幸せの禅語百選

日面仏 月面仏

にちめんぶつ がちめんぶつ

病床の馬祖が「ご気分はいかがですか」と問われて答えた言葉。千八百歳の仏も一日一夜の仏も、どちらも仏。長い命も短い命も、今この瞬間に等しく尽くされている。

出典の物語

馬祖(ばそ)が重い病気で寝込んでいたとき、お寺の役僧がお見舞いに来て尋ねた。「和尚さま、このごろ、ご体調はいかがですか」。馬祖は答えた。「日面仏、月面仏」。お経によれば、日面仏は寿命が千八百年の仏、月面仏は寿命が一昼夜の仏である。馬祖は「私は千八百年生きる仏でもあり、一日で死ぬ仏でもある」と答えたことになる。長生きしようと、すぐ死のうと、仏であることに変わりはない。あるいは、生きるのも死ぬのも、今この瞬間の仏の現れである、と。この問答を集めた『碧巌録』の詩には、「日面仏、月面仏。古代の聖なる皇帝たちも、これの前では何者だろうか」とある。馬祖は死を前にして、死を恐れる言葉も、死を悟りすました言葉も口にしなかった。ただ「日面仏、月面仏」。病の床にあるこの体が、そのまま仏である。明日死んでも、千年生きても、今日のこの一日が仏の一日であることに変わりはない。馬祖はその翌日、亡くなったと伝えられる。

和尚、近日、尊候如何 ── 日面仏、月面仏(『碧巌録』第三則)

出典:『碧巌録』第三則「馬祖日面仏」

ウェルビーイング研究とのつながり

人生の終わりに何が大切かを、患者・家族・医療者に尋ねた研究では、痛みの管理とともに、「心の準備ができていること」「人生に意味を感じられること」「大切な人との関係」が上位に挙げられた(Steinhauser et al., 2000)。残された時間に「自分にとって大切だったこと」を語り記録する「ディグニティ・セラピー」は、終末期の患者の尊厳の感覚と生きる意味を高めることが示されている(Chochinov et al., 2005)。「千八百年の仏も一日の仏も等しく仏」という馬祖の答えは、時間の長さではなく今日の意味を問う、これらの研究の方向と一致する。

現代の暮らし・仕事への示唆

長く生きたか短く生きたか、成功したか失敗したか、健康か病気か。人生を長さや成果で測る限り、死は敗北に見える。馬祖の答えは、その物差しを静かに脇に置く。千八百歳も一日一夜も、仏であることにおいて等しい。病床の自分も、健康だった自分も、等しく仏である。緩和ケアの現場では、残された時間の長さではなく、今日一日の質に焦点を移すことで、患者と家族の苦しみが和らぐことが知られている。日面仏月面仏は、死の床の言葉であると同時に、今日を生きるすべての人への言葉でもある。今日のこの一日が、仏の一日である。

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禅語の出典・読み・解釈には諸説があります。本百選は通行の解釈に従っていますが、茶会の軸や講話など正式な場で用いる際は、原典や専門書(『禅語辞典』『茶席の禅語大辞典』など)でご確認ください。研究とのつながりは、禅語の主題に対応する心理学・幸福研究の知見を示したもので、禅語そのものの効果を実証したものではありません。 読み物版:PDF(127P) / 一覧:Excel(100語・引用研究つき)
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