幸せの禅語百選

第2章 手放す ・ 18 / 100

応無所住 而生其心

おうむしょじゅう にしょうごしん(まさに住する所無くして、しかもその心を生ずべし)

何ものにもとどまらない心を保ちながら、しかも生き生きと心を働かせよ。執着せず、しかし無関心でもない。

出典の物語

『金剛経(こんごうきょう)』というお経の一節で、「心をどこにもとどめないで、しかも心を生き生きと働かせなさい」という意味である。この言葉が禅でとても大事にされるのは、六祖慧能が悟るきっかけになったからである。若いころ、薪(たきぎ)を売って暮らしていた慧能は、町でお客がこのお経を読んでいるのを耳にした。そして、この一節のところで、ふっと心が開けたという。後に師匠の弘忍から夜中にこのお経の講義を受け、同じ一節で、今度は深く悟った。「とどめない」とは、心が何かにくっついて動けなくなることがない、ということ。心が何かにとどまると、そこに執着が生まれ、ものが見えなくなる。しかし、「とどめない」ことを「何も感じない」「何も思わない」ことと取り違えてはいけない。お経は「しかも心を生ぜよ」と続く。鏡が何もため込まずにすべてを映すように、川の水が形にとらわれずに流れ続けるように、とどまらないまま、心は豊かに働く。

応無所住 而生其心(まさに住する所無くして、しかもその心を生ずべし)(『金剛般若経』)

出典:『金剛般若経』/『六祖壇経』行由品

ウェルビーイング研究とのつながり

状況に応じて心の構えを切り替えられる「心理的柔軟性」は、精神的健康の中核要因とされる(Kashdan & Rottenberg, 2010)。また、感情を抑え込むのではなく、出来事の意味づけを変える「再評価」の方略は、感情を豊かに保ちながら気分の安定をもたらす(Gross, 1998)。「とどまらないが、心は生き生きと働く」という『金剛経』の一句は、抑圧でも固執でもない第三の道を示しており、これらの研究と重なる。

現代の暮らし・仕事への示唆

批判されたことを三日引きずる、成功体験から抜け出せない、一つのやり方に固執する。心がどこかに「住んで」しまうと、次の局面にまっさらで臨めなくなる。かといって何にも心を動かさない無感動では、仕事も人間関係も死んでしまう。求められるのは、全力で関わりながら、終わったら手放すこと。スポーツ選手がよく言う「次のプレーに切り替える」はまさにこれだ。喜びも悔しさも十分に味わい、しかしそこに住まない。心を生かしたまま、流し続ける。

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