本来面目
生まれる前から持っている、ありのままの本当の自分。社会的な役割や思い込みを剥がしたあとに残る、素顔。
出典の物語
六祖慧能が、追ってきた慧明に「善いとも悪いとも思わない、まさにそのとき、あなたの本来の顔はどれか」と問うた、その「本来の顔(面目)」のことである。「面目」は顔かたち、転じてその人の本当の姿。禅では「父母未生以前(ぶもみしょういぜん)の本来の面目」、つまり「両親が生まれる前からの、あなたの本当の顔」という形でも問われる。体も、経歴も、性格も、生まれてから身についたものを全部差し引いたあとに残る自分とは何か、という問いである。頭で考えても答えは出ない。江戸時代の白隠(はくいん)というお坊さんは、この問いを特に重んじて弟子に与えた。一方、道元はこの「本来の面目」を自然の姿に見て、「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて冷しかりけり」という歌を詠んだ。本来の顔は、自分の中に隠された何かではない。花や月がそのままそれであるように、今ここにこうしている自分そのものである。
出典:『無門関』第二十三則「不思善悪」/『六祖壇経』
ウェルビーイング研究とのつながり
自分の本当の価値観や感情に沿って生きている感覚(オーセンティシティ、本来感)は、人生満足度や自尊感情と強く結びつき、ストレスや抑うつと負に関連することが示されている(Wood et al., 2008)。複数の研究をまとめたメタ分析でも、本来感と幸福感の関連は中程度で安定している(Sutton, 2020)。「本来の面目」は、この本来感の、最も根源的な問いかけと言える。
現代の暮らし・仕事への示唆
役職、親としての顔、友人の前での自分、SNS上の自分。いくつもの顔を使い分けるうちに、どれが本当の自分か分からなくなる。本来面目は、そのすべての顔の下にある素顔を問う。しかしそれは「隠された真の自己」を掘り当てる作業ではない。むしろ、どの顔も自分であり、どの顔も自分ではないと見抜いたときに、肩の力が抜けた素のままの自分が立ち上がる。自己理解の心理尺度で測られる「本来感(オーセンティシティ)」が幸福感と強く結びつくのは、この素顔で生きる時間の長さが効いているからだろう。
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