幸せの禅語百選

竹影掃階塵不動

ちくえいかいをはらってちりどうぜず

竹の影が階(きざはし)を掃いても、塵は動かない。月が淵の底まで射しても、水に跡は残らない。関わりながら、跡を残さない。

出典の物語

明の時代の処世の本『菜根譚(さいこんたん)』にある句で、禅のお寺でも対句として愛された。「竹の影が、風に揺れて階段の上を掃くように動くが、ほこりは一つも動かない。月の光が、淵の底まで差し込むが、水には何の跡も残らない」。『菜根譚』はこの句のあとに、「水は盛んに流れても、まわりはいつも静かで、花はしきりに散っても、心はおのずから落ち着いている。人がいつもこの気持ちで物事に向き合えば、身も心もどれほど自由だろうか」と続けている。竹の影は確かに動き、月の光は確かに水を照らす。何もしていないのではない。しかし、その関わり方は何の跡も、何のこだわりも残さない。『金剛経』の「心をどこにもとどめず、しかも心を働かせる」という教えを、一枚の夜の風景として描いた句である。影とほこり、光と水。触れているのに、汚さず、汚されない。

竹影掃階塵不動、月穿潭底水無痕(『菜根譚』)

出典:『菜根譚』後集/『禅林句集』(対句は「月穿潭底水無痕」)

ウェルビーイング研究とのつながり

仕事から心理的に離れる時間(心理的距離化)を持てる人は、疲労が少なく、翌日の活力と仕事の成果が高いことが、職場の回復研究で繰り返し示されている(Sonnentag & Fritz, 2007; Sonnentag, 2012)。関わりの質が低いのではなく、関わりを「持ち帰らない」ことが回復の鍵である。「竹の影は階を掃くが、塵は動かない」という関わり方は、この心理的距離化の、関わりの最中における形だと言える。

現代の暮らし・仕事への示唆

人と関わると疲れる、という人は多い。関わりそのものより、関わりが残す「跡」に疲れている。言った言葉を気にし、言われた言葉を引きずり、評価を気にして動けなくなる。竹影は階を掃くが、塵を動かさない。これは無関心でいることではない。全力で関わりながら、相手にも自分にも余計な痕跡を残さないということだ。心理学でいう「境界線」の健全な在り方に近い。仕事の場では、きちんと関わり、終わったら持ち帰らない。それができる人は、長く走れる。

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