPáezら(2015)は祭りなどの集団行事の参加者を参加前後で調べ、感情の同期(周囲と気持ちが一体になる感覚)を強く感じた人ほど、参加後のポジティブ感情や人とのつながりの感覚が高いことを見いだした。季節の行事や小さな祝いの日を暦に書き込み、ケの日々に定期的なハレを用意することが、日常を養う力を保つ助けになる。 参考:de Bloomら(2009)「Do We Recover from Vacation? Meta‐…」 ↗ /Páezら(2015)「Psychosocial effects of perceived …」 ↗ 人物 日本の民俗学者(1875-1962)。日本民俗学の創始者 「火のカムイ、水のカムイ、道具のカムイ ── アイヌの暮らしでは、人の役に立つものすべてが神である」 — アイヌの世界観(カムイ) アイヌの伝統的な精神文化
火・水・熊・小刀・舟 ── 暮らしを支えるあらゆる存在をカムイ(神)として敬い、使い終えた道具さえ丁寧に「送る」。日常のすべてが感謝と敬意の対象になる世界の見方
心理学では この世界観は、心理学でいう「神聖化(sanctification:身近な物事に聖なる意味を見いだすこと)」と「感謝(gratitude:恵みに気づき、ありがたく思う心の働き)」に重なる。Pargament & Mahoney(2005)は先行研究を整理し、家族や仕事、自然などを神聖なものと捉える人ほど、それを大切に扱い、そこから得る満足も大きいことを示した。Emmons & McCullough(2003)の実験では、日々の恵みを書き留めた大学生は、わずらわしい出来事を書いた群に比べ、人生をより肯定的に評価するようになった。毎日使う茶碗や蛇口の水に、心の中で「ありがとう」と告げてみる。その小さな習慣が、ありふれた一日を喜びのある時間に変える。 参考:Pargament & Mahoney(2005)「THEORY: "Sacred Matters: Sanctific…」 ↗ /Emmons & McCullough(2003)「Counting blessings versus burdens:…」 人物 アイヌ民族の伝統的世界観 「冬の陸には氷を蹴って野山を跳び、夏の海には緑の波と共に歌い ── まことに自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう」 — 知里幸恵 『アイヌ神謡集』序文(1923)
要旨。序文全体が名文として知られる
19歳で世を去ったアイヌの少女が、先祖の暮らしを回想して記した一節。自然と一体になった生活そのものを「幸福」と呼んだ、日本語で書かれた最も美しい幸福の記述の一つ
心理学では この一節は、心理学でいう自然とのつながり感(自分を自然の一部と感じる感覚)と、自然の中で体を動かす喜びを生き生きと描いている。Capaldiら(2014)は多数の研究をまとめたメタ分析で、自然とのつながり感が強い人ほどポジティブ感情や人生満足度が高いことを示した。またBarton & Pretty(2010)は、緑の中での運動(グリーン・エクササイズ)を調べた複数の研究を統合し、短時間でも気分と自尊感情が高まること、水辺があると効果がより大きいことを報告した。通勤路の木々や近くの川辺に目を向け、季節を体ごと味わう時間をもつことが、日々の心を潤す助けになる。 参考:Capaldiら(2014)「The relationship between nature co…」 /Barton & Pretty(2010)「What is the Best Dose of Nature an…」 ↗ 人物 アイヌの口承文学の伝承者・翻訳者(1903-1922)。『アイヌ神謡集』は死の直前に完成した 「庭と書斎があれば、必要なものはすべて揃っている」 If you have a garden and a library, you have everything you need.
— キケロ ウァロ宛の書簡の趣旨
政界の激動を生きた政治家が、友人に語った理想の暮らし。自然(庭)と知(書斎=本)── 幸福の必需品はこの二つで足りる、というミニマルな幸福のレシピ
心理学では この名言は、心を休ませる「回復的環境」(注意の疲れを癒やす場)と、知的な没頭がもたらす充足感という、二つの幸福の源を言い当てている。Sogaら(2017)は、園芸と健康に関する多数の研究をまとめたメタ分析(複数研究の統合)で、園芸活動が抑うつや不安の軽減、生活満足度の高さなど、心身の健康指標の良さと関連することを示した。また、Bavishiら(2016)は中高年を長期にわたって追跡した縦断研究で、本を読む習慣のある人ほど長生きする傾向を報告している。鉢植えひとつの世話や、寝る前の数ページの読書でも、この二本柱は暮らしに取り入れられる。自分の手の届く場所に小さな庭と小さな書斎をつくることが、日々の心の安定につながる。 参考:Sogaら(2017)「Gardening is beneficial for health…」 ↗ /Bavishiら(2016)「A chapter a day: Association of bo…」 ↗ 人物 古代ローマの政治家・哲学者(BC106-43) 出典に諸説あり
「フリルフツリフ ── 戸外の、自由な生活」 Friluftsliv.
— ノルウェーの生活哲学 劇作家イプセンの詩(1859)が語源とされる(friluftsliv)
天候を問わず自然の中で過ごすことを、レジャーではなく生活の柱・権利と見なす北欧の伝統。ノルウェーには「自然享受権」があり、誰でも他人の土地の自然に立ち入って歩き、泊まれる
心理学では フリルフツリフは、自然の中で過ごす時間を特別なレジャーではなく暮らしの習慣として組み込む知恵である。心理学では、注意回復理論(自然環境が、使い続けて疲れた集中力を回復させるという考え)と重なる。Whiteら(2019)はイギリスの成人を対象にした大規模な調査で、1週間のうち自然の中で過ごす時間が一定以上ある人ほど、健康と幸福感が高いと答える傾向を見いだした。またBratmanら(2015)の実験では、自然の中を散歩した人は、都市の道を歩いた人に比べて反すう(嫌なことを繰り返し考えること)が減った。遠出でなくても、近所の公園や川沿いを歩く時間を週の予定に組み込むことが、日々の気分を整える助けになる。 参考:Whiteら(2019)「Spending at least 120 minutes a we…」 ↗ /Bratmanら(2015)「Nature experience reduces ruminati…」 ↗ 人物 ヘンリック・イプセン(1828-1906)はノルウェーの劇作家。『人形の家』 「フィーカ ── 仕事の手を止め、コーヒーと甘いものを、誰かと共にする時間」 Fika.
