庭前柏樹子
「達磨が西から来た意味は何か」と問われて趙州が答えた「庭の柏の木」。真理は目の前にある。
出典の物語
ある僧が趙州に尋ねた。「達磨大師がはるばるインドから中国へ来た、その意味は何ですか」。これは禅の本質を問う決まり文句のような質問で、多くのお坊さんがさまざまに答えている。趙州は答えた。「庭の柏(はく)の木だ」。「柏」は日本のカシワではなく、ヒノキの仲間の常緑樹のこと。僧は言った。「和尚さま、外の物を持ち出して、はぐらかさないでください」。趙州は「私は外の物を持ち出してなどいない」と答えた。僧はもう一度尋ねた。「達磨大師が来た意味は何ですか」。趙州はもう一度答えた。「庭の柏の木だ」。問題集に収めた無門は、「もし趙州の答えたところをはっきり見抜けば、その前にお釈迦さまもなく、その後に弥勒さまもない」と評し、詩に「言葉は事実を言い尽くさず、言葉は相手の心に届かない。言葉を受け取る人は失い、言葉にとどまる人は迷う」と詠んだ。僧は「柏の木」を、たとえか象徴と受け取って、「本当の答え」が別にあると思った。趙州は、柏の木がそのまま答えであって、それ以外のどこにも答えはないと示した。達磨が来た意味は、今、庭に立っている柏の木である。
出典:『無門関』第三十七則「庭前柏樹」/『趙州録』
ウェルビーイング研究とのつながり
「言葉の裏を読みすぎる」ことの弊害は、対人認知の研究で扱われている。相手の心を推し量ろうとして「相手の立場に立って想像する」方法は、実際には相手の考えの理解を改善せず、むしろ「直接尋ねる」ほうが正確だった(Eyal, Steffel & Epley, 2018)。また、曖昧な行動に悪意を読み取る「敵意帰属バイアス」は、対人関係の悪化と結びつく(Dodge, 1980; Epps & Kendall, 1995)。「庭の柏の木は、ただ庭の柏の木」は、裏読みをやめて見えているものを見る態度として、これらの知見に通じる。
現代の暮らし・仕事への示唆
「本当の意味は何か」「真意はどこにあるのか」と、目の前のものの背後を探る癖がある。しかし趙州は、背後はない、目の前がすべてだと言う。会議で話された言葉の裏を読み、相手の表情の裏を推測し、出来事の「本当の意味」を探しているうちに、目の前の柏の木を見失う。もちろん文脈を読む力は大切だが、すべてに裏があると思い込むと、何も素直に受け取れなくなる。ときには、言われたことをそのまま受け取る。見えているものを、見えているままに見る。庭の柏の木は、ただ庭の柏の木である。それが、達磨が来た意味である。
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