幸せの禅語百選

第2章 手放す ・ 19 / 100

無功徳

むくどく

善行の見返りを期待する心には、功徳など無い。「どれだけ徳を積んだか」と数える心こそ、達磨が切り捨てたもの。

出典の物語

インドから中国へ禅を伝えた達磨(だるま)大師は、仏教を熱心に保護していた梁(りょう)の武帝という皇帝に招かれた。武帝は尋ねた。「私は皇帝になってから、お寺を建て、お経を写し、お坊さんを育てること、数え切れない。どれほどの功徳(くどく=善い行いの報い)があるだろうか」。達磨は答えた。「功徳など、ない」。驚いた武帝が「なぜ無いのか」と聞くと、達磨は「そうした行いは、よい世界に生まれ変わるくらいの小さな報いにはなるが、影が形についてくるようなもので、本物ではない」と答えた。「では本物の功徳とは何か」。「清らかな智慧がまどかで、その本体はからっぽで静か。そういう功徳は、世間の行いで手に入るものではない」。武帝には理解できず、達磨は川を渡って北の国へ去り、少林寺で九年間、壁に向かって坐ったと伝えられる。善いことをしながら「どれだけ徳を積んだか」と数えている心、それを達磨は切り捨てた。

武帝「何の功徳か有る」。達磨「無功徳」(『碧巌録』第一則)

出典:『碧巌録』第一則「達磨廓然」/『景徳伝灯録』巻三

ウェルビーイング研究とのつながり

他者を助ける行為は助ける側の幸福感を高めるが、その効果は「自分から進んで」行う場合に限られ、義務感や見返りの期待から行う場合には消えることが示されている(Weinstein & Ryan, 2010)。また、お金を自分のためより他人のために使った人のほうが幸福感が高いという実験もある(Dunn, Aknin & Norton, 2008)。「功徳を数える心には功徳がない」という達磨の答えは、動機の質が効果を決めるという知見と一致する。

現代の暮らし・仕事への示唆

善いことをするとき、私たちはどこかで帳簿をつけている。これだけ尽くしたのだから感謝されるべきだ、評価されるべきだ、と。その帳簿が、善行を取引に変え、報われなかったときの恨みを生む。達磨の「無功徳」は、帳簿を破り捨てよと言う。研究でも、他者への親切は幸福度を高めるが、見返りを期待した親切ではその効果が消えることが示されている。与えることそのものが完結している行為。見返りを数えない人が、結果として一番豊かになる。皮肉ではなく、それが功徳の本当の構造なのだろう。

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