幸せの禅語百選

喜心・老心・大心

きしん・ろうしん・だいしん

喜ぶ心、親が子を思うような心、山のように大きな心。道元が食事係(典座)に説いた、仕事に向かう三つの心。

出典の物語

道元は『典座教訓(てんぞきょうくん)』という本の結びで、典座(お寺の食事係)が持つべき三つの心を説いた。一つ目は「喜心(きしん)」、喜びの心。人間として生まれ、しかも修行者のための食事を作る役目を得たことを喜ぶ心である。道元は「もし天の世界に生まれていたら、楽しみにふけって修行の縁がなかっただろう。幸いにして人間に生まれ、仏の教えに出会い、みんなのために食事を作ることができる。これほどの喜びがあろうか」と説く。二つ目は「老心(ろうしん)」、父や母が子を思うような心。親は寒さ暑さを気にかけ、自分の身を顧みずに子を育てる。典座も同じ心で、米一粒、野菜一切れを大切にし、食べる人の体を思って料理せよ、と。三つ目は「大心(だいしん)」、山のように動かず、海のように広い心。好き嫌いや損得で心を揺らさず、春の景色に浮かれず、秋の色に沈まず、偏りなく全体を見る心である。道元は、この三つの心を台所の仕事に限らず、「どんな役目にある人も、どんな修行者も持つべき心」として説いている。食事を作るという日常の仕事に、喜びと慈しみと広やかさを込める。それが仏の道の実践そのものだと、道元は中国の老いた典座たちから学んだ。

喜心・老心・大心 ── 「凡そ諸々の知事・頭首、ならびに当職の典座、職を作し務めを作す時節、喜心・老心・大心を保持すべきものなり」(道元『典座教訓』)

出典:道元『典座教訓』

ウェルビーイング研究とのつながり

仕事における活力・熱意・没頭から成る「ワーク・エンゲイジメント」は、燃え尽きの対極にある状態として研究され、健康と成果の両方と結びつく(Schaufeli et al., 2002)。中でも「老心」に対応する知見として、自分の仕事が誰の役に立っているかを直接知ること(受益者との接触)が、動機と成果を大きく高めることが示されている。大学の寄付集めの電話係が、奨学金を受けた学生と五分間会っただけで、その後の電話時間と獲得額が数倍に増えた(Grant et al., 2007)。「食べる人の体を思って料理せよ」という道元の教えは、この受益者意識の効果に対応する。

現代の暮らし・仕事への示唆

仕事に向かうとき、この三つの心を点検してみる。喜心、この仕事ができることを喜べているか。老心、相手(顧客、同僚、家族)を我が子のように思って手を動かしているか。大心、目先の損得や好き嫌いで揺れず、全体を見ているか。研究でいうワーク・エンゲイジメントの三要素(活力・熱意・没頭)や、仕事の意味感を支える要因は、驚くほどこの三心に対応する。特に「老心」は見落とされがちだ。誰のために、この仕事をしているのか。その顔が浮かぶとき、同じ作業の質が変わる。道元は、台所でそれを見た。

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