世界の思想と宗教の幸福観マップ

各思想からの悩み相談30 ・ 仕事 2/30

上司からパワハラを受けている

この悩みの形

上司から繰り返し怒鳴られる、人前で侮辱される、仕事を与えられない、あるいは明らかに無理な量を押しつけられる。こうしたことが続くと、人は最初に「自分が悪いのではないか」と考えます。この順番そのものが、パワハラの構造の一部です。力の差がある関係では、受けた側が先に自分を疑うように仕向けられます。

本マップの目盛りで見ると、この悩みの中心は「境遇」と「幸せの主語」にあります。幸せを「心の持ちようで守れる」とする伝統はたしかにあります。しかし47の伝統のうち、幸せが境遇に左右されると正面から認める伝統も多く、それらはそのぶん、制度や互いの義務の仕組みを発達させてきました。いまのあなたに必要なのは、まず後者の語彙です。苦しみを「自分の構えの問題」に還元しないこと。これが出発点です。

現代の標準的な答えは、「レジリエンスを高める」「受け流す力をつける」という開花型の処方になりがちです。これは、害を与えている側ではなく、受けている側に変化を求める答えです。本マップの多数派の伝統は、それとは逆向きに言います。害を与える関係からは離れてよい。離れる前にできることは、記録し、人に話し、制度を使うことだ、と。

まず読むなら、この三つ ケイパビリティ・アプローチ/Ubuntu/仏教(上座部)
この悩みに登場する型
制度・集計型
ケイパビリティ・アプローチ、功利主義、カント
関係構成型
Ubuntu、儒教(原始)、アドラー(個人心理学)、マオリ、仏教(日蓮)
除去・回復型
仏教(上座部)、エピクロス派、神道
認識転換型
ストア派、禅
贈与・応答型
仏教(浄土)、ユダヤ教
生命力・身体型
道教
副産物型
実存主義

先に言っておきたいこと

この悩みで、伝統の言葉は最も誤用されやすくなります。「苦は通過点」「境遇に左右されない心」「難が来たら安楽と思え」「与えられた状況で態度を選ぶ自由」——どれも本来の文脈では別のことを言っているのに、「だから耐えろ」という理由に転用されやすい言葉です。この文章では、そうした言葉を使うときに、必ず元の文脈を添えます。

もう一つ。この文章の目的は、あなたの構えを変えることではなく、制度に向かう足を軽くすることです。眠れない、食べられない、出勤前に身体が動かない、消えてしまいたいと感じる。こうしたサインがあるなら、各伝統の言葉を読む前に、この文章の最後の節を先に読んでください。

各思想からの答え

制度・集計型——これは、気の持ちようの問題ではない

ケイパビリティ・アプローチ

セン(アマルティア・セン。インド出身の経済学者)は「実際に得られるものや、得られると見込めるものへの心の反応は、しばしば過酷な現実との妥協を含んでいる」と書きました(Commodities and Capabilities, 1985)。長く抑圧された人は、望みの水準そのものを下げてしまいます。これを適応的選好と呼びます。「もう慣れた」「この程度は普通だ」と感じているなら、それは苦しみが消えた証拠ではなく、慣らされた証拠かもしれません。この型にとっての幸せは、あなたが実際に選べる働き方の幅です。その幅を狭めているのは、あなたの弱さではなく、相手と職場の構造です。

功利主義

苦は純粋に負の量であり、取り除くべきものです。この伝統は、苦しみそのものを善とは認めません(ミルは、他者のより大きな幸福につながる犠牲と、犠牲それ自体を目的にすることを区別しています)。「厳しさは本人のため」という理屈は、あなたの苦が減っていないなら成り立ちません。そして功利主義の安全装置は制度と法です。記録を取ることは、あなたの苦を測れる形にすることであり、この型では最も正統な実践です。

カント

人格には値段をつけられない尊厳があり、人を手段としてのみ扱ってはならない、とカントは言いました。あなたを怒鳴って成果を出そうとする上司は、この原則を破っています。そして、自分自身を手段として扱い続けることも、同じ原則に反します。自分の尊厳を守ることは、わがままではなく、カントでは義務です。「自分さえ我慢すれば」という考えは、この伝統では美徳ではなく、原則からの逸脱です。

