逢仏殺仏 逢祖殺祖
仏に逢えば仏を殺し、祖師に逢えば祖師を殺せ。どんな権威や理想も、自分の外に立てて依りかかるなら、それを打ち砕け。
出典の物語
臨済の、いちばん過激なことで有名な言葉である。臨済は弟子たちに言った。「本当の見方を身につけたいなら、人に惑わされるな。内にも外にも、出会ったものはみな殺せ。仏に会ったら仏を殺し、祖師に会ったら祖師を殺し、聖者に会ったら聖者を殺し、父母に会ったら父母を殺し、親戚に会ったら親戚を殺せ。そうして初めて自由になれる」。もちろん、本当に殺せという意味ではない。「殺す」のは相手そのものではなく、相手を自分の外に権威として立てて、それに寄りかかって自分を見失う心である。仏を敬うあまり仏に縛られ、師を仰ぐあまり師の言葉に縛られる。臨済は、その縛りを徹底して断ち切れと言った。「自分自身をよりどころとせよ」というお釈迦さまの教え(自灯明)の、いちばん激しい言い方である。仏を殺すとは、仏への最も深い敬意の形でもある。借り物の権威をすべて手放して、自分の足で立て。それが臨済の「殺せ」の意味である。
出典:『臨済録』示衆
ウェルビーイング研究とのつながり
権威への無批判な従順がもたらす危うさは、社会心理学の古典的な実験(Milgram, 1963)や、集団が一つの見解に同調して判断を誤る「集団浅慮」の研究(Janis, 1972)で示されてきた。また自己決定理論は、他者の価値観を「言われたから従う」のではなく、自分で吟味して納得した上で取り入れる「統合」の段階に至って初めて、幸福と健全な行動が伴うと説く(Ryan & Deci, 2000)。「仏に会ったら仏を殺せ」は、この吟味と統合の過程を極端な言葉で求めている。
現代の暮らし・仕事への示唆
尊敬する人の言葉を、いつのまにか自分の判断の代わりに使っていないか。偉大な創業者の方針、権威ある理論、親の価値観。それらが自分の目で見ることを妨げるとき、臨済は「殺せ」と言う。これは反抗や否定の勧めではなく、借り物をいったん手放して自分で確かめ直す作業である。守破離の「破」にあたる。企業でも、成功モデルへの固執が衰退を招くことは繰り返し観察されてきた。尊敬しつつ依存しない。学びつつ縛られない。仏を殺せる人だけが、本当に仏から学べる。
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