百尺竿頭 進一歩
百尺の竿の先端まで登りつめて、さらに一歩を踏み出せ。到達したと思った場所にとどまらず、そこから身を投げよ。
出典の物語
長沙(ちょうしゃ)というお坊さんの詩に、こうある。「百尺(約三十メートル)の竿の先で動かずにいる人は、ある境地には入ったが、まだ本物ではない。百尺の竿の先から、さらに一歩進め。そのとき、全世界があなたの体になる」。問題集『無門関』はこれを問題にして、無門はこう迫る。「一歩進むことができ、身をひるがえすことができれば、どこへ行っても恐れるものはない。しかし、百尺の竿の先から、どうやって一歩進むのか。さあ」。百尺の竿の先とは、修行を極めた境地、悟りの頂点のことである。そこまで登ること自体が難しいが、登りつめた人がそこにとどまれば、それが新しい執着になる。「悟った」という高い場所にしがみついている限り、本物ではない。だから一歩進む。竿の先から一歩進めば、落ちるしかない。しかしその落下が、実は「全世界が自分の体になる」ことなのである。頂点にとどまる自分を捨てて、ふたたび地上に、世界の中に身を投じる。十牛図の「町に入る(入鄽垂手)」と同じ心を、こちらは垂直の落下として描いている。
出典:『無門関』第四十六則「竿頭進歩」/『景徳伝灯録』巻十(長沙景岑)
ウェルビーイング研究とのつながり
熟達者が熟達者であり続けるには、できることを繰り返すのではなく、現在の能力の少し上の課題に意図的に取り組む「意図的練習」が必要であることが示されている(Ericsson, Krampe & Tesch-Römer, 1993)。組織研究でも、過去の成功のやり方を活用し続けること(活用)に偏り、新しい探索を怠る組織は、環境の変化に適応できず衰退する「成功の罠」に陥りやすい(Levinthal & March, 1993)。「竿の先で止まるな」という百尺竿頭進一歩は、個人と組織の両方に当てはまる。
現代の暮らし・仕事への示唆
ある程度の成功を収めると、人はそこを守ろうとする。実績、評判、確立したやり方。しかし守りに入った瞬間、成長は止まり、やがて竿そのものが腐る。百尺竿頭進一歩は、到達点を出発点に変えよと言う。これは無謀な挑戦の勧めではなく、「ここで終わり」という自己規定への疑いである。研究でも、熟達者が熟達者であり続けるためには、快適な領域を意図的に離れ続ける「意図的練習」が必要とされる。竿の先で動かない人は、安全に見えて、実は最も危うい。一歩進む勇気は、落ちる覚悟とともにある。
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