— スウェーデンの生活文化 スウェーデン語(fika)。動詞としても使う
単なるコーヒー休憩ではなく、「立場を離れて人と向き合う」ことに主眼がある社会的な制度。多くの職場で午前・午後の2回、ほぼ全員が参加する文化として定着している
心理学では フィーカは、短い休息による「回復」(仕事で消耗した心身のエネルギーを取り戻すこと)と、気軽な交流によるポジティブ感情を同時に得る習慣である。Albulescuら(2022)のメタ分析では、10分程度までの短い休憩(マイクロブレイク)が活力を高め、疲労を和らげる効果が確認された。またSandstrom & Dunn(2014)は、日々の気分を記録する研究で、親しい友人に限らず顔見知り程度の相手(弱い紐帯)と多く交流した日ほど、人は前向きな気分で過ごしていることを示した。休憩を一人で済ませず、午前と午後に数分でも同僚と雑談を交わすことが、働きやすい毎日につながる。 参考:Albulescuら(2022)「"Give me a break!" A systematic re…」 /Sandstrom & Dunn(2014)「Social Interactions and Well-Being」 ↗ 「自然とともに歩くたびに、人は求めるよりも、はるかに多くのものを受け取る」 In every walk with nature one receives far more than he seeks.
— ジョン・ミューア 随筆(1877)
自然保護の父が繰り返し語った経験則。自然の中では、目当てのもの(景色・運動)以上の何か ── 静けさ、畏敬、回復 ── が、求めなくても勝手に与えられる
心理学では ミューアの言う「求める以上の贈り物」は、注意回復理論(自然の穏やかな刺激が、使い疲れた集中力を回復させるという考え)の働きと重なる。Bermanら(2008)の実験では、樹木園を歩いた大学生は、市街地を歩いた場合よりも注意力がよく回復した。Bratmanら(2015)の実験でも、自然の中を歩いた人は都市部を歩いた人に比べて反すう(同じ悩みを繰り返し考えること)が減り、それに関わる脳部位の活動も下がった。運動や気分転換のつもりで出かけた散歩でも、心の回復は自然と手に入る。帰り道に木々のある道を少し遠回りすることが、日々の疲れをほどく助けになる。 参考:Bermanら(2008)「The Cognitive Benefits of Interact…」 ↗ /Bratmanら(2015)「Nature experience reduces ruminati…」 ↗ 人物 スコットランド生まれの米国のナチュラリスト(1838-1914)。国立公園制度の生みの親 「「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない ── 神秘さや不思議さに目を見はる感性を、保ち続けてほしい」 It is not half so important to know as to feel.
— レイチェル・カーソン 『センス・オブ・ワンダー』(1965)
遺作。要旨
沈黙の春の著者が、幼い姪の息子と海辺や森を歩いた経験から遺した言葉。知識の詰め込みより先に、驚く感性(センス・オブ・ワンダー)を育てることが、生涯の退屈と幻滅への解毒剤になると説いた
心理学では カーソンの言う「センス・オブ・ワンダー」は、心理学でいう畏敬の念(awe:自分の理解を超える広大なものに出会ったときの驚きと感動)にあたる。Ruddら(2012)は一連の実験で、畏敬を感じる体験をした人は時間にゆとりがあると感じ、その場の生活満足度も高まることを示した。Sturmら(2022)は高齢者に週1回の散歩をしてもらい、周囲の自然に新鮮な驚きを向けるよう促す介入を行った。その結果、通常の散歩に比べて喜びや思いやりの感情が増え、日々の苦痛が減ることを報告した。驚く感性は年齢を重ねても育て直せるのである。通勤路の空や道端の草花に、名前を調べる前にまず目を見はる時間を持つことが、日常に静かな幸福を呼び込む。 参考:Ruddら(2012)「Awe Expands People’s Perception of…」 /Sturmら(2022)「Big smile, small self: Awe walks p…」 人物 米国の海洋生物学者・作家(1907-1964)。『沈黙の春』で環境運動の扉を開いた 「森林環境は、ストレスホルモンを下げ、免疫のはたらき(NK細胞活性)を高める」 Shinrin-yoku (forest bathing).
— 李卿(り・けい) 森林浴(Shinrin-yoku)の医学研究(2000年代〜)
「森は気持ちがいい」という直観を、コルチゾール・血圧・NK細胞などの生理指標で検証した研究群。フィトンチッド(樹木の揮発成分)の関与も示唆され、「森林浴」は Shinrin-yoku として国際語になった
心理学では この言葉は、森林などの自然環境がストレス反応(緊張したときの体の変化)をしずめ、免疫を支えるという「自然の回復効果」を表している。Parkら(2010)は全国24か所の森林で現地実験を行い、都市部に比べて森林ではコルチゾール(ストレスホルモン)や血圧、脈拍が低く、副交感神経(休息時にはたらく神経)の活動が高まることを示した。Liら(2008)は、森林への宿泊旅行の後にNK細胞(がん細胞などを攻撃する免疫細胞)の活性が高まって数日以上続き、都市への旅行ではそうならなかったと報告している。遠出できない日も、近くの公園や並木道を歩く時間をつくることが、心身を休める助けになる。 参考:Parkら(2010)「The physiological effects of Shinr…」 ↗ /Liら(2008)「Visiting a Forest, but Not a City,…」 ↗ 人物 日本医科大学の医師・研究者。森林医学の第一人者 出典に諸説あり
「自然を深く、深く見つめなさい。そうすれば、すべてのことが、もっとよく分かるようになる」 Look deep into nature, and then you will understand everything better.
— アインシュタイン(とされる) 典拠不詳
※帰属に諸説あり
自然は物理学者にとっての教科書であると同時に、性急な人間に「ものごとには固有の時間がある」ことを教える教師でもある ── という趣旨で広く引用される言葉
心理学では 自然を深く見つめることで物事がよく分かるようになるという指摘は、注意回復理論(自然のおだやかな刺激が、酷使して疲れた集中力を回復させるという考え)に重なる。Bermanら(2008)は大学生を対象に実験を行い、緑の多い公園を歩いた人は市街地を歩いた人よりも、注意力を測る課題の成績が向上することを示した。Bratmanら(2015)の実験でも、自然の中を散歩した人は都市部を歩いた人に比べて反すう(同じ悩みを繰り返し考え込むこと)が減り、それに関わる脳の部位の活動も低下した。考えが堂々めぐりするときこそ、公園の木々や空をじっくり眺める時間をもつことが、頭を整え、物事を見通す助けになる。 参考:Bermanら(2008)「The Cognitive Benefits of Interact…」 ↗ /Bratmanら(2015)「Nature experience reduces ruminati…」 ↗ 人物 理論物理学者(1879-1955) 「役に立つと分かっているもの、美しいと信じているもの以外を、家に置いてはならない」 Have nothing in your houses that you do not know to be useful, or believe to be beautiful.