関係構成型——あなたの人間性は、奪われていない

Ubuntu

南アフリカの憲法裁判所は、ウブントゥを「共同体の成員から無条件の敬意・尊厳・価値・受容を受ける資格をもつ、という地位」と述べました(S v Makwanyane, 1995, para. 224)。無条件、です。成果を出したからでも、上司に気に入られたからでもありません。この伝統が最大の妨げとするのは孤立です。パワハラは、受けた側を職場の中で孤立させます。だから最初にすべきは、職場の外に一本、あなたを人として扱う関係を確かめることです。

儒教(原始)

孔子は、不義によって得た富や地位を浮雲のようだと言いました(『論語』述而篇)。五倫(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友という五つの関係)は上下を含みますが、義務は相互です。上に立つ者が礼(れい。体で覚える社会的な型)を欠いて感情を放縦に任せるなら、その関係はすでに儒教のいう人倫から外れています。従う義務は、道が行われている関係にだけ生じます。

アドラー(個人心理学)

課題の分離が最初です。上司の怒り、上司の機嫌、上司の評価は、上司の課題です。あなたに押しつけられている罪悪感の多くは、他人の課題を背負わされたものです。アドラーは最大の妨げを「勇気の欠如」に置きました。この状況で、人に話すこと、窓口に行くことは、勇気の行使です。それは逃げではありません。ただし、課題の分離を「人間関係からの撤退」と読まないでください。頼ることは、分離の反対ではありません。

マオリ

マオリの健康観は、霊性・心・身体・家族という四本の柱で家を支える、というたとえで語られます。一本が崩れれば全体が傾く、という構造の比喩です。いま職場が揺らしているのは、主に心の柱です。身体と家族と、自分を超えるものとの関係という残りの三本を、意識して支えてください。家が倒れる前に、柱を一本ずつ点検するという発想です。

仏教(日蓮)

日蓮には、難が来ることを安楽と心得よ、という趣旨の言葉がありますが、それは信仰への迫害についてのものであって、職場で耐える理由ではありません。この伝統から持ち帰るべきは別の点です。日蓮は妨げを心の内側ではなく、社会の側の混乱に置き、信仰と社会への働きかけを一つにしました。声を上げること、場を変えようとすることは、この伝統では内面の修行と切り離せない実践です。黙って耐えることは、日蓮の道ではありません。

除去・回復型——あなたが足しているものを見る

仏教(上座部)

苦しみの大半は上司が作っています。そのうえで、あなたの中の「ここで認められたい」「辞めたら負けだ」という渇愛(かつあい。止まらない「もっと」)でもあります。これは責めるために言うのではありません。上司の行動はあなたには止められませんが、「認められるまで耐える」という燃料は、見分けたぶんだけ減らせます。減ったぶんだけ、出る決断が軽くなります。

エピクロス派

この伝統は、快の上限は苦痛を与えるものの除去によって達せられると考え、「隠れて生きよ」を標語にしました。苦痛の源から身を引くことは、エピクロス派にとって最も基本的な実践です。必要で自然な欲望——安全、休息、一人の友——を奪う場所に留まる理由を、この伝統は一つも持ちません。友愛を幸せの最大の条件に置いた伝統です。職場の外の友人と過ごす時間は、逃避ではなく、幸せの本体です。

神道

怒鳴られた日、帰宅して一つ儀礼を持ってください。手を洗う、入浴する、服を替える。神道の祓いは「反省して直す」のではなく、付着した穢れ(けがれ)を落として本来に戻る形です。あなたが悪いから祓うのではありません。くもりが付いたから流すのです。この伝統には内面的な罪の意識という概念がなく、それがいまのあなたには助けになります。

認識転換型——境遇から独立とは、耐えることではない

ストア派

エピクテトス(ローマ時代のストア派の哲学者。奴隷の身から自由になった)は『提要』1.1で「存在するもののうち、あるものは私たち次第であり、あるものは私たち次第ではない」と言いました。上司の人格、職場の制度、評価はあなた次第ではありません。あなた次第なのは判断と行動、つまり記録するか、話すか、いつどう出るか、です。ストア派は忍耐の哲学と誤解されますが、境遇から独立であるとは、境遇に耐えることではなく、境遇を善悪の判断から外して自分の行動だけを見ることです。

禅

職場での自分を、自分の全部にしないこと。坐る、歩く、皿を洗う。「ただそれだけをする」時間を一日に数分持ってください。『無門関』の「平常心是道(ふだんの心、それが道だ)」は、上司の評価軸の外に、あなたがまだ存在していることを身体で確かめる時間のことです。ただし、禅の「ただひたすら」を、仕事に耐える理由に使わないでください。

