幸せの禅語百選

独坐大雄峰

どくざだいゆうほう

ただ一人、大雄峰に坐っている。それ以上に素晴らしいことなど何もない。今ここに自分がこうして在ることの、絶対の充足。

出典の物語

ある僧が百丈(ひゃくじょう)に尋ねた。「この世でいちばん素晴らしいこととは、何ですか」。百丈は答えた。「独坐大雄峰(どくざだいゆうほう)」。大雄峰とは、百丈が住んでいた山の別名である。「私は今、ただ一人、この山に坐っている。それだ」と答えたのである。僧は、ありがたく思って礼拝した。すると百丈は、その僧を打った。質問した僧は、「いちばん素晴らしいこと」がどこか遠くにあるはずだと思っていた。百丈はそれを、今ここに引き戻した。素晴らしいことは、山の上で起きる不思議な現象でも、深い教えでもない。こうして坐っていること、生きて息をしていること。それ以上の奇跡がどこにあるか、と。僧が礼拝したのは、分かったしるしだったのかもしれないし、「ありがたいお言葉」として受け取っただけかもしれない。百丈は後者を疑って打った。ありがたがった瞬間、「独坐」は他人の美談になってしまう。自分が自分の山に坐らなければ意味がないのである。

如何なるか是れ奇特の事 ── 独坐大雄峰(『碧巌録』第二十六則)

出典:『碧巌録』第二十六則「百丈独坐大雄峰」

ウェルビーイング研究とのつながり

一人でいることには、寂しさ(ロンリネス)と、自ら選ぶ独り居(ソリチュード)という異なる側面がある。自分で選んだ独りの時間は、強い感情を鎮め、心を落ち着かせる働きを持つことが実験で示されている(Nguyen, Ryan & Deci, 2018)。また、日常の小さな体験に注意を向けて味わう「セイバリング」は、幸福感を安定して高める(Bryant & Veroff, 2007; Jose, Lim & Bryant, 2012)。「ただ一人、山に坐る。それが一番のこと」という百丈の答えは、独り居と味わいの両方を含んでいる。

現代の暮らし・仕事への示唆

刺激を求めて予定を詰め、特別な体験を探し、何もない日に不安を覚える。しかし「特別」を追う生活は、いくら積んでも満たされない。百丈の答えは、特別は今ここにある、と言い切る。朝、一杯のコーヒーを前に椅子に坐っている。それが大雄峰である。研究でも、日常の些細な出来事に注意を向けて味わう「セイバリング」が、幸福感を安定して高めることが知られる。孤独(ロンリネス)と独り居(ソリチュード)は違う。独坐は後者であり、一人で在ることが欠乏ではなく充足になる状態だ。あなたの大雄峰は、どこにあるか。

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禅語の出典・読み・解釈には諸説があります。本百選は通行の解釈に従っていますが、茶会の軸や講話など正式な場で用いる際は、原典や専門書(『禅語辞典』『茶席の禅語大辞典』など)でご確認ください。研究とのつながりは、禅語の主題に対応する心理学・幸福研究の知見を示したもので、禅語そのものの効果を実証したものではありません。 読み物版:PDF(127P) / 一覧:Excel(100語・引用研究つき)
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