— ウィリアム・モリス 講演「生活の美」(1880)
暮らしの空間を「有用」か「美しい」かで編集せよ、というデザイン思想の原点。大量生産の粗悪品に囲まれ始めた時代に、日常の環境こそが人の心を作ると訴えた ── モダンデザインと生活工芸運動の出発点となった言葉
心理学では この名言は、環境心理学でいう「住環境の質」が感情的幸福(日々のポジティブな気分)を左右するという考えに重なる。Saxbe & Repetti(2010)は共働き夫婦に自宅を案内してもらい、その語りを分析した相関研究である。家を「散らかっている」「片づいていない」と語った妻ほど、夕方にかけて抑うつ的な気分が強まり、ストレスホルモン(コルチゾール)の日内変化も好ましくないパターンを示した。古典的なMaslow & Mintz(1956)の実験では、美しく整えた部屋にいた人ほど、殺風景で雑然とした部屋にいた人より、写真の顔を生き生きと幸せそうに評価した。物を手に取るたびに「使うか、美しいと思うか」と問い直すことが、毎日の気分を静かに支える住まいにつながる。 参考:Saxbe & Repetti(2010)「No Place Like Home: Home Tours Cor…」 ↗ /Maslow & Mintz(1956)「Effects of Esthetic Surroundings: …」 ↗ 人物 英国のデザイナー・詩人・社会思想家(1834-1896)。アーツ・アンド・クラフツ運動の中心人物 「美は至るところにある。それが私たちの目の前に欠けているのではない。私たちの目が、美に気づかないだけである」 Beauty is everywhere. It is not that she is lacking to our eye, but our eyes which fail to perceive her.
— オーギュスト・ロダン 『芸術について(L'Art)』(1911)
美は特別な場所に探しに行くものではなく、注意の質の問題だという彫刻家の言葉。ありふれた身体や古びた事物の中にこそ美を見た、ロダン自身の制作態度の表明でもある
心理学では ロダンの言葉は、心理学でいう「美と卓越性の鑑賞」(自然や芸術、人の振る舞いの中にあるすばらしさに気づき、心を動かされる強み)が、対象そのものよりも注意の向け方に左右されることを言い当てている。ありふれたものに目をとめて味わう姿勢は、セイバリング(よい体験をじっくり味わうこと)の一つの形でもある。Proyerら(2016)は成人を対象にオンラインの介入実験を行い、その日に出会った美しいものを毎晩書き留める課題を続けた人は、比較群に比べて幸福感が高まり、抑うつ症状が和らぐことを示した。帰り道の空の色や、使い込んだ道具の手ざわりに意識して目をとめる。その小さな習慣が、見慣れた日常を喜びの源に変える助けになる。 参考:Proyerら(2016)「Nine beautiful things: A self-admi…」 ↗ 人物 フランスの彫刻家(1840-1917)。『考える人』『地獄の門』 出典に諸説あり
「花を見ようとする人には、いつでも花が咲いている」 There are always flowers for those who want to see them.
— アンリ・マティス 発言として流通
同じ道を歩いても、花に気づく人と気づかない人がいる。世界の側ではなく、見ようとする構えの側が、日常の美の量を決めている ── 病床でも切り絵で色彩を作り続けた画家の言葉として味わい深い
心理学では この名言は、心理学でいう「セイバリング(savoring:良い体験に意識を向けて、じっくり味わうこと)」と、「注意の選択性」(何に目を向けるかで、経験する世界の中身が変わる性質)を言い当てている。Bryant & Veroff(2007)は、喜びは出来事そのものだけでなく、それに気づき、味わう心の働きからも生まれると論じ、この力を体系的に整理した。さらにJoseら(2012)は、参加者の毎日の記録を一か月にわたって追った日誌研究で、日々の小さな良い出来事をよく味わった日ほど、その日の幸福な気分が高いことを報告している。花は特別な場所に咲くのではなく、目を向ける習慣の中に咲く。通勤路や買い物の途中で美しいものを一つ探すことが、日常の喜びを増やす確かな一歩になる。 参考:Bryant & Veroff(2007)「Savoring: A New Model of Positive …」 ↗ /Joseら(2012)「Does savoring increase happiness? …」 ↗ 人物 フランスの画家(1869-1954)。フォーヴィスムの中心人物。晩年は切り絵で傑作を残した 出典に諸説あり
「芸術は、日常生活の埃を、魂から洗い落としてくれる」 Art washes away from the soul the dust of everyday life.
— パブロ・ピカソ(とされる) 典拠不詳
※帰属に諸説あり
忙しさの中で感覚が鈍り、世界が灰色に見えてくる ── その「魂の埃」を、絵や音楽との出会いが洗い流してくれる、という芸術の効用の定式。美術館を出た後に世界が少し鮮やかに見える、あの感覚の言語化
心理学では この名言は、心理学でいう「注意回復」(日々の雑事で疲れた注意力が、心を自然に引きつける対象にふれることで回復すること)と、芸術がもたらすポジティブ感情を言い当てている。Kaplanら(1993)は美術館の来館者を調査し、美術館が日常から離れた感覚や心地よい没頭をもたらす「回復の場」として体験されていることを示した。またMastandreaら(2019)の実験では、美術館で具象画を鑑賞した参加者は、展示のない場所で過ごした参加者に比べて血圧の低下が見られ、ストレスをやわらげる働きがうかがえた。疲れを感じた日こそ、一枚の絵や一曲の音楽に数分だけ心を預けることが、灰色に見えていた日常に色を取り戻す助けになる。 参考:Kaplanら(1993)「The Museum as a Restorative Enviro…」 ↗ /Mastandreaら(2019)「Visits to figurative art museums m…」 ↗ 人物 スペインの画家(1881-1973)。キュビスムの創始者 「茶道は、日常生活の俗事の中に存する美しきものを崇拝することに基づく一種の儀式である」 Teaism is a cult founded on the adoration of the beautiful among the sordid facts of everyday existence.
