主人公
自分の中の、本当の主(あるじ)。外の状況や他人の評価に振り回されない、本来の自己。
出典の物語
瑞巌(ずいがん)というお坊さんは、毎日、自分で自分に呼びかけていた。「主人公!」。そして自分で答える。「はい」。さらに続ける。「はっきり目を覚ましているか」「はい」。「これから先も、人にだまされるなよ」「はい、はい」。これを毎日やっていたという。この話を問題集に収めた無門は、面白がってこう書いている。「瑞巌じいさんは、自分で売って自分で買って、いろんなお面をかぶって遊んでいる。呼ぶ役、答える役、目を覚ましている役、だまされない役。どれか一つにしがみつけば間違いだし、かといって瑞巌の真似をすれば、それはキツネの知恵だ」。「主人公」はもともと、自分の本当の姿を指す禅の言葉で、物語の中心人物を「主人公」と呼ぶ今の使い方は、ここから来ている。瑞巌は毎日、自分の本当の自分に呼びかけ、眠り込んでいないか、世間の価値観や他人の言葉にだまされていないかを確かめていた。一度悟れば終わりではなく、毎日の点呼だったのである。
出典:『無門関』第十二則「巌喚主人」
ウェルビーイング研究とのつながり
自分の行動を「自分で選んでいる」と感じる自律性は、人間の基本的な心理的欲求の一つであり、これが満たされると幸福感と活力が高まる(Ryan & Deci, 2000)。また、自分の価値観に合った目標(自己一致目標)を追う人は、同じ努力でも目標達成率と幸福感が高い(Sheldon & Elliot, 1999)。瑞巌の「だまされるな」という毎日の点呼は、他人の目標を自分の目標と取り違えないための、自己一致の確認作業と読める。
現代の暮らし・仕事への示唆
他人の期待に応え続けるうちに、自分が何を望んでいるか分からなくなる。評価、比較、同調圧力。気づけば自分の人生の脇役になっている。瑞巌の点呼は、その状態への簡潔な処方だ。朝、鏡の前で自分に問う。「目は覚めているか」「今日、誰かの物差しにだまされていないか」。自己決定理論が示すように、自分で選んでいるという感覚は幸福の根幹をなす。主人公であるとは、わがままに振る舞うことではなく、自分の人生の責任を他人に渡さないということだ。「はい」と答える声が、小さくなっていないか。
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