幸せの禅語百選

第3章 | 本来の自己・主体 | 16語

自分自身に出会う

「本来の面目」「主人公」「無位の真人」。禅は、肩書きや経歴や性格といった後天的なものを剥がしたあとに残る自己を、さまざまな名で呼んできた。しかしそれは、内側に隠された「真の自己」を掘り当てることではない。見ている、聞いている、今ここでこうして在る、その働きそのものに出会うことである。

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本来面目
ほんらいのめんもく
生まれる前から持っている、ありのままの本当の自分。社会的な役割や思い込みを剥がしたあとに残る、素顔。
31
主人公
しゅじんこう
自分の中の、本当の主(あるじ)。外の状況や他人の評価に振り回されない、本来の自己。
32
無位真人
むいのしんにん
いかなる位(くらい)にも属さない、本当の人。地位や肩書き、凡聖の区別を離れた、生身の自己。
33
冷暖自知
れいだんじち
水が冷たいか温かいかは、自分で飲んでみて初めて分かる。悟りも、幸せも、人から教わるものではなく、自分で味わって知るもの。
34
看脚下(照顧脚下)
かんきゃっか(しょうこきゃっか)
「足元を見よ」。遠くの理想を語る前に、今自分が立っている場所、今の一歩に目を向けよ。
35
即心是仏
そくしんぜぶつ
この心がそのまま仏である。仏は遠い彼方の存在ではなく、今ここで見聞きし、思い、感じているこの心に他ならない。
36
非心非仏
ひしんひぶつ
心でもなく、仏でもない。「即心是仏」という肯定にしがみついた瞬間、それも手放す。
37
一顆明珠
いっかみょうじゅ
全世界はひとつぶの輝く珠である。自分も世界も分かたれず、まるごと一つの光として輝いている。
38
自灯明 法灯明
じとうみょう ほうとうみょう
自らを灯火とし、法(真理)を灯火とせよ。他人や権威に寄りかからず、自分と真理をよりどころにして歩め。
39
吾心似秋月
わがこころしゅうげつににたり
私の心は秋の月のよう。澄み切った淵のように清らかで、比べられるものが何もない。
40
他不是吾
たはこれわれにあらず
他人は私ではない。自分がやるべきことを人に任せては、自分の修行にならない。
41
天上天下 唯我独尊
てんじょうてんげ ゆいがどくそん
天にも地にも、ただ我ひとり尊い。すべての存在が、他と比べようのない唯一の尊さをもって、ここにある。
42
独坐大雄峰
どくざだいゆうほう
ただ一人、大雄峰に坐っている。それ以上に素晴らしいことなど何もない。今ここに自分がこうして在ることの、絶対の充足。
43
逢仏殺仏 逢祖殺祖
ほとけにおうてはほとけをころし そにおうてはそをころす
仏に逢えば仏を殺し、祖師に逢えば祖師を殺せ。どんな権威や理想も、自分の外に立てて依りかかるなら、それを打ち砕け。
44
直指人心 見性成仏
じきしにんしん けんしょうじょうぶつ
まっすぐに人の心を指し示し、自分の本性を見きわめて仏となる。経典や儀式を経由せず、心そのものを直接見よ。
45
非風非幡 仁者心動
ひふうひばん にんじゃしんどう
動いているのは風でも旗でもない、あなたがたの心が動いているのだ。外の出来事と見えるものも、それを捉える心の動きとして現れている。
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禅語の出典・読み・解釈には諸説があります。本百選は通行の解釈に従っていますが、茶会の軸や講話など正式な場で用いる際は、原典や専門書(『禅語辞典』『茶席の禅語大辞典』など)でご確認ください。研究とのつながりは、禅語の主題に対応する心理学・幸福研究の知見を示したもので、禅語そのものの効果を実証したものではありません。 読み物版:PDF(127P) / 一覧:Excel(100語・引用研究つき)
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