— 岡倉天心 『茶の本』(1906)
茶の湯の本質を「日常の中の美の崇拝」と定義した、英語で世界に日本文化を紹介した古典の冒頭部。特別な聖地ではなく、湯を沸かし茶を点てるという日常の所作そのものを、美と敬意の儀式に変える
心理学では 天心の言葉は、ありふれた行為に決まった手順と敬意を込める「儀式化」(日常の行為に一定の形と意味を与えること)が、体験を「味わう」力(セイバリング:よい体験に注意を向けて楽しみを深めること)を高めるという考えに通じる。Vohsら(2013)は一連の実験で、チョコレートを決まった手順で割ってから包みを開けるといった小さな儀式を行ってから食べると、味をよりおいしく感じ、その体験への関心も強まることを示した。さらに、他人の儀式を眺めるだけより、自分の手で行うほうが効果は大きかった。朝のお茶を丁寧に淹れる、湯のみを両手で包んで香りを確かめるなど、自分なりの小さな作法を一つもつことが、日常の中の美に気づく助けになる。 参考:Vohsら(2013)「Rituals Enhance Consumption」 ↗ 人物 日本の美術思想家(1863-1913)。東京美術学校(現・東京藝大)の設立に尽力 「用の美 ── 日々使われる、名もなき職人の器にこそ、健やかな美が宿る」 — 柳宗悦 民藝運動の中心思想(『工藝の道』1928ほか)
美術館の「観るための美」に対し、毎日使われる無名の日用品の中に「用の美」を見出した思想。署名も装飾もない飯碗が美しいのは、暮らしに仕えるうちに無駄が削ぎ落とされたから ── 日常と美を切り離さない日本発の美学
心理学では 柳宗悦のいう「用の美」は、心理学の言葉では「美への関与」(身の回りの美に気づき、心を動かされる傾向)を、美術館のような特別な場ではなく日々の道具に向けることだと言い換えられる。Diessnerら(2008)は質問紙による相関研究で、自然・芸術・人の行いの美に心を動かされやすい人ほど、感謝の念などが強いことを報告している。さらにProyerら(2016)は、その日に出会った美しいものを毎晩書き留めるオンライン介入を行い、比較群に比べて幸福感を高め、抑うつ的な気分をやわらげる効果を示した。毎朝手に取る茶碗や湯のみの形や手ざわりに一瞬目をとめる習慣が、日々の小さな喜びを積み重ねることにつながる。 参考:Diessnerら(2008)「Engagement With Beauty: Appreciati…」 ↗ /Proyerら(2016)「Nine beautiful things: A self-admi…」 ↗ 人物 日本の思想家(1889-1961)。民藝運動の創始者。日本民藝館を設立 「ギルガメシュよ、あなたはどこへさまよい行くのか。あなたの腹を満たし、昼も夜も楽しみ、あなたの手を取る子を喜び、あなたの胸に抱かれる妻を楽しませよ。それが、人間の務めである」 Fill your belly. Day and night make merry. Let days be full of joy.
— 『ギルガメシュ叙事詩』シドゥリの言葉 古バビロニア版(BC18世紀頃)
親友の死に打ちのめされ、不死を求めてさまよう王ギルガメシュに、酒場の女主人シドゥリが語った言葉。永遠の命は神々のもの、人間には日々の食事と楽しみと家族がある ── 人類最古の文学に刻まれた、最古の「幸福のアドバイス」
心理学では シドゥリの言葉は、手の届かない永遠より日々の快と温かな関係を味わえという教えであり、感情的幸福(日々のポジティブな気分の豊かさ)の重視に通じる。Kahnemanら(2004)は、働く女性に前日の出来事を時間順に振り返ってもらう調査(一日再構成法)を行い、親密な触れ合いや人との交流、食事の時間にポジティブな感情が特に高いことを示した。また、Carstensenら(1999)の社会情動的選択性理論(残り時間の意識が目標を変えるという理論)は、人生の時間に限りを感じるほど、人は身近な人と過ごす情緒的に意味のある時間を優先すると論じる。今日の食事をゆっくり味わい、家族との時間を一つでも丁寧に過ごすことが、足元の幸福を育てる。 参考:Kahnemanら(2004)「A Survey Method for Characterizing…」 /Carstensenら(1999)「Taking time seriously: A theory of…」 ↗ 人物 メソポタミアの叙事詩。世界最古の文学作品とされる 「本は、ポケットに入れて持ち歩ける庭園である」 A book is a garden carried in the pocket.
