どんな調査か
世界の感情レポートは、米国の調査会社ギャラップ(Gallup)が毎年公表している、世界の人々の「日々の感情」についての国際比較報告である。人生全体をどう評価するかではなく、前日に笑ったか、心配やストレスを強く感じたかといった一日単位の経験に焦点を当てる点が特徴である。ギャラップは2006年以来、約20年にわたり心配・ストレス・楽しさ・悲しみなどの感情を世界で追跡しており、公式ページには2018年版以降の報告書が並ぶ。2025年版から名称を「State of the World's Emotional Health(世界の感情的健康の現状)」に改め、国際会議ワールド・ヘルス・サミット(World Health Summit)と連携して公表するようになった。報告書は、こうした感情の「バイタルサイン」を各国の指導者や政策立案者に届け、社会の不安定さや健康上のリスクを読み取る材料にすることを目的に掲げている。
何をどう測っているか
データはギャラップ世界世論調査(Gallup World Poll)から取られ、多くの国で15歳以上の約1,000人を、全国を代表する確率標本で、電話または対面で面接する。中心となる質問は「昨日、一日の多くの時間に次の感情を経験したか」で、回答は「はい/いいえ」である。ポジティブな経験は、よく休めた、敬意を持って扱われた、よく笑った(ほほ笑んだ)、面白いことを学んだ・した、楽しんだの5問で、ネガティブな経験は、身体の痛み、心配、悲しみ、ストレス、怒りの5問で尋ねる。それぞれ「はい」の割合を平均し、0〜100のポジティブ経験指数とネガティブ経験指数にまとめて国別・地域別に示す。2025年版は2024年に144の国・地域で行った約14万5,000件の面接に基づく。2026年版はこれに加え、過去7日間にソーシャルメディアを使ったか、使った人は1日に何時間使うかという新しい質問を導入し、利用時間を「なし・30分未満」「30分〜2時間未満」「2時間以上」の3区分に分けて感情や人生評価との関係を分析した。
これまでの歩み
2023年版(2022年データ、142の国・地域、147,000件超の面接)では、2021年に初めて下がったポジティブ経験指数が世界平均70へ1ポイント回復した一方、ネガティブ経験指数は33のままで、前年の過去最高水準から下がらなかった。国別ではポジティブの首位がインドネシア・メキシコ・パラグアイ・フィリピン・ベトナム(いずれも85)、最下位がアフガニスタン(34)で、ネガティブはアフガニスタンとシエラレオネが58で最も高かった。2024年版(2023年データ、142の国・地域)は、ポジティブな感情がコロナ前の水準に戻り、ネガティブな感情が2014年以来初めて下がったと報告し、「面白いことを学んだ・した」人は54%で過去最高となった。この号では孤独感の調査結果も初めて示された。2025年版は改称後の初号で、世界平和度指数(GPI)と積極的平和指数(PPI)という平和の指標と感情データを初めて組み合わせ、平和と感情の関係を分析した。2026年版は改称後2年目で、ソーシャルメディア利用と幸福の関係、アフガニスタンのように長期の危機にある地域の感情的健康を取り上げている。
分かってきたこと
負の感情は10年前、20年前より高いまま
2025年版によると、2024年に前日に強い心配を感じた成人は世界で39%、ストレスは37%で、身体の痛み32%、悲しみ26%、怒り22%が続いた。身体の痛みを除けばいずれもコロナ禍のピークからは下がったが、10年前よりは高い。心配は2014年より5ポイント、2006年より10ポイント近く高い。2026年版の2025年データでも心配38%、ストレス36%、身体の痛み33%、悲しみ26%、怒り23%と2024年からほぼ横ばいで、2006年以降、身体の痛みは10ポイント、心配と悲しみは8ポイントずつ、ストレスは7ポイント、怒りは4ポイント上昇している。
ポジティブな経験は崩れにくい
2024年に前日に敬意を持って扱われたと答えた成人は88%で、2023年より3ポイント高く、ギャラップの記録でも最高水準の一つとなった。笑った(73%)、楽しんだ(73%)は長期平均並み、よく休めた(72%)は過去10年ほぼ変わらず、面白いことを学んだ・したは52%で2023年をやや下回ったが2014年よりは高い。報告書は、ポジティブな感情が対処法や人間関係などの長く続く資源づくりにつながるという研究を引き、危機の中でも揺らぎにくいと説明している。2006年と比べると「楽しんだ」は下がったが、「面白いことを学んだ・した」は10ポイント上がった。
女性と中年層にかかる負担
約20年にわたり、女性は男性より怒り・悲しみ・心配・ストレス・身体の痛みを多く報告しており、その差はコロナ禍で、特に悲しみ・心配・痛みで広がった。日常の活動を妨げる健康問題を抱える人は2024年に女性24%、男性22%で、男女差は5年間で最も小さかった。一方で人生評価が十分高く「充実している(thriving)」と分類される人は女性29%、男性27%で、報告書は日々の苦痛の多さが人生全体の評価の低さに直結するとは限らないと述べる。年齢別では15〜49歳で怒りが多く、30〜49歳でストレスが最も多く休息感が最も少なく、50歳以上で悲しみと心配が多い。
平和度が低い国ほど負の感情が多い傾向
2025年版は、暴力や紛争の多さを示すGPIで平和度が低い国ほど悲しみ・心配・怒りが多く、平和を支える制度の強さを示すPPIが弱い国ほど怒り・悲しみ・身体の痛みが多い傾向を示した。楽しさや敬意を持って扱われた経験は、どちらの指標が弱い国でも少なかった。報告書はこれを「平和が感情を形づくる」と表現している。怒りはチャド、ヨルダン、アルメニア、北キプロス、シエラレオネ、イラクで高く、チャドでは2024年に過去最高となった。心配はシエラレオネ、ギニア、チャド、モザンビークで高く、マルタも61%と高かった。
ソーシャルメディアと幸福の関係は単純ではない
2026年版では、97か国の中央値で81%が過去7日間に何らかのソーシャルメディアを使っており、利用者の65%は1日2時間未満と見積もった。15〜29歳の利用者では中央値19%が1日5時間以上使っている。1日30分〜2時間の中程度の利用者は多くの指標で幸福度が比較的高く、2時間以上の多用者は負の感情が多く、ほとんど使わない人はポジティブな感情が少なく人生評価も低い傾向がある。米国のような高所得国では、多用と人生評価の低さが結びついていた。報告書自身、これは観察研究であり因果や向きは判断できないと明記している。