幸せの禅語百選

而今

にこん(じこん)

「今、この瞬間」のこと。過去でも未来でもない、いま現に生きているこの一点。

出典の物語

「而今(にこん)」は、「いま、この瞬間」という意味の言葉で、禅の本にはよく出てくる。この言葉を特に深く考えたのが、鎌倉時代のお坊さん、道元(どうげん)である。道元は『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』という本の中で、時間について独特の考えを示した。ふつう私たちは、時間を「過去から未来へ流れる一本の線」のように思っている。しかし道元は、時間は流れているのではなく、一瞬一瞬がそのつど完結した「いま」として現れている、と考えた。たとえば、薪(まき)が燃えて灰になる。私たちは「薪が灰に変わった」と思うが、道元は「薪は薪として完全であり、灰は灰として完全である」と言う。昨日の自分と今日の自分も同じで、一本の線でつながっていると思うのは、頭の中の想像にすぎない。「而今」とは、過去の続きでも未来の準備でもない、それだけで完結した絶対の「いま」のことである。

有時(うじ)── 道元「いわゆる有時は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり」

出典:道元『正法眼蔵』「有時(うじ)」巻ほか

ウェルビーイング研究とのつながり

「今ここ」に注意を戻す実践、すなわちマインドフルネスは、不安や抑うつを和らげることがメタ分析で繰り返し確認されている(Hofmann et al., 2010; Goyal et al., 2014)。心が過去や未来にさまよっている時間が長いほど幸福感が低いという大規模調査(Killingsworth & Gilbert, 2010)は、道元の「而今」が単なる哲学ではなく、日々の気分に直結していることを示唆する。

現代の暮らし・仕事への示唆

私たちの苦しみの多くは、過ぎたことへの後悔と、まだ来ないことへの心配からできている。心理学でいう反芻(はんすう)思考と予期不安である。而今は、その両方から身をほどいて、今この瞬間だけに全体重をかけてみよ、と促す。マインドフルネスの実践はまさに而今への帰還であり、注意を「今ここ」に戻すだけで不安や抑うつが軽減することが多くの研究で示されている。メールを書くときはメールを書き、食べるときは食べる。それだけのことが、実はいちばん難しく、いちばん深い。

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禅語の出典・読み・解釈には諸説があります。本百選は通行の解釈に従っていますが、茶会の軸や講話など正式な場で用いる際は、原典や専門書(『禅語辞典』『茶席の禅語大辞典』など)でご確認ください。研究とのつながりは、禅語の主題に対応する心理学・幸福研究の知見を示したもので、禅語そのものの効果を実証したものではありません。 読み物版:PDF(127P) / 一覧:Excel(100語・引用研究つき)
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