— アラビアの格言 アラブ世界の古い格言として伝わる
庭園 ── 灼熱の乾燥地帯における楽園の象徴 ── を、いつでも取り出せる形で懐に入れて歩ける。それが本だ、という読書賛歌。知恵の黄金時代を築いたアラブ・イスラム文明の、書物への愛の結晶
心理学では この格言は、本を「回復環境」(心身の疲れを癒やす場)として捉えている点で、Kaplan(1995)の注意回復理論(日常から離れ、穏やかに心を引きつけるものに触れると、すり減った注意力が回復するという考え)と重なる。物語に入り込む没入体験(トランスポーテーション)は、まさに日常から心を離す「庭への小旅行」である。Bavishiら(2016)は、米国の50歳以上の成人を長期間追跡した縦断研究で、本を読む習慣のある人ほど、読まない人より生存期間が長いことを報告している。鞄に一冊入れておき、待ち時間や昼休みに数ページ開くことが、手軽な心の休息につながる。 参考:Kaplan(1995)「The restorative benefits of nature…」 ↗ /Bavishiら(2016)「A chapter a day: Association of bo…」 ↗ 出典に諸説あり
「年魂(としだま)── 新年に、年神様の生命力を分けていただく。それが「お年玉」の始まり」 — 日本の民俗(正月の伝統) 年神に供えた丸餅(御魂の象徴)を家長が家族に分け与えた風習に由来
「御歳魂」「年玉」の語源には諸説ある
お年玉はもともとお金ではなく、年神の力が宿った餅だった。新しい年の生命力(魂)を家族に分配する儀式 ── 「一年を生きる力を、まず分かち合いから始める」という正月の設計思想が、現在の習慣の古層に眠っている
心理学では 年神の力を宿した餅を家族に分け与える風習は、心理学でいう向社会的行動(他者のためになる行い)と家族儀礼(家族で繰り返す意味ある行事)を重ねた仕組みである。Dunnら(2008)は、参加者に渡したお金を自分のためか他者のために使うよう割り当てる実験を行い、他者のために使った人のほうがその日の幸福感が高まることを示した。またFieseら(2002)は家族の日課や儀礼に関する50年分の研究をまとめ、意味を込めた家族行事が家族の結びつきや子どもの健やかな適応と関連することを報告している。新年には、ささやかでも何かを分かち合う時間を家族で持つことが、一年を前向きに始める力になる。 参考:Dunnら(2008)「Spending Money on Others Promotes …」 /Fieseら(2002)「A review of 50 years of research o…」 ↗ 人物 日本の正月の民俗伝統 「心は楽しむべし、苦しむべからず。身は労すべし、休め過ごすべからず」 — 貝原益軒 『養生訓』(1713)
心はのびやかに楽しませ、身体はよく動かせ ── 「心を楽に、体をまめに」という組み合わせを健康長寿の要諦とした、83歳の儒学者による日本養生思想の古典。現代の運動とメンタルヘルスの知見を先取りする
心理学では 益軒の言葉は、心には快の感情(ポジティブ感情:楽しさや喜び)を多く保ち、身体には適度な負荷(身体活動)をかけるという、向きの異なる養生の組み合わせを説く。Dannerら(2001)は修道女が若い頃に書いた自伝を分析した縦断研究で、文章にポジティブ感情の多かった人ほど長生きであったことを示した。またChekroudら(2018)は米国の大規模な横断調査で、運動する人ほど心の不調を抱える日が少なく、それも適度な頻度と時間で最も良好であることを見いだした。心を楽しませる小さな時間と、体をこまめに動かす習慣を一日の中にともに置くことが、心身の長い健やかさにつながる。 参考:Dannerら(2001)「Positive emotions in early life an…」 ↗ /Chekroudら(2018)「Association between physical exerc…」 ↗ 人物 江戸中期の儒学者・本草学者(1630-1714) 「土に根を下ろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう」 — シータ(映画『天空の城ラピュタ』) スタジオジブリ(1986、宮崎駿監督)
滅びの呪文と対をなす、ゴンドアの谷の古い歌。どれほど高度な技術と力を持っても、土を離れては生きられない ── 文明批評をわずか二行の生活詩に込めた台詞
心理学では この歌が描くのは、心理学でいう「自然とのつながり(nature connectedness:自分を自然の一部と感じる感覚)」である。Capaldiら(2014)のメタ分析では、自然とのつながりを強く感じる人ほどポジティブ感情や人生満足度が高かった。Mayerら(2009)の実験では、自然の中を歩いた人は街中を歩いた人よりも気分が明るくなり、その効果の一部はつながりの感覚の高まりで説明された。土や風、季節の移ろいや鳥の声に心を向けることは、日常の幸福の土台になる。通勤路の木々や空の色に数分だけ意識して目をとめる習慣が、地に足のついた心を取り戻す助けになる。 参考:Capaldiら(2014)「The relationship between nature co…」 /Mayerら(2009)「Why Is Nature Beneficial?」 ↗ 人物 宮崎駿(1941-)は日本のアニメーション監督 「オラの父ちゃんは、世界一の父ちゃんだぞ! 母ちゃんと結婚できて、オラ達が生まれて、父ちゃんは幸せなんだぞ!」 — 『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』の主題 原恵一監督(2001)(要旨)
「懐かしい過去」に人々が閉じこもる世界で、野原一家が示した答え。ひろしの回想 ── 満員電車、家のローン、靴下の匂い、それでも家族と過ごした年月 ── が、輝く過去よりも「続いていく平凡な今」を選ばせる。大人が泣くアニメ映画の金字塔
心理学では この台詞は、美化された過去に閉じこもるのではなく、不完全でも続いていく現在の暮らしに幸福の実質を見いだす姿勢である。心理学では、過去の出来事を実際より良く思い出す傾向を「バラ色の回顧」(記憶の美化バイアス)と呼ぶ。Mitchellら(1997)は旅行の参加者などを対象に、出来事の最中よりも事後の回想のほうが評価が肯定的になりやすいことを示した。一方、Bhattacharjee & Mogilner(2014)は複数の調査と実験から、年齢が高い人や人生の残り時間を意識する人ほど、特別な体験だけでなく平凡な日常の経験からも幸福を得ていることを見いだした。懐かしさを味わいつつも、今日の食卓や家族との何気ない会話に目を向けることが、続いていく毎日の幸福につながる。 参考:Mitchellら(1997)「Temporal Adjustments in the Evalua…」 ↗ /Bhattacharjee & Mogilner(2014)「Happiness from Ordinary and Extrao…」 ↗ 人物 臼井儀人原作。原恵一(1959-)は日本のアニメーション監督 「人生はみんな、タイムトラベルだ。この素晴らしい旅を、せいぜい味わうしかない ── 同じ一日を二度生きてみると、世界がどれほど美しいかに気づく」 — 映画『アバウト・タイム 愛おしい時間について』の主題 リチャード・カーティス監督(2013)(要旨)
