第2章 | 放下・無・空 | 16語
手放す
禅の修行は、何かを獲得することではなく、握りしめているものを手放すことから始まる。趙州の「無」、「放下着」、慧能の「本来無一物」。手放したつもりの手に、何が残っているか。この章の言葉は、執着、分別、自己像、そして「悟り」への執着までも、繰り返し問い直す。
14
無
む
趙州が「犬に仏性はあるか」と問われて答えた一字。有無の対立を超えた、言葉以前の「無」。
15 放下着
ほうげじゃく
「捨ててしまえ」。手に持っているもの、心に握りしめているものを、きっぱり手放せ。
16 莫妄想
まくもうぞう
「妄想することなかれ」。事実から離れたとりとめのない思い、分別や妄念を起こすな。
17 本来無一物
ほんらいむいちもつ
人は本来、何一つ持っていない。執着すべきものも、磨くべき汚れも、もともと無い。
18 応無所住 而生其心
おうむしょじゅう にしょうごしん(まさに住する所無くして、しかもその心を生ずべし)
何ものにもとどまらない心を保ちながら、しかも生き生きと心を働かせよ。執着せず、しかし無関心でもない。
19 無功徳
むくどく
善行の見返りを期待する心には、功徳など無い。「どれだけ徳を積んだか」と数える心こそ、達磨が切り捨てたもの。
20 廓然無聖
かくねんむしょう
からりと晴れ渡った大空のようで、「聖なるもの」すらそこには無い。聖と俗、悟りと迷いという区別そのものが消えた境地。
21 不識
ふしき
「知らぬ」。達磨が武帝の「お前は何者だ」という問いに返した一語。知識や概念で自分を規定することを拒んだ、底の抜けた答え。
22 無心
むしん
はからいや分別、執着のない心。心が無いのではなく、心が何ものにも引っかからず、自在にはたらいている状態。
23 不思善 不思悪
ふしぜん ふしあく
善いとも思わず、悪いとも思わない。善悪の判断が起こる前の、その瞬間の自分を見よ。
24 将心来 与汝安
しんをもちきたれ なんじがためにやすんぜん
「その不安な心を持ってきなさい。安らかにしてあげよう」。探しても見つからない心、そこにこそ安心がある。
25 任運自在
にんぬんじざい
運(はこび)に任せて自在。流れに逆らわず、しかし流されるのでもなく、おのずからなる動きに身を委ねること。
26 色即是空 空即是色
しきそくぜくう くうそくぜしき
形あるものはすべて実体がなく(空)、実体のないものがそのまま形あるものとして現れている。あるとないは対立しない。
27 無一物中 無尽蔵
むいちもつちゅう むじんぞう
何一つ持たないところにこそ、尽きることのない豊かさがある。空っぽだからこそ、すべてが入ってくる。
28 遊戯三昧
ゆげざんまい
何ものにもとらわれず、遊ぶように自在に、しかも一心に生きる境地。悟りの後の、自由な日常のあり方。
29 吾唯足知
われただたるをしる
私は、足りていることを知っている。欲望を追いかける前に、すでに満ちていることに気づく。