贈与・応答型——自力の疲れを下ろす

仏教(浄土)

「自分が至らないから怒られる」「自分で何とかしなければ」という自力のはからいが、人をその場に縛りつけます。人は凡夫(ぼんぶ。弱い存在)であり、そのままで救われている。親鸞は、自分の善を頼む心を最大の妨げと見ました。あなたが変わらなくても、あなたはすでに受け取っているものがあります。それは冷たさではなく、他力の安心です。

ユダヤ教

『申命記』30:19に「私は今日、命と死、祝福と呪いをあなたの前に置いた。命を選びなさい」とあります。この伝統では安息日は「休んでもいい日」ではなく「休まなければならない日」であり、律法は雇い人の賃金をその日のうちに払うよう定めています。休息と正当な扱いは恩恵ではなく、契約の一部です。それを奪う場所は、契約の外にあります。命を選ぶとは、出口を選んでよい、ということです。

生命力・身体型——身体が先

道教

眠れない、食べられない状態で下す判断は、判断ではなく消耗の結果です。道教は、過度の労役が精気の漏泄(ろうせつ。生命力が漏れ出ること)を招くと見ます。辞める決断すら、身体がある程度満ちてからでないと下せません。睡眠、食事、日光、歩くこと。身体を整えることは、出口に向かう最初の一歩です。心を動かそうとする前に身体を満たす順序を、この伝統は信じています。

副産物型——態度を選ぶ自由の、正しい使い方

実存主義

フランクル(ヴィクトール・フランクル。強制収容所を生き延びた精神科医)は、変えられない苦しみに対してどんな態度をとるかを「態度価値」と呼びました。ここで注意が要ります。態度価値は、変えられない苦しみのためのものです。パワハラは、制度によって変えられる苦しみです。いまのあなたに残された自由は、黙って耐える態度を選ぶことではなく、記録を取り、人に話し、窓口に行くという態度を選ぶことです。

今日からできる三つのこと

試すなら、この中から一つ。伝統の実践(瞑想・行・祈り)の代わりではなく、考え方に触れるための小さな入口です。

  1. 今日から、日時・場所・言われた言葉・その場にいた人を、短くメモする。メールやチャットは消さずに保存する(功利主義)
  2. 職場の外の誰か一人に、「上司からこういうことを言われている」と事実だけを話す。意見を求めなくていい(Ubuntu)
  3. 帰宅したら、手を洗う・入浴するなど、一つの動作を「今日の分を流す区切り」として決める(神道)

こういうときは専門家へ

眠れない、食べられない、出勤前に身体が動かない、消えてしまいたいと感じる。これらは構えの問題ではなく、医療の対象です。心療内科・精神科は辞める前でも受診でき、診断書は休職の根拠になります。パワハラが原因の精神疾患は労災の対象にもなりえます。

相談先は次のとおりです。社内のハラスメント相談窓口(2022年4月からすべての企業に設置が義務づけられています)。総合労働相談コーナー(都道府県労働局・労働基準監督署内。無料で、労働局による助言・指導やあっせんにつながります)。労働基準監督署(残業代や労働時間の問題)。地域のユニオン(一人でも加入できる労働組合)。法テラス(弁護士費用の立て替えや無料相談)。みんなの人権110番 0570-003-110(法務省)。こころの耳(厚生労働省の働く人のメンタルヘルス相談)。消えてしまいたい気持ちが強いときは、#いのちSOS 0120-061-338、よりそいホットライン 0120-279-338、いのちの電話(ナビダイヤル 0570-783-556、24時間)へ。伝統の言葉は、これらの制度に向かう足を軽くするためのものであって、制度の代わりにはなりません。

つらさが強いとき・「消えてしまいたい」と感じるときは、どうかひとりで抱えないでください。まもろうよ こころ(電話・SNSの相談窓口一覧)/よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・通話無料)。
ひとこと記録し、話し、出てよい。本書では、害のある状況への忍耐を勧めません。

この悩みを含む30の悩みは、PDFでも読めます:各思想からの悩み相談30(PDF)

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はぴテックの二枚の地図 発達段階×ウェルビーイング統合マップ → この幸福観マップの姉妹版。あちらは「縦に5段階を貫く翻訳辞書」で、同じ言葉が段階ごとに別の意味で聞こえる(875行×5段階)。