時間を巻き戻せる主人公が父から学ぶ極意。「一度目は緊張と焦りで、二度目は味わって」同じ日を生きると、同じ日常が輝く ── そして最後は、巻き戻さなくても「毎日を二度目のつもりで」生きるようになる
心理学では 「二度目のつもりで生きる」構えは、心理学でいう味わい(セイバリング:良い体験に注意を向け、その喜びを深めたり長引かせたりすること)にあたる。Joseら(2012)の日誌研究では、良い出来事をよく味わった日ほど、その日の幸福感が高かった。Kurtz(2008)は大学4年生を対象に実験を行った。卒業までの残り時間が少ないと意識させた学生は、学生生活の活動により積極的に参加し、幸福感も高まった。食事や会話の最中にひと呼吸おき、「この瞬間は二度とない」と思って目の前を味わうことが、ありふれた一日を輝かせる助けになる。 参考:Joseら(2012)「Does savoring increase happiness? …」 ↗ /Kurtz(2008)「Looking to the Future to Appreciat…」 ↗ 人物 『ラブ・アクチュアリー』の監督によるSFの皮を被った日常賛歌 「アメリは、小さな幸せ集めの名人 ── クレームブリュレの表面をスプーンで割る、あの快感」 — 映画『アメリ』の主題 ジャン=ピエール・ジュネ監督(2001、フランス)(要旨)
運河で水切り、豆袋に手を突っ込む、映画館で観客の顔を眺める ── 主人公の「好きなこと」の列挙から始まる映画。幸福を大きな出来事ではなく、収集可能な微小な快のコレクションとして描いた、小確幸のフランス代表
心理学では アメリの「小さな好き」の収集は、心理学でいう味わい(セイバリング:よい体験に注意を向け、その快を意識的に深めたり引き延ばしたりすること)の実践である。Dienerら(1991)は、幸福感は強烈な喜びの大きさよりも、ほどよいポジティブ感情(快い気分)をどれだけ頻繁に感じるかとより強く結びつくと論じた。またJoseら(2012)の日誌研究では、日常のよい出来事が多い日ほど気分がよく、その結びつきには出来事をどれだけ味わったかが関わっていた。クレームブリュレを割る瞬間のような自分だけの快を、ノートに書き出しておく。お金のかからないその在庫表が、見過ごしていた幸せに気づく目を育てる。 参考:Dienerら(1991)「Happiness is the frequency, not th…」 /Joseら(2012)「Does savoring increase happiness? …」 ↗ 人物 オドレイ・トトゥ主演。世界的ヒットとなった 「できるものなら、作るよ」 — マスター(安倍夜郎『深夜食堂』) 『深夜食堂』(小学館)・ドラマ(2009-)
メニューは豚汁定食だけ。それでも客の思い出の一皿を「できるものなら」作る ── 深夜0時に開く小さな店の、この一言が運ぶのは料理ではなく受容である。誰の注文(人生)も否定しない場所の作り方
心理学では この一言は、心理学でいう「知覚された応答性」(相手が自分を理解し、大切に扱ってくれているという感覚)を形にしたものである。家庭でも職場でもない、ありのままで居られる「第三の場所」(Oldenburg, 1989)の核心もここにある。Sandstrom & Dunn(2014)は日々の記録をもとにした研究で、なじみの店員のような「ゆるやかなつながり」との交流が多い日ほど、人は幸福感や所属感が高いことを示した。またTroisi & Gabriel(2011)の実験では、思い出の料理について書くことで、孤独感がやわらぐことが示された(とくに人間関係に安心感をもつ人で)。行きつけの店で一言交わす習慣は、自分を受け入れてくれる心の居場所を育てることにつながる。 参考:Oldenburg(1989)「The great good place」 ↗ /Sandstrom & Dunn(2014)「Social Interactions and Well-Being」 ↗ /Troisi & Gabriel(2011)「Chicken Soup Really Is Good for th…」 ↗ 人物 安倍夜郎(1963-)は日本の漫画家 「モノを食べるときはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか、救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」 — 井之頭五郎(久住昌之・谷口ジロー『孤独のグルメ』) 『孤独のグルメ』(扶桑社)・ドラマ(2012-)
一人で食べる昼飯を「孤独」ではなく「自由」と「救い」の時間として定義し直した独白。誰に気兼ねもなく、自分の腹の声だけに従う ── ソロ活の幸福を国民的に正当化した言葉
心理学では 五郎の独白は、孤独(loneliness:望まないつながりの欠如)とは別物の「ソリチュード」(solitude:自ら選んだ一人の時間)の価値を語っている。Nguyenら(2018)は大学生を対象とした一連の実験で、刺激や他者から離れて一人で過ごす短い時間が、緊張などの高ぶった感情をしずめ、穏やかでくつろいだ気分をもたらすことを示した。自ら望んで一人になった場合ほど、その時間を前向きに過ごしやすいことも報告している。ただし人づきあいが乏しい時期には、誰かと囲む食卓とも組み合わせるとよい。忙しい日こそ一人の昼食を「救い」の時間と決め、スマホを置いて一皿を味わうことが、心を立て直す助けになる。 参考:Nguyenら(2018)「Solitude as an Approach to Affecti…」 ↗ 人物 久住昌之(1958-)原作。松重豊主演のドラマで国民的作品に 「普通に見えるものが、実は一番すごい。普通のことを普通にやるのが、いちばん難しいんだから」 — 志村けん 著書・発言の趣旨
「変なおじさん」を演じ続けた喜劇人の、意外なほど地道な芸論。奇抜さは一発で出せるが、誰にでも分かる「普通の可笑しさ」を毎週作り続けることこそ至難 ── 日常の反復への敬意が、国民的コメディアンの土台だった
心理学では この名言は、人が平凡な日常の価値を見落としやすいことと、行動を習慣(意識せずに続く行動)にまで定着させる難しさを言い当てている。Zhangら(2014)は実験で、何気ない日常の出来事を記録しておき、数か月後に読み返すと本人の予想以上に興味深く感じられることを示した。人は「普通」の価値を低く見積もりがちなのである。またLallyら(2010)は、新しい行動を毎日続ける人を追跡した。その結果、同じ場面での反復とともに行動は自動化していくが、そこに至るには長い期間がかかることが分かった。今日の何気ない一場面を書き留め、小さな行動を同じ時間に淡々と繰り返すことが、日常の幸福を厚くする。 参考:Zhangら(2014)「A "present" for the future: The un…」 ↗ /Lallyら(2010)「How are habits formed: Modelling h…」 ↗ 人物 日本のコメディアン(1950-2020)。ザ・ドリフターズ 「賢なるかな、回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人は其の憂いに堪えず、回や其の楽しみを改めず」 — 孔子 『論語』雍也第六(顔回への賛辞)
「孔顔楽処」として宋代の儒学者(周敦頤・程顥ら)が探究した主題
