一日不作 一日不食
一日働かなければ、一日食べない。労働を修行の外に置かず、日々の作務(さむ)をそのまま道とする態度。
出典の物語
百丈(ひゃくじょう)というお坊さんは、禅のお寺の生活の決まりを初めて定めた人として知られる。それまでの仏教では、お坊さんが自分で畑を耕すことは、戒律に触れるとして嫌われていた。しかし百丈は、掃除や畑仕事(これを「作務(さむ)」という)を修行の中心に据えた。百丈は年を取っても、自分から進んで作務に出た。弟子たちは心配して、ある日、百丈の農具を隠してしまった。すると百丈は、その日、食事をとらなかった。弟子たちが理由を聞くと、百丈は言った。「一日働かなければ、一日食べない」。働くことは修行のじゃまではなく、坐禅と同じ、道そのものだ、ということである。この考え方は後に道元にも受け継がれ、台所仕事こそ仏の道だと説かれた。禅のお寺で掃除が徹底して行われ、お坊さんが自分で米や野菜を作るのは、この百丈の精神による。
出典:『景徳伝灯録』巻六(百丈懐海)/『祖堂集』
ウェルビーイング研究とのつながり
仕事を「生活の手段(ジョブ)」と見るか、「それ自体に意味がある(コーリング)」と見るかで、同じ職種でも人生満足度が大きく異なることが示されている(Wrzesniewski et al., 1997)。また、失業は収入の減少を差し引いても幸福感を大きく下げ、回復しにくいことが長期追跡で確認されており(Lucas et al., 2004)、働くことが収入以外の心理的機能(時間の構造、社会的接触、目的の感覚)を持つことが指摘されている(Jahoda, 1982)。「働くことがそのまま道」という百丈の態度は、これらの知見に通じる。
現代の暮らし・仕事への示唆
働くことを「生活のための手段」として割り切ると、人生の大半を占める時間が「本当の人生」の外に置かれてしまう。百丈は、働くことと生きることを分けなかった。これは長時間労働の美化ではない。むしろ、作務には始まりと終わりがあり、身体を使い、成果が目に見えるという、現代の仕事が失いがちな健全さがある。研究でも、仕事に意味を感じられるか(ワーク・エンゲイジメント)は、報酬の多寡以上に幸福感を左右する。今日の自分の「作」は何だったか。それを一つ言えるなら、今日の飯は旨い。
タスクのタブ名「作務(さむ)」は、百丈の「一日作さざれば一日食らわず」に連なる、日々の務めを修行とする考え方から。
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