幸せの禅語百選

随処作主 立処皆真

ずいしょにしゅとなれば りっしょみなしんなり

どんな場所、どんな状況でも自分が主体となって生きれば、その立っている場所がすべて真実の場となる。

出典の物語

これも臨済の言葉である。臨済は弟子たちにこう言った。「どこにいても、自分がその場の主人になれ。そうすれば、自分の立っている場所が、すべて本物の場所になる。どんな出来事がやって来ても、それに振り回されることはない」。当時の修行僧たちは、「ここでは悟れない」「もっとよい師匠のところへ」「もっとよい環境で」と、場所や条件を求めてあちこち動き回っていた。臨済はそれを厳しく戒めた。そういう人は、どこへ行っても「お客さん」として過ごしている。お客さんでいる限り、「ここは自分の場所ではない」という感じがいつまでもつきまとう。「主人になる」とは、威張ることでも人を支配することでもない。今いる場所を、自分の場所として引き受けることである。そうすれば、どんな場所も本物の場所になる。

随処に主と作れば、立処皆な真なり(『臨済録』)

出典:『臨済録』示衆

ウェルビーイング研究とのつながり

「自分で選び、自分で引き受けている」という感覚(自律性)は、自己決定理論において幸福と心の健康の基本的な欲求の一つとされる(Ryan & Deci, 2000)。与えられた仕事であっても、自分なりに仕事の範囲や意味を作り変える「ジョブ・クラフティング」を行う人は、仕事への満足と意味の感覚が高い(Wrzesniewski & Dutton, 2001)。環境を変えなくても「主」になれる、という臨済の主張を支える知見である。

現代の暮らし・仕事への示唆

配属が不本意だった、上司と合わない、この街は性に合わない。環境のせいにしたくなるときほど、この言葉が効く。もちろん環境を変える選択も大切だが、「ここでは本気になれない」と保留したままの時間は、人生から静かに失われていく。心理学でいう自己決定感、つまり「自分で選び、自分で引き受けている」という感覚は、仕事の満足度や幸福感を強く支える。同じ職場でも、主として立つか客として過ごすかで、見える景色はまるで違ってくる。

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禅語の出典・読み・解釈には諸説があります。本百選は通行の解釈に従っていますが、茶会の軸や講話など正式な場で用いる際は、原典や専門書(『禅語辞典』『茶席の禅語大辞典』など)でご確認ください。研究とのつながりは、禅語の主題に対応する心理学・幸福研究の知見を示したもので、禅語そのものの効果を実証したものではありません。 読み物版:PDF(127P) / 一覧:Excel(100語・引用研究つき)
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