竹の器一杯の飯とひさご一杯の水で裏路地に暮らす ── 誰もが耐えられない境遇で、愛弟子・顔回だけは「その楽しみ」を変えなかった。何を楽しんでいたのかは書かれておらず、「孔顔の楽しみを尋ねよ」は後の宋学一千年の課題となった
心理学では 顔回の姿は、幸福が境遇よりも価値観や受け止め方といった内面から生まれるとする「トップダウン理論」(幸福は外的条件より個人の内側から広がるという考え)と重なる。Biswas-Diener & Diener(2001)はコルカタのスラム住民を調査し、厳しい環境でも家族関係などの面で多くの人が満足を報告することを示した。Kasser & Ryan(1993)の相関研究でも、経済的成功を人生の中心に置く人ほど幸福感が低く、成長やつながりを重んじる人ほど心が健やかであった。自分の楽しみの源を書き出し、日々それに時間を割くことが、境遇に揺らがない満足につながる。 参考:Biswas-Diener & Diener(2001)「Making the Best of a Bad Situation…」 ↗ /Kasser & Ryan(1993)「A dark side of the American dream:…」 人物 同上。顔回(BC521頃-481頃)は孔子最愛の弟子 「さんまは、目黒に限る」 — 落語『目黒のさんま』のサゲ 古典落語の滑稽噺
遠乗り先の目黒で、焼きたての脂ののったさんまを初めて食べた殿様。後日、城で骨を抜き脂を抜いた「上品な」さんまを出されて不味さに驚き、こう断言する ── うまさは魚ではなく、空腹と野外と焼きたてという「文脈」の産物だった、という幸福の条件についての笑い話
心理学では 殿様の発見は、心理学でいう「快の文脈依存性」(同じものでも、体の状態や状況によって感じるうまさが変わること)にあたる。Cabanac(1971)は甘い液を味わう実験で、空腹時には快く感じた同じ味が、糖分をとった後には不快に感じられることを示し、これを「アリエステシア」(体の必要に応じて快の感じ方が変わる現象)と名づけた。またQuoidbachら(2010)は、裕福な人ほど日常の小さな喜びを味わう力が低いという関連を調査で見いだし、お金を意識させる実験ではチョコレートを味わう時間と楽しみが減ることを示した。贅沢の洗練がかえって快を損なうという逆説は、研究の知見とも重なる。ほどよい空腹と気持ちのよい場所をそろえるだけで、いつもの一皿が格別のごちそうになる。 参考:Cabanac(1971)「Physiological Role of Pleasure」 ↗ /Quoidbachら(2010)「Money Giveth, Money Taketh Away」 ↗ 人物 江戸落語の代表的な滑稽噺 「「きらめき(スパーク)」は、人生の目的のことじゃない。空を見ること、歩くこと ── それはもう、生きることそのものなんだ」 — 映画『ソウルフル・ワールド』の主題 ピクサー(2020、ピート・ドクター監督)(要旨)
「人生の目的が見つかった者だけが生きるに値する」という思い込みを、映画は最後に裏返す。ピザの味、地下鉄の歌声、舞い落ちる種 ── 目的の達成ではなく、生の細部の味わいがすでに「生きる理由」だった
心理学では この名言は、心理学でいう「セイバリング(よい体験に意識を向け、その喜びを味わい深めること)」に重なる。また、人生の意味は壮大な目的だけでなく、日々のポジティブ感情(快い気分)からも生まれるという考え方とも一致する。Kingら(2006)は相関研究と実験を組み合わせ、ポジティブな気分のときほど人生を意味あるものと感じやすいことを見いだした。さらに、実験で気分を高めると、人生の意味の評価も高まることを示した。Bryant & Veroff(2007)も、ささやかな出来事を味わう姿勢が喜びを深めると論じている。帰り道に空を見上げ、食事の一口を丁寧に味わう。そうした小さな習慣が、生きる意味そのものに触れることにつながる。 参考:Kingら(2006)「Positive affect and the experience…」 /Bryant & Veroff(2007)「Savoring: A New Model of Positive …」 ↗ 人物 『インサイド・ヘッド』の監督による死生観の物語 「毎年、同じことができる。同じことの繰り返しに、あるとき気づいたら、幸せがある」 — 武田先生(映画『日日是好日』) 大森立嗣監督(2018)。森下典子原作(要旨)
24年間お茶を習い続けた著者の実話。雨の日は雨を聴き、初釜は毎年同じように迎える ── 「同じこと」の反復が退屈ではなく幸福の器だったと気づく物語。樹木希林の遺作の一つとして、台詞に本人の人生が重なる
心理学では この言葉は、決まった所作を繰り返す「儀式(リチュアル)」と、今の体験に注意を向ける「マインドフルネス(今ここへの気づき)」が重なるところに幸福があることを示している。Vohsら(2013)の実験では、チョコレートを食べる前に決まった手順を踏んだ人は、そうでない人よりも味わいをよく楽しみ、体験への関与も深まった。Brown & Ryan(2003)も、日常の出来事に注意を向けやすい人ほどポジティブ感情が多く、幸福感が高いことを、相関研究と日誌法(日々の記録をとる方法)で示している。朝のお茶や季節の行事など、繰り返す営みを一つ決めて、その手触りを丁寧に味わう。それが日々の幸福につながる。 参考:Vohsら(2013)「Rituals Enhance Consumption」 ↗ /Brown & Ryan(2003)「The benefits of being present: Min…」 人物 森下典子『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』が原作 「私たちは、星の物質でできている。私たちは、宇宙が自らを知るための方法なのだ」 We are made of star-stuff. We are a way for the cosmos to know itself.
— カール・セーガン 『コスモス』(1980)
体内の炭素も鉄も、かつて星の中で作られた ── 科学的事実の正確な記述が、そのまま最大級の詩になった言葉。ありふれた自分の身体が、137億年の宇宙史の到達点であるという、日常への畏敬の注入
心理学では セーガンの言葉は、自分を宇宙の歴史の中に置き直すことで「畏敬(awe:理解を超える大きなものに触れたときの感情)」を呼び起こす。畏敬は自分を小さく感じさせる一方で、世界とのつながりの感覚を強める感情である。Yadenら(2016)は宇宙飛行士の証言を分析した。その結果、宇宙から地球を眺める体験は、人類や地球との一体感や深い意味の感覚とともに語られていた(オーバービュー効果)。またRuddら(2012)の実験では、畏敬を感じた人は時間にゆとりを感じ、その場の生活満足度も高まった。夜空を見上げたり科学の話に触れたりする時間を日々に少し加えることが、ありふれた一日を新鮮に感じ直す助けになる。 参考:Yadenら(2016)「The overview effect: Awe and self-…」 ↗ /Ruddら(2012)「Awe Expands People’s Perception of…」 人物 米国の天文学者・作家(1934-1996)。科学コミュニケーションの巨人 「音楽のない人生は、誤謬であろう」 Ohne Musik wäre das Leben ein Irrtum.
— フリードリヒ・ニーチェ 『偶像の黄昏』(1889)
「神は死んだ」と書いた哲学者が、音楽にだけは全面降伏した一句。理屈で正当化できなくても、音楽のある生が正しいことを身体は知っている ── 芸術の効用を論証抜きで断言した、音楽への最大級の賛辞
心理学では ニーチェの一句は、音楽が人生に欠かせない快の源であることを言い当てている。心理学では、音楽は脳の報酬系(快や意欲を生む神経回路)を働かせ、ポジティブ感情(喜びや心地よさ)を呼び起こす刺激とされる。Salimpoorら(2011)は、好きな曲で鳥肌が立つほど感動する人を脳画像で調べ、盛り上がりを待つ段階と感動の頂点とで、異なる部位からドーパミン(快と期待に関わる物質)が放出されることを示した。またFerguson & Sheldon(2013)の実験では、明るい曲を「幸せな気分になろう」と意識して聴いた人は、ただ聴いた人より気分が高まった。好きな一曲を、ながら聴きではなく味わって聴く時間を持つことが、日々の小さな幸福につながる。 参考:Salimpoorら(2011)「Anatomically distinct dopamine rel…」 ↗ /Ferguson & Sheldon(2013)「Trying to be happier really can wo…」 ↗ 人物 ドイツの哲学者(1844-1900)。自身も作曲をした 出典に諸説あり
「歌う者は、二度祈る」 Qui bene cantat, bis orat.
— アウグスティヌス(とされる) 典拠不詳(教会の伝承的格言)
※アウグスティヌスの著作に定型句としては確認されていない
言葉で祈れば一度、その言葉に旋律と身体を乗せれば二度 ── 歌うことは祈りの内容に、呼吸と声と感情という全身の参加を加える、という合唱文化の 定番の格言。聖歌隊からゴスペルまで、歌う共同体の合言葉
心理学では この格言は、歌うことが言葉の意味に、呼吸や発声という体の動き(身体化:体の状態が気分を形づくる働き)と、声を合わせる一体感を重ねる営みであることを示している。Kreutzら(2004)は、アマチュア合唱団員を対象に、同じ曲を自分で歌う場合と聴くだけの場合を比べる実験を行い、歌ったときのほうがポジティブ感情(快い気分)が高まり、免疫に関わる物質も増えることを示した。またPearceら(2015)は成人向け講座を数か月追跡し、歌唱クラスの参加者は工作などのクラスより早く仲間との絆を感じるようになることを明らかにした。上手さは問わない。鼻歌でも誰かと口ずさむひとときを一日のどこかに置くことが、気分と人とのつながりを温める助けになる。 参考:Kreutzら(2004)「Effects of Choir Singing or Listen…」 ↗ /Pearceら(2015)「The ice-breaker effect: singing me…」 ↗ 人物 古代ローマ末期の神学者(354-430)の言葉として流通 「睡眠は、脳と身体の健康を毎晩リセットしてくれる、最も効果的な手段である」 — マシュー・ウォーカー 『睡眠こそ最強の解決策である』(2017)(要旨)
記憶の定着、感情の整理、免疫、判断力 ── 幸福の土台のほぼすべてが、眠っている間に整備される。「睡眠を削って頑張る」は、幸福の生産設備を止めて増産しようとする矛盾だと示した睡眠科学の啓蒙書
心理学では この名言は、睡眠が感情調整(気持ちの揺れを整えるはたらき)と身体の回復の両方を支える土台であることを言い表している。Yooら(2007)は健康な成人を一晩眠らせない実験を行った。その結果、断眠した人は不快な画像に対して扁桃体(不安や恐れに関わる脳部位)が強く反応し、その反応を抑える前頭前野とのつながりが弱まることが示された。またPratherら(2015)は、ふだんの睡眠を計測したうえで参加者に風邪ウイルスを接触させる研究を行い、睡眠時間が短い人ほど風邪を発症しやすいことを報告している。気分が沈む日や判断に迷う日は、心の持ち方を変えようとする前に、まず前夜の睡眠を見直すことが助けになる。 参考:Yooら(2007)「The human emotional brain without …」 ↗ /Pratherら(2015)「Behaviorally Assessed Sleep and Su…」 ↗ 人物 英国出身の神経科学者。カリフォルニア大学バークレー校教授 「夏の日、木の下で草に寝転び、水のせせらぎを聴き、雲が空を流れるのを眺めること ── それは、決して時間の浪費ではない」 Rest is not idleness, and to lie sometimes on the grass under trees on a summer's day... is by no means a waste of time.
— ジョン・ラボック 『人生の使い方(The Use of Life)』(1894)
「休息は怠惰ではない」と始まる、休むことの正当化の古典的一節。何も生産していないように見えるその時間に、心は回復し、感受性は養われている ── 銀行家にして博物学者だった著者ならではの、時間の複式簿記
心理学では ラボックの言う木陰のひとときは、注意回復理論(自然の中で無理なく心が引きつけられる体験が、集中に使う注意力を休ませて回復させるという考え)の言葉で言い換えられる。Kaplan(1995)は、せせらぎや流れる雲のように穏やかに注意を惹く「ソフトな魅惑」が、疲れた方向性注意(意図して集中する力)を回復させると論じた。Bermanら(2008)の実験では、大学生が樹木の多い植物園を歩いた後は、市街地を歩いた後よりも注意課題の成績が向上した。何も生み出していないように見える自然の中の時間は、次の仕事に向かう力を蓄える投資である。昼休みに公園のベンチで空を見上げるだけでも、心の回復につながる。 参考:Kaplan(1995)「The restorative benefits of nature…」 ↗ /Bermanら(2008)「The Cognitive Benefits of Interact…」 ↗ 人物 英国の銀行家・政治家・博物学者(1834-1913)。銀行休日(バンクホリデー)法の立役者 📮 毎週土曜の朝、メールで届きます その週にご紹介したウェルビーイング研究のダイジェストを無料でお届けします。
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名言の収集・分類・解説はAI(Claude)を活用し、はぴテックが確認したものです。「出典に諸説あり」の名言は、その人物の言葉として流通しているものの一次資料での確認が難しいもの、「要旨」は趣旨を短くまとめたものです。心理学の補足は、名言の知恵を心理学・幸福研究の知見で読み解いたもので、引用した論文は学術データベースで実在を